02

 泣き声はすぐに全く聞こえなくなってしまったが、多分こっちだったはず……、となんとなくであたりをつけて歩くこと数分。

 一件家にたどり着いた。

 森の中にぽつん、というわけではなく、一件家から明らかに舗装された道が伸びている。もしかしたら、この道を歩いていけば森を抜けられるかもしれない。それがノイギレールなのかシルヴァイスなのかはわからないけど。

 少なくともロロジーの領地に出ることはないだろう、とわたしはこの舗装された道に感謝した。


「…………」


 この道をたどっていけば、きっと村なり街なり、人のいる場所に出られる。泣き声はもう聞こえなくて、本当に気のせいだったのかもしれない。

 でも、どうにも気になってしまって、わたしは舗装された道を行くのではなく、一軒家のほうへ歩き出した。弟妹の面倒を見続けてきた、お姉ちゃん根性というやつだろうか。


 でも、歩けたのはほんの一、二歩だけだ。

 一度座って、無理に立ち上がって。うろうろとあてもなく歩き回り、立ち止まって。さっき座りこんでしまったのが行けなかったのかもしれない。かもしれない、じゃない、絶対そう。体力が回復しきるまで座っていたわけでもない。どうせ座るのならもう少し長く座っていたほうがよかっただろうか。


 がくん、と脚から力が抜けて、立ち上がれなくなってしまったのだ。

 後悔しても、もう遅くて、目の前は暗くなって来るし、心臓は異常なほどばくばくしていて、怖いくらいに息が上がってきた。


 ――もしかして、死ぬ?


 前世の記憶はしっかりあるが、そのくせ死ぬ間際の記憶だけは曖昧だ。あのときも、こんなふうになったのだろうか。それとも、記憶が曖昧になってしまうほど、即死だったのだろうか。


「――っ」


 死にたくない、と思っても、もう駄目だ。

 あと数歩だけ歩いて一軒家の扉を叩くことも、叫んで一軒家の家主に助けを求めることも出来ない。立ち上がれなくなるぎりぎりまで気が付かなかったが、もうそんな体力がない。いや、もしかして、あのとき、座り込んでしまったときに、体力は底を尽きていたのかもしれない。ただ、気力だけで、ほんの少しだけ、うろうろすることが出来たに違いない。


 死ぬ間際になっても、思い返すのは婚約者のことだった。死ぬのが怖い、とか、そういうのじゃなくて、彼に一矢報いることが出来なかったのが心残りなのである。

 ぎゃふんと言わせたいとか、ざまあと言いたかったとか、そういう未来が欲しかったわけではなくて、ただ、悔しいという念を抱いたまま死ぬのが――つらかった。


 来世では幸せになるぜ……と何故か次も前世(今)の記憶を所持出来る前提で、わたしは意識を手放した。

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