第3話

 ぐっすり寝た次の日はバスで通勤して、なんとか早めに仕事を切り上げて自宅に帰り、早速神社に向かった。


 石段の下で自転車を止めて時計を確認すると、約束の時間までまだ余裕があった。


石段の上にはこじんまりとした鳥居があり、その後ろには夕焼けの空が広がっている。柿みたいな色の空が、西にいくにつれてピンクになり、紫になり、濃い紺になっていく。もうすぐ日が暮れるのだ。


 待ち合わせまでの間、わたしは神社をちょっと見てみようという気になった。盗まれると怖いので、昨日彼がしたように自転車を担いで石段を登る。そう長くない階段なのに、上につく頃には息が上がっていた。


 隅のほうに自転車を止めて、鳥居の前で一礼して、真ん中を避けて通る。


 神社は、古めかしい印象だった。そのせいで小さいながら迫力がある。


 社殿の他に、奇妙な形をした石像がある。狛犬かと思って近づいてみたら、違った。狛犬はふつう二体いるけれど、その像はひとつだけだ。人型で、台の上に正座をして、星を見上げるような恰好をしている。暗いせいで顔は見えない。でも、誰かに似ている気がして、わたしは伸びあがって目を凝らした。


 空が暗くなる。日が沈んだのだと思った瞬間、街灯が点いて、わたしは像と目が合った。上を向いていたはずの像と、なぜか目が合ったのだ。わたしは悲鳴をあげた。


「ぎゃー!」


「あっ、ごめんなさい」


 慌てた声が降ってきて、おそるおそる顔を上げる。


 台に座っていたのは昨日の少年だった。


「驚かせてしまいましたね。まさかこんなに早く来るとは思っていなくて」


 そう言いながら慣れた動作で台から飛び降りる。


 わたしは思考が追い付かず、思わず彼を指さしてしまった。


「い、石……」


「はい」


「今、石だったよね?!」


「はい、石でした」


 彼は恥ずかしそうに言った。


 すると、社殿の裏側から神主と思われる格好をしたひとがしずしずと歩いてくる。


 「照、おはよう」


 「おはよう兄さん」


 兄さん?神主さんはわたしを見るとおや、という顔をして、「こんばんは」と挨拶した。人好きのする顔だと思った。わたしは今起きた超常現象で頭がいっぱいで、会釈することしかできなかった。


 「てるさまー!」


 今度は石段のほうから甲高い声が聞こえてきた。息を弾ませながら登場したのは小学校三年生くらいの女の子で、わたしを見ると「誰よ、あんた」と睨みをきかせた。そのあとから登ってきたスーツ姿の女性が、女の子の頭を「こら」と抑え、わたしに「どうもすみません」と言った。


 「照坊、今日は肉じゃがやぞ」


 「ほんっと美味しいから期待していいよ」


 「あんたつまみ食いしすぎなのよ」


 「味見って言ってよ」


 社殿の裏から今度は割烹着を着た大学生くらいの若者たちが出てくる。石段からもぞくぞくと人が上がってきて、わたしが呆気にとられているうちに、境内はすごく騒がしくなった。


 わたしの様子を見かねた神主さんが、


「夕飯、まだでしたら一緒にいかがですか?」


と言った。

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