行き倒れ令嬢と森の中のひだまり食堂~拾ってくれた恩は返します!~

ゴルゴンゾーラ三国

01

 ひもじい。


 くるる、とお腹が鳴るたび、どうにも泣きたくなった。ちょっと昨日までは空腹でいら立っていたが、今はもう怒る気力すらない。ただひたすらに、むなしくて、つらかった。

 現在地はどこだろう。分からない。もしかしたら、国境を超えてしまったのかもしれない。

 日本にいたときは、国境を歩いて超えるなんて不可能だったけれど、この世界では――わたしが再び生を受けたノイギレール王国では、歩いて隣国にまで行ける。まあ、国境にデポトンの森という、馬鹿みたいに広い森があるので、歩いて行くような奴はいない。


 ――わたしみたいな大馬鹿以外は。


 だって仕方ないのだ! やけくそになって大馬鹿になるのは道理だったのだ!

 異世界転生なんて物語みたいな体験をできたと喜んだのは最初だけ。生まれてきたノイギレールはゴリゴリの宗教国家で、宗教関連に関してはいっそ無節操と言った方が正しいくらい寛容だった日本とは違い、他教徒を認めず、生活には宗教がしみついていて、日本で生きていたという下地と記憶がむしろ邪魔だと気が付いたのはわたしが五歳になったころ。


 下手に伯爵令嬢とかいう、上には上の権力があるにも関わらず下から舐められないようにしないといけなくて、偉ぶれもせず媚び続けることもできず、という半端な立場の家に生まれてしまい、貴族階級に馴染めず、それなのに教育だけはビシバシとされてきた。

 十六の時に正式に婚約者が決まり、十八の時に結婚するはずが何かと理由をつけ先延ばしにされて早七年。


 二十五とかいう、ノイギレール貴族ではもはや行き遅れも行き遅れという手遅れな年齢で、ようやく結婚ができるかと思えば婚約破棄! しかも相手の次の結婚相手は妹だった。なんで結婚してくれなかったん? 同じ家でいいならなんで結婚してくれなかったん?

 仮に、妹の方が好きになってしまったのならそれはそれでもっと早くわたしを放流してほしかった! 七年も、どうして!

 十八の時に結婚しなかったのなら、その時点でもう妹が好きだったんだろう。じゃあその時に婚約破棄をしろ! 

 十八で婚約者がいない、というのは遅れてはいるもののまだチャンスがある年だった。どうして二十五まで拘束したんだ。


 余りの怒りに、勢い任せで「よろしくってよ! こんなに馬鹿にされて、わたくし、ベルティはいっそロロジーの名を捨てますわ! 二度とわたくしの前に現れないでくださいまし、ごきげんよう!」と今まで一度も使ったことのないようなコテコテのお嬢様言葉で叫び、ノイギ紋という、ノイギ教徒であることをあらわす模様の入った指輪を婚約者に投げつけたのが――一週間前の話。


 怒りで思考力が幼児になっていたわたしは、手持ち鞄に適当に宝石の付いた装飾品を詰め込み、持っているドレスの中で一番動きやすそうなものに着替え、そのまま家を飛び出した。

 追手は来なかった。

 ロロジーの家名を捨てると言った上に、ノイギ紋の入った指輪を投げ捨てたのがまずかったのかもしれない。

 誰一人として、わたしの後を追ってきてはくれなかった。仲の良かったメイドや、可愛がっていた弟妹たち(件の妹以外にも下の子は一杯いるのだ)、誰一人として。ちょっと泣いた。嘘、泣いてない。


 そんなわけで、大馬鹿になったわたしを冷静にしてくれるタイミングはなく、デポトンの森に入って、迷子になって、ようやくわたしは大馬鹿を自覚した。

 歩く脚を止め、手持ち鞄を椅子にして座り込む。


 手持ち鞄の中には売れそうなものしか入っていない。ノイギレールを出て、隣国のシルヴァイス王国についたら売っぱらって生活費にしよう、と思っていて、一つも売っていない。どう考えてもノイギレールで少し売って、食料に変えて置くべきだった。


 デポトンの森に入ったばかり……つまりはノイギレール側の森は、まだよかった。図鑑で見たことがある、食べられる木の実や葉っぱを見つけることができたから。美味しいかどうかは別として、ものを食べる、というのは達成出来ていた。

 しかし迷って二日目。完全に見たことのない植物ばかりになってしまい、それらを口にすることは、どうにもはばかられた。


「これからどうしよう」


 どうしようもなくて、膝を枕にするように、体を折りたたむ。

 ふっと、一瞬意識が遠のいた。ずっと歩いていたからか、気が緩んだのかもしれない。これは早急にお腹に何かを入れねば。行き倒れる。デポドンの森に大型の獣は住んでいる話は聞いたことがないが、それはあくまでノイギレール側の話。

 そうでなくたって、こんな森の中で行き倒れたら、もう餓死あるのみ。獣に食い散らかされなくても、死ぬ。


 はあ、と深く溜息を付いたとき――誰かの泣き声を聞いた気がした。


 まだわたし、泣いてないのに。

 そう言ってしまいそうになって、わたしは首を横に振った。絶対に泣かないし泣いていないし、違うのだ。


 ぐすぐすと鼻をすするようなその泣き声は、気のせいだったかもしれない。でも、誰かいるなら森からの出方を教えてくれないだろうか、でも泣いているなら同じように迷子だろうか、と思いながら、わたしは必死の思いで立ち上がり、その泣き声の主を探した。

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