02 地下に眠るもの

「うん、誰もいない」

10年前のある日の夜。5歳になった少年――ジンは周りを見渡した後、囁いた。

彼は今、屋敷の奥にある第二倉庫の前にいた。


「よし……」

ドアを開けると、埃っぽい空気が漏れだす。足音を殺し、恐る恐るその中へと入ってゆく。


「うわ……」

部屋をカンテラで照らすと、至る所に張られた蜘蛛の巣が見えた。長い間掃除されていないのだろう。


「決して入ってはいけない」。それが、父の言葉だった。

彼がここを見つけたの5、ほんの数日前。一人の使用人がこの部屋へと入ってゆくところを見かけ、それについていく形で存在を知った。

その際父に見つかり――止められてしまったために入ることは叶わなかったのだが。

父曰く、過去この部屋へ立ち入った使用人などいないのだという。

使用人たちですら入れないというのならやはり、ここにはよほど重要な何かがあるのだろう。

ジンの好奇心は、もうだれにも止められないほどに大きくなっていた。

そして――


「ん?」

手当たり次第に床や壁を触っていると、部屋の奥にてふと違和感を覚えた。

その部分にカンテラを近づけ照らしてみると、一見しただけではわからないほど小さな四角形の溝が、床に見えた。

もう一度触ってみる。

どうやら、蓋になっているようだ。

よし、と唾を飲み、手をかける。子供の身には重かったが、全身を使い何とか持ち上げる。

すると――

「これは……?」

そこに現れたのは、地下へと伸びる階段だった。のぞき込んでみると、冷たい風を感じた。

彼は少しためらいつつも、意を決し進んでゆく。

一段、 一段と降りるたびに響く足音が彼の恐怖を煽る。

しかし、今更引き返すわけにはいかないと自分へ言い聞かせ、歩み続ける。そして――


「……!」


その部屋へ、彼は辿り着いた。

円状に作られたそこには、何の装飾もなくて。あるのは、ただ一つ。


「剣……?」

部屋の中央に突き刺さった、円盤状の部位が付いた剣のような物体。

刀身部分は氷に覆われており、そこから放射状に地面も凍り付いている。

ジンはそれを見た瞬間、引き寄せられるような感覚を感じた。

しばらく見つめてから、取っ手部分に手をかけようとした――その時。


「そこまでだ、ジン」

背後から声がした。驚き跳ね上がってから、後ろを振り向く。そこには――


「父さん……」

眉間にしわを寄せた、父――ディーノ・レクスウオードの姿があった。

「全く、入ってはならんと言っただろうに……だが、見つけてしまったなら仕方ない」

彼はジンの下へと歩み寄ると、

「話してやろう。……部屋に戻ってからな」

その手を取って、そう言った。ジンもまた小さく頷き、従う。

「……ごめんなさい。僕、どうしても気になって……」

小さな声で、呟いてから。



「さて、どこから話そうか」


数分後、広間。椅子に座り、向かい合わせになったジンとディーノ。

顎髭に手をやりしばし悩んでから、口を開く。


「あれは、50年前のことだった……」


――50年前、つまりディーノの父親の時代。

この屋敷に、あれは突然現れた。

虚空から現れたあの剣は、天井を、床を、岩盤を突き破り、地下にあった空洞の空間へと突き刺さったという。

そして瞬く間に周囲を凍り付かせてしまったそれを、誰も引き抜くことは叶わなかった。

しかも一種の防衛機構まであるらしく、ある時屋敷に忍び入りそれを盗もうとした泥棒が、手に取った瞬間氷漬けになり、粉々になって死んでしまったというのだ。

そうした経緯があって、あの部屋は存在を隠された。


「でも」

そこまで聞くと、ジンが口をはさむ。疑問があったためだ。

彼の疑問は一つ。存在そのものが秘匿されているのなら、あの日――この部屋を見つけた日、自分が見たあの人影はいったい何だったのか、ということ。

それに対し、ディーノはうむむ、と唸る。

50年前に働いていた使用人は皆引退し、一新されている。屋敷の人間で、自分以外にあの存在を知る者はいないはずだ。

ならば、ジンが見たというのは?

何か、黒い影を感じて仕方ない。ディーノの胸の内には、不安と焦りが沸き上がりつつあった。


「それについては、私が調べておく。今日は遅いからもう寝ようか」

そして、半ば強引に話を切り上げると息子を抱き上げ、歩き出す。

「……むぅ」

明らかにごまかされたことを感じ取り頬を膨らませる彼だったが、次第に眠気が勝り、ついには眠ってしまった。


そしてその数日後、運命の日は訪れることとなる――

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