05

 欲に負けて完食した結果、既にちょっと気持ち悪い。でも、後悔はしていない。

 わたしは立ち上がって青年の方へ行こうとしたのだが、わたしが近付いているのに気が付いた彼はぴゅっと姿を隠してしまう。

 仕方ないので、わたしは途中で脚を止める。無理に近付いても良くないだろうし。


「すごく美味しいご飯をありがとう。貴方がここまで運んでくれた……のよね?」


 これだけ人見知りの激しいであろう彼が運んでくれたのかちょっと怪しかったけど、特に否定の言葉が返ってこないということは、彼が助けてくれたのだろう。


「とても助かったわ。何かお礼がしたいのだけど……とりあえずこれでいいかしら」


 わたしはカウンターにピアスを置く。本当は手渡しするつもりだったけど、彼に渡すのは直接じゃないほうがいいだろう。

 少しして、裏返った声で「は!」という声が聞こえてきた。話すのが苦手なのか、最初の一声が妙に大きいのが、彼の癖のようだった。


「は、廃棄予定の食材で作ったので、お礼とか、そんな、いらないです……。あ、廃棄予定って言っても、腐ってないし、あの、僕も食べるつもりだったので、大丈夫です、はい」


 話すのが苦手、というか慣れていないのかもしれない。今度はめちゃくちゃ早口だった。


「……助けてもらってこういう言い方はどうかと思うけど……、その、貴方大丈夫? ここ飲食店、よね……? 他に店員がいるの?」


 料理の腕は確かにある。さっき食べた豚汁とおにぎりはすごく美味しかった。

 でも、彼に接客が出来るとは、到底思えない。店の造りからして、接客と調理を兼任しないといけないと思うのだが。カウンターキッチンだし。


「あ、ぼ、僕一人、なんですけど……大丈夫……ではないです、正直」


 にゅ、と少しだけ彼の顔が出てくる。

 まあ、どれだけ美味しくても、こういう風に接客されたら、少なくとも通おう、とはならないよな……。根気強い人ならまた別かも知れないけど。ちなみにわたしは他に和食を食べられるところを知らないので通うけど。


「でも、どうしたらいいか分からないし……人は怖いし……。でも、人を雇うほどもう余裕はないし……。あ、す、すみません、こんな話」


 口ぶりからすると閉店までもうギリギリのところまで来ているっぽい。

 折角こんなにも美味しい料理が食べられるのに。


「そうだわ! ねえ、わたしを雇わない?」


 名案、とわたしは手を叩いた。

 そして今度こそ、彼の元に足を運ぶ。しゃがみ込んでカウンターの陰に隠れていた彼に、手を差し伸ばした。


「わたし、行くところ決めてないのよ。お給金は三食ご飯を出してくれればいいわ。お店の余りでもいいわよ、それでも十分美味しそうだもの! ね、どう? 接客の経験はないけど、それなりに出来るとは思うわ」


 少なくとも彼よりはマシな自信がある。


「貴方に助けてくれた恩を返したいの。貴方は料理を作ることに専念して、わたしが接客すればよくないかしら」


 どう? と青年に聞くと、少し迷った素振りを見せた後、彼はそっとわたしの手に、彼自身の手を載せてきた。


「よ、よろしくお願いします。つ、潰れるのだけは、嫌……なので」


「うん、接客頑張るわよ! わたし、ベルティっていうの。よろしくね!」


 彼の手をぶんぶんと振りながら言うと、戸惑うように「ツムギですぅ……」という声が聞こえてきた。

 こうして、わたしの第二……うーん、転生したことも考慮すると第三? の人生は、幕を開けるのだった。

 絶対繁盛する店にして見せるから、よろしくね、ツムギ店長!

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