ルスト名乗る ―マリーツィアの怯え―
そして私は彼女たちに断罪をするようにあるものを差し出す。
私はいつもの傭兵装束の着衣の中に隠しているあのペンダントを取り出した。以前のものより改良されて外側の緑色の殻は後ろ側にある小さなレバー一つで左右に甲虫の羽のように開くことができる。
――カパッ――
小さく小気味良い音を立ててそれは開いた。
「これ、見えますか?」
「そ、それは」
「まさか」
「そう。――人民のために戦杖を掲げる男女神の紋章像――、これはとある上級候族の物です」
そこまで見せられて彼女達はようやく気がついたようだ。
「ま、まさかあなたは?」
「十三上級候族の?」
「その通りです。私の本当の名前は〝エライア・フォン・モーデンハイム〟モーデンハイム家現当主の孫にあたります。それともう一つ、エルスト・ターナーは私の傭兵としての別名です、加えて言うなら私は2級ではなく〝特級傭兵〟です」
そこまで言い放ったところで私がここに一体何を訴えに来たのか頭の血の巡りが悪い二人でも理解することができたようだ。
アレディア夫人は蒼白の表情で言い始めた。
「あなたがワルアイユ領の戦闘で協力したということは、ワルアイユの後ろにいるのは!?」
「その通り。我がモーデンハイムです。ワルアイユ領領主アルセラ候の身辺事情におかれましては、アルセラ候ご本人の『周囲の方たちを不用意に威圧したくない』と言うお心遣いに準じ、あえてモーデンハイムの名を声高には
名乗っておりません」
それは事実だ。モーデンハイムの存在がはっきりと分かってしまうと、アルセラがかえってやりづらいだろうと私のお母様やお爺様が内々に配慮していたのだ。
「ですが今回、それが完全に裏目に出たようです」
そこで私は立ち上がって二人に対して改めて告げた。
「こちらの方で確保している明確な証拠に基づいて改めて抗議させていただきます。
当家が後見人として支援しているワルアイユ家の現当主アルセラ嬢に対して、グース・レオカーク家のご令嬢マリーツィア様が〝執拗ないじめ〟を行なっております。これにより現在、アルセラ嬢は心身ともに衰弱しており看病が必要な状態。大事をとって自主的に学校を休ませて頂いております」
「そ、それは――」
マリーツィアが言い訳をしようとするが私はそれを遮った。
「話はまだ終わっておりません。アルセラ嬢が今現在登校が困難な状態であるのは厳然たる事実です。これの原因があなたにある事をお認めになりますか?」
「それは、その――」
蒼白という言葉が生易しいほどに真っ青な顔で下を向いてしまった。隣にいるアレディア夫人はそれまでの強気の態度はどこへ行ってしまったのか言葉を失っていた。だが言うに事欠いてあろうことか、
――パアンッ!――
アレディア夫人はその右手でマリーツィアをおもむろに平手打ちにしたのだ。
「何をしているの! この馬鹿っ!」
「お、お母様?」
「よりによってモーデンハイムにつながりのある人に手を出したなんて!? どうすれば良いのよ!」
「そんな? だってお母様だって」
「黙らっしゃい! あなたが何かしでかすたびにどれだけ尻拭いさせられたと思っているの!」
「そんな!? お母様だって父母会でアルセラみたいな辺境からの入学者や編入者が増える事にずっと反対してたじゃない!? 西のはずれの田舎者ってあたしに散々言って聞かせてたじゃない?! あたしだけが悪いの?」
「うるさい! この馬鹿娘!」
私はそこで足を強く踏み鳴らした。
――ドンッ!――
その音に驚いて二人の動きが止まる。
「醜い内輪もめは後回しにしてください。マリーツィアさん。ひとつだけあなたに質問があります」
「は、はい」
今この最悪の状況下で私が出す質問。彼女は完全に怯えた目で私を見ていた。私は声の抑揚を抑えてあくまでも冷静に彼女に問いかける。
「あなたはご自身の意思でこの〝いじめ〟を始められたのですか?」
「―――」
マリーツィアはすっかりしおれて下をうつむいて言うべきか言わざるべきか迷っている。不安と動揺の真っ最中にある彼女に対して、母親のアレディア夫人はヒステリックに喚き立てた。
「どうなの!? 早く答えなさい!」
「やめなさい!」
私はアレディアに対して叩きつけた。
「今回の問題の一つに親であるあなたの教育にも大きな問題があるのは事実です! 今さらマリーツィアさんに対して強い態度に出れると思ったら大間違いです!」
そして私はあらためてマリーツィアに告げた。
「私はあなたが悪くないとは言わない。あなたにも支払うべき代償も負うべき責任もある。でも、あなただけが悪いわけじゃない。今大切なのは問題の根本的原因になっている人たちに最終的な詰め腹を取らせることです」
私は立ち上がると怯えきっているマリーツィアの近くに歩み寄り彼女の肩にそっと触れながらこう問いかけた。
「あなたがいじめを働いていたのは事実。おそらくは小さい頃から気に食わない子に嫌味を言ったり些細な意地悪を働いたり、習慣的にそういう事を繰り返していたはずです。そうですね?」
マリーツィアは弱々しく頷いた。そこには初めて対面した時の気の強そうな彼女はもうどこにもいなかった。
左手で彼女の肩を触れ右手で彼女の手を握る。その状態で私は彼女へとさらに問いかけた。
「おそらくは自分自身ではこれは良くないことだと心のどこかで思っていたんだと思います。だから今まではちょっとした意地悪程度でなんとか収まっていた」
その言葉にもマリーツィアは頷いていた。彼女なりに苦しい胸のうちの中でどう毎日を過ごしたらいいのかと、もがいていたのだ。
苦しさの中に埋もれて生きている人はすぐ隣の人たちに優しさを向ける余裕すらないのだから。
「でも今回は、ある事実が加わったことであなたご自身では抑制が利かなくなってしまった。心当たりがありますね?」
マリーツィアは震えながらはっきりと頷いた。
「あなたにアルセラを責め立てるように仕向けた人間が居ますね?」
長い沈黙の後にマリーツィアは頷いた。
「はい」
「それは誰ですか?」
「それは――」
言葉が出てこない。彼女にもその人物の名前を言う事はある種の恐怖なのだろう。
「マリーツィアさん。勇気を持ってください。犯してしまった事実は変えられなくとも、これからのあなたが過ちから手を切ることはまだできます」
「本当ですか? 私にもまだできますか?」
「大丈夫よ。自信と勇気をもって!」
「はい」
マリーツィアは涙を流し始めた。そして、震える唇である人物の名を口にしたのだ。
「中央上級学校の生徒指導主任のマイゼアル先生、そして、教頭のヴィスキオ先生です」
「えっ?」
驚きの声を上げたのは母親のアレディア夫人だ。
「学校の先生に命令された?」
マリーツィアはすすり泣きながら頷いた。そして、それまで心の中で押しとどめていた複雑な思いを明かした。
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