02 雷鳴の騎士
「ふっふっふっ、ふふふふ~ん♪」
夕日に照らされる街道を鼻歌交じりに歩くロゼッタ。昼のうちにシフトを終えた彼女は、意気揚々と町へ繰り出し――その帰宅途中であった。
「10食限定の特別メニュー、まさか最後のひとつにありつけるなんて!急いだ甲斐がありましたわ」
彼女がこんなにも上機嫌な訳、それは彼女自身が語っている通り。
シフトを終えて早々、バイセンが目を丸くするほどの形相で飛び出していった彼女は無事、待ち望んていた限定販売のスイーツにありつけたのだ。
しかし次の瞬間から、そんな彼女の幸福は一転することとなる――
「きゃっ」
小さく声を上げ、しりもちをついてしまったロゼッタ。どうやら何かにぶつかったらしい。
「あ、ごめんなさい!私ったら、つい前が見えなくなっていましたわ……」
見上げると、そこには大柄な男の背中があった。彼女は謝りつつも、埃を払い立ち上がろうとする。
「……っ!?」
対し、男が振り向く。それを見た彼女の顔から、一気に血の気が引いた。
なぜか?
金髪にオールバック、袖なしのシャツを羽織った屈強な体躯が原因――という訳ではない。
その顔を見た瞬間、彼女の本能的な部分が危機を告げたのだ。
それは、まぎれもない命の危機だった。
「あ、ああ……」
逃げようと足を動かすも、腰が抜けて立ち上がろうとすることすらままならない。
そんな彼女を見て、男は言った。
「なんだ嬢ちゃん……人の顔見るなり腰抜かしやがって」
いかにも訳が分からない、と言った様子だったが、それはロゼッタにとっても同じこと。
あずかり知らぬ何かが、彼女にそうさせているのだ。
「……待てよ、お前の顔どっかで――あー、どこだったか?」
そんなことは気にせず、男は湧いて出た疑問を投げかける。
すっかり怯えてしまった彼女相手にはもはや問答にすらなってはいないが、男は一人、うんうんと唸り続ける。
「お、おい、何かあったのかよ」
恐る恐る、と言った様子で、また別の男性が割り込んできた。怯える女性を見過ごせなかったが故だ。
「あ?今考えごとしてんだ、失せやがれ!」
「がっ!?」
怒声が響き、鮮血が宙に舞う。人々はざわめきだし、蜘蛛の子を散らすように逃げ出し始めた。
邪魔をされたと感じた金髪の男が、拳を男性の顔面へとたたき込み――殺したのだ。即死だった。
「ああ、そうだ。思い出したぜ。確かお前は――」
そんなことは意にも介さず、男は思考を続け、ついに結論に至った。しゃがみ込み、それをロゼッタへと伝えようとしたその時。
「おぉぉりゃああああっ!」
突如として放たれた飛び蹴りが、男を襲った!
男は咄嗟に後ろへ跳ねてそれを躱す。
「危ねぇなオイ……!てめぇどんな神経してやがんだ!」
当然の抗議。しかし、目の前の青年はそれに対し、
「そっちこそ!センパイに何しやがった!」
指さしつつ、激怒した。
「ジン!」
遅れて、もう一人男が駆け付けた。彼は青年――ジンとともにロゼッタとの間に割って入り、両者を交互に見つめる。
「ああ、次から次へと……ん?」
そんな光景に、男はイライラした様子で頭を掻きむしった。
が、すぐに目を丸くすると、その表情はぱぁっと明るいものになった。
何故なら。
「この匂い……ハハハ、なるほどな」
「んだよ……!」
一瞬目を閉じ、何かを嗅いだ男は、一転して腹を抱えた。ククク、と笑いを漏らすその姿に、ジンは引き気味に問う。
「俺も運がいいぜ……まさかお前らの方から来てくれるとはなぁ!」
男は三人を見つめると、かっと目を見開き、叫ぶ。
「聖剣使いッ!」
瞬間、男の全身からは黒い霧が漏れ出す。それはすっぽりと彼の全身を覆い、次第にその姿を変えてゆく。
「ガアアアァァァーーッ!」
咆哮とともに、赤い瞳が輝く。黒い霧を裂いて現れた、その姿は。
黄金の鬣をなびかせる獅子のごとき頭部。
筋骨隆々とした体。
山羊の頭を連想させる、肩部から生えた角。
腰にベルトの如く巻き付いた大蛇が、そのまま後方に伸びて尾を形作っている。
背中に竜のごとき翼を生やしたその姿は――まさしく神話の怪物、『キマイラ』。
「っ、貴様は!」
「知ってるんすか、キョウヤさん!?」
それを見たキョウヤは、血相を変えて叫ぶ。
「知ってるも何も!こいつはフォルテ……1年前、『炎の騎士』に重傷を負わせた張本人だ!」
「!」
「とにかく危険だ、お前は彼女を安全なところまで!」
「はいっ!センパイ、行きますよ!立てますか?」
無言で首を横に振るロゼッタ。
「わかりました、だったら!むん!」
それを見たジンは彼女を所謂『お姫様抱っこ』の形で抱え上げ、離脱を図る。
「オイオイ、させるかよ!」
それを見過ごす怪物ではない。口から火炎を吐き出し、彼らを狙う。
「それはこちらのセリフだ!」
しかし、その攻撃は一太刀のもとに切り払われた。
その主は、キョウヤ。彼の手に握られているのは、黄金の剣。
銃剣を取り付けたマスケット銃のごときフォルムのその剣こそ、『雷』の聖剣――『
「お前の相手は、俺がする」
剣を縦に構え、グリップの背中側に付いたつまみを縦へスライドさせるキョウヤ。
鍔に位置する部分に備えられた円盤――ターンテーブル――の下部が開き、スロットが露出する。
ホルダーから一枚のレコードを取り出し、セット。
つまみをもとの位置へと戻し蓋を閉じると、ターンテーブルが発光。
手を添え、それをスクラッチすると、軽快な音楽が鳴り響く。
そしてキョウヤはすぅっと息を吸い、
「レッツ……
トリガーを押し込んだ!
「じれってぇ!……うぉっ!?」
待ちきれずに攻撃を仕掛けるフォルテだったが、突如現れた巨大な黄金のカブト虫にそれを阻まれてしまった。
『記録、再生!天を貫く雄々しき角が雷を導き、魂を震わす!』
『ソウルフルビートル!』
カブト虫は稲妻を落としつつキョウヤの周囲をぐるぐると旋回した後、粒子となって鎧を形作る。
そして現れる、三本の角を備えた兜に、金と銀の装甲、腰から伸びる純白のコートを纏いし騎士。
その名は――『メモリアナイツ・ビート』!
「さぁ、俺のサウンドに震えな!」
「ガタガタ震えんのはテメェの方だ!」
睨みあう両者。今ここに、戦いの幕が上がった――!
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