第5話 僕はパンツと叫んだ




 織畑の家に行くのは久方ぶりだった。


 武家屋敷という外観がしっくり来る古風な家なんだけど、内装は現代風になっていて、ちぐはぐな印象がある。


けれども、家や庭が広いことで圧倒されて、そんなちぐはぐさは些細な問題に思えてしまう。


 玄関には質屋に持って行っただけで僕の一年分の小遣いになりそうな、成金趣味な像や絵があるのも相変わらずだった。


どれも高価なものだとは分かるのだが、如何ほどの価値があるのかは僕には分からない。


「牝豚が帰っているかどうかだな」


 宗生はそう言って、僕をリビングルームに案内した。


 相変わらず、応接間なのかリビングルームなのか判断に迷う部屋だ。


 革張りのソファーが平然といくつも置かれ、床には虎の皮のカーペットらしきものまで敷かれている。他にもこれでもかとばかりに調度品が置かれており、お金持ちの悪趣味全開といったところだ。


「霊能力者って儲かるものなのか? 最近はスピリチュアルだったっけ?」


「うちは一応宗教法人だよ。御礼だと言って寄付してくる人が多いそうだ。詳しくは聞いていないが、オヤジの商売相手に金持ちが多いだけじゃないか? あの牝豚がオヤジの跡を継ぐんだろうし、我が家は安泰だ! そう、安泰なのだよ! だがしかし! 将来、俺は家を追い出される事になりそうだが……」


 最後にさらりと大変な事を口にしていたような気がするが、僕はあえて聞かなかった事にした。


「……追い出される? そんな心持ちだから、あなたはいつまでも駄目人間なのよ。あ、駄目人間に失礼ね。あなたは何もできないんじゃなくて、何もしない怠け者ね。でも、動物のナマケモノと勘違いしないでくれるかしら。あなたと一緒にされたら、ナマケモノが可哀想だわ」


 透き通るような声だけど、どこかトゲのある女の声だ。


 声は僕の背後からしたので、誰だろうかと思って振り返ると、その人物と偶然にも目があった。


「……花ちゃんね、小細工を弄したのは」


 織畑睦美はびっくりしたかのような表情を見せるも、すぐに懐かしそうな、それでいて恥ずかしそうな形容しがたい目をして頬を赤らめた。


 腰の辺りまで伸びているストレートの黒髪。綺麗な髪以上に存在感のあるキリッとした目。何よりも整った顔立ち。モデルでもやっているかのような体型をしていて、ついつい見惚れてしまう。


しかも、この辺りではお嬢様女子校として有名な白雪女学院の制服を着ているのだが、制服に着られているどころか着こなしている。


高校生になった睦美を見るのは今日が初めてだったけど、全体的な印象は昔のままだ。


「待っていなさい。用意してくるわ。でも、宗生。あなたは存在そのものが邪魔なのよ。私の視界……いいえ、私の五感の範囲外に行っててもらえないかしら」


 僕に見せたのとは別物の、威嚇するかのような鋭い目で宗生を一瞥した。


「い、言いやがったな!! め、牝豚め! お、覚えていやがれ!」


 宗生はその威圧感に一秒も持たずに恐れ戦き、何歩か後ずさりをした後、逃げるように部屋から出て行った。


 ……宗生。捨て台詞がチンピラっぽくて、かませ犬にさえなってはいないよ。


「昭夫……あなたの中で時は止まったままかしら?」


 逃げていった宗生などもう興味がないのか全く気にする素振りさえせずに、僕にそう尋ねてきた。


「……どういう意味?」


「ソファーに座って待っていなさい。私を待つくらい、あなたならば当然できるわよね?」


 質問に質問で返したのが不味かったのか睦美は何も言及せず、優しげな笑みを口元に刻んだ後、僕にその背中を向けた。


 その背中にも威厳があった。


 その背中を見ているだけで分かる。


 宗生程度の一介の変質者では敵わない、と。言うなれば、生きているステージが異なっているのだ、宗生と睦美とでは。


 言われるままソファーに座ってしばらく待っていると、


「待たせたわね」


 黒をベースにしつつ、白いヒラヒラとした布地が至る所に縫い付けてあるゴシックロリータと言われる洋服を着て、右手で何かを握りながら現れた。


やはり、ゴスロリの衣装に着せられているのではなく着こなしていた。


睦美はどのような洋服であっても存在感を保持し続ける事ができないのかもしれない。


「これを頭にかぶりなさい。そうすれば、頭の緩いあなたでも理解できるわよ」


 睦美は僕の前まで来て、手にしていた白い布のようなものを差し出してきた。


「それって、僕が馬鹿って意味だよね?」


「ええ、そうとも言うわね。でも、私は馬鹿だなんて一言も口にしていないわ。ただ頭が緩いと言っただけなのだから四の五の言わずに受け取りなさい」


 なんだろうか?


 睦美の頬が若干赤く染まっているし、僕と目を合わせそうともしないでいる。


 僕との再会がやっぱり嫌だったのかな?


 僕の事が嫌いになっているから目を合わせたくないとか?


「分かったよ。受け取ればいいんでしょ」


 僕の事が嫌いならば手早く済ませた方がいいと考えて手を前に出すと、睦美は手にしている白い布を大切な宝物であるかのように優しく渡してきた。


「四の五の言わずに頭にかぶりなさい。それがあなたと私と花ちゃんの罪と罰なのよ」


 僕の目を見ずに真摯な口調でそう言ってきた。


 僕と睦美と花子の罰と罪?


 それってどういう意味なんだろう?


 この白い布、しっとりというか、じめっとしているね。


 それに、人肌のような温もりがあるし、ちょっと汚れているみだいだし、なんだろう、この布は?


 白い布を何気なく広げたのだけど、その布の正体が分かった瞬間、僕は思いっきり鼻白んで、一瞬だけ僕の時が止まった。


「ぱっ、パンツゥゥゥゥゥッ?!」


 ハッと正気に戻るなり、僕は叫んでいた。


 どこをどう見ても、どんな角度から見ても、ヒラヒラとした女物のパンツだった。

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