03

 目を覚ますと、知らない天井が目に飛び込んできた。天井は知らない天井だったが、手は赤ん坊になっているわけではなく、まぎれもなく、今のわたしの右手だった。うっすらと、中指に指輪を付けていた跡が残っている。


「――うわっ!」


 起き上がろうとして、わたしはそのまま崩れ落ちた。ベッドどころか安定している場所じゃなかったらしく、どうやら椅子を複数繋ぎ合わせて出来たスペースに寝かされていたらしい。

 べしゃり、と床に倒れ込んでしまい、慌てて立ち上がろうとして、今度はテーブルに頭をぶつけた。踏んだり蹴ったりである。


 辺りを見回すと、どこかの店のようだった。多分、飲食店。テーブル席が二つと、カウンター席が五つ。でも、真新しいというわけではないのに、どこか生気がない。客が誰もいなくてがらんとしているからそういう印象を受けるのだろうか。


 ――ぐるるぅ。


 床にへたり込んだまま辺りを観察していると、お腹が鳴った。わたしのお腹はこんなことになっても元気である。いや、元気じゃないから鳴いているのか。

 近くにあった手持ち鞄を引き寄せ、中身を確認する。……減ってない。

 行き倒れてしまったし、一つくらい減るだろうと覚悟していたのに、全然そんなことはなかった。


 助けてくれたのであろう誰かに、この中の一つを渡して、何か食料を分けてくれないだろうか、と考えていると、ふわ、と懐かしい匂いが漂ってきた。


 これは――お味噌汁!


 転生してからは和食らしい和食なんて一度も食べられなかった。まあ、ノイギレールは粗食であれど別にまずくなかったので、我慢出来なかったわけではないのだが、こうして匂いを嗅いでしまうと、無性に食べたくなる。


 腐っても伯爵令嬢、装飾品の一つとっても、平民の一食にしては有り余る価値を持つものばかり。でも、今のわたしにはそんなこと、どうでもよかった。

 わたしは一対のピアスを取る。ノイギレールにしては珍しい、ノイギ紋の入っていない、シンプルなピアスだ。石は本物の宝石なので、そこそこの値段はする。

 これと食料を交換してもらおう、あわよくばお味噌汁を貰いたい、と思い立ち上がる――と。


「――ぁ」


 声。男性にしては高いのに、確実に男と分かる声。

 そちらの方を見れば、男性が立っていた。その男性の声は、どことなく、森で聞いた泣き声に、似ている気がした。

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