マリーツィアとその母 ―戦いの始まり―
恭しく頭を下げつつ。彼は部屋から出て行く
それから少しして再び部屋の扉が開く。そしてそこから姿を現したのは、エンパイアスタイルのシュミーズドレスに身を包んだ一組の親子だった。
二人とも色白でほっそりとしたシルエット。いかにも力仕事はしたことがないという風体だった。髪は赤毛、くせっ毛なのかウェーブを描いてなだらかで背中へと流れている。そこだけをとってみればお上品そうな候族の令嬢の母娘だ。
しかし、人というのはその品性性格教養は顔に滲み出る。細面で切れ長の目というのは本来ならば清楚で高貴な印象を与えるはずなのだが、まるでイタチが野ネズミでも狙っているかのような酷薄そうな印象を与えてくる。
それも、親子揃って――
「待たせたわね」
先に声を発したのは母親の方だった。
「当家当主夫人アレディア・グース・レオカークです。こちらに控えているのは娘のマリーツィア」
マリーツィアはいかにも面倒くさそうに荒っぽく答える。
「よろしく」
私も立ち上がり一定の礼儀を示す。
「夜分遅くに突然のご訪問、さぞやご迷惑かと存じます。私、職業傭兵をいたしておりますエルスト・ターナーと申します。階級は2級、以後お見知りおきをよろしくお願いいたします」
語り終えて頭を下げる。頭を上げると早速に向こうからの口撃が始まった。先に言葉を放ったのは母親のアレディアだった。
「2級風情が一体何だって言うのよ」
私はあえて自分本来の階級を口にしなかった。特級傭兵資格は政府広報の官報に記載される。それなりの見識を持つ者ならば名前だけで特級傭兵であることがすぐに分かるからだ。
だが、この人はそれが分からない。つまり普段から必要な情報収集をしていないということだ。
母親が批判から始まったこともあり娘のマリーツィアも私をしょっぱなからなじりに来た。
「あなた私について何か知ってるって言うらしいけどそれが何だって言うのよ? あんまりふかしてると今の仕事無くすわよ? うちのパパに頼めば傭兵ギルドぐらい簡単に動かせるんだから」
父親の財力を自分の力のように思う。きちんとした人間教育を受けていない人間にありがちな振る舞いだ。
自分の非を感じることもなく良心の呵責すら一切芽生えていない。そんな風に私には見えた。裁決は決まった手加減する必要は一切ない。
「そちらがどういう風に仰いましょうと、こちらにはあなたがたにお伝えしたいことがあります。あなた方が聞く耳を持つも持たないも自由です。ですが、こちらがどんな〝刃物〟を持っているのか見るだけでもお付き合いいただけませんか?」
刃物――、私のその言い回しに二人の表情が変わる。優越感と敵意を露わにしていたのが未知なる物を感じ取ったためか若干の不安が口元や目線に表れていた。
「お座りなさい。聞くだけは聞いてあげるわ」
アレディア夫人は自分が譲歩したと言う体裁で話を聞くふりをしている。こちらに心理的なイニシアチブを握られまいとする不安の現れだ。
母親はまだまだ慎重だったが、娘の方はそこまでの頭の血の巡りは良くないらしい。
「お母様? こんなの相手にする必要ないわよ!」
瞬間的にヒステリックに喚き立てる。アレディア夫人は娘をたしなめた。
「おだまり! 一定の礼儀を示しておられる以上、お話だけでもお聞きするのはこちらも礼儀です。あなたもお座りなさい」
その言葉に私は内心感心した。アレディア夫人の方はまだ多少とも人間としての対話ができそうだからだ。
「ふんっ!」
娘のマリーツィアは不満げに無作法にソファーの一つに腰を下ろした。挨拶も何もない。教育の程度の底の浅さが窺い知れるというものだ。
アレディア夫人も着座したのを受けて私も一礼してから席に着く。
「失礼いたします」
彼女たちと正面から向かい合う位置だ。こちらが話す前に会話を切り出してきたのはアレディア夫人だ。
「それで、お話とは何なの?」
こちらが話す前に質問することで会話の流れを握ろうとする意思の表れだ。つまり彼女自身も私が要求している物の内容におおよそ気づいているのだ。
私は正面から切り出した。
「話というのは。お嬢様がオルレア中央上級学校にて学級にて同席させていただいている級友のアルセラ嬢との関わり合いについてです」
私がアルセラの名前を出した時、マリーツィアが思わず視線をそらしたことを私は見逃さなかった。
「お嬢様はアルセラ嬢をご存知のようですね」
私は彼女を鋭く睨みながら言った。さて、どんな反応を返してくるか。
「し、知ってるに決まってるでしょ? 同じ教室なのよ? でもそれだけよ!」
一気に言い切ると今度は逆に問い返してくる。
「大体あなたアルセラとどういう関係なのよ?」
まず最初に一つ彼女は語るに落ちた。本当に信頼のおける関係ならアルセラを知る他人の前で〝アルセラさん〟と尊称はつけても〝アルセラ〟と呼び捨てにはしない。
アレディア夫人も私に尋ねてくる。
「そうね、あなたとアルセラさんの関わり合いについて納得のいく理由がなければお話をこれ以上お聞きするわけにはいかないわ」
ここで態度が二つにはっきりと分かれた。母親の方はまだ話が分かる。だが、娘の方は問題の責任の当事者と言う自覚があるのか明らかな焦りを覚え始めている。
私は答える。
「私昨年の夏から秋にかけて、フェンデリオル西方国境地帯にて任務についておりました。その際に敵国との戦闘においてワルアイユ領を防衛することになり、その時のことが縁でアルセラ嬢様とはお付き合いをさせて頂いております」
私は一呼吸おいた。二人の反応を伺えば、母親は熱心にこちらを見ているが、娘は狼狽えているかのようにしきりに視線を泳がせている。
「アルセラ嬢が亡くなられたお父親の名跡を引き継ぎ新たなご領主となられた際にも色々とお手伝いをさせていただいておりました。そういう意味でもアルセラ嬢様とはご
私の言葉を一通り聞いてアレディア夫人ははっきり頷くとこう問い返してきた。
「ご関係はよくわかりました。それではあなたが手前どもの娘マリーツィアとアルセラさんとの間柄についてどのようなお話があるとおっしゃるのでしょうか?」
私は意図的に冷静な声で言葉を続ける。
「アルセラ嬢が今年の春に編入試験に合格し、中央上級学校に通い始めたのはご存知かと思います」
「それはもうよく承知しております」
「そうですか。入学した当初は特にさしたる問題はなかったようですが入学して半月ほど経った時です、アルセラ嬢は学校側から寄付を求められたと言います」
「寄付を?」
アレディア夫人は怪訝そうな声を出した。
「ええ、学校が生徒に寄付を求める。それはさして珍しいことではありません。ですがそういうものはその生徒の状況や環境を十分に考慮入れて対応すべきものであり、学校側から求めるべきものではありません」
「それで?」
問い返してくる夫人の声は慎重だった。その隣で何を言われるかと苛立ちを必死に堪えているマリーツィアの様子が印象的だった。
「当然ながらワルアイユ領は国境紛争直後で尚且つ先代の御当主がお亡くなりになられてからまだ間がありません。領地とワルアイユ家の立て直しのために必死になっている最中であり経済的余力は決してあるとは言えません」
私の慎重な物言いにマリーツィアは痺れを切らしたのかこう言い放った。
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