第2話
葬式で彼女の友人に出会った。
目元は明らかに腫れていて、少し赤いように見えた。唇は垂れ下がり、やつれたような顔をしていた。
傷ましい様子である筈なのに、整えられた髪型や光沢のない無機質な服装が、その人の悲しみを閉じ込め、無頓着な人間へと見せていた。
その人は少し彼女の棺を見遣ると、やおら立ち上がり、その場を後にした。足取りは覚束なく、時折震えてはつまずきそうになりながら、外に出ようとしていた。
あれが悲惨なのであった。
足許も定まらぬまま、ただ漠として経巡りを繰り返しては、つと訪れる侘しさに逆らっている。乾いた唇の所々に血を滲ませながら、気怠そうに息を吐いた。唇は震えていた。
「──見ていられません」
驚いたのは、その言葉が私の裡からではなく、その人から出たことだった。明察の言葉は、私の心情を掬い上げたかのように口にされた。ただしその人が言ったのは、勿論自身のことではなく、彼女の葬式のことだった。
「あなたもそう思うでしょう? 彼女があのような箱に入れられて、花やら何やらで飾り付けられている様子なんて。見ていられません」
私は花に囲まれた彼女の姿を思い出した。
じんわりと浮き上がる、薄く蒼ざめた顔。白い花弁が微睡むように揺れ、頬を撫ぜた。
それが美しくとも良かったし、醜く見えたとしても良かったのだ。その様相をじっと見つめている内に、彼女はもう、そこに居ないことが分かったのだから。
「死んだ人の幸いを祈ることはできませんか」
「死んだ、なんて乱暴な。生き終わったと言ってください。彼女なりに見たいものを見て、したいことをして、真っ当に生きた結果なんです。たとい他人からそう見えなかったとしても、彼女は十全に生きたのです」
そう言って、その人は涙を流した。透き通るほどの睫毛の間から、とろりと溢れ出した不安の塊。大粒の涙は、時折真珠のようにきらきらと光った。綺麗だった。
綺麗な涙は一睡の内に見る夢のようだった。
──ああ、この人は知らないのだ。
彼女があんなに苦しんで、生など受け入れがたく、思い悩んで死に圧倒されたことなど知る由もないのだ。
それが悲しくもあり、心のどこかで安堵している自分がいた。
彼女は私以外に、あの妄執とも言える蟠りを吐露していなかったのだ。その事実は私に微かな優越感を与えた。だが、それと同時に彼女の本当の姿が、何者かとの繋がりが、私以外にあり得ないものであるということを悟った。
辛く、儚く、心許ない気持ちがして、その人から目を逸らした。
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