01 異世界転生

「んだよ!俺が悪いって言いたいのか!?」

「ああそうだよ、このバカ!」

「あー、バカって言ったなぁ!それが実の息子に言う言葉かよ!」

「バカにバカって言って何が悪い!?」

「あったま来た!こんの偏屈親父!」

「おー、来るかこのドラ息子!」


「「ぎぎぎぎぎぎ……」」

言い争い、ついには組み合いへと発展する親子。

一人は20歳の青年、ヨロイ・ジン。もう一人は50歳男性、ヨロイ・ミネタカ。


「まったく。二人とも、ほどほどにしなさいな」

それをやれやれ、と言った様子で見つめて言う女性、ヨロイ・サヤ。

二人のケンカ――否、じゃれあいは今に始まったことではない。一言だけ言うと、そのまま夕食の準備を続けていた。


ここは地球、日本。

何の変哲もない2LDKの平屋に住むこの一家は、まだ気づいていなかった。

この日常が、突如として崩れ去ってしまう運命にあるという事に――



「もう知るか!お前なんぞ出て行っちまえ!」

「あぁそうさせてもらうよ!今までお世話になりました!」

叫び、駆け出して家を飛び出してゆくジン。それを見ながら、ミネタカはフン、と怒気混じりに鼻を鳴らす。

きっかけは、些細なことだった。

その日、ジンは大学をサボり遊んでいた。理由はただ面倒だったから。

普段であればそんなことはしなかった彼だったが、この日だけはなぜか、授業に出る気になれなかったのだ。

それを知った父は怒った。ジンを呼びつけ、散々に怒鳴り散らした。

誰が見ても10対0でジンが悪いので、当然ではあるのだが。

しかしそれに納得がいかなかった彼は、家を飛び出してしまった。逆ギレだ。


~数十分後~


「ったく、あんなに怒ることないだろ……」

公園。愚痴りながら、ブランコをひたすらに漕ぐジン。

正直なところ、自身が悪いことはわかっていいた。しかし素直にそれを認められず、もやもやとした思いばかりが募ってゆく。


「あー!もう!」

そしてひとしきり悩んだ後、叫ぶ。ブランコから飛び降り、天を仰ぐと――

「……なんか買って帰るか。……親父、そういや最近腰痛いって言ってたよな」

ぽつりとつぶやいて、歩き出す。すると――


「そこの貴方」

突然、彼に声がかかった。振り向き、その方向を見やるジン。


「……何すか?」

そこにいたのは、フードを深くかぶった群青のコート姿の男。にやりと歪んだ口元を見せる不審なその姿に、警戒しつつ返すジン。

そんな彼を意に介さず、男はゆっくりと近づくと。


「おめでとう」

そう一言、彼に告げた――







「う……ん?」


あれ、俺、何してたんだっけ。確か、公園にいて――ダメだ、頭がぼんやりしてる。

というか、何で寝てたんだ――?そう思いつつ、目を開けると。


「おはよう、ジン」

「……え?」


そこにいたのは、俺の名を呼ぶ見知らぬ女性。それだけじゃない。隣を見ると、いびきをかいて眠るおっちゃんもいた。

そして、さらに驚くべきことに気づいてしまう。


(何だよこの手……!?)

手が――小さい。短くふっくらとした指は、子供の物で、そして紛れもなく――俺の物だった。

手を開け閉めしつつ、さらに見回す。

視界に飛び込んでくるのは、知らない光景ばかり。

大きなベッドに、壁に掛けられた絵画、レンガ造りの暖炉。

漫画や映画でしか見たことのないような光景に、俺はひたすら困惑する。


「どうしたの?ジン」

そんな俺を不思議に思ってか、女性は――いや、この子の母親は額に手を当て、聞く。

間違いない。このシチュエーションは。


(異世界転生ってやつか……!?)


異世界転生。最近流行ってるらしいジャンルの名前だ。けどまさか、実際に体験することになるなんて。

前人未到の現象に少しばかり興奮するも――ふと、心の中に棘が刺さる。


(……親父、おふくろ)


という事は、前の俺は死んだということになる。それはつまり、子が親を残して先立ってしまったという事で。

最後に交わした会話を思い出し、物悲しくなる。

もっと他に、言葉は無かったのだろうか。

親父だって、何も本心でああ言ったわけじゃないだろう。けど俺はムキになって――

自分の幼稚さを思うと、悔しくて仕方なかった。

そんな時――


「……怖い夢でも見たのね。大丈夫よ。パパとママは、いつだって側にいるから」

俺の頬を指で撫で、女性は――いや、『母さん』は優しくそう言った。

気づくと、俺の両目からは涙が溢れ出していた。

そうだ。悔やんで何かが変わるわけじゃない。今はただ、前を向こう。

この人たちにまで、悲しい顔をさせちゃいけない。

俺は笑顔を作り、言った。


「ありがとう、母さん!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る