04
さらさらとした彼の黒髪は前髪が長く、目元が一切見えない。でも、目が見えないのに、がちがちになっているのが分かる。なんでそんなに緊張しているのだろうか。
彼は黙ってすすすっと滑らかに動き、わたしのすぐ傍にあるテーブルの上に、何かを置き、こちらを向いたまま、後ずさるようにカウンターの陰に隠れてしまった。でも、ちらっと顔だけがこちらを覗いている。
あまりにも当たり前のように、というか、すっと来てさっと去ったものだから、声をかける暇もなく。
「あ、ああああ、あのっ!」
覗いていた彼は、わたしに声をかけようとしてボリューム調整をミスったようで、何故か彼自身がびっくりするほどの大声で声を上げた。その声に驚いた彼はカウンターの陰に隠れ、少ししてまた、少しだけ顔をこちらに見せてくれた。
こっちに興味はあるものの警戒心の強い野良ネコを相手にしている気分である。
下手にこちらから声をかけない方がいいだろうか、それとも助け舟を出した方がいいだろうか、と迷っていると、彼の方から口を開いてくれた。
「そ、それ、よければどうぞ……。あの、お口にあうか分かりませんが、食べても害はないので」
「それ?」
今しがた彼がテーブルに置いたものだろうか。テーブルに手をついて立ち上がり、『それ』を見る。
「わぁ……!」
豚汁とおにぎりだった。二十数年間ぶりに見るそれだが、見間違えるわけもない。
「本当にいいの? あっ、お礼を――」
食料と交換して貰おうと思っていたピアスを握るのと同時に、ぐるるるぅ、と盛大な音が鳴り響いた。わたしのお腹から。
自分が聞こえるだけの範囲じゃなくて、明らかに男性にも聞こえてしまったであろう音。大馬鹿をやらかして行き倒れたわたしでも、流石に恥ずかしい。流石に、というか、普通に。
「……さ、先に貰うわね」
現金はないが、宝石のついた装飾品ならたくさんある。手持ちがないわけではないので、お礼は後でも出来るはず。
わたしはよろよろと先ほどまで寝ころんでいた椅子の一つに座り、手を合わせた。
「――いただきます」
ノイギレールの食前の挨拶は、もっと長いのだが、そんなことしていられない。出来立ての料理は出来立てのうちに食べるのが一番である。
豚汁かおにぎりか。どちらから手を付けるか迷って、わたしは豚汁から手を付けた。ずず、と熱々の汁を、行儀悪くもすする。温かな味噌汁が、食道を通って胃に染みる。
ふわ、とわたしを温かく包み込んでくれる半面、これ全部食べ切ったらお腹痛くなるな、と頭の片隅で思った。
約二日ぶりの食事である。固形物をがっついたら、お腹を壊すなり気持ち悪くなるなりするだろうと、簡単に予想はつくのだが……。
「美味しすぎて無理……」
随分と久しぶりに食べた懐かしいその味に、わたしは手を止めることが出来ず、結局完食してしまうのだった。
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