第4話

 社務所の中は明るかった。畳の上に簡易テーブルが置いてあり、所狭しと座る人たちに大学生がごはんと肉じゃがとみそ汁を配っている。


 「はいどうぞ!」


 さっきつまみ食いをたしなめられていた女の子が、わたしにも笑顔でお椀を差し出してくれる。お礼を言って、受け取るついでに聞いてみた。


 「ありがとう。これはなんの集まりなんですか?」


 「こども食堂ですよ。仕事で帰りが遅くなる親御さんとか、そのお子さんとか、ひとりでご飯食べるのが寂しいおじいちゃんおばあちゃんとか、集まって一緒にご飯を食べるんです。あたしたちは大学で地域社会のことを専攻してるので、ゼミ活動の一環でボランティアをしてます。あ、あたし星野ゆうっていいます」


 星野と名乗った女の子は、話しながらもてきぱきと動いて手を休めない。わたしも自己紹介をした。


 「加藤朝子です。わたし、全然関係ないけど参加していいのかしら」


 「関係なくないですよ」


 「もちろん料金はいただきます」


 別々の方向から同時に声が飛んできた。ひとりは日焼けした青年で、ひとりはロングヘアーのきつそうな美人だ。


 「ご近所付き合いも大切!」


 「料金といっても100円ですけどね。低賃金すぎる。なぜ私ボランティアまがいのことしてるのかしら」


 「こんなこと言ってますけど、この食堂の発案者、この子ですからね。この子は宮下梢で、あっちのは小島太郎です」


「あっちのって言うなよ」


  星野ちゃんは宮下ちゃんの腕をとって言い、小島くんのほうを指さした。ぎゃあぎゃあ言い合う彼らはずいぶん仲がいいように見えた。


 すると、今までどこに行っていたのか、隣の席に少年が座った。


「みなさん、揃いましたねー。ではご唱和ください!いただきます」


星野ちゃんがそう音頭をとると、続けてみんな「いただきます」と言って手を合わせた。一斉に箸と食器がかちゃかちゃ鳴る音、「おいしい」という幸せそうな声が聞こえ、てんでばらばらのおしゃべりがスタートした。


わたしもお椀に口をつける。あたたかくて、やさしい味がした。


「さっきはすみませんでした。僕は朔宵照彦といいます」


隣の少年はわたしに向き直って静かに言った。わたしは慌てて咀嚼していた肉じゃがを飲み込む。


「いいえ、こちらこそ。失礼なこと言ってしまったね」


「いいんです。本当のことですから」


彼はじゃがいもをふうふうと吹いて冷ましている。


「僕は夜しか起きていられないんです。日が出ているうちは石になってしまうんですよ」



 聞けば、こんな言い伝えがあるそうだ。その昔、夜しか起きていられない一族がいて、世界をずっと暗闇にしてしまおうと画策したらしい。でもその計画は失敗して、怒った神様が彼らを石に変えてしまったのだという。改心し、世のため人のために尽くした人だけ朝起きていられるようになったけれど、今でもたまに昼の間だけ石になってしまう子が生まれるのだそうだ。


「この神社は、石になった人たちを鎮魂するための神社なんです。神主は僕の兄です」


「本当にお兄さんなの?!」


 神主さんを見やると、にこやかに会釈された。どう見ても四十歳は超えている。


「石になっている間の時間は止まっているので、僕は生きた年数の半分しか成長していないんですよ。普通に数えれば僕は今頃三十歳です」


「うそぉ!」


 わたしよりも年上だ。彼は淡々と語るので冗談のような気がしてくる。でも私は石像から生身の人間に戻る瞬間をこの目で見ているのだ。


「ところで、朝子さんは、どうして朝子という名前なんですか?」


 両親から、わたしは夜明けとともに生まれたと聞いていた。夏の朝、病院の窓から日の出が見えたのだと。だから朝子。安直すぎる名前だ。


「じゃあ、どんな朝が好きですか?」


「ううん、迷うな。やっぱり晴れている日は気持ちがいいし、でも、雨の朝も嫌いじゃないの。時間がゆっくり流れているみたいで」


 照彦くんは興味深そうにわたしの話をきいていた。彼は、日の入りと共に目を覚ましたように、日の出とともに眠ってしまうらしかった。だから太陽を見たことがないそうだ。映像を見ていても、太陽が出てくるとすぐ石になってしまうので、テレビもネットも迂闊に見られない。その分、人からの伝聞や本で表現される朝を知るのが好きらしかった。


「何か、治す方法はないの?」


「一応、残された文献には、よく日光を浴びること、朝の話をたくさん聞くことと、石になっている間挨拶されること、とか書いてあります。ほとんど眉唾ですけどね」


 そう言って彼はコップの麦茶を飲みほした。


「それじゃあ、毎日おはようを言いに来るよ」


 わたしは気づくとそう言っていた。彼はまたぱちぱちと瞬きをした。


「それで、夜は今日がどんな朝だったか、話しに来るね。もちろん迷惑でなければだけど。それで自転車のお礼になるかしら」


 彼の表情が少し曇った。


「僕はお礼のために自転車を貸したわけじゃありません。それに、毎日なんて簡単に言わないでください。続けるのって結構大変なんですから」


 わたしは胸を張った。


「わたしの唯一の長所って続けることなの。小中高と皆勤賞だし、日記書くのも、500円玉貯金もずっと続けているし、毎日挨拶するくらいわけないわよ」


「なんの効果もないかもしれないのに?」


「それでもいいじゃない。挨拶に理由なんていらないもの」


「昨日も思いましたけど、変なひとですね」


「初対面の人間に自転車貸すのだって十分変よ」


 わたしたちは一瞬の間の後、同時にふき出した。お腹がやさしいあたたかさで満たされていた。


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