第2話

 それにしても機嫌よさそうな顔して帰ってらっしゃる。本当に奥様の事が大好きなのですね。


 このレベルだと縁を切るのはなかなかに難しいですね。多分人間関係の8割くらいが奥様で埋め尽くされている。脳内メーカーとか使ったら妻一色じゃないですかね。


 いつも請け負っていたのは依頼された時点で既に仲がよくなかったり縁を切った所で一切問題が無かったりするものばかりでして。


 仲が良くなかった場合は切ってもさして影響がないですし、依頼者にとって悪い縁の場合、相手に何が起こっても仕方ないで済むのです。ストーカーにかける情けなど無し。


 今回は難易度とか鑑みるに料金を通常の3倍くらいにしなければ割に合わないですよ。丁寧に縁を切る準備をしなければならないのですから。じゃなきゃ多分精神崩壊します。


 悲しいことに別れの秋キャンペーン実施中で、価格を一律にしてしまっているので今のまま受けるしかないのですが。


 だって仕方ないじゃないですか。このままだと飢え死にコースまっしぐらだったんですもの。


 口コミで広がるタイプの仕事じゃありませんし。誰か口コミで人が来たのってストーカーを解決した場合くらいですよ。


 偶然見つけてくれることを願う以外にどうしようもないんです。仕事の種類上広告とかも出来ませんし。そもそも金が足りないのですが。


 旦那様の事を見ていると気の毒すぎて正直気が乗りませんが、全力でやっていきます。プロですので。


 とりあえず旦那様の依存度を少しずつ減らしていきましょう。



 まずは帰宅中の旦那様の帰路を通行止めにして、回り道をしていただきます。


 その流れで野球の試合が目に入る通りへ誘導。


『さあ小人対苦天の試合開始です!』


 まだ帰宅まで時間があるのに野球の試合が始まってしまいましたよ?


 流石にスルー。応援しているチームがニ・リーグの優勝を決めるかどうかの重要な試合なのですが。


 それくらいで立ち止まるなら最初から飲み会の誘いに乗っていますね。


 仕方ない。バレたら同業者に目を付けられそうでやりたくなかったのですが。秘儀!試合操作の術!!!


『4番大和田打ったー!!!!これは入るか?入るか?ホームラン!満塁ホームランです!』


 少し焦りましたね。好きな球団の大ピンチですもの。


『しかしその後の打順は振るわず、4点でこの回を終えました。後半小人の攻撃です』


『満塁ホームランで点差を離され、逆転を狙う小人。1番鈴木から上手く繋げていけるのか』


『ここで一点でも返せれば試合の流れが変わってきますがどうでしょうか』


『打ちました!スリーベースヒット!』


 試合を強引に混戦に持ち込むことで興味を持たせてみました。


 そして、


「久しぶり!佐伯じゃないか」


 大学時代の友人達召喚。いつでも会える同僚と違って彼らはめったに会うことの出来ない方々だ。


 なかなか会えない友人に、帰るには時間が状況下での盛り上がりのシーン。これは強いでしょう?


「久しぶり!元気にしててよかったよ。みんなは何の集まりなんだ?」


「何の集まりってわけでもないな。偶然ここにみんなが居合わせたんだ。せっかくだし飲んでこうぜ?一緒に野球応援しようぜ。小人ファンだろ?」


「でも奥さんが待ってるから」


 ガードが堅いですね。女性をこの中に入れていたのはもしかするとミスかもしれません。


「奥さんとの時間が大切なのは十分に分かってるんだけどさ、進藤が来月アメリカに行っちゃうらしいんだよ」


 これは偶然です。私はあくまで人を集めただけで、それ以外は彼らに手は出してません。


「それって本当なのか?」


 ただ、それのお陰もあり、流石に食いつきました。


「実はそうなんだ。忙しくてみんなに伝えることを忘れていたんだ」


「いつ戻ってくるとか分かるか?」


「それがいつになるか分からないんだ……最短でも2年ってことしか」


「それなら……」


 これは進藤さんに助けられたようですね。


 ここからはあなた方の楽しい時間です。私が盗み聞きするのも野暮ですし遠くで待っていることにしますか。


 二時間くらい経ったころ、ようやく飲み会は終わったようです。結局日をまたぐような飲み会にはなりませんでした。


 実際飲み会ってそんなものですよね。店が12時以降空いてるって実は少ないんですし。


 それに社会人は疲れもたまっているでしょうし長時間はきついのでしょう。


 今は大体夜の11時ごろ。本来であれば既に帰宅してお風呂にまで入っている時間なのですが。


 一応飲み会で遅くなるとは伝えていたようですが予定より時間が過ぎていました。


 そのためか酒が回っている中、小走りで帰っていきました。


 11時30分。ようやく旦那様は家に辿り着きました。


 彼は愛する奥様を待たせてしまったことに罪悪感を抱きつつリビングへ向かう。


 しかし実は奥様は家にはいない。


 いつもはこの時間には帰ってきたはずなのに。


「俺が連絡したから遊びにでも行ったのかな?でもこんな時間にどこへ……」


 一抹の不安を抱えたようですね。自身も外で遊び惚けていたのに。


「どうです?奥様」


 私はカメラ越しに家を覗いていた奥様に感想を聞いてみます。


 実は私があらかじめ外で待機しているようにお願いしていたのです。


「いつも私を溺愛しているくせにこの程度で不安を覚えるのね」


 そんなものなのですよ。その人しか見えていなければ特に。まだ第一歩を踏み出したばかりではありますが、ここから先は比較的簡単です。


 少しずつ優先度を下げていけばよいのですから。

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