小舟と鳥と
季節は冬になっていた。
放課後、いつもの浜で時間を潰したが、潮風が骨まで沁みるようで、長居はできないなと思った。涼はいない。屋上にも、浜にも、最近はたまにしか顔を出さない。避けられているわけではないと思う。でも、境目になったのは、東京に来ないかと言った日からだった。嫌だったのだろうか。涼は親戚の家を転々としていて、高校を卒業したら独り立ちしたいと思っているらしい。そこに俺がいるのは、邪魔なのだろうか。
そもそも、声をかけたのが間違いだった。ちゃんと突っぱねなかったのが悪かった。巻き込んだら涼が孤立することはわかりきっていたのに。俺は自分ばかりが大事だ。人のことを、涼のように気遣ってやれない。
悶々と考えていたら身体が冷えてきた。帰ろうと腰を浮かすと、珍しく人が歩いてきた。島の端にあるこの浜には、あまり人が寄り付かない。もともと人気のない場所だったが、夏ぐらいからお化けが出るとの噂がまわり、いっそう人が来なくなっていた。
「えっと、君が五十嵐君?」
40代くらいのおばさんだった。そうですが、と答えると、困ったように顔を顰めた。
「涼を見てないかしら。君とは仲がいいらしいから、知っているかと思ったんだけど」
そういえば、涼は親戚の家にいると言っていた。その家の人だろう。
「涼、帰ってないんですか」
「知らないならいいのよ。ごめんなさいね」
質問に答えず苦笑いをすると、おばさんはそそくさと回れ右をした。日が短いとはいえ、まだそんなに暗い時間ではない。
「何か、あったんですか」
おばさんは足を止めて、笑顔で振り返った。作り笑いがばればれだ。
「何もないのよ」
「じゃ、何で探してるんですか。もっと遅い時間に帰ってたこともあるじゃないですか」
俺は不躾に質問を重ねた。おばさんは一瞬真顔になったが、またぎこちない笑顔で会釈をして足早に去って行く。波の音に搔き消されそうなぼそりとした呟きを、俺は聞き逃さなかった。
「だって海に入られでもしたら困るもの」
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