断罪 ―ルスト事実を告げる―
「ふん、ただの田舎の貧乏候族じゃないの」
「マリーツィア!」
娘の迂闊な発言をアレディア夫人は一括して
アレディア夫人は詫びの言葉を口にして先を促した。
「失礼いたしました。お話を」
「はい」
私は冷静に言葉を続ける。
「現在、中央上級学校の財政は特段問題ある状態にはありません。そうまでして寄付を求める理由は見当たらないのです。ですがアルセラ嬢は学校から寄付が未だにないことを問い詰められました。
アルセラ嬢が〝財政上の問題からすぐにはできない〟と答えると学校側は態度を一変そこから大きな問題が始まります」
そして私はマリーツィアに視線をぶつけながら明確に言った。
「いかなる因果関係か、アルセラ嬢が寄付を断ったその翌日から執拗ないじめが始まったのです」
そこで言葉を一区切りする。マリーツィアは視線を逸らし、アレディア夫人は落ち着き払った様子を見せながら私の方をじっと見つめていた。
娘のマリーツィアは明らかに焦っている。母親のアレディア夫人は反論する言葉を必死になって選んでいる。私は遠慮せずにはっきりと告げた。
「最大の問題はこのいじめの首謀者がそちらの御令嬢であるマリーツィアさんであると言うことなのです」
「嘘よ!」
私が言い終えるか言い終えないかのうちにマリーツィアは大声をあげた。冷静さを失ってヒステリックに喚き立てた。
「嘘よ、そんなの嘘よ!」
「落ち着きなさい! マリーツィア! お客様の前ですよ!」
娘を強く窘めて沈黙させようとする。返す刀でアレディア夫人は私の方へと言い放った。
「おとなしく聞いていれば2級傭兵の分際で言いたい放題! うちの娘がいじめを働いてると言うのであればどこにそんな証拠があるというのですか? 些細なことでいじめられたと思い込んでいるだけではないのですか?」
大人しくこちらの話に耳を傾けていたと思えば、こちらの出方を伺っているだけにすぎなかった。
「だいたい、そもそもにして、歴史ある格の高い首都中央上級学校です。候族階級の身分であるなら自ら学校に寄付をするのは当たり前でありある種のステータス!」
アレディア夫人ははっきりと言い放った。確かにそれは側面の事実だ。金のある格が高いと自意識を持っている候族ほど喜んで寄付をするものだからだ。
だが、モーデンハイムに限らず本当に格の高い上級候族と言うのはむやみやたらに金を落とさない。金銭に頼らずに社会に貢献する道を心がけるのが常だからだ。
それに特定の施設や団体に金を落とすよりも、自ら社会慈善事業を起こし、社会全体に対して資金提供や投資をする方がより多くの人々を助けられるということを長い歴史の中で分かっている。
本当の候族と言うのはそういうものなのだ。
だがアレディア夫人は言った。
「それにそもそも、寄付ができるような持ち出しすら用意できない貧乏候族! 辺境の田舎者風情が候族社会の流儀に乗れず恥をかくのはよくある話! 無作法な貧乏娘が学校とどんな軋轢に陥ろうとそれはあくまでも本人と学校との問題、当家には一切関わりのないお話です!」
私は反論せずにじっと彼女の言葉を聞き入っていた。
「ワルアイユはそもそもが辺境領、西のはずれの国境近く、自然と畑しかないど田舎の領地の人間が映えある中央首都オルレアにノコノコ出てきて候族社会に混ざろうと言うのがそもそもの間違い! 学校の講師の先生方がご苦労なさるのもわかろうというものです」
アレディア夫人は立ち上がると私を見下ろしながら言い放った。
「どうやらあなたは、アルセラさんの学校にまつわるごたごたが私の娘のマリーツィアに原因があるとおっしゃいたいようですがあまりに事実無根な事を口になさいますとただでは済みませんことよ」
そして彼女は畳み掛ける。
「お帰りください。これ以上お話しすることは何もありません。それと同時に当家への出入りを一切禁じます」
大声で一気呵成に語るアレディア夫人だったが、私は立ち上がらなかった。彼女の威圧を正面から無視して私はある事実を説明する。
「こちらのグース家は中級候族とお聞きしております」
「それがどうかして? お帰りください!」
「私の話は終わってません。あと少しだけあなた方の知らない事実についてお話しさせていただいて帰らせて頂きます。それに聞くだけならタダです」
そう言われてアレディア夫人は矛先をすこし収めた。無言のまま席に座りなおす。
「確かにおっしゃいますように、ワルアイユは辺境領です。候族としての家格も中級候族です。ですが辺境領という意味を正しく理解してらっしゃる方は意外と少ないのです」
ふてくされてそっぽを向いていたマリーツィアが不意に振り向いて聞き返してくる。
「どういう意味?」
「辺境領とは田舎という意味ではありません、これを勘違いしていると赤っ恥をかくんです」
「えっ?」
思わぬ不意をつかれて二人とも焦りを顔に浮かべ始めた。
「国境線に隣接し敵国の侵略行為の緊張下にあり、国家の正規軍と連携して常に軍事活動の協力を行い、国土防衛の必要に応じ即時戦闘行動を行う体制作りを義務付けられている特別な領地――これをもってして〝辺境領〟と呼ぶのです」
「なによそれ」
戸惑うマリーツィアに対してアレディア夫人は意表を突かれたようだった。頭の血の巡りの悪いマリーツィアに対しても分かるように私は噛み砕いて言った。
「つまり国を守るために特別な義務を背負いこれに答えている由緒ある領地とその領主、これを持ってして〝辺境領〟並びに〝辺境候〟と呼び称します」
私は更に畳み掛ける。ここからが重要だからだ。
「辺境領はこれら国を守るための功績故に家格を一つ上に扱われます。下級であれば中級として、中級であれば上級として、格別の礼をもって取り扱うのが本来の常識です。ワルアイユ家は中級候族ですが辺境領ゆえに上級候族待遇となります」
この事実を告げた時、アレディア夫人の顔には驚愕の表情が垣間見えていた。彼女の気持ちを言葉で例えるならまさに『しまった!』と言う状態だろう。
「これに加えて国境線防衛に過去200年間にわたって領地を守り続けてきた歴史に対する武功が加算され、さらにそこにアルセラ嬢ご本人が先のワルアイユ動乱にて国境線防衛戦の道義的責任を見事に果たしたことで、アルセラ嬢ご自身にも武功が認められています」
そして私は一つの事実を整理した。
「辺境領として上級候族として扱われ、さらに二つの武功により、上級候族としても中程度以上として遇される事がすでに確定しています。そこで改めてお聞きいたします」
私はそこで立ち上がって二人に対して突きつけた。
「こちらのグース・レオカーク家の家格はどの程度でらっしゃいますか?」
そういうことなのだ。
同程度もしくはワルアイユの方が下であるなら、彼らが知らぬ存ぜぬを通すこともできるだろう。だが相手の方が遥かに格上となればそういうやり方は一切通用しない。
「そ、それは」
マリーツィアは一気に言葉を失った。アレディア夫人は努めて冷静を装うので精一杯だった。
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