第5話…追い打ち

――聖騎士団団長――


奴隷商の裏口から、捨てるようにたたき出された

「ほらよ」

化粧ポーチを叩きつける様に、投げつけられる、今の唯一の持ち物だ。ロペちゃんが用意してくれたみたい。今さら化粧ポーチなんて使わないけどね。


これ、シキちゃんのクリスマスプレゼントだったんだよね。よかった、捨てられなくて。


「金は頂いとくぜ」


宰相からもらった生活費は取られた。

それに関しては文句はない。それに見合う生活だったし…

何より、借りを作っていないという安堵感あんどかんが胸に広がる。


顔はパンパンに腫れ上がってる、と思う。口の中も血であふれている。右手の爪ははがれ落ち、全身打撲で歩くのもままならない。


はは、異世界って女の子でも平気で殴っちゃうんだね、はは…


治療院に行く金もないや、ポーションって売ってるのかな、はは…


ブツブツつぶやきながら歩く、なぜって?そうやって気をちらしながら歩かないと贖罪意識しょくざいいしきで胸が押しつぶされそうになるかだ。


夕暮れの街をボロボロになり足を引きずる私を見て、誰しも避けて通る。

まぁ、当たり前だよね…

私でもそうする。


遠くから、何かがもの凄い勢いで近づいてくる。

牛か?

人間…兵士?…騎士だ…あ、女性…綺麗…


銀色の髪の毛をはためかせ通り過ぎてゆく、速い!

あまりの美しさとアンバランスさに、目が釘付けになる。首が痛いので振り向くことはできなかったが…


少し間を置いて、呼び止められた。


「あなた、大丈夫ですか」

さっきの、騎士だ。引き返して声をかけてきた。

女性ビルダーを思わせる筋肉と、引き締まった体。バランスの取れたたたずまい。

そして、体とおっぱいが見事にアンバランスだった…


カッコイイ…

思わず見とれた。

それから、おっぱいをもう一度見つめていた。

つい、無意識にやってしまったのだ。

どんな逆境にいても、人は美しい物にかれちゃうな…


「なな、どこを見てるんです…」


顔を赤らめて胸を隠す仕草をする騎士様、カワイイ!

まぁ、腕で隠しても隠しきれませんけどね…


「ごめんらさい、キレイらったので、つひ…あ、これれすか、はは、ひょっとケンカひまして…」


なんだろう、心配してくれているのに顔を見ることができない。うつむいたまま答えた。


「い、いや、これは普通の喧嘩じゃないですね」

「わかりました…」

「ただ、このまま見過ごすわけにもいきません。私は急ぎの用があるので、あなたを治療院に連れて行く事はできません」


騎士様がおもむろに金貨をだして、私の左手に握らせ、治療院の場所を教えてくれた。


「あ、あの」

「私はこの国の聖騎士団団長を勤めているアヴァ・キャンベルといいます。何かあったら私を訪ねて来てください」


美麗で優しく、穏やかな口調。事情を察する心配り…

何このイケメン騎士


よほど急いでいたのか、喋り終わると、すぐさま去って言った。

私は、うつむき気味に、騎士様の去ってゆく姿を、ただ眺めていた。


ありがとうって言えなかったな…

今度会ったら伝えなきゃ。


もらった金貨を、もう一度見る…

あ、これ、白金貨だ…

白金貨は日本だと100万円相当だ。


「うっ、くっ、うううっ…」

枯れたと思った涙が、あふれ出して止まらない。



――追い打ち――


教えてもらった治療院に向かっているのだけど、痛さとダルさで、動けなくなった…

ダメだ、少し休まないと…

通りで倒れることもできないので、路地に入って座って休むことにした。


置いてあった樽に、寄りかかっていたら、いつの間にか寝ていた…



寒さで目が覚めた。外は真っ暗。

秋も終わりの季節だ、あのまま眠っていたら凍え死んでいただろう。

ローブは、はぎ取られたしね…


「いっつぅぅぅ!」


痛みはさらに増している。幸いダルさは薄れたみたい。何とか歩ける…

動くたびに痛みが襲ってくる。初めての体験だ。体験したくはなかったけどね…


路地から通りを見渡すと、酒に酔った男たちの姿が見える。

そう言えば、奴隷商と歓楽街かんらくがいって、近くだったな…


酒に酔った2人組が、私に気づいて近づいてくる。


「おじょぉさ~ん、ヒマなら俺たちと、あ・そ・び・ませんかぁ」


この世界は外灯も少なく、薄暗い。

私のパンパンに腫れ上がっている顔は、確認できなかったのだろう。


この時もう少し前に出て、腫れ上がった顔を見せていれば、2人は気味悪がって、さって行ったと思う。


「ひっ、、ひかよらないでちかよらないで


ほんの少し前、男たちに暴力を受けた私に、そんな事を考える余裕など、全くなかった。

だた、ひたすら怖かった…


路地の後ろに後ずさりしたが、男たちは顔を見たかったのだろうか、詰め寄ってきた。


逃げなきゃ…

路地に立てかけてあった木材を、男たちに向けて倒して逃げた。

ガラガラ、ガッシャーン


「っのやろぅ」


男たちの顔は猟奇りょうきに駆られた顔に豹変していた。

弱い者を狩ることに、歓喜かんきを覚える。たちの悪い最低な男たちだ。



「られかぁ、たひゅけてぇ」

水を飲んでいないせいか、のどがカラカラ、大きい声もでない。

パニックになっていた。火事だ…と叫べばいい事も忘れていた。


…ハァハァ、何とかしなきゃ…何とか…

身を守る物はなにも無い。あるのは化粧ポーチだけだ…


1分もしないうちに追いつかれた。

追いつかれたと言うより、痛みで転んでしまったのだ。


「はい、ここまででした~」


2人の顔は怒りではなく、喜びに満ちあふれていた。

世の中で1番みにくい顔だと思う…


男が襟元をつかみ、顔を確認しようとした。よほど顔が気になっていたのか…


「うわぁぁぁぁぁ」


「こっ、こいつ、はやりだ」


突き飛ばされた。

私の顔は、腫れ上がった顔に加え、黒い斑点はんてんが無数にあったのだ。

《はやり》とは流行り病のことだろうか?


逃げている間、アイペンシルで顔と胸元に、斑点はんてんを描いた。

ばれなければ、最悪の状況を回避できると思ったから。

いや、逆効果だったのかも知れない…


襟元をつかんだ男が、狂ったように怒りだした。


手を使うことはなかった。《はやり》が怖かったのだろう。

肌が見えている所以外を、足でずっと蹴られていた。

痛さで限界の筋肉に、さらなる打撃が加えられる。


筋肉が意味不明な信号を送ってくる。痛さを越えた痛さ…


「…*▲ウェ^%○ギャァ◇#…」


何とも形容しがたい奇声をあげる私。もう、何が何だかわからない…


気が済んだのか、最後の蹴りを放ったその後…

チャリーン…


ポケットに入れた白金貨が地面に転がった…


「ん…なんだこりゃ」

「は、は、白金貨じゃねーか」



「かえひて…」

…お金が欲しいわけじゃない…


「1ヶ月は遊べるぜ」


「おねらい、かえひて…」

…お金が欲しいんじゃないの…


「治療費だぜ、いいな」


「かえひぇよぉぉ」


それを持って行かれたら

あの時の優しい笑顔の騎士様に、申し訳なくて、申し訳なくて

あの笑顔を汚した気持ちになって…

辛くて、辛くて…

「がえせっっ、っってんだおぉぉ」


「ひっ」


私はどんな顔をしていたんだろう。男たちは足早に立ち去っていった。

追おうにも、体が言う事をきかない。歩くことすらできない。


仰向けに転がった。

あぁ、星がきれいだなぁ…

手に取れるほど、近いなぁ…

私は多分、ここで死ぬ。

うらみは無い。

原因は私自身、異世界に浮かれて大切なことを忘れていたみたい。ここはリアル、以前と全く変わらない…


親切にしてくれたロペちゃん、騎士様、ごめんなさい。

「ぐふっ」

優しかった2人の子供達、何もしてあげられなくて、ごめんなさい。

「ううう」

シキちゃん私、2回死んじゃうよぉ…

「あぁぁぁぁん」


涙が止まらない…

そして

意識を失った…



――シスターマリア――


天主の御母 イラ

罪人なるわれらのために

今も臨終の時も祈り給え

そうでありますように…

今日も1日終わりね、明日も早いし、朝の支度したくして、休みましょうか。


「あら、珍しいですね、啓示だなんて」


そう言ってマリアは外を見回す。


細い光の筋が遠くに輝く。


「あそこは、歓楽街の方かしら」

「急がないとね」


修道服しゅうどうふくの裾をまくし上げて、マリアは光の方へ走り出した。


どの様な訓練をすれば、その格好で、そのスピードで走れるのか…



「え~と、ここら辺だと思うのですが…」

「あ、あれかな」


死体では、ないですよね…

「よいしょ…と」

「きゃっ」

思わず手を離した…

ゴンと鈍い音がした


「あっ、ごめんなさーい」


マリアは静かに祈りのポーズをとった。

「あぁ、女神イラよ、あなたは子羊に《はやり》の試練をお与えになるのですね」

「あなたに命を捧げたこの身、どんな試練も受け入れましょう」


「あら、あらら」

よく見ると目の周りの黒い斑点はんてんが、にじんでぼやけている。


顔を触って確かめる…


「なるほど、なるほど、そういうことですね…

 この娘、機転が利きますね…

 ふふ、この世界では、それ重要ですよ…」


「でも、早くしないと死んじゃうわね」

マリアはルビィの体をひょいっと抱え上げた。お姫様だっこだ。

「軽いわね」

頭はあまり動かさないようにしないとね…


来たときと、ほぼ同じスピードで走り始めた。

ルビィの体はほとんど揺れていない…


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