彼女を殺した国への復讐を誓うも、使用できるのは回復技だけ!?回復技を極めて不死身の肉体を手に入れる

@mizuironoodorico

第1話 陽と雨

目の前に存在する化け物のような個体。それは先ほどまで人であったものだ。

「なんだ、あの姿は・・・!?」

すでに人ではなくなったそれを見て、僕らはただ恐れ慄くことしかできなかった。

その個体は、僕らの動揺を尻目に、ドタドタバッタバタと醜く短い足で、近くにいる女の子を追いかける。

「燈!逃げろぉぉぉぉーー!!!」

僕は追いかけられている女の子に向けて、そう投げかける。

「いぎゃぁぁぁーーーーーーッッ!!!」

燈と呼ばれるその女の子は必死で逃げるも、雨の影響で身体の動きは鈍り、ついには捕まり、襲われる。

「た、たすげで・・・」

襲われた女の子も、笹倉上官ほどではないが、成り果てた姿へと変わりつつあった。

(時間は数時間前に戻る)

「陽」

「雨」

「陽」

「雨」

若い男女らそれぞれに、2つの文字のうちどちらかが与えられていく。

漢字を与えられる際、その男女らは左手を太陽の光にあて、右手は雨の中に突っ込んでいた。

これは十八歳の成人時に行う儀式であり、手の反応に応じて自らの適性が明らかになる。

『陽』と言われた者は、太陽の照り続ける国『陽の国』で、『雨』と言われた者は、雨の降りやまぬ国『雨の国』でこれからの生活を送ることとなる。

ただし、成人前の子どもたちが暮らしている『地の国』のように共同で暮らせる国も存在する。

「次、斑前へ。」

男が僕の名を呼んだ。

儀式の間まで歩みを進め、前の人がやっていたように、左手を光に、右手を雨の中に突っ込む。

すると左手は軽く熱を帯びだし、右手には痛みを感じた。

「おう、お前は陽だな。」

目の前でにこにことしている男が言った。

先ほど僕の名を呼んだ男だ。

この人は笹倉といって、陽の国の人で階級は上官である。

今回の儀式を取り仕切る立場にあるらしい。

にこにこしているとは言ったが、元の顔が怖いので、にこにこ顔はなんとも気色が悪い。

「おお!斑も陽の国か!やったな!」

前方から騒々しい声が響く。このうるさいやつは城戸春之助といって、見てわかる通り元気が取り柄なだけの馬鹿だ。

「春之助も陽かぁぁぁ。。。」

「なんだよ!嬉しい癖に~~」

僕が悪態をつくと、春之助は自分の肘を僕の脇腹に数回ぶつけながら、そう返答する。

「それよりも燈はどうなった??」

春之助と戯れる前に、僕の少し後ろに並んでいた白糸燈の結果が気になる。

「燈、陽だ」

遠くにいる笹倉上官の声を聞き、思わず小さくガッツポーズしてしまう。

「斑、良かったな!!兄弟で離ればなれにならなくて済んで!!」

春之助の言う通り、僕と燈は兄妹である。しかし、血が繋がっているわけではない。

僕の本当の母親『琴音』は、友人であった燈の母『京子』に幼い僕を託し、その後行方をくらませている。

僕の育ての親である京子母さんからは、琴音はどうしても陽の国に戻らねばならず、泣きながら僕を京子母さんに預けたと聞いている。

しかし、本当に愛しているのならば、その後、一回でもいいから顔を見せに来てくれてもいいのに。

僕自身、琴音母さんとはいい思い出ばかりであったのだが、約10年間一度も会っていないがために、その記憶は京子母さんから刷り込まれたものなのでは、と疑うまでになっていた。

陽の国行きと言われた燈が僕と春之助めがけて走ってくる。

「やったよ!私も斑と春之助と一緒に陽の国だ!」

燈とは親が友達だったということもあり、物心ついたときからずっと一緒にいる。

シスコンと言われそうなので、あまり態度には出さないようにしているが、こうやってはしゃぐ燈もめちゃめちゃかわいい・・・。

春之助がいる手前、よかったよかった、などと燈を適当にあしらってみせたが。

「よーし、これで全員の儀式が完了したな。今回はやや陽の人数が多いな。うんうん。それでは陽の者たちは俺に、雨の者たちはそっちの雨の国の上官の指示に従ってくれ。では解散!」

笹倉上官の言葉で、儀式は簡単に締めくくられた。

上官の指示に従ってそれぞれの国の中心地を目指す。

新たな国の環境に慣れるためにも、徒歩で時間をかけて移動する。

「それにしても、儀式って案外あっさりしてたよな~」

春之助が頭の後ろに手を組みながら、のんきにそう言う。

「まぁ、儀式の間の光と雨に手をかざすだけだからねー。でも、雨を浴びた右手はまだじんじんしてるよ」

「私もまだ右手痛いー!全身に雨浴びたら死んじゃうのはほんとなんだって思ったもん」

三人で雨について話していると前を歩いていた笹倉上官が振り返り、話に混ざってくる。

「そうだぞ。陽の国の人々は雨に濡れると痛みを感じる。しかし、それは今回のような片手を濡らした場合を指すのであって、全身を濡らしてしまうと体は雨の毒成分に耐え切れず、皮膚はただれ、理性は崩壊し、そのまま雨と同化し、消滅してしまうんだ。反対に、雨の国の人々が太陽の光を浴びた時は、皮膚は猛烈に乾燥し、土塊となり、最後には砂粒となってしまう。だから、やっぱり儀式を行い適正にあった国で暮らす必要があるんだ」

「笹倉上官、そのくらい知ってるよ。毎年同じ話するじゃんか。そして、そのあとには、こういうんでしょ?このように、光と雨はひどく有害なものではあるのだが、一方その国で暮らす人々には恩恵をもたらす。適正に合いさえすれば、それらは身体機能を非常に高め、さらには体の栄養分ともなってくれるのだ。ってね」

「そうそう!斑は、笹倉上官の特別講義が大好きで、いつも前のめりで授業聞いてたもんね」

僕が笹倉上官のお株を奪う発言をすると、笹倉上官を励ますように、燈が言葉を重ねる。

「斑本人からその言葉が聞けると嬉しいんだがな。。。」

笹倉上官は柄にもなく落ち込んで見せた。

恐い顔で落ち込まれると、深刻な悩みを抱えているように見える。

「よし、ここで休憩にするか」

笹倉上官はそう言って、列の進行を止める。

「ほら、斑が素直じゃないから笹倉上官休憩しなきゃいけないくらい傷ついてるよ?」

燈がひそひそと耳打ちしてくるので、気が向いたらね、と耳打ちし返す。

洞窟での休憩中に笹倉上官が声をかけてきた。

「どうだ、太陽の下は?恩恵が付与されるといっても、その感覚に身体が慣れていないから、逆にきついんじゃないか?」

すると、春之助が口を開く。

「そうなんだよー。半日以上寝てしまったときに、逆に調子が出ないみたいな感覚かなー」

「そうそう、最初はそんな感じだよな。まぁ、これでも中心地に比べれば、太陽の光は弱いんだがな。よし、そろそろ行くか」

笹倉上官はそう言って、立ち上がる。燈もそれに続いて立ち上がる。

「春之助、行くよ?」

僕はだるそうにしている春之助が立ち上がるのを待っていると、気づけば笹倉上官と燈は洞窟前で出発するところだった。

「斑ー、春之助ー、早くーー」

燈からそうせかされるので春之助の手を引いて追いかけるが、特に急ぐ理由もないので、そのまま十人ほどの列の最後尾を歩くことにした。

「俺、城戸春之助!よろしくね!」

春之助は近くを歩いている女の子に声をかけ、さっきのだるさが嘘であるかのように、楽しそうに談笑を始めた。

春之助はだれとでもすぐに友達を作れてしまう。

彼とその女の子の話を聞きながら歩いていると、左腕に水滴の感触がした。

「春之助、唾を飛ばさないで、汚い。」

女の子に浮かれて周りが見えていない彼を叱責する。

「おお、悪い悪い気を付ける」

反省の色は見えないが、大したことじゃないのでどうでもよい。

普段からこんなやつだしな。

すると、次は首筋に水滴が。

「おい、春之助!」

さすがに首筋に唾が付くのは気色が悪い。すぐさま怒りを春之助に向ける。

「いや、さすがに俺じゃないって、普段から唾が飛ばないように気を付けてるし!」

よくわからない弁明を聞いているうちにも右腕に水滴が。

「ポツ、、、ポツ、、ポツ、」

笹倉上官が声を張り上げた。

「全員、雨から身体を防げ!」

だが、陽の国は雨が降らないから陽の国なのであって、そこで暮らすのに雨から身を防ぐ必要はなければ、そのような装備を携えているわけもない。

そのためできることといえば、着ている服を頭の上に載せ、体を小さく丸めることくらいだ。

皆それぞれ指示通り、必死に雨から身を防いでいる。その時、

「ああああ゛あああぁあ゛ぁぁあ゛あぁあぁぁああああ゛ぁぁぁ」

悲鳴が響き渡った。この太い声質は笹倉上官のそれだ。

顔を上げると、眼球は飛び出し、顎は外れて縦に長く広がり、髪は抜け落ち、全身がマグマのようにボコボコと揺れ動いている笹倉上官の姿があった。

よく見ると、腹から新しい腕が生えてきている。その姿はすでに人間の形を保っていない。

「なんだ、あの姿は、、!?」

雨を浴びた者の末路として聞いていたものとは異なるその姿に、ただただ恐れ慄くことしかできない。

その近くには、笹倉上官の姿を見て、茫然としている燈の姿があった。

燈は頭から笹倉上官の服を被っている。

笹倉上官から咄嗟に渡されたのだろう。

すでに笹倉上官ではなくなったその個体は、キョロキョロと周囲を見渡し、近くで立ち上がれない様子の燈をロックオンする。

そして、ドタドタバッタバタと醜く短い足で、燈の方へと駆け寄る。

「燈!逃げろッーー!!!」

僕は燈に向けて、そう投げかける。

燈はなんとか立ち上がり逃げ出す。

「いぎゃぁぁぁーーーーーーッッ!!!」

例の個体から必死で逃げるも、雨の影響で身体の動きは鈍っており、スピードは出ない。

「うる゛ぁああああああああああ」

笹倉上官の悲鳴、否、化け物のうめき声が響き渡る。その寸刻後、

「ぐしゃり」

鈍い音がした。

そこまで大きな音ではないのに、誰もがその音に耳と目を奪われた。

それに注目しなければならない気がした。

化け物の腹から伸びた手によって、燈の右太ももが握りつぶされたのだ。

聞こえてくる燈の悲鳴。

さらに悲鳴は恐怖心を増大させ、皆を立ちすくんだまま動けなくした。

ふと、春之助を見ると、嘔吐、放尿が止まらない様子だ。

それほどまでに、腹から伸びた腕は奇妙で、食パンの白いところを握りしめるかのように柔らかく太ももをつぶす姿には、異常な性癖を見せられているようでぞっとする。

さらには、雨も降り続いている。

雨は少しずつ体を蝕んでいく。立ちすくんだまま動けないのは、雨のせいで体が麻痺しているからかもしれない。

「た、たすげで、、、」

燈は僕に視線を向けながら、必死にそう助けを求める。

だが、何かしたいと思っても、自分には何をすることもできない。

強く噛んだ唇からは血が滲み出していた。

燈はその言葉を最後に悲鳴以外の言葉を発することはなかった。

化け物の笹倉上官は少しずつ落ち着きだし、うなり声もあげなくなった。

そして次の標的を定め、短く太く変形した足でのそりのそりと近くにいた別の少女に近づき、両手で右太ももを握りつぶしていく。

今度はマヨネーズを絞り出すときのようだ。

先ほどより力が強い。趣向を凝らした潰し方というわけか。

崩壊した理性がおかしな形で再構築したのか?

そんななか、燈が急に動き始めた。

先ほどまで悲鳴をあげながらぴくぴくと痙攣したかのような動きをしていただけであったのにだ。

燈はすでに片足しか使えないため、腕で這いながらこちらに向かってくる。

おそらく、太ももから体内に雨が入ったのであろう。

すでに彼女も理性はなく、少しずつ皮膚がただれてきている。

そんな燈の様子を見て、ただ俯くことしかできなかった。

「あーあー、こんなに悲惨なことになっちゃって」

すぐ近くから聞きなじみのない男性の声がした。

顔を上げると、身体全体を覆い隠す武装をした3人の男女がいた。

「あんたが言っていた場所と全然違うじゃん!そのせいで到着が遅れたんだぞ!」

身長はあまり高くない赤髪の女性がイライラした口調で、横の細い女の子に文句を言う。

「す、すみません!また索敵に失敗してしまいました!」

青い髪の女の子は文句を言う女の子に平謝りしている。

「まぁそういうなって。こいつの索敵がなかったらこんなに早く到着することもできねーんだから」

一番最初に聞こえた声と同じ声の主だ。

その場で一番年上だと見える大柄の男が、ドンマイと青い髪の子の頭をぽんぽんと叩く。

叩かれた女の子は、少し顔を赤らめて俯いている。

「まぁ、そういう話は置いといて、なかなか悲惨な状況だな~。じゃあ、おれはあのデカいやつ行くから、愛李(赤い髪)は他の子たちの相手よろしく~。エリカ(青い髪)はそこの坊主たちを避難させてくれ」

「「了解!」」

大柄の男がそう告げると、各自指令通りに動き出した。

「ま、まって、あの子は、燈はまだ生きてる!殺さないで!!」

男たちが持っているのは、どう考えても化け物を殺すために用意されたであろう武器だ。

それを見て、僕は咄嗟に燈が殺されることを察知した。

「え、なんて??」

赤い髪の女性は、僕の声に耳を傾けてくれた。

そう手に持っている大鎌で燈の首を切断しながら。

「あああああぁぁぁぁぁ、あかりぃぃぃぃぃぃっっっ!!!」

燈が目の前で殺されたショックで、僕は気を失ってしまった。

「・・・・・ごふっっっ!」

「あ!こら空、ダメでしょ!あら、目が覚めた?」

耳障りのいい声がする。おもむろに目を開けると、そこには大きな球が二つ。

いや、きれいなお姉さんがいた。

「空があなたのお腹の上にダイブしちゃってごめんね。ほら空、お兄ちゃんに謝って。」

すると、空と呼ばれる子どもはもう一度狙いを定めて・・・

「ごふっっっ!」

本日二度目の腹上へのダイブ。散々だ。

「気を取り直して、私は陽の国守護隊五番隊所属の滝川凪よ。それで、こっちは空。そっちは海ね。よろしく!それで君の名前は?」

「白糸斑です、よろしくお願いします。」

よろしくとは言いつつも全く状況が呑み込めない。

しかも、子どもは2人いたのか。

「あっそうだ、目を覚ましたら教えろって言われてたんだった!空、海、隊長を呼んできて。」

凪さんがそう言うと、二人のちびっこは部屋の外へと駆け出して行った。

「あの、ここはどこですか?」

今はとにかく状況が知りたい。

「ここは守護隊五番隊の宿よ。陰獣に襲われている君をうちの班が助け出して、ここで治療してあげたってわけ。あ、陰獣っていうのは、雨を浴びて化け物になってしまった人のことね。笹倉上官といったかしら。あの人がなったらしいわね。」

凪さんは、淡々とあの時の状況を語り始めた。

それは化け物がいるのが当然とでもいうような口ぶりだ。

話を聞いていると、あのときの情景が蘇り、吐き気は増す一方、頭の方は落ち着きを取り戻してきた。

「あ、あの!燈、化け物に襲われていた女の子も助かりましたか?」

「襲われていた子ね、、、たしか、、、」

凪さんが答えようとしていると、障子が開き、大柄な男性が入ってきた。

それは化け物に襲われた時に見た男の顔であった。

その後ろには先ほど隊長を呼びに行った空と海の姿もあった。

「あ、班長おかえりなさい。紹介するわね、こちら五番隊の隊長の九十九壮馬よ。じゃあ、後のことは隊長に説明してもらうわね。」

そう言い残して凪さんはそそくさと部屋から出ていった。

「話は少しだけ聞いてたぜ。坊主、非常に言いにくいが、お前の妹である女の子は、あの日、陰獣に襲われて死んだ」

「しんだ、、、???」

九十九隊長の言葉に動揺が隠せない。

そういえばあの時、赤い髪の女の子が斧を振り下ろしたのを僕は見ていた。

その脳裏に焼き付いた映像に基づいて、言葉を発する。

「死んだっていうか、あなたの仲間が殺したんでしょ!!!燈は、燈はまだ意識があったのに!必死で生きようとしていたのに!」

すると、九十九隊長は顔色一つ変えず、こう告げる。

「あぁ、確かに俺の仲間が殺した。既に陰獣となっていたお前の妹をな。陰獣になると、肉体にとてつもない痛みが発する。その痛みから救ってやるのも俺たちの仕事だ。それにお前は聞いたはずだ。あの子の最後の言葉を」

そう言われて、僕は忘れ去りたい、その記憶をもう一度再生する。

すると、燈は悲鳴の後に、ぽつりと、

「ま、まだら、ありがとう。。大好きだよ。。」

と確かに告げていた。

僕の両目から涙があふれてくる。

僕が気を失う直前に確かに聞いていた言葉だ。

それからひとまず涙が止まるまで数十分が流れた。

九十九隊長はその間、何も言わず、僕が落ち着きを取り戻すのを待ってくれた。

「九十九隊長、ありがとうございます。燈はちゃんと死ねたんですね。さっきは、申し訳ありませんでした」

僕がそう言うと、九十九隊長は、少しだけ口角を上げて、

「ここにいるだれしもが経験することだ。お前は悪くない」

そう言って、ニカッと微笑みかけてくれた。

「そういえば、九十九隊長はなぜ燈が僕の妹だって知ってたんですか?」

「それはな・・・」

「おおーーーーい!!!斑!!!良かった!斑が生きてた!!!!」

完全に場違いな大声を放ちながら、一人の男が部屋に入ってきた。

もちろん春之助だ。

「めちゃくちゃ心配したんだぞ!燈ちゃんと笹倉上官があんなことになってしまって。お前まで死んでしまったらって考えたら、おれは、おれは・・・」

涙と鼻水でくしゃくしゃの顔面のまま、僕の首に抱きついてくる。

「うるさい。でも今は春之助のうるささが心地いい」

最悪な経験をしたが、やはり親友の存在は大切なものだと実感した。

「よし、感動の再会中に悪いが、今後の話をさせてもらう」

九十九隊長は、急に真面目な顔をして、話始める。

「おまえら、俺は今からあの日起こったことについて二人に話そうと思う。だが、その話を聞いたら、もう一般的な生活はできない。無条件で、守護隊の一員となってもらう。それが嫌なら死ぬだけだ。どうする?」

九十九隊長はそう言うが、僕らには選択肢など鼻からない。

「「関係ないです!聞かせてください!」」

僕と春之助は少しも躊躇せずに、そう答えた。

「その意気や良し。では、まず陰獣についてだ。お前らは陽の国の人が全身に雨を浴びるとどうなるって聞いていた?」

お前らといいつつも、馬鹿な春之助ではなく、僕に向けて話かけてくる。

「肌がただれ、そのまま雨と同化して消滅してしまうと聞いていました」

「そうだろうな、だが、その消滅するっていうのは嘘だ。実際にはお前らが見たように陰獣となってしまう」

「そうだったんですね。それで笹倉上官は陰獣に」

「そうだ。だが、国王は、陰獣が存在することも、陽の国で雨が降ることも、どちらも民衆には知らせていない。民衆がそれを知ってしまったら、陽の国で生活なんかできねーからな。そこで作り出されたのが、闇の組織『ウルヴァス』。こいつらは、人殺し、強奪、なんでもやる。中でも人攫いが有名でな、今回お前らが消息をたったのもウルヴァスのせいってことになっている」

「たしかに、ウルヴァスの悪名は地の国の頃から聞いていました。それにしても、国王がそんなに悪者だったなんて」

「まぁそれはそうなんだが、この話には続きがあってな。雨を降らせているのは、雨の国なんだよ」

「ええ、そんな馬鹿な。陽の国と雨の国では争いなど一切ないはずですよ??」

「そういうことになってはいるんだがな。雨の国は領土拡大を望んでいるらしいんだ。それで、その調査と雨の国を滅亡させることが、陽の国守護隊の任務って感じだ。もちろん、陰獣を殺すのもな」

「なるほど、それで、その真実を知ってしまったからには陽の国守護隊の一員として働くってことですね。でも雨の国を滅亡させるのはやりすぎなんじゃ」

「雨の国の民まで全員殺すって意味じゃねーぜ?少なくとも今の国王とその一味を殺して、新しい王を据えるって感じかな。早速明日から修行始めるからな。覚悟しとけよ」

「俺が雨の国の国王をぶっ殺してやる!斑、どっちが先に国王をぶっ殺せるか勝負だ!」

先ほどまでおれの横で静かに頷くだけだった春之助は、話が終わった途端に元気になった。

「そういうことなら。僕だって、燈を殺した原因である雨の国の国王をぶっ殺してやるよ。雨の国、覚えてやがれ」

先ほど僕が目覚めた部屋。

ここが正式に僕専用の部屋ということになった。

九十九隊長と春之助が部屋から出ていき一人になって冷静になった。

そして、これが現実なのだということをようやく実感した。

「燈っっ、、、」

燈、そして春之助と同じ国に行くという念願が叶った矢先に、地獄に叩き落とされたのだ。

守護隊に入るしか選択肢はないといっても、燈を失った今、陽の国を守る事にあまり執着はない。

だが、何かにすがらなければ、精神を保つことができない。

先ほどの春之助を見るに、彼も相当無理をしていることが分かった。

僕が目覚める前に隊長たちから話は聞いていたかもしれないが、それでも堪えただろう。

また、僕が目覚めないかもしれないという不安もあったかと思う。

それから数時間後、凪さんから隊のみんなで夕飯を食べないかと提案された。

だが、正直そんな気分にもなれない。

燈の事を、そしてあの惨劇を思い出してしまうため、春之助にすら会いたくない。

凪さんは、気が向いたら食べてね、と言って、夕飯をお盆に載せて持って来てくれたが、結局、それに箸を付けることはできなかった。

夜が明け、春之助が朝食を持って来てくれた。

「斑、大丈夫か?」

障子を軽く開け、話しかけてくる。

「おまえは、俺が想像しているよりもつらいんだってことはよくわかる。だから無理に立ち直る必要はないぞ。ゆっくりで良いから。。。」

僕はそれに返事をすることも出来なかった。

春之助は早速訓練に行くらしい。

ようやく目を覚ました僕がこんな状態なこともあって、自分がしっかりしなくては空回りしているようにも見える。

春之助が持って来てくれた朝食は味噌汁だけなんとか飲み干すことができた。

その後、春之助が僕の部屋を訪れることはなかった。

その代わりに、凪さんが毎回食事をもってきて、一緒に食べてくれるようになった。

彼女は何も言わず、ただ黙々とご飯を食べていた。

それにつられるように、僕も出された食事を全て食べきることができるようになっていった。

凪さんに気を遣わせてばかりいる自分が情けなかった。

僕が目覚めて4日後の朝、凪さんは空と海を連れて、食事を持って来てくれた。

凪さんと僕の二人きりのときよりは少し、いや大分騒がしい。

けれど、こちらが無理にその調子に合わせなくてよいので、居心地は良かった。

その日の夜、凪さんから春之助の様子を聞いた。

春之助は三日間を通して訓練に臨み、緋炎使いとして他の隊に配属されるというのだ。

詳しいことは自分で聞いておいで、と凪さんに言われ、すぐに春之助の元へと向かった。

「春之助、僕だ、斑だ。入っていいか?」

部屋に着くと、障子越しに春之助にそう問いかける。

春之助は快く部屋に招き入れてくれた。

「急に来てごめんね。春之助が明日から別の隊に移るって凪さんから聞いたから」

「そうか、凪さんからか。斑はもう大丈夫なのか?」

春之助は神妙な面持ちでそう問いかける。

「そうだね。一時期よりは大分ましになったよ。凪さんが食事の度に部屋に来てくれてんだ。春之助が来てくれたのも力になったよ。ありがとう」

「そうか、そういうことなら良かった。仕方ないことだとはいえ、斑があんなに落ち込んだのは見たことなかったからさ。正直どうすればいいのか分からなかった」

「そうだよね、自分でもこんなになるんだって少し驚いてる」

「だよな。それで、別の隊に移るって話だけど、斑がある程度復活したってんなら、これまでの事、これからの事を話すぞ」

そう言って、春之助はこの三日間のうちに起こった出来事や訓練の話をしてくれた。

話によると、陽の国の人間は適性にあった炎を扱うことができること。

春之助は緋炎という炎を扱えること。

緋炎は主に身体に炎を纏い、それで身体能力を大幅にアップさせることができるのだという。

五番隊では九十九隊長が緋炎使いなのだが、班長業務で忙しく、訓練を見てもらう時間がないため、緋炎使いの多い他の隊に移動することになったそうだ。

「凪さんからそういった炎の話なんかは、一切聞いたことはなかったけど、そうやって陰獣と戦っていたのか」

「そうなんだよ。訓練始めてまだ三日目だけどさ、炎を纏うと、2m近くジャンプできるし、今までの2倍くらい足が早くなるし、重いものだってへっちゃらで持てるんだぜ!」

最初は元気がなかった春之助も、話が進むにつれてハキハキと楽しそうに話すようになっていった。僕自身、春之助につられて、笑みを見せながら春之助の話に食いついていた。

「俺はいつか班長になるぜ。そして、雨の国の国王をぶっ殺して、平和な世界を取り戻すんだ。その時は斑、お前にも力を貸してほしい」

「うん。僕もようやく歩み始めることが出来そうだ。春之助が頑張っているのに、いつまでも塞ぎこんでいられないしね。どんな炎を扱えるかは分からないけど春之助よりも先に班長になってみせる!」

「おっ!ようやくいつもの斑が戻ってきたな!ほんと、心配かけさせんなよ~。じゃあ、気が向いたら、明日は朝食に顔を出せよ。」

「うん。いつもありがとうね」

春之助と話して、ようやく僕の中で決心がついた。

燈の命は戻らないけれど、これから、燈と同じような目にあってしまう人を助けることはできる。

また、どうしたって元の生活の戻ることはできないのだから、それならば精一杯頑張るしかない。

自室に戻ったあとは、塞ぎこむことなどはなく、逆に気持ちを高ぶらせたまま、床につくのであった。

夜が明けて、僕は始めて居間へと向かった。

今まで、ご飯を部屋に持ってきてもらってばかりいたので、居間に訪れるのはこれが始めてである。障子越しに隊員の話し声が聞こえてきて、思わず二の足を踏んでしまう。

だが、中から春之助の声が聞こえたことで、決心がつき、障子を開けることができた。

おそるおそる部屋に入ると隊員が5~6名ほど座っており、そこには隊長や春之助の姿もあった。

「おっ、君、春之助と一緒に守護隊に入隊した子だよね?遂にお出ましか~~」

なれなれしく話しかけてくる女性に目をやると、それはあの日、大鎌を持って、燈を殺した赤い髪をした人物であった。思いがけない再会に心臓がバクバクとなる。

「えっ、あの、、、その、、、」

何とか返答しようと試みるも、どうしてもあの時の映像がフラッシュバックしてしまって、うまく話せない。

そうすると、大人しめの青髪の女の子が口を開く。

「あの、愛李さんと顔を合わすのはまだ止した方がよかったんじゃ、、、」

「あっ、そっか、そうだよね。いきなり強く接しちゃってごめんね」

愛李と呼ばれた赤髪の女性は先ほどとは一変、神妙な面持ちでそう謝る。

僕は直立したまま何も反応できないでいた。

「斑、とりあえず今は何も考えなくていいから、とりあえずここに座れ」

九十九隊長はそんな僕を見かねて、自分の隣に座るように指示してくれた。

「それと、愛李。あれだけ対面するときは気をつけろって言ったろうが」

「ごめんなさい、、、」

隊長は静かに怒り、愛李さんは小声で謝りながら、頭を少し下げる。

「じゃあ、改めて挨拶といこうか。斑はちょっと今、気持ちの整理がつかないかもしれないから、俺から説明するぞ?」

そう言って班長は僕を気遣ってくれたが、ここでまた逃げるような事をしては、いつまでも前に進めないと悟り、脳を駆け回る情報を一旦ストップさせて、口を開いた。

「いえ、大丈夫です。ここは、あの、自分で説明させてください」

皆の視線が僕に集まる。春之助は何も言わないが、きっと応援してくれている。

「はじめまして、白糸斑と言います。数日前に隊長を始めとした五番隊の皆さんに命を救っていただき、こうして自分もこの隊に所属することになりました。今まで、部屋にこもりきりでしたが、ようやく気持ちに線を引くことができました。これからよろしくお願いします」

声は少し震えていたかもしれない。

ただ、皆が真剣な顔をして聞いてくれたから、なんとかその思いに応えたかった。

話し終わると、左の方から手が伸びてきて、頭にポンっと載せられる。

「頑張ったな」

隊長は僕の頭に手を載せたまま、そう囁いた。

「じゃあ、ここからは一斑の紹介といこうか。まずは、そこの赤い髪したうるさそうな女が宿屋愛李。その横の青い髪のおとなしそうな女が鈴村エリカ。あとはお前もよく知っている凪と、空と海。あのちびっこ二人はまだ寝てるから、今凪が起こしに行っている。あと、遠征中の真田カナタってやつもいる」

はい、説明終了、といった感じでふぅと息を吐く。

紹介された愛李さん、エリカさんはそれぞれよろしくとの旨を伝えてくれた。

「隊長、なんで俺を紹介してくれないんすか??」

「お前は、斑と古くからの付き合いなんだから、紹介するまでもねーだろうが。それに今日からうちの五番隊ですらないんだから」

どんな説明をしてくれるのだろうとワクワクしながら待機していた春之助だったが、既に五番隊の一員ではないため、スルーされていた。

そりゃないっすよ~といつもの春之助が見れたことで、僕は自然な笑みをこぼしていた。

「あ!斑兄ちゃんだ!」

「あ!ほんとだ!珍しい!」

凪さんに連れられてきた空と海も揃い、部屋はますますにぎやかになった。

部屋に戻ってきた凪さんは、僕の横の席に座って、耳元で、がんばったわね、と囁いてくれた。

空と海は起きたばかりだというのにご飯を食べる速度が異様に早い。

「「ママ、おかわり!」」

双子が声を揃えて凪さんに伝えると、凪さんは、はいはい、と言って台所にお米をよそいに行った。

いつもの光景だという。

たしかに、昨日僕の部屋で一緒にご飯食べたときは、お代わりしなくていいようにてんこ盛りにしていたな、なんてことを思ったりした。

皆で楽しく朝ごはんを食べていると急に春之助が騒ぎ始めた。

「あれっ!俺の卵焼きがない!」

どうせ自分で食べたんじゃないのか、と訝しげな視線を向けると、

「あれっ!次は肉もなくなった!楽しみにとっておいたのに!!」

楽しみに~とかの部分は心底どうでもいいが、いくら春之助といっても、こんなに短時間でアホ行動を連発するはずがない。

そう思っていると、

「お前が食べるのが遅いから手伝ってやってるんじゃねえか、愚図」

と、春之助の後ろには細身の少し小柄な男性が座っていた。

「ええ!急になんだこいつ!」

春之助は自分の背後の人物に食ってかかる。

「こいつとはなんだ、この愚図が。さっさと食って、さっさと四番隊にいくぞ」

彼は、なんと四番隊の隊員のようであった。

「おいおい、アイク。予定の時間より少し早いんじゃないか?あと、つまみ食いも関心しないね」

隊長はのんびりした様子でその男に声をかける。

「こっちははるばるこんな遠くまでやってきてんだ。仕度くらい済ませておくのがせめてもの誠意ってもんだろうが」

「まぁ、お前の言い分も分からなくもないが、彼は入隊したばかりなんだ。ちょっとは大目にみてやってくれよ」

「けっ、隊長がぬるいと隊員もぬりぃな」

来て早々暴言を吐き散らかすアイク。

そこに台所から戻ってきた凪さんが喝を入れる。

「ちょっと、アイクちゃ~ん。隊長に向かってその口の利き方はないんじゃない??」

にこにことしながらそう告げる凪さんであったが、心は一切笑っていない様子だ。

「げっ、凪さん。。。」

アイクさんはぼそっと凪さんの名前を呟いたかと思えば、襟をただして、途端に静かになるのであった。

「紹介が遅れたな。こいつは四番隊の風上アイク。若くして四番隊の副隊長を務める優秀な子だ。春之助はこいつの下について、いろいろと学んでくれ。口は悪いが、根はいいやつだから、十二分に成長させてもらえると思うぞ。頑張って」

「けっ、一言余計なんだよ。まぁ、そういうことだ。おれが四番隊のエースで副班長の風上アイクだ。俺の下についたからにはぼろ雑巾のように使い倒してやるから覚悟しておけ」

春之助への今の暴言も、口が悪いだけだと分かると、むしろ面倒見のよいお兄さんのように思えてくる。

「よ、よろしくお願いします、、!」

だが、春之助はそんなアイクさんにビビりっぱなしのようだった。彼は四番隊でうまくやっていけるのだろうか。

春之助は朝食を食べきり(半分近くはアイクさんに食べられていたが)、アイクさんにけたぐられながら、騒々しく五番隊の館を後にするのであった。

最後に一言言葉を交わしたかったが、アイクさんの圧により、春之助と話すことは叶わなかった。

「まったく。もっと素直にしていればかわいいのに」

「まぁ、あいつのあの感じもあれはあれでかわいいじゃないの」

凪さんと隊長はアイクさんが去ったあとに、彼の寸評を行っていた。

「それにしても斑、もう大丈夫なのか?」

ちゃんと会話していなかったが、隊長が真面目な顔をして聞いてきた。

「はい。ふとした時に思い出してしまいますが、歩みを進めなければ、いつまで立っても状況は変わらないので。それに、春之助が頑張っているのに、自分だけ寝てばかりはいられません。燈にも笑われてしまいますし」

「そうか、それならよかった。前にも言ったが、ここにいるみんなも同じような過去を背負ったものたちだ。接し方は人それぞれだが、悪いやつらじゃないから、徐々に仲良くなってくれたら嬉しい」

隊長は特有のニカっとした笑みを作り、そう励ましてくれるのであった。

「それじゃあ、早速今日から訓練しようと思うがどうだ?」

「はい!ぜひよろしくお願いします!」

そして、遂に訓練が始まるのであった。後になって、このとき簡単に了承したことを後悔することになる。

隊長と凪さんに連れられて外に出る。

これまで碌に外にも出ていなかったので、陽の光がまぶしい。

つい最近まで地の国で暮らしていた僕にとっては、いまだに光が強すぎるように感じる。

「じゃあ、まずは、斑の能力を調べるぞ。その前にどんな能力が存在するのか説明するか」

隊長はそう言って、それぞれの能力について説明してくれた。説明によると、

〇緋炎ーーー緋色の炎。炎を身体の内部から発生させることができ、それを鎧のように身体に纏う事もできる。また、炎を身体に纏うことで、身体能力を数倍に跳ね上げさせることができる。人体だけではなく、触れているものの耐久性等をおあげることもできる。

戦闘スタイルは、主に物理攻撃に肉弾戦。ゴリ押しのパワー系なので、使いこなすのも容易で単純に強い。

〇蒼炎ーーー蒼色の炎。炎を身体の外部に発生させることができる。杖などを用いてその先から発生させるイメージで炎を出力する者が多い。緋炎よりも技の応用が効き、様々な戦闘スタイルがとれる。緋炎のように身体に纏うこともできるが、身体の動きに合わせて炎を操作することが難しく、あまり一般的には行われない。

戦闘スタイルは、遠距離攻撃特化型が多い。また、蒼炎で遠距離攻撃をしながら剣で戦う蒼炎の剣士や、武術で戦う蒼炎の拳士も存在するが、蒼炎を自在に操るだけでも難しいので、剣や拳との両立ができる人はあまり存在しない。

〇黒炎ーーー黒色の炎。緋炎のように身体の内部から発生させたり、蒼炎のように身体の外部させたりできる。黒炎の使い手はどちらの使い方もできるが、前者が得意なものと後者が得意なもののそれぞれが存在する。黒炎は緋炎や蒼炎を焼くことができ、それぞれの使い手に大きなダメ―ジを与えることができる。現時点では緋炎や蒼炎の上位互換として君臨しているが、この使い手はあまり存在しない。

戦闘スタイルは、緋炎や蒼炎の使い手と同じ。

〇白炎ーーー白色の炎。出力方法などは黒炎と同じ。黒炎とは違い、緋炎や蒼炎を燃やすことはできないが、炎に触れたものを治癒する能力を持つ。この使い手もあまり存在しない。戦場では後方支援に特化しており、敵と戦うことはほとんどない。

戦闘スタイルは、主に後方支援。

〇無炎ーーーどの炎にも適性を示さないものは無炎として扱われる。公式には無色炎として呼ぶことが推奨されているが、蔑称としての無炎(=炎と無縁の意)で呼ばれることが多い。炎を出すことも操ることもできないが、他者の炎に対して、一定の耐性を持つ。とはいっても、緋炎を身体に纏った戦士ほどの耐性はない。唯一の特長としては、雨への耐性があることである。雨を浴びると病人のように身体は弱まるが、死にはせず、外見も変わることがない。そのため、雨の国へのスパイとして重宝されている。

戦闘スタイルは、蒼炎の使い手からの後方支援を受けた状態での接近戦。

「俺と愛李は緋炎だし、カナタとエリカは蒼炎、あと、空と海は隊員見習いではあるが、一応緋炎だな。他の三色は滅多にいねぇ。まぁ、凪は珍しく白炎の使い手だがな」

九十九隊長が隊員の適性について説明する。ちなみに愛李さんは緋炎であるが人に物を教えるのが苦手であるため、春之助の指導役に任命されることはなかったらしい。最後に名前を呼ばれた凪さんは、私凄いでしょ??という顔をしながら、私凄いでしょ??と言ってきた。

「というわけで、基本的には緋炎か蒼炎になるのがオチってこった。春之助が緋炎だったから、斑はが蒼炎だとバランスがとれていいんじゃないか?あと、蒼炎ならうちの班でもみっちり訓練できるしな。」

ようやく五番隊に馴染んできたのに、春之助みたくすぐに他の隊に移動させられるのはきつい。

なんとか蒼炎になってくれと祈りながら説明を聞く。

「じゃあ、俺は儀式の準備をしとくから、斑は凪に従って準備してくれ」

隊長がそう言って後ろを向いた途端、

「じゃあ、とりあえず脱ごっか♡」

凪さんは艶めかしい声色を僕の耳元に放ちながら、背後に立ち、ぱっっと上半身の衣をはがしてきた。

思わず、きゃあっと声が漏れてしまう。恥ずかしい。

「突然ごめんね。この方が面白いと思ったから」

凪さんは悪びれる様子もなく、話を続ける。

「じゃあ、上半身裸になったから、ここで坐禅を組んでね」

先ほどの声が頭をちらついて悶々としかけるが、凪さんに言われるがまま、坐禅を組む。

凪さんはそれを待って、準備できましたよ~と隊長に声をかけた。

隊長は先ほどの凪さんの行動に気づいていたのだろう。やれやれとした顔を浮かべながら、振り返った。

手を見ると、親指と人差し指でなにやら赤い色の珠をつまんでいた。

「斑には今からこの陽珠を飲んでもらう。これは陽の国で一番陽の光が強い地点に存在している巨大な岩から削り出したものだ」

そう言って僕の手に渡されたその珠を見ると、それはとてもきれいな宝石のような姿をしていた。

「きれい、、、」

思わず、その言葉が口から漏れたほどであった。

「そうだろう?これの元になった巨大な岩である陽岩は俺も何度か見に行ったことがあるが、それはまぁきれいなんだ。俺でも隊長の任命式のときに見たのが初めてだったけどな」

隊長はそう言いながら口元を綻ばせる。

「いかんいかん。まぁそれくらい陽の国にとっても大事で貴重なものってことなんだ。だから、こうやって坐禅を組んで、陽珠が身体に吸収される感覚をありがたく享受する必要があるんだ」

「そんなに貴重なものなんですね。ではありがたくいただきます」

「待て、最後に一つ忠告だ。この儀式の最中、目を開けることも声を発することも禁じる。その代わり、身体が陽珠を受け付けないと感じたら左手で自分自身の首を掴め。その動作が儀式の打ち止めの印となる。また、儀式の最中に起こったことは決して外部に漏らしてはいけない。わかったな」

隊長は今までになく真剣にそう語った。

この陽珠を身体に受け入れる行為こそが守護隊入隊の正式な儀式とあっており、非常に重要かつ神聖なものなのである。

凪さんは最初ふざけていたが、本来はあんな冗談は憚られる。

「はい。万事了解しました」

隊長が頷いたのを確認し、目を閉じた。

左手の親指と人差し指でつまんだ状態の陽珠を、顎を少し上に傾けて、ごくりと飲み込んだ。

飲み込んだ数秒後、お腹の中が熱くなるのを感じた。

ここまでは事前に隊長に聞いていた通りである。

先ほど彼が言ったように、稀に身体が陽珠を受けつけず、強い吐き気と腹痛を覚える者もいるらしい。

そういった者への処置も行えるよう、この儀式は隊長の監督のもと行われることが規則で決められている。

5分が経ち、10分、20分と時間が経過した。

腹に、そして全身にこれまで感じたことのないような灼熱が巡るのを感じるが、一切不快感はなく、むしろ身体の底から全能感が沸き立つようであった。

儀式の最中は己と、そして陽珠と向き合うことが重要とされる。

陽珠との語らいによって、享受する能力の大きさや種類も変わるのだとか。

だが、守護隊の隊員のそれぞれが陽珠とどのように語らったのちに能力を手にしたのかは、一切語ることが許されないため、ほとんどの人が儀式の事を宗教的であると感じているそうだ。

というか、この話を凪さんから聞いた僕自身も同じ事を感じた。

30分ほど経過したが、未だに赤珠との会話などはできていない。

所詮、儀式の品格を上げようとするデマのようなものだったのであろう。

一般の人でも陽や雨の力を享受することのできるこの世界では、皆が神を信仰しており、かく言う僕自身もあの事件を目にするまでは神様の存在を疑ってなどいなかった。

そんな不敬な思想を巡らせていると、どこかの誰かから怒られた気がした。

はいはい、こんな神聖な儀式中に、不敬な事を考えてしまってすみません。

『その、「はいはい」ってのも不敬の対象だぞ?』

頭の中で声がした。

おそらくそんな気がした。

事故のショックなどで別の人格が誕生することもあるというので、とりあえず、無視したが。

『おいおい、別の人格ってなんだよ?おれ様は精霊様だぞ?』

自分のことを精霊様と名乗る男の声が、明確な意思をもって話しかけてきた。

精霊ってなんだ??

自分のことを精霊様と名乗る男の声が、明確な意思をもって頭の中に話しかけてきたので、とりあえず相手をしてみた。

『あ、どうも。これが隊長の言っていた「語らい」というものですか?』

『そうそう、この国ではそんな風に呼ばれているらしいな!つっても、別に陽珠の精霊ってわけじゃねーぜ』

自称精霊のその声は、馴れ馴れしく話しかけてくる。

『じゃあ、何の精霊なんですか?』

ずっと坐禅を組んでいるだけで退屈なのと、問答無用で思考を読んでくるもんだから、仕方なく引き続き相手をする。

『何の精霊って、、、そりゃあ、お前、強い精霊様だよ』

強い精霊様って全然答えになっていないが。

『こっちにもいろいろあるんだよ。とりあえず、精霊だからセイさんとでも呼んでくれや』

仕方ないので、言われるがままOKする。

一応、こちらも斑です、と名乗っておいた。

『それにしても、斑、お前なんか混じってんな』

『混じってるって?』

『それはお前、あのいけすかねえ雨のなんかだよ』

『雨、ですか、、、つい最近、身体に雨を浴びたからそれですかね?』

雨と聞いて思い浮かぶのはそれくらいしかない。

『いやぁ~、そういうのじゃねーと思うんだけどな~』

セイさんは頭の中で、う~ん、と唸っている。

『まぁ、考えたところで分かるもんでもねーし、とりあえず、今の話は忘れてくれ』

彼は自分から切り出しておきながら、曖昧な形で話を終わらせた。

『あの~、質問いいですか?』

『あ?質問。変な質問じゃなかったらいいぞ』

口調は荒いが、意外と優しい精霊なのかもしれない。

『さっき曖昧な形で話が終わったんですが、結局、これがその語らいってことでいいんですよね?』

『おう、そうだぜ。で、さっき言った通り、俺は陽珠の精霊ってわけでもない。まず、陽珠の精霊なんかこの世に存在しないしな』

『そうなんですか?』

『あぁ。まぁ、似たようなものだって思うかもしれねーけど。おれら精霊ってのはな、実体がねーんだよ。実体がないことで特に不便に思うこともねーんだが、たまにとても居心地の良い依り代が存在してな、それが陽珠の元になっている陽岩だったりするわけだ。あそこにはたくさんの精霊が住みついていて、その中でもおれのお気に入りのポジションがちょうどお前が飲んだ陽珠の部分だったってことよ』

『陽の光が一番あたるところに住みついてるって、みんなで日向ぼっこしてるみたいですね』

『そうそう、言ってしまえばそんな感じだ。だからおそらく今までにも、おれ様と同じように住み心地が良すぎてそのまま陽珠にも憑依してた精霊たちがいたんだろうな。おそらく、そうした奴らと話すことが、お前らの言う陽珠との語らいってもんの正体だと思う』

セイさんは、そう言って事のあらましを語ってくれた。

『ところで、いつまで僕の身体にいるつもりなんですか?』

できることなら、さっさと元居た陽岩に戻ってほしく思う。

『いやいや、お前が死ぬまではずっとここにいるぞ?』

なんと、予想だにしない回答が返ってきた。

『え!ずっといるんですか??』

『なんだ、その邪魔者扱いは!お前がおれ様の依り代を飲みこまなければこんなことにはなってないんだぞ!』

『す、すみません。。。』

急に真っ当な事を言われてしまった。

『おれ様だって、人間なんかに寄生したくはねーが、おれ様の依り代と合体しつつあるお前の中が存外居心地がいいんだよ。。。ちゃんと手助けもしてやるから。な?ここにいていいだろ?』

『ダメと言っても出て行ってくれないんでしょ?』

『おうよ!でもあんまりおれ様に立てつかない方がいいぜ。お前の飲んだ陽珠はある意味おれの分身のようなものだ。得られる能力の質を上げるも下げるもおれ様次第なんだからな』

いきなり脅しをかけられた僕は、ひとまず彼の存在を認めるしかなかった。

「よし、一時間たったな。斑、目を開けていいぞ」

前方から九十九隊長の声が聞こえてきた。

セイさんとくだらない話をしているうちに1時間が経過したようだ。

『くだらないってなんだよ!』

頭の中でセイさんがキャンキャンと吠えている。

隊長から目を開ける許しが出たため、目を開けた。

「儀式お疲れさん。詳しいことは聞けないが、陽珠を飲んでも特に不調はないか?」

「はい、大丈夫です」

おかしなことはあったが、身体は至って健康的だ。

隊長の横に立っていた凪さんも、お疲れ様、と声をかけてくる。

『おっ、顔と身体はいいと思ってたけど、声も随分といいじゃねーか。そそるねぇ』

セイさんは、凪さんがタイプのようだ。

自分によくしてくれた恩人をそういう目で見るのはやめてもらいたい。

「じゃあ、早速炎を出してみようか」

「こーんな感じで、人差し指を立てて、指先に力をいれてみて!」

隊長の言葉の後に、凪さんが右手の人差し指の先の方から白い炎をメラメラと出す。

斑ちゃんも白炎使いだと面白いはね、などと軽口を叩いていた。

『えっ!あの女、白炎使いなのか!ますます気に入ったぜ!おい、斑、おまえも白炎使いになれ』

『いやいや、白炎使いになれって、そんな自分で選べるわけでもないだろうに、、、』

無炎よりはマシともいえど、所詮後方支援の回復技程度しか扱えない。

僕は蒼炎がいいんだ。

セイさんにそう答えながら、凪さんの指先の炎をイメージして、自分の指先に力を入れる。

その時、何か、不思議なものが上ってくる感覚を得た。

すると、その直後、

「ボッッッッ」

と音をたて、白色をした炎がゆらゆらと空気に押され、ゆらめくのであった。

「は、白炎だと、、、」

僕の指先でゆらめく白い炎を見て、九十九隊長はぼそりとそう呟いた。

先ほど、同じ白炎使いだといいわね、などと言った凪さんすらも、非常に驚いた様子であった。

彼女の指先にゆらめく白炎がボォォォォと音をたてて、大きく燃えだす様がその状況をよく表していた。

凪さんの白炎をイメージするがあまり、僕自身の指先からも同じ白炎が出たのかもしれない。

まずいまずい、これじゃあ雨の国の国王を倒すどころか、陰獣だって倒せないぞ!!

燃え続ける白炎を見ながらそう焦ったが、それ以上に焦っている者がいた。

『やばい、やばい!適当に言ったら本当に白炎になっちまった!』

『やばい、やばいって、セイさんがおまえも白炎になれ、なんて言ったんじゃないですか』

完全にセイさんに責任を押し付ける。

『(そりゃ、白炎になる可能性はゼロではない。ただ、そうならないとの確信があったからこそ、おれ様は斑を煽ったのに)』

責任を押し付けられたセイさんは、特に返事をすることもなく、黙ったままであった。

言い訳でも考えているのだろうか。

『(理由は分からねーが、ここで下手なことを言うのは得策じゃねえ)ま、斑ごめんな。おれ様が変なことを言ったばかりに集中力をかき乱してしまって』

『ほんとですよ。回復技しか使えないって、そんなんでどうやって敵を倒すんですか』

『ま、まぁ、そこはあれよ。そこのデカ物の隊長あたりに回復技を使いまくって、代わりに倒してもらえばいいんじゃねえか?お前みたいなひょろガキよりは、あの隊長の方が圧倒的に戦いに向いてるしな。物は考えようってこった』

必死な言い訳だが、たしかに僕が戦いのスキルを磨くよりは、既に戦いのプロである隊長に戦ってもらい、そのサポートをする方が効果的である。

しかも、実際、白炎を出してしまったのは僕自身なので、この結果は真摯に受け止める他ない。

『それで、さっきセイさんも慌てていましたけど、白炎ってそんなに珍しいんですか?』

『うーん、どうかな。100人中1人とかそんなもんじゃねーか?』

『100人中1人って結構レアなんですね。でもセイさんの反応ってそのレア度に対するものとは思えないくらい大げさでしたけど』

100人に1人。

数として見るとたしかにレアではあるが、目の前にいる凪さんも白炎の使い手なのだ。

精霊のセイさんがあそこまで驚くことでは決してないだろう。

『ま、まぁ細かいことはいーじゃねーか。無炎は回避できたことだし、これからは、目の前の姉ちゃんともいちゃこらできるってわけだろ?』

『そんな不純な動機で儀式を受けてませんから!?』

白炎に関して、僕はセイさんを問い詰めようとしたが、簡単に煙にまかれてしまった。

きっと、粘っても教えてくれなさそうだし。

セイさんと頭の中で闘っていると、隊長がコホンっと咳払いをして、上の空だった僕の注意を引きつけた。

頭の中で話す感覚にまだ慣れていないために、話最中の僕は、傍から見たらぼーっとしているように見えていることだろう。

「まさか斑が白炎を手にするとは思わなかったが、おれらにとってもこれはとても幸運なことだ。陰獣との闘いではどうしても負傷者、時には死者が出てしまう。それは一般人に限ったことではなく、もちろんおれらだって怪我もするし、死にもする。だから、唯一ヒールを扱うことのできる白炎の使い手は、守護隊そのものの基盤となっていると言ってもいい」

セイさんも守護隊の仕組みに興味があるのか、今だけは隊長の話を静かに聞いてくれている。

「全ての隊に最低1人は白炎の使い手を置くことが決まりとなっていてな。他の隊にも1人ずつはいて、うちの隊の場合は凪がその役目を担ってくれている。しかし、凪については、空と海がまだ小さいこともあって、あまり危険地帯には出したくないんだ。これまでは、他の隊からのサポートを受けることなどもあったのだが、他の隊にばかり頼ってもいられないしな。簡単に話すとそんな感じだ。斑、おまえの活躍には期待しているぞ」

隊長は一歩前に出て、僕の両肩に大きな手をそれぞれ置いて、最後は力を込めてそう言い放った。

「はい!僕も隊長たちに救ってもらったように、みんなを救います!!!」

隊長の熱いまなざしに応えるように、僕も精一杯の返事をした。

それと、別に斑なら危険地帯に連れて行って死なれても平気とか、そんな意味で言ったんじゃないからな、とフォローも欠かさない。

「斑ちゃん!ヒールのことなら私に任せてね!私が斑ちゃんを守護隊一の白炎使いにしてみせるわ!」

凪さんも僕と隊長の熱量に負けないよう元気にそう発したが、いつもの凪さんとは少し違ったようにも見えた。

「とりあえず、今日は疲れただろう。陽珠が身体に定着するまで一日程度かかるから、訓練は明日から開始しよう。今日はゆっくり休め。それと白炎については取り扱いが難しいから、一人のときに勝手に指から出したりするんじゃねえぞ」

たしかに結構疲れた。

主にセイさんという謎の精霊の登場に対してだけど。

班長と凪さんは用事があるらしく、僕は一人で館に戻るのであった。

また、取り扱いが難しいというのはよく分からなかったが、とりあえず言いつけを守ることとした。

『ねぇ、セイさん。さっきの凪さん、なんか少し変じゃなかった?』

先ほどの凪さんの様子に少し違和感を感じた僕は、セイさんに尋ねてみた。

『いーや?おれはあの女を見るのはさっきが初めてだから、そんなのわかんねーわ。どうせ、まだ隊員になりたての斑にいろいろと教えるのが面倒で、その気持ちが漏れたんじゃねーの?』

『さすがにそんな理由ではないと思うけど。。。勘違いだったのかなぁ』

『そーそー、お前はそんなに機微に聡いわけでもないんだから』

『それこそ会ったばかりなんだからそんなこと分からないでしょ~!』

セイさんは、ほんと言うこと言うことに棘がある。

でも慣れない日々を送る中で、こうして些細なことも質問できる存在がいるのは頼もしいかもしれない。

『セイさん、今日からよろしくお願いします!』

『おう!任せとけ!』

セイさんは、いつの間にか兄貴肌を見せつけてくるようになった。

頼れる兄貴として、お世話になろうかな。

そんなことを考えながら畳でごろごろしていると、いつの間にか眠ってしまっていた。

なにやら騒がしいと思ったら、枕元で空と海が言い争いを繰り広げていた。

「やっぱり水をかけるのが一番だ!」と空。

「それなら鼻から水を入れる方が効果は大きい!」と海。

なにやら、僕をどうやって起こすかでもめているらしい。

空はまだしも、海はえげつない事を考えている。

空が、仕方ない今回は海の案でいこう、などととんでもない案を受け入れてしまったのを聞いてしまったところで、慌てて起き上がった。

空と海が残念そうな顔をしていたのは言うまでもない。

二人に連れられて、夕食が用意されている居間へと足を進めた。

居間に着くと、五番隊の隊員が遠征中のカナタさんを除き、全員揃っており、目の前にはごちそうが広がっていた。

「斑の五番隊正式加入と、俺らの命を助けてくれる白炎の開花に乾杯~~~!!!」

部屋につくなり、九十九隊長は右手で僕の左肩をガっと掴んだあと、左手に持った大きな木のコップを持ち上げて乾杯とそう叫んだ。

また、班長が乾杯と言い切る前に、僕の右手には凪さんから班長が持つものと同じものが手渡され、班長と同じようにそれを高く掲げるよう指示された。

凪さんは普段のおっとりとしたイメージとは違い、すばやい手さばきで黒衣のような働きをしていた。

って、実際に黒衣の格好をしているし。。。

「ほら、斑からも一言ないか?」

隊長からバトンを渡され、若干の戸惑いがあるものの、黒衣さんからの声援もあり、何とか口を開く。

「朝はいろいろと失礼しました!本日、儀式を行い、白炎を賜りました。ご迷惑をおかけすることもあるかと思いますが、精一杯頑張りますので、よろしくお願いします!!」

とは言っても、班長、凪さん、愛李さん、エリカさん、あと空と海と僕の7人しかいないこの場にあいない。中でもあまり話したことがないのは、愛李さんとエリカさんだけだったので、二人に向けるにしてはあまりに仰々しくなってしまった。

しかし、

「朝はごめん。私の行動が軽率だったわ」

僕の気持ちが伝わったのか、愛李さんは指でこめかみをポリポリとをかきつつ、照れくさそうに謝ってくれた。

そして続けざまに、

「私たちの命はあんたにかかってると言っても過言じゃないんだから、これからよろしくね」

と、握手を求めてきた。

こちらが驚きにより動けないでいると、

「よ・ろ・し・く・ね!」

と右手を強く握られ、腕をぶんぶんと振られた。

握手と呼ぶには余りに粗暴なものであったが、そこには愛李さんの心根のやさしさが垣間見られた。

頭巾を外した黒衣の凪さんは、傍でニヤニヤしている。

その横に佇むエリカさんは、あっさりと

「斑さん、これからよろしくお願いします」

とそれだけ伝えてくれた。

愛李さんのときと違って、エリカさんとは自然な握手ができた。

すると、横の愛李さんは、何でエリカのときは普通に握手できんのよ、などとぶつぶつといっていた。

『ひゅ~~、斑モテモテじゃんか~』

『はいはい、うるさい。そんなんじゃないよ』

頭の中で小馬鹿にしてくるセイさんを軽くかわしておくのも忘れない。

そして、思わずため口になってしまったが、もうこんな精霊にはため口でいい気がする。

その後、凪さんが作った多数のごちそうに舌鼓を打ちつつ、成人したことで飲めるようになったビールを初めて飲み、楽しい夜を過ごした。

守護隊は死と隣合わせであるため、一日一日を大切に、また、死んでしまった家族や仲間のためにも笑って生きようというのが代々受け継がれる伝統なのだという。

だから、僕もお酒の力を借りながら、なんとか楽しんだ。

ふと、今朝までいた春之助のことを考えていると、班長はそれを察したのか、春之助は春之助で四番隊で歓迎会を開いてもらっているだろうさ、と教えてくれるのであった。

こうして、正式な守護隊の隊員としての一日目が終了した。

次の日、朝目覚めてから、早速朝食を食べに居間に向かう。

昨日、隊のみんなと楽しくお酒を飲んだことで、居間で朝食をとるのも億劫ではなくなっていた。

「おはようございます!」

障子を開け、元気よく挨拶をした。

居間には隊長が座っており、台所ではおそらく凪さんが料理を作っている最中だった。

それぞれから、おはようとの声が返ってくる。

「そうだ、斑。朝食のあと、少し俺の部屋で話があるんだ。凪も関係ある話だから、後で凪と一緒に俺の部屋に来てくれ」

隊長の言葉に対し、わかりましたと返事をした。

隊長と凪さんと話ってなんだろう。

やっぱり白炎についてだろうか。

朝食を食べ終わったあと、凪さんは隊のみんなの使った食器を洗っていた。

何もせずに凪さんを待つのも悪いので、何かできることはないかと聞くと、じゃあ、話し相手になってもらっていい?と言われた。

「斑ちゃん、隊の生活はどう?うまくやっていけそう?」

「そうですね。。。まだ分からないことばかりですが、皆さんよくしてくださるので、何とかやっていけそうです。まだ会っていないカナタさんがどんな方かっていうのが少し不安ではありますが」

「あ~、そうねえ。カナタは人懐っこいし、蒼炎の使い手としては守護隊の中でもトップクラスでとても頼りになるわよ。それにうちの隊の副隊長だしね」

「えっ、カナタさんが副隊長なんですか?」

「そうそう。昔は私が副隊長やってたんだけど、今は空と海がいて、前線には出られないしってことで、カナタが副隊長をすることになったの。愛李やエリカは若干認めてないらしいけどね」

まぁ、カナタに関しては斑ちゃんが心配するようなことはないと思うから安心して、と付け加えてくれた。

そんな話をしているうちに凪さんは、洗い物を全て済ませてしまった。

「おまたせ。洗い物も終わったし、隊長のところに行きましょうか」

そうして、凪さんと一緒に隊長の部屋へと向かった。

隊長の部屋は、居間から一番遠い場所にあり、部屋の大きさも他に比べて一際大きい。

なんでも、寝相が相当悪いらしく、部屋を大きくしなければ、部屋のいたる所を蹴られ、家が持たないからなのだとか。

「隊長、凪と斑です。失礼します」

凪さんはそう言って障子を開けた。

僕もそれに倣って、失礼しますと告げる。

「おう、凪に、斑。わざわざ来てもらってすまんな」

「隊長が部屋まで呼ぶってことは大事な話があるんでしょ?斑ちゃんたら、さっきから緊張しまくりで」

「え!いや、まぁそうですけど。。。」

大事な話の前でも凪さんの調子はいつものままであった。

「俺が大事な話をするってのは、やっぱり二人とも分かってるよな。それなら、早速本題にいきますか」

隊長のトーンが一段階下がる。

「斑。昨日、白炎が出たとき、純粋にどう思った?何言っても大丈夫だから、率直な感想を教えてくれ」

「ほ、本音でいいんですか?」

「あぁ、本音で頼む」

「わかりました。正直に言うと、白炎が出たことに対して、若干の失望はありました。僕は燈の仇を討つために頑張ろうと思っていたのに、白炎だと自分で仇を討つことはできないので」

「そうだよな。俺もあれからそのことを考えていて、凪とも相談をしたんだ。俺の意見は、貴重な白炎の使い手には、ヒールなどの回復技による後方支援に専念してもらい、できるだけ危険を犯してほしくない。つまり、お前の言う自分で燈ちゃんの仇を討つというのは叶わない」

「そうですよね」

わざわざ呼ばれたこともあり、後方支援以外の別の道もあるのでは、と少しだけ期待していたが、無理そうだ。

そう悟って、僕は少し肩を落とした。

「しかしな、凪は俺の意見を否定した。これは凪の口から直接聞いた方がいいかもしれねぇ」

隊長は僕に向けていた視線を凪さんへと移した。

「じゃあ、ここからは私から話させてもらうわね。斑ちゃんも知るように、私はあなたと同じ白炎の使い手。でも後方支援に専念していたわけじゃないの。もちろん場面場面に応じて、どうしても後方支援を任されることはあったのだけれど、基本的には最前線で戦っていたわ」

予想外の話が展開され始めた。

白炎の使い手である凪さんが最前線で戦っていた!?

凪さんは落ち着いたトーンで話を続ける。

「私は陽の国で生まれた。両親が守護隊でね。分かりやすい例で言うと、私と空と海の関係かしらね。空と海が5歳にしてすでに陽珠を飲んでいるように、私も同じくらいの年のときに陽珠を飲んだの。それで白炎の使い手となって。そのころから白炎は貴重だったから、幼いながらも父や母と一緒に救助や陰獣の討伐などに行くこともあったわ。もちろん隊には私の他にも白炎の使い手はいたし、何より父が隊長だったから、私が危険に脅かされることはなかったの」

普段の凪さんを見ている僕にとっては、昔の話をする凪さんは信じられないくらい真面目で、そして声に温もりがなかった。

「私が12歳のころ。私は他の白炎使いがいなくても、一人で隊の後方支援をできるくらいにまで成長していた。陽の恩恵を若くから受けていたから、地の国で生活するよりも身体の成長も早かった。身長はそのころからあまり変わっていないくらい。ほとんど一人前として扱われるようになった私は、徐々に危険な任務にも参加するようになっていったわ」

凪さんは太ももに置いていた手に少し力を入れ、着ていた衣服にしわをつける。

「凪」

話を聞いていた隊長は話の流れで何かを察したのか、忠告するように凪さんの名を呼んだ。

隊長の一言の後、凪さんの緊張が一気にほぐれたのが分かった。

「まぁ、それでね。最初の頃は後方支援ばかりだったんだけれど、やっぱりみんなと一緒に戦いたいという思いが強くなっていったの。それから、私は必死に剣と白炎の訓練に励み、オートヒールっていう自動で回復できる技を編み出して、それを使いこなすことで、最前線で戦う事を許された。いつしか白炎の剣士っていう異名までついてしまうくらいまで活躍したの」

凪さんは、ふぅっと息を吐き、話を続ける。

「だからね。あなたも最前線で戦いたいっていうのなら、誰がなんて言おうと私は応援するし、精一杯力も貸してあげる。ただし、その道は本当に険しいこと、それだけは覚えていて」

こうして凪さんの話は終わった。

隊長からは、どちらにせよ初歩の訓練から始めることに変わりはないから、訓練をしながら三日間くらい、じっくり考えてみてくれ。と、そう言われた。

とりあえず、訓練は午後から開始するそうなので、それまでは自室に戻ってゆっくり過ごすことにした。

『ねぇ、セイさん』

『ん、なんだ?』

『さっき、凪さん、どんな話をしようとしたんだろうね』

『ん~、たしかにあの男の方の剣幕すごかったからなぁ。なんかまずいことでも言おうとしたんじゃねーの?それにしても、斑!お前いつの間にかため口になってるじゃねーか!」

『そうだよね。凪さん、昨日からちょっと変だったし、あと、凪さんのお父さんが守護隊の隊長だったって。今どうしてるんだろう』

『もう死んじまったんじゃねーの?それで、そのことが何か重要なことで、お子さまな斑にはまだ教えられない、ってそんなところさ』

あと、ため口の件、無視すんじゃねぇってセイさんは怒ってた。

死んだのでは、と考えるセイさんに思いっきり怒りたかったが、僕自身も同じことを考えていた。

もしかしたら、凪さんのお母さんも既に死んでしまっているのかもしれない。

旦那さんに関しても謎のままだ。

いくつかの疑問を覚えたが、あまり詮索するのもよくないので、とりあえず、隊長からもらった守護隊の心得にでも目を遠しながら、時間が午後になるのを待つことにした。

昼になり、凪さんが作ってくれた弁当を食べた。

昼間は、館の外に出ている隊員も多いため、基本的には凪さんが作ってくれた弁当を食べるのが五番隊流だ。

『おまえ、朝から飯食うことしかしてねーじゃん。さっさと訓練行けよ~』

セイさんから、働かざる者食うべからず、とかよくわからない言葉をぶつけられた。

精霊界で流行っている言葉だろうか?

『分かってるよ。これ食べたら、訓練を受けに凪さんのところに行くんだから』

今からしようって思ったときに横槍を入れられると途端にやる気が失せる。

これは決して訓練が面倒臭いとかそういうわけではなく、セイさんの言い方が悪いせいだ。

きっとそうだ。

そんなことを思っていると、障子越しに凪さんの声が聞こえた。

「斑ちゃ~ん、準備できた?訓練いくわよ!」

凪さんは久々に白炎の使い手の指導をすることになったため、いやにテンションが高い。

僕を育てることは、隊の死傷者を減らすことにも直結するため、気合が入るのも仕方ないだろう。

「はい!準備できました!」

とりあえず、今日のところは手ぶらで良いと言われたので、手に持っていた守護隊の心得を閉じ、急いで部屋から出て、凪さんの後をついていった。

館から五分ほど歩いたところに、五番隊の訓練所はある。

しかし、訓練所といっても、様々な道具や器具があるわけではない。

訓練所の中は、陽の光が一切入らない巨大な空間が広がっているだけであった。

訓練所内に、陽の光を入れないのには理由がある。

陰獣との戦いは主に降雨の中で行われるため、基本的には陽の光がない状態での戦闘になるからだ。

陽の光がない状態では、炎の加護は薄れてしまい、本来の力を思うように発揮することができない。

そのような状態でも陰獣との戦闘中に力を発揮できるように、日ごろからそういった状況下に身を置いて訓練をするのだという。

そのため、訓練所の建物には、隊長クラスの炎でも傷つくことのない特殊な素材が使われているそうだ。

ただただ広い空間が広がっている中、建物の隅の方に、ボロボロの大きな器具を見つけた。

「あの隅っこにある器具は何ですか?」

「あ、パンチングマシン四号機くんのこと?あれはね、隊員の炎のパワーを測るためのものなの。武器に炎を載せて攻撃するとね、その攻撃力、つまりは相手に与えるダメ―ジ量を測定することができるハイテク機械なのよ」

拳だけでなく、刀やハンマー、大鎌など、どの武器にも対応しているらしい。

ちなみに四号機くんという奇妙なネーミングについては、昔の隊長が「〇号機くん」と付け始めたからなのだとか。

各隊員は、パンチングマシンの数値を通して、自分の訓練の成果などを確認している。

また、パンチングマシンを壊して、「〇号機くん」の「〇」の数字を増やせば増やすほど、隊の貫禄は上がるそうだ。

他の隊では、既に六号機まで及んでいるところもあるのだという。

同じことを春之助ちゃんも聞いていたわよ、と凪さんはほほえみながら教えてくれた。

パンチングマシン四号機のことは非常に気になるが、今日の訓練では使わないらしい。残念。

凪さんに訓練所の話を聞いていると、空が走って訓練所の中に入ってきた。

「ママ、お待たせ!」

と空は、元気よく凪さんに声をかける。

だが、なにやらぜぇぜぇと息を切らしている。

その数十メートル後ろには海の姿もあり、僕らのもとに到着すると、

「空、ちょっと、早すぎ。。。」

と言って、肩で息をしている状態だった。

凪さんは、あらあら、言ってと笑っていた。

空と海は5歳児らしく鬼ごっこが好きで、こうしてよく二人で遊んでいるのだという。

5歳児の鬼ごっこと聞くと、微笑ましい光景を想像するかもしれないが、そうではない。

炎をジェット噴射のように足の裏から出し、飛びながら逃げ、または、追うのである。

常人には割って入ることのできない、守護隊の子どもらならではの遊びだ。

空と海は双子であり、顔形は非常に似ているのだが、性格はそこまで似ていない。

見るからに元気なのが、兄の空。空ほどではないが、ある程度元気なのが弟の海である。

実際、海も十分元気なのだが、空が元気過ぎる余り、少し大人し目に見えているということがある。

空と海の呼吸が落ち着くのを待って、凪さんは口を開いた。

「じゃあ、斑ちゃん!今から、貴方を白炎の使い手として育てあげるわ。白炎はどうしても使い熟すまでに時間がかかるから、少しだけ、ちょっとだけ手荒な手段をとらせてもらうわね」

手荒な手段!?

凪さんの口から発せられたその言葉に、驚きを隠せない。冷や汗が頬を伝う。

「て、手荒な手段って。。。」

恐る恐る凪さんに質問をする。

「えっと、白炎使いはなかなか回復技であるヒールを使いせるようにならないんだけど、その理由ってわかる?」

「白炎の使い手の数が少ないから、効率的な訓練方法が見つかっていないからですかね、、、?」

「そうね、それもあるんだけど。もっと重要なことがあるの。それは、回復させるっていう感覚が掴みにくいことにあるの。緋炎とか蒼炎って、炎さえ出せれば、火力を上げてただ燃やすだけでいいんだけど、白炎は別に燃やすわけじゃないの。だから、具体的に技の感覚を想像出来なくて、その感覚を掴むのにとても時間がかかるってことなの」

たしかに凪さんの言う通り、炎を用いて回復させるという行為を想像することはできない。

「そこで、私が考えた究極の方法で斑ちゃんにヒールの感覚を覚えてもらって、実際にヒールを使えるようにしましょうってことなの。それのお手伝いとして、空と海にも来てもらったってわけ。じゃあ、特訓開始~~!!」

そういって、白炎の使い手特訓プログラミングが幕を開けたのであった。

凪さんが特訓開始と告げた直後、先程まで疲れた様子であった空と海が、僕目掛けて殴りかかってきた。

炎がメラメラと燃え盛る拳を、腹に一発、右の脇腹に一発、叩き込まれた。

「がはっっっっ!」

その衝撃で、口から声が漏れ、地べたにうずくまる。

凪さんから碌に説明も受けていない状態で、突然殴られたのだ。

もちらん状況が飲み込めないでいた。

というか、いきなり殴るなんて訓練でもなんでもないだろ!

などと思い、殴られた箇所に手をやるが、そのときにはもうどこを殴られたのか、正確な位置が掴めないでいた。

「あれ・・・?」

先ほど殴られたはずなのに、と思い、凪さんに目をやる。

すると、凪さんは両手を顔の前で合わせ、上目遣いでこちらを見ていた。

「突然殴るなんてあんまりですよ!」

こういうときぐらいは怒ったっていいだろう。

「ごめんなさいね。こうでもしないと、なかなか訓練を進めることが出来なそうだったから」

凪さんはそう言って、先ほどのポーズを続けながら謝ってきた。

しかし、そんな可愛いポーズで謝ってきたところで、それで簡単に許してしまうことなど、、、できない。

「でも、殴られたそばから徐々に痛みが引いていってるでしょ?」

「たしかに、もう痛くもなんともないですが」

「ん?ま、まぁ、そうでしょうそうでしょう。。。私の手にかかれば、打撲程度、あっという間に治せちゃうんだから!」

僕の返事が想定とは少し異なっていたのか、凪さんは少し言葉に詰まるも、そのあとはどんなもんじゃいといった様子で、フフーンと鼻を鳴らしていた。

ちなみに凪さんは、空と海が僕を殴るのと同時に遠隔でヒールをかけており、打撃をくらった箇所をあっという間に治したというのだ。

さすがは凄腕の白炎使いといったところだろう。

「でも、痛みは感じるんですね」

「それはね~、ヒールは別に防御力を上げたりするわけじゃなくて、痛めた部分を治癒する技だからね。痛みの大きさなんかは全く変わらないのよ」

痛みの大きさは変わらないと凪さんは言うが、瞬間的な痛みしか感じない分、通常よりは、脳が感じる痛みの大きさは多少小さいように感じた。

「でも、わざわざ炎まで出して殴る必要ありますか?」

「何言ってるの、炎を纏ってない5歳児のパンチなんて、怪我するほど痛くなんてないでしょ」

たしかに、ここにいるちびっ子二人の通常のパンチなんて大したことないか。

凪さんは、おかしいこというのね、と言って笑っていた。

そんなやり取りの最中も、空と海はまだまだ殴る気マンマンといった様子で、肩を回していた。

二人にとっては僕は所詮反撃することのないおもちゃなのだろう。

「それにね、この訓練は、空と海がむやみに炎で物を燃やしてしまわないための訓練でもあるの。一石二鳥。いや、三人だから、一石三鳥ね」

いや、凪さんの娯楽という面も含めると、一石四鳥ではないだろうか。

隊服は燃えない作りになっているそうだが、元から燃えない炎で攻撃してくれるのは助かる。

『おい、斑。いろいろと文句いってっけど、あの姉ちゃんの白炎なかなかにすげーぜ。大した怪我ではないとはいえ、あんなに早く治せるやつはなかなかいねーよ』

セイさんまで、凪さんの肩を持つようだ。

敵の味方をする精霊なんて消えてしまえ。

ちなみに、今の文句はセイさんには聞こえていない。

実は先ほど部屋で守護隊の心得を読んでいるときに、セイさんに聞こえないように、脳内で考え事をする技術を身につけることができていた。

気を抜くと、たまに考えている内容が漏れてしまうけれど、練習すれば精度をもっと上げることもできそうだ。

『セイさんまで、凪さんの味方なのかよ~』

『おれ様は基本、若い女の味方だからな。あとさっきのに付け加えるが、ヒールってのは身体同士を触れあって治すのが普通なんだ。距離のある対象を治すのはそう簡単じゃねえ。でも、まぁ、あの女の能力だけってわけじゃねーみてーだけど、、、』

『ん?最後なんか言った?』

『な、なんでもねーよ!もう痛くねーんなら、さっさとまたガキに殴られてろ!』

セイさんがもごもごと何かを言おうとしているので、それについて聞いたら、適当にあしらわれてしまった。

セイさんはまだ脳内での考えと、僕との会話をうまく使い分けできてないようなので、今みたいに間違って会話してしまうことがあるらしかった。

セイさんは今みたいに、度々口籠もっているが、コミュ症なのだろうか?

きっと若い女性が好きというのも、変な強がりなのだろう。

「斑ちゃーん、2ラウンド目の準備はいい~?レディ、ファイッッ!」

まるで何かの審判のように、僕と空、海の間に立ち、ノリノリで訓練の再開の合図をした。

まだ、準備できたとか返事していないのに。

これが公式の大会なら、こんな審判クビだ。

審判の合図とともに、空と海が飛び込んできた。

先ほどと同じく、お腹と右脇腹を狙っているようだ。

緋炎によるスピード強化もされているようなので、二箇所同時に守るということは叶わない。

そのため、痛みに慣れていない脇腹を守ることにした。

先に空の右ストレートがお腹目掛けて飛んでくる。

一応左腕でガードしようとはするが、するりと交わされ、一発をもらってしまう。

意識が朦朧とした状態の中で、大人の意地により(成人したばかりだが)、必死に右脇腹のガードを固める。

しかし、海は僕の必死なガードも意に介さない様子で、左腕でレバーブローを打ち込んできた。

なんとか腕で守りはするが、もちろん腕はとんでもなく痛い。

だが、脇腹に食らうよりは幾分かマシだな。。。

「がはっっっっ!」

お腹には普通に食らっているので、結果、1ラウンド目と同じ声を上げてうずくまるのであった。

もちろんその直後に、何でうずくまっていたのか分からないほどに、痛みはどこかへ行ってしまうのだけれど。

その後、同じようなやり取りを10回ほど繰り返した。

心は散々削られたが、皮肉なことに身体は訓練前よりピンピンしていた。

空と海によるリンチを10回超耐え切ったところで、凪さんからストップが入った。

「斑ちゃん、どう?ヒールされる感覚はなんとなく分かった?」

「はい、なんとなくですが。怪我をしてヒールが作用している部分は、ほんのり熱くなって、膨張するような感覚と言いますか」

「そうそう、そんな感じ!ヒールを施されると、怪我したところとか痛みがあるところに白炎が集まるから、その部分だけ少しあったかくなるのよね。あと、膨張する感じってのも正しくって、ダメ―ジ受けて損傷した部分を周りが膨張して補填するの」

「なるほど、それで怪我した部分あたりに膨らむ感じがするんですね」

「そうそう。一度感覚を掴めてしまえば、なんでいままでこれに気が付かなかったんだろうって思うようなことなんだけど、意外とみんな分からないもんなのよね~。特に、緋炎とか蒼炎の人は普段から自分のあつーい炎に触れているから、白炎のヒールレベルの熱さは感知すらできないのよ。膨らむって感覚も、一般的に感覚が鋭いと言われている白炎使いにしか分からないらしいし」

凪さんの言うとおり、白炎の温度はそこまで高くない。

例えるなら、おでこと首の体温程度の違いしかなく、正確にはどちらの方が温度が高いのかも分からないくらいだ。

ただ、なんとなく温度が一緒ではない気がするといった程度。

膨張に関しても、髪の毛が自然に抜ける程度の刺激だ。

これまでに感じたことのないようなレベルの本当に小さな刺激であるため、上手く例えることができず、適当に身体の一部を使って例えるに至った。

「これって、最初から凪さんが『白炎の熱』と『膨張』について教えてくれていたら、もっと早くに感覚がつかめたんじゃないですか?」

例えようのない程の僅かな変化を、あのリンチの最中に感じろという方が無茶だ。

「私も本当だったらそうしたいんだけど、白炎は自分で感じられるようにならないとダメなの。守護隊における白炎の第一人者の人はね、ヒール時に白炎がどのように作用するのかを分からないまま白炎を使い続けたせいで、ヒールの過剰治癒によって、ヒールを受けた隊員の身体の一部を肥大化させてしまったり、時には殺してしまったりという悲惨な経験をしたの。だからそれからというもの、白炎の使い手が現れると、過剰治癒を防ぐために、事前にヒールを白炎使いの身体に覚えこませて、繊細な治療行為ができるようにしたってわけ」

白炎が少しだけあったかくて、ヒール時には膨張するというのを先に脳が理解してしまうと、身体がそれを理解することを怠り、繊細な治療行為ができなくなるのだという。

「なるほど。それなら仕方ないのかもしれないですね」

全ての白炎の使い手が、人を癒すという目的のために、僕と同じ訓練を受けてきたのかと思うと、全ての白炎使いが哀れに思えてくる。

5歳くらいから白炎使いとして守護隊で働いていた凪さんは、この洗礼をそのころに受けたのだろう。

そう思うと、何も文句は言えなくなってしまった。

「ちゃんと説明もできないまま訓練に入ってごめんなさいね。でも、白炎使いとしての最初の関門は突破したから、明日からは実際に白炎を操ったり、ヒールの練習をしたりしましょうか!明日は今日みたいにきつくはないから安心してね」

「その言葉、信じても大丈夫なんですよね、、、?」

「もちろん!これからはウフフキャハハな訓練の毎日が待っているから!」

そんなふざけた訓練になることはなさそうだが、きつくないというのはおそらく本当らしかったので、凪さんの言葉をおとなしく受け入れた。

白炎の使い手となるための一日目の訓練が終わった。

守護隊に入った以上、訓練や遠征などの守護隊の日々の業務を熟さなければならないのは分かっている。

だが、簡単に割り切れるものではなかった。

夕食を食べるために居間に集めると、隊長以外の面々は既に揃っていた。

先程あんなに元気だった空と海は、くたくたに疲れていた。

僕を殴ることで楽しんでいた二人も、そのあと凪さんにたっぷりしごかれたのだろう。

一言も言葉を発さずにただただご飯が出てくるのを待っていた。

夕食ができ、凪さんが手を合わせるのにあわせて、僕も手を合わせ、夕食を食べ始めた。

だが、いつまで経っても隊長の姿は見えない。

「今日って、隊長は一緒に夕食食べないんですか?」

疑問をそのまま口にする。

「隊長なら、今日は隊長会議に出席しているの。月に一回、その月に起こった事件や事故、新たに入隊した隊員についてなど、情報を交換するの」

たしかに守護隊の心得に、そんな会議に関する記述もあった気がする。

あとで、もう一度読んでみよう。

凪さんとの会話の後、愛李さんが口を開く。

「斑、今日の訓練どうだった?凪さんからはめちゃくちゃ覚えが早かったって聞いたけど」

昨日の夕食のときに酒を一緒に飲んだ仲なので、愛李さんに対する苦手意識は薄れていた。

「そうですね。覚えが早いのかは分からないですけど、空と海に散々ボコボコにされましたね。。。逆にいつまで経っても白炎の感覚が掴めなかったら、あの訓練が永遠に続くのだと思うとぞっとします」

「あはは、そんなにきつかったのか!空と海もあんまり斑をいじめちゃだめだぞ」

そう言葉を投げかけられた空と海だが、二人は愛李さんの言葉に耳を貸す暇もないほど、必死にご飯を口にかきこんでいた。

「白炎の訓練は相当過酷って聞きますからね。とりあえず、お疲れ様です」

元気いっぱいでハツラツとした愛李さんに対し、カレンさんは、今の言葉から推測できるように、おしとやかで気遣いのできる女性だった。

別に愛李さんが気遣いできないわけではないが。

「カレンさん、ありがとうございます。カレンさんたちは今日何をされていたんですか?」

「今日は一人部屋に籠って、蒼炎に関する本を読んでいました。ちょっと、覚えたい技があるんですけど、なかなか技を理解することが難しくって」

蒼炎の使い手はただ蒼炎を操るだけではなく、物語の中に出てくる「魔法」のように、術式を組んだりして様々な技を使いこなすのだという。

蒼炎にはたくさんの技があって、水を蒸発させたり、特殊な技でいうと水を氷に変えたりもできるのだという。

炎を使って水を氷にするなど、まさしく「魔法」のようであるが、代々の蒼炎使いが必死に編み出した技なのだとか。

どんな技を研究しているのかまでは教えてくれなかったが、聞いてもあまり理解できそうになかったので、教えてもらわなくて正解だったかもしれない。

「ちなみにあたしは、空と海の訓練をつけてやってたんだよ!空と海が斑をいたぶっていたって知っていたなら、もっと過酷な訓練にしてやったのにな~」

愛李さんのその発言を聞いた空と海は、身を縮こまらせていた。

二人は僕との訓練のあと、凪さんにしごかれたのではなく、愛李さんにしごかれたようだった。

「明日は斑はどんな訓練をするんだ?」

「特に聞いてないですけど」

愛李さんからの質問に、僕はそう答え、凪さんを一瞥する。

「明日はね、実際に白炎の操作をしてみるの。自由自在に炎の量を調整したり、遠くに飛ばしたりできるようにするのよ。今日みたいに痛いことはないから安心してね」

訓練内容を聞く限りは、本当に痛みは伴わなさそう内容であった。

その後も軽く談笑をして、部屋に戻る。

『斑、今日はお疲れ様だったなぁ』

『あ、セイさん。めちゃくちゃ疲れたよー。セイさんは今日は何をしていたの?』

『おれはずっと寝てたな。お前が訓練中だったときは、ガキ二人の炎の波がこっちにまで伝わってきて目を覚ましたけど、それ以外はやることもねーし。精霊は生きてるだけで意外と体力消耗するもんなんだよ』

寝てるだけでいいのは羨ましいな。代わってほしいくらい。

そんなことを思いながら、明日に向けてさっさと寝た。

目が覚めて、居間を訪れる。

この当たり前の行動が、ついこの間まではできていなかったんだな、と反省する。

「斑ちゃん、おはよう!ご飯を食べたら、今日も訓練所に行くわよ~」

「おはようございます!」

凪さんは朝から元気で気持ちがいい。

愛李さんとカレンさんは、地の国国境付近への遠征があるらしく、既に館を出た後であった。

朝食を食べ、先に訓練所に向かう。

守護隊員は自分の炎を使って高速移動することができるらしく、皿洗いをしていたはずの凪さんの方が先に訓練所に到着していた。

「斑ちゃん、遅かったわね。空と海すら、もう到着しているわよ~」

「まさか、凪さんがこんなに早いとは・・・。すみません、次からダッシュで来ます」

「うん、それでよろしい。斑ちゃんにも、早めに高速移動の方法を教えてあげないとね。でも今日はもっと初歩的なことから始めるわよ。じゃあ、私の手を見てて」

凪さんはそう言って、胸の前に両手を出す。

そして、まるで両手を使って頭くらいの大きさのボールでも掴むかのように、手を固定した。

すると、両手の間に白い炎が出現する。

白い炎は最初はメラメラと揺れていたが、凪さんが両手に力を入れると、すぐに饅頭のような形に落ち着いた。

「よし、完成。斑ちゃんには、今から白炎をこのように楕円の形に成形してもらいます。炎は本当に危険だから扱いには十分注意してね。集中力が切れそうになったら休憩してもいいから。空と海も復習を兼ねて一緒にやろうね」

「分かりました!」

「「わかった!」」

こうして、白炎を楕円型にする訓練が始まった。

炎を出す事自体は案外簡単なようで、両手の内にはすぐに白炎が灯る。

しかし、力を入れたり、抜いたりしても、炎は好き勝手にゆらめくだけで、全く思い通りの形にはなってくれなかった。

あれこれと試行錯誤を続けていると、まず海が声を上げた。

「ママ、できたよ!」

そう告げる海の両手の内には、赤い色をした楕円型の炎が煌めいていた。

「ピッッ」

「あら、1分21秒。前より早くなったわね、えらいえらい」

凪さんはそう言って、海の頭をよしよしする。

なんと、タイムウォッチで時間を計測されているらしかった。

これはせめて空よりは早いタイムで楕円を作り終えたい。

そして、早く僕もよしよしされたい!

そんな不純なことを考えながら、さらに両手に力を入れる。

そうすると、白炎は一切のコントロールを失って、大きく燃え上がった。

目の前には白色のみが広がっていた。

「危ない!!」

凪さんは、燃え上がった炎に咄嗟に反応し、左手の親指と人差し指を軽く擦り合わせる。

すると、僕の背丈を超えるほど大きくなっていた火柱はあっという間になくなってしまった。

「こら斑ちゃん、ちゃんと集中しないとダメでしょ!特にあなたはまだ炎の種類もコントロールできないんだから。下手にヒールなんかが作動したら困ったことになるのよ」

凪さんは珍しく怒った。

心配して怒ってくれているようだったので、適当な気持ちで訓練に望んでいた自分が恥ずかしくなった。

気を引き締めて、もう一度炎の形を整えにかかる。

そんな僕を見て凪さんはアドバイスをくれた。

「炎は呼吸に合わせて大きさを変えるから、その法則を利用すると形を整えやすいかも」

そう言われて呼吸に意識を向けると、息を吸ったときには炎は大きくなり、逆に息を吐いたときには炎が小さくなっていた。

凪さんによると、息を吐いているときに炎が小さくなるのは、炎がその密度を高めるためらしい。

同じ炎でも密度の高い炎の方が威力が大きいため、炎の扱いが上手い人程、薄く、小さい炎を操る傾向にあるのだという。

そういう意味では炎の大きさで競い合っている空と海はまだまだお子ちゃまね、と笑っていた。

訓練開始から一時間程経っているが、未だにきれいな楕円を作ることはできないでいた。

気づいたときには空も楕円を作り終えており、今は二人とも楕円の大きさを小さくし、密度を高める訓練を行っていた。

なかなか成功しない僕を見かねて、凪さんが声をかけてくれる。

「斑ちゃん、あんまり根をつめすぎないようにね。緋炎は白炎に比べて炎制御がしやすいと言われているけど、それでも春之助ちゃんも3時間くらいはかかったんだから。とりあえず休憩でもしたら、ね?」

仮に緋炎の方が炎制御がしやすいのだとしても、それを聞いては休憩する気にはなれなかった。

「そうですね、もう少しだけ・・・。白くて丸い炎、白くて丸い炎・・・」

僕がぶつぶつと呟いていると、その呟きを聞いていたのか、目の前で休憩をしていた空が「あっ」と声を発して、凪さんの元に駆け寄る。

「空、突然どうしたの?」

凪さんが膝を折り畳み、自らの目線を空のそれと合わせた瞬間、空は凪さんが着ている服の襟を掴んで、思い切り下方向へと引っ張った。

ポロンっっっっっ!!!

そこには、確かに白くて丸い物があった。

形は楕円であり、ちょうど僕が両手で象っている形とマッチする。

凪さんは急いで胸を隠し、キリっとしたまなざしをこちらに向けてきた。

「斑ちゃ~ん、何も見てないわよね???」

さっきのキリっとしたまなざしから一転、怖いほど笑顔な凪さんはそう告げる。

「な、なにも見てません!!」

僕はそう答えることしかできなかった。

「じゃあ、その両手の中にある白くて丸い物はなにかな~~~???」

「あっっっ、これはっっっ」

無事、両手から炎を出すことに成功したのに、僕と空は昼飯なしになってしまった。

僕悪くないのに・・・。

ただ、今度から炎を出すたびに、あの光景が脳裏に浮かび上がることだろう。

空グッジョブ!

空のおかげで炎制御が少しだけ上手くなった僕は、その後も昼休憩までの約2時間、もっとスピーディーに炎を出すようにする訓練や、炎を長時間同じ形のまま保つための訓練を行った。

地味な訓練ではあるが、最初、炎の制御ができずに凪さんに怒られたことが心に引っかかっており、真面目に訓練を続けることができた。

昼飯は抜きになったが、昼休憩はある。

訓練所を出て、近くの木陰で横になった。

先程までずっと炎を出しており、つい癖でまた炎を出してしまいそうになるが、昼休憩に入る前に凪さんから言われた言葉を思い出す。

「そうだ、斑ちゃん。今は陽の光が通らない訓練所内でやっているからこの程度の火力なんだけど、太陽の下で炎を出すと、今と比べものにならないくらいの火力がでちゃうから、絶対に外で炎を出しちゃだめよ」

太陽の下での炎がどれほどの程のものなのか気にはなるが、さすがに今日の今日で言いつけを破ることなんてできない。

そこで脳内の住人にその答えを聞いてみる。

『ねぇセイさん。太陽の下で炎を出すと、どれくらいの火力になるの?』

『なんだ?お前、あの姉ちゃんに言われたのに試したくなってんのか?おとなしく姉ちゃんの言うことに従っていた方がいいぜ~』

『別に、試そうなんて思ってないよ。ただ、どのくらいなのかなーって』

『うーん、人によってまちまちだとは思うけどな。大体5~10倍くらいじゃねえか?』

『なるほど・・・。たしかにそれはまだ扱えないな』

『そうだろ?斑はまだ自分の力を制御もできない赤ん坊なんだから、あの姉ちゃんのおっぱいでも吸ってればいいんだよ』

『あ!もしかしてさっきの光景見てたの!?普段寝ているくせにそういうところだけちゃんと見てるんだから』

『けっ、そんくらいしか楽しみがねーんだよ。こんなことなら、野郎の身体ん中じゃなく、かわいい女の身体ん中に入りたかったぜ』

『はいはい、出ました。セイさん特有の強がり』

そんな不毛な会話をしていると、陽の光の心地よさも相まって、いつの間にか眠ってしまった。

『おい、斑起きろ!起きろ起きろ起きろ!!』

「何、セイさんうるさい・・・」

『あーあ、言わんこっちゃねえ』

セイさんはそう言い残し、頭の中に消えていった。

「誰がうるさいですって~?」

危機感を感じて、目を開ける。

すると、そこにはおそらく怒りを覚えながらも笑顔のままでいようとする凪さんが、膝をついて僕を起こしてくれていた。

「昼ごはん抜きだけじゃ、反省にもならなかったかしら?」

「い、いえ!今のは、なんというか!夢です!夢をみてて」

ゴツンっっっ!!

眠気覚ましに、凪さんの鉄拳をくらってしまった。

「それでは気を取り直して午後の訓練頑張りましょー!」

凪さんは本当に切り替えが早く、その後、いつもの様子で訓練の説明をしてくれた。

「午前中は楕円だけしか作らなかったけど、午後はいろんな形を作ってみましょうか」

「分かりました!」

今回の訓練は空と海は参加せず、訓練所の隅の方で、何やら筆をとっていた。

「空と海はあそこで何をしているんですか?」

「あぁ、あれはね。文字の練習をしているのよ。斑ちゃんたちは地の国でずっと学校に通っていたでしょ?守護隊の子どもたちはどうしても普通の学校に通うことはできないから、読み書きくらいは守護隊の大人が教えるの。主に母親の仕事ね」

「なるほど、それで座って何やら書いているんですね」

「そういうこと。もう少し大きくなったら、月に数日は中央街にある学校で勉強もするんだけど、あの子たちはまだ五歳だしねー。それに旦那さんも学校に行くのは、地の国同様六歳からでもいいんじゃないか?って言っててね」

「あ、そういえば凪さんの旦那さんって?」

「あーごめんごめん。そういえば言ってなかったかもね。実は私、四番隊の山縣隊長って人と結婚しているのよ」

「そうだったんですね。てっきり九十九隊長と結婚されているのかと・・・」

「えーー??ないない!!あんなおじさん嫌よ」

凪さんはそう言って、僕の背中を掌でバンバンと叩きながら爆笑した。

「斑ちゃん、面白いこと言うのね。あー、おかしい。まぁ、山縣隊長も九十九隊長の三つ年下とかでしかないから、彼も彼でおじさんよね」

そう言って、また笑い出した。

凪さんの笑い声が止んでから僕は質問をした。

「もしかして、春之助が四番隊に行ったのってそれも関係ありますか?」

「そうね、四番隊だからこそ、自信を持って春之助ちゃんを託せたってことはあるわね。守護隊が一番隊から七番隊まであることは知ってるかしら?」

「はい、心得で読みました」

「そう、勉強熱心ね!いい子いい子」

期せずして、凪さんから頭を撫でられた。

油断していると顔が綻びそうになるので、太ももの裏をつねって理性を保った。

セイさんが、よかったじゃねーか、なんて言っている。恥ずかしいからこんな場面見ないでほしい。

「それでね、それぞれの隊の館は結構離れていて、守護隊の隊員が炎を使って走っても二時間くらいはかかるかしら?だから、そんなに頻繁に交流はしないし、なおかつ隊長同士の仲が良くないと、交流なんて一切ないの。社交的な九十九隊長ですら、二番隊の佐々宮隊長と四番隊の山縣隊長くらいとしか親交ないんだから」

「なるほど。でもそれを聞いて安心しました。春之助との別れの際には、彼が無理やり連行されているように見えましたから」

「アイクちゃんが迎えに来たときね。あの子ったら、本当に素直じゃなくってね。って、こういう話はご飯の時にしましょう!今は訓練の時間よ」

凪さんは、はっと気づいて、慌てて訓練に使う道具を並べ始めた。

しかし、それは野菜や果物、肉や卵といった様々な食材であった。

「これって食材ですよね・・・??」

「そうよ!実はこの訓練のためにわざと昼ごはんを没収したのよ。人妻の私があのくらいで怒ると思った~~?私のおっぱいでいいなら、いくらでも見せてあげるわよ♡」

それを聞いて、僕はまた必死に太ももの裏をつねった。

『斑!いまだおっぱいを揉め!そしてその感触をリポートしろ!!!』

セイさんは精霊というより悪魔ではないだろうか。

下品な精霊のおかげで、気持ちが冷め、凪さんの誘惑を簡単にあしらうことができた。

「この訓練の説明をするわね。まず、斑ちゃんが炎でここにあるいずれかの食材の形を象って、その炎を私に見せるの。私はその炎の形を見て、どの食材の真似したのか言い当てるわ。ちなみに、一回の象りにつき、私の回答権は一回のみ。さらに、私はこの時点から食材を見ることはできない。つまり、用意された食材の形がイレギュラーすぎる場合には、その形をそのまま象るだけでなく、最も一般的とされる形を思い出しつつ、象る必要があるのよ。私が正解できた食材のみが今日の夕飯に並ぶから、気合を入れて象って頂戴!」

凪さんは早口で、テンション高く、ルール説明をした。

「これぞ、究極の訓練『かたどってたべよ』よ!ゲームスタート!!」

気づけばゲームが始まっていた。

気づけばゲームが始まった。

凪さんは僕と食材に背を向け、耳には耳栓をし、目は黒い布で覆っていた。

「とりあえずはこれかな」

僕はそう言って、白くて楕円の食材を見つめる。

『斑、そんな簡単なもんじゃなく、肉行こーぜ肉!』

『最初だから絶対に失敗しない食材にするんだよ。じゃないと、夕飯も抜きになるかもしれないんだから』

セイさんと会話をしながら、両手で白炎の形を成形する。

「よし、こんなもんでいいかな」

及第点だろうと思える出来になったので、食材をチャレンジコーナーにセットし、凪さんに声をかける。

「あっ、そっか。耳栓してたんだった」

凪さんは一切の情報を断っているため、彼女の肩をポンと叩いて、準備ができたということを伝えた。

すると、凪さんは色っぽい声で囁く。

「あーん♡自分じゃ目隠し取れないの。だから斑ちゃん外して頂戴」

突然の艶めかしい声に胸がドキリとする。

いや自分で外せるだろ、と思い凪さんの腕に目をやると、そこには手錠がつけられていた。

足元にはそれに使うであろう鍵が落ちており、おそらく口を使って鍵を閉めたのだろうと予想した。

ほんとこの人は・・・。

凪さんに言われるがまま、背後から目隠しを外す。

その後、凪さんの目の前に回り込んだ。

「斑ちゃん、早かったわね。もう何か成形できたの?」

「はい、さすがにこれは自信があります!」

僕は両手を胸の前に出し、縦は直径5~6cm程、横は4cm程の楕円を作った。

楕円と言っても、上の方を少し尖らせるのがポイントだ。

「うーん、これは・・・」

凪さんのジャッジタイムが始まる。

五秒ほど悩んだ末、回答が告げられる。

「これは、卵ね!」

「正解です!」

凪さんは誇らしげに鼻を鳴らす。

そして、こうも告げる。

「まぁ、このゲームをするときは、最初は皆作りやすい卵を作るのよ。だから、いっつも卵料理を作らされる羽目になるのよね・・・。残念」

「えぇ、残念って・・・。なら最初から卵は用意しないでくださいよ」

「斑ちゃんなら、料理のことまで考えて、ゲームを楽しんでくれるかなって思ったのよ。これじゃあ、空と海と一緒だわ」

「分かりましたよ!じゃあ、卵は副菜用で、主菜にはもっと豪華な食材を選びますから!」

五歳児レベルと罵られ、カチンと来たので、そう言い放って食材の元に戻る。

「あぁ、待って。ちゃんと目隠しをしてから、ね?」

そう言われ、逸る気持ちを押し殺しながら、丁寧に目隠しをつけてあげた。

だって、少しでも強く結んだら、変な声を出すんだもの。

『おい、斑。今ならあの姉ちゃんのこと好き放題にできるんじゃねーか?』

『いやいや、一応訓練中だよ?冗談でもそんなこと言わないでよ』

『お前がしないっていうなら、おれ様がこの身体を乗っ取って・・・』

『どうせそんなことできないんだから、静かにしててよ!!』

セイさんはほんと性に貪欲というか、なんというか。

僕自身、そういうのに目がない年頃でもあるので、自分の感情を押し殺すので精一杯だった。それに変なこと考えていると、天国の燈に怒られてしまいそうだし。

もう一度食材をよく見ると、牛肉に椎茸、白滝に白菜、豆腐に葱と、すき焼きに使える食材が並んでいることに気がついた。

鍋料理であるため、作る手間も普通の料理程はかからず、それでいて、誰もがごちそうと認める料理。それが、すき焼きである。

凪さんは、僕が最初に卵を選ぶことを予知して、この食材たちを選んだのだろう。

彼女の気持ちが如実に反映されている。

「すき焼きかぁ。大好物だから何とか正解させたい」

葱ならとにかく長く、豆腐なら四角く炎を成形すればおそらく凪さんは当ててくれるだろう。

今晩はすき焼きにしようと思っている凪さんからすれば、僕が多少へんてこな形を作ろうが、それをすき焼きのいずれかの食材として判断するのでは、とも考えた。

さらに、葱と豆腐であれば、僕の炎が白色ということも相まって、非常に答えにたどり着きやすいはずだ。

まずは葱。

細長い棒状の炎を成形する。

これは問題なく、正解してくれた。

豆腐はきれいな四角形にはならなかったが、サイズ感から判断したのであろう。

凪さんは瞬時に正解した。

その後も、白菜や白滝、椎茸と、成形しては凪さんに見せ、正解してもらった。

最後、一番難しいであろう牛肉。

用意された牛肉は、おそらくリブロースと呼ばれる部分であろう。

きれいな霜降り肉で、用意された生の状態であっても、涎が出てしまいそうだ。

ちなみにこのお肉だけは、傷まないように空間を氷等で冷やすなどして、適温で保管されていた。

炎をこねて伸ばす作業は、まるで地の国で流行っている『ナン』を作る作業のようにも思えた。

そうして、まるでだるんだるんの春巻きの皮のようなものが作り出された。

「いや~、これでいけるかな?」

不安になりながらも凪さんの元へ行く。

これまでやってきたように、まず目隠しを外す。

目隠しを外す度に変な声を上げる凪さんであったが、さすがに四回目くらいで僕も慣れてしまった。

僕の反応が面白くないと思ったのか、凪さんは六回目の今回は、声すら上げずにじっとしていた。

むしろ、じっとされている方が、なにか悪いことをしているようでドキドキするのであるが・・・。

そんなことを思いながら、続いて耳栓を外す。

耳栓が外れる『スポンッ』という小さな音がなった直後、

「あぁぁ~~~~ん♡」

と本日最大の声量と艶めかしさを以て、奇襲をかけられてしまった。

予想すらしていない展開に、僕は手から耳栓を落とし、硬直してしまった。

その後、凪さんに強く説教したのは言うまでもない。

だって、遠くとは言え、同じ空間に空と海だっているんだから。

さて、気を取り直して。

「さぁ、凪さん!これが何か分かりますか?」

これを正解してもらえれば、今日は見事すき焼きとなる。

緊張の一瞬・・・。

凪さんは少し言葉を溜めてから、言い放つ。

「はる・・・まきの皮のような牛肉ね!」

今のはいいようね?牛肉って言ったよね?

凪さん的にも一応合格ということで、見事今日の晩御飯はすき焼きになった。

なんだこの茶番は。

「それにしても、斑ちゃんは大事なものを忘れているわよ」

「大事なもの?お肉も野菜もキノコ類だって成形しましたけど・・・」

「たしかにそうね。でもやっぱりすき焼きには『あれ』が欲しいのよね~」

実はひそかに僕も気づいていた。用意された食材の中には、『お米』が存在しないと。

しかし、いくら探してもそれは見つからなかった。

地の国で暮らしていたときは、すき焼きにはお米が鉄板であったが、鍋として考えるならばお米がなくても不思議ではない。

陽の国ではおそらくすき焼きにお米は邪道とされているのだろう。

そう思って、それ以上それを探すことは止めていた。

そんなことを考えながら凪さんに目をやると、なにやら手錠のされた両手を使って、自分のおっぱいを強く擦り上げていた。

あの人は人前で何をしてるんだ、と思い、目をそらそうとしたが、その前に目が合ってしまう。

「斑ちゃん、実はね、私の胸元に貴方から没収した昼ごはんのおにぎりが入っているの。鍵をなくしちゃったから、取ってくれない?ね?」

ちなみに、先程まで地面に落ちていた鍵は、いつの間にか姿を消していた。

「このおにぎりがないと、今日はお米はなしになっちゃうわよ」

『斑、合法的に乳を揉めるチャンスだぞ!』

「斑ちゃ~ん♡」

『斑!!』

『・・・あぁ、うるさい!!』

さすがに凪さんには暴言は吐けないので、セイさんに対してだけ吐き散らし、凪さんの目の前に仁王立ちする。

「い、いきますよ??」

そう聞いても、凪さんはうんともすんとも言わない。

目だって瞑ったままで、私の身体を好きにしてくれと言わんばかりである。

僕は覚悟を決めて、凪さんの胸元に手を入れた。

「んんっ♡」

と凪さんは息を漏らす。

おそらくおっぱいの上におにぎりを設置しているのだろうと予想し、辺りを探るが、おにぎりらしきものは見つからない。

この時点で、凪さんの豊かすぎる程の胸が手の甲に柔らかな感触を与えてくる。

早くおにぎりを救出して、凪さんから離れなければ。

そう思って、少し乱暴に手を下の方へと進める。

すると、ヌルっと僕の手は何かの柔らかいものとものの間に挟まれてしまった。

おにぎりを隠していることがばれないように、普段より厚着をしていた凪さんと、極限の緊張状態の僕。

お互いの汗がまるで潤滑材のように働き、僕の腕はそのまま凪さんの豊満なおっぱいの間に吸い込まれてしまったのである。

「い、いや、これは違くて!!!」

さすがに人妻に対して、こんなことをしていては殺されてしまう。

そう思い、勢いよく腕を引き抜こうとする。

「ま、待ってっっっっ!!!」

凪さんは本気でその言葉を吐いた。

僕はそんな言葉には耳も貸さず、必死に手を引き抜こうとする。

わずかに手が引き抜けたとき、指が何かに触れた。

『これはおにぎりだ!!!』

これだけのチャレンジをしておきながら、おにぎりを手に出来なかったとしたら、僕は凪さんのおっぱいをただ触りにいっただけということになる。

そんなことになれば、僕は訓練中に人妻のおっぱいを触りにいった変態ということになる。あ、手錠もしているし、同じ空間に子どももいるから変態なんて生易しいものじゃないな。ド変態だ。

僕はそのおにぎりを右手でガッと掴み、そして勢いよく上に引き上げた。

頭の中でセイさんも応援してくれている。

やったよ、春之助。僕はこんな誘惑にも耐えて、しかもおにぎりを救出するという任務をこなした英雄だ。称えてくれ!

そうして、僕が腕を引き上げたのと同時に、シュルルルルルゥゥゥと凪さんの服の両肩の結び目が解け、彼女の前方を覆っていた服は、パサッと静かに、お辞儀をした。

それによって締め付けられていた、凪さんの豊満な胸が、音をたてる程勢いよく外に飛び出してきた。

そして、僕は目を疑った。

僕が掴んでいたのはおにぎりなどではなく、彼女の右側のおっぱいだったのだ。

そして、ポトッとおにぎりが僕らの足元に落ちた。

訓練を終え、僕は凪さんたちと一緒に館に帰ってきた。

料理を作るまでが訓練です、と凪さんに言われたため、風呂で汗を流したあと台所へと向かった。

「じゃあ、一緒にすき焼きを作りましょうか!」

凪さんはテンション高くそう告げる。

彼女はいたっていつも通りの様子であるが、僕はさっきの光景がちらついて集中できそうになかった。

そんな僕を尻目に、凪さんは調理の手順を説明していく。

「・・・で次に、葱を切って、具材の準備はOK!」

ぼーっとしながら話を聞き、言われるがまま作業していたら、ほとんど全ての準備が完了していたらしい。

「じゃあ、夕飯の準備もできたし、ヒールの訓練でもしちゃいましょうか」

「・・・え!?」

ぼーっとしていたところに、『訓練』という言葉が聞こえてきて驚いてしまう。

「今から訓練をするんですか?」

聞き間違いではなかろうかと思い、聞き返す。

「そうよー。ちょっと待っててね」

凪さんは背後でがさごそと物音を立てており、お目当ての物が見つかったのか、僕の横に戻ってきた。

「危ないからじっとしててね」

そう告げる彼女の右手には、包丁が握られていた。

凪さんは左手で僕の右腕を掴むと、自然な動作でそれをまな板の上に載せた。

まるで腕に注射をされるかのような体勢だ。

状況が全く飲み込めずにいた。

「え!ちょ、ちょっと待ってください!どういうことですか!?」

「どういうことって。こういうことよ!」

凪さんは、勢いよく包丁を振りかざした。

それはまるで、腕を一刀両断するかのような動きである。

腕を動かそうと思っても、しっかりと腕を押さえつけられており、腕はピクリとも動かない。

そして、スッと腕に包丁の刃が入った。

魚の切り身を作るかのような包丁捌きにより、一切の痛みはないものの、腕には一筋の切り傷が発生した。

「もう!じっとしててって言ったじゃないの」

言いつけを守らずになんとか逃れようとする僕に、凪さんは口を膨らませて怒った。

「そんなこと言われても・・・」

僕は鯉じゃないんだから、まな板の上に載せられたってそりゃ暴れますよ、と心の中で呟く。

「じゃあ、この切り傷をヒールを使って治してみて。昨日の訓練の感じを思い出しながらね」

「あ、そういうことだったんですね。今日のことを怒って、腕を切り落とされるのかと」

「いやね、切り落とすわけないじゃない。あの件は、私もふざけすぎたなって反省してるのよ?」

凪さんはそう言って、フフフッと笑った。

その姿を見て、彼女に対する緊張が少し緩んだ。

さて、それはそうと、腕を治さなければならない。

昼間に訓練した通り、両手で炎を作ってみる。

凪さんが、多分もう片手でも作れるようになってると思うわ、と言うので試してみると、たしかに片手で作ることができた。

「昨日の身体が治るっていう感覚を思い出しながら、左手の炎を傷口に当ててみて。今回は切り傷だから、傷が縫い合わさるのを想像すると上手くいくかも」

「分かりました」

凪さんの助言の通りに、傷が治る光景を想像しながら炎を当てる。

すると、瞬時に回復してしまった。

「わ!やっぱり斑ちゃん、ヒールの才能あるわね!」

「ほんとですか?」

「うん。普通、訓練始めて二日目でこんなにヒールを使いこなせる子いないもの。ヒールの感覚を掴んだり、理想の形に成形したりってのももちろん難しいんだけど、実際に治すのが一番難しいの。それをこんなに早くきれいに治せるなんてね・・・」

「きっと凪さんの教え方が上手いんですよ」

「ま、まぁそれはもちろんなんだけど」

ここで否定しないところが凪さんっぽい。

「しかも私が言い忘れていたこともあるけど、あなた『ヒール』って呪文唱えなかったでしょ?呪文を唱えずに最初からこの回復力なんてありえないわよ」

「唱えなかったです・・・。凪さんも口に出して言ってなかったので、そういうものなのかと」

「違うわよ!私はほら、超一流の白炎使いだからでどうにでもなるの。普通はね、無口頭だと効果が半減するから、絶対に呪文を唱えた方がいいのよ。ちなみに、今言った無口頭技法が心の中で唱えるだけのやり方で、口頭技法が呪文を唱えながら技を施すやり方よ」

「なるほど。でもそれなら一流の炎使いであっても、口頭技法を使った方がいいんじゃ・・・」

「まぁ、陰獣との戦いなんかだと、そうなんだけどね。雨の国に潜入したり、戦争したりするときには、こちらの作戦を読まれかねないから、下手に口頭技法を使うことができないのよ」

「潜入や戦争、ですか・・・」

「そう。斑ちゃんが駆り出されるのはずっと先になると思うから、とりあえずは気にしなくていいわよ」

凪さんはそう言って、微笑んでみせた。

「ちなみに、昨日は凪さんはずっと遠くからヒールをかけてくれてたんですか?」

「ん?あーあれはね、オートヒールって技なの。斑ちゃんが攻撃を受ける度に、私が遠隔からヒールするのも確かにありなんだけど、それだとタイムラグも発生しちゃうし、何より私が大変じゃない?それで、オートヒールっていう、決められた総量のダメージが蓄積するまでは自動で回復してくれる技を使ったのよ」

「オートヒール・・・。それって僕にも使えるようになりますか?」

毎回ヒールをかけるよりも、そっちの方が絶対に便利だ。

「うーん、私でもヒールが使えるようになってから、さらに五年くらいかかったけど、斑ちゃんならもっと早く習得できるようになるかもね。そうと決まれば、明日からビシバシ行くわよ!」

「ビシバシはちょっと・・・」

凪さんのやる気を見て、焚きつけてしまったことを後悔するのであった。

ちなみにその後食べたすき焼きはとても美味しく、昼飯を抜いて良かったと思える程であった。

細身で眼鏡をかけた男が、辺りを見回して口を開いた。

「よし、全員揃ったようですね」

男が述べた通り、中央街にある守護隊本部の一室に、各隊の隊長が集結していた。

一番隊 ー 南雲桃李

二番隊 ー 佐々宮どろん

三番隊 ー 鬼灯林檎

四番隊 ー 山縣幸之介

五番隊 ー 九十九壮馬

六番隊 ー 利久楓

七番隊 ー 邑鮫

隊長である七人は、縦に長い二つの机に、それぞれ三人と四人に分かれて座っていた。

その机の端の方に、その会議を取り仕切るかのように、例の眼鏡をかけた男が座っていた。

「それでは、隊長会議を始めましょうか。今回も事前に、事件や事故、新隊員の情報を報告してくださってありがとうございます。みなさんからご報告いただいた内容をまとめましたので、私の方から説明させていただきますね」

この場を仕切る砂浜という名の男は、まだ若い。

見た目から、おそらく20代半ばぐらいなのだと推測できる。

事実、国王の元で働く秘書官の一人であったのだが、その美形と話し方を国王から甚く気に入られ、若くして重要な仕事をさせてもらっているのである。

こういった会議の場に国王の代わりに出席し、国王の意思を伝達するのも仕事の一つである。

クセ者揃いの隊長会議を上手くまとめあげるということで、意外と同僚からの信頼も厚い。

隊長たちがどう思っているかはさておき。

「まずは一番隊からですね。えー、今月発生した雨は四か所。そのうち、犠牲者が出たのは二か所ですね。犠牲者が出なかった二か所はいずれも山の中。犠牲者が出た二か所については、一か所目は郊外の農村部。もう二か所目は山間の村ですね。どちらも数人程度の死者で済んで良かったです。どちらも目撃者が少なかったので、王国から派遣した『カーミア』たちが上手く催眠を施してくれたようですし。催眠がかからなかった者たちも、きちんと処分したのでご安心ください」

砂浜秘書官は淡々と話し続ける。

雨が降ることによって犠牲者が出るのは毎度のことだ。

それにいちいち反応などしていられない。

「一番隊は、今月は入隊者は無しってことですね。南雲隊長、何か意見はありますか?」

「特にありません」

「分かりました。では一番隊の報告は以上ということで。次は二番隊ですね」

同じように、二番隊、三番隊についても、砂浜秘書官が報告をしていく。

二番隊では、雨に遭遇した若い女性を一人入隊させたらしい。

ちなみに、入隊させるかどうかについては、現場に駆け付けた隊員の判断による。

陽珠に適性を示す可能性の高い者かつ、20代の男女であれば、人数にもよるが率先して連れて帰るということになっている。

陽珠への適性については、隊員が定量の炎を対象の肌に当て、それによって肌が赤くなるなどの反応を示さなければ、適性ありの可能性が高いという判断ができる。

しかし、あくまでも可能性の話なので、実際に陽珠を飲まなければ完全には分からないが、95%以上の確率でこの方法で適性が判断できる。

ちなみに、斑と春之助もしれっとこのテストをされたのち、守護隊に連れて帰られた。

「四番隊の新入隊員ですが、、、これについては、五番隊の報告とまとめてさせていただきます。山縣隊長、何かご意見ありますか?」

「今のところはありません」

「ありがとうございます。では、次は五番隊ですね。五番隊の区域で発生した雨は五か所。ほとんどの雨にて犠牲者ゼロという立派な働きでした。ただ一つ、成人して陽の国を目指す者たちを狙うようにして雨が降った件。あれは大きな、、、」

これまで軽快に明るく会議を進めていた砂浜秘書官であったが、五番隊の報告のときに初めて声を暗くした。

また、彼が話しきる前に、一人の男が声を上げた。

「あの噂は本当だったのか!?」

その声の主は、二番隊の佐々宮隊長であった。

彼は椅子を倒しながら、そして声を上げながら、勢いよく立ち上がった。

すると、隣に座る三番隊の鬼灯隊長が、目を閉じたまま佐々宮隊長に言葉を投げる。

「佐々宮隊長、落ち着いてください。隊長ともあろうものが簡単に動じてはなりません」

「鬼灯隊長のおっしゃる通りです。まだ私が話している最中ですので、盛り上がるのはその後でお願いします」

鬼灯隊長に続くように、砂浜秘書官も佐々宮隊長を注意する。

「すまん」

佐々宮隊長は一言そう告げて、椅子を起こして座りなおした。

「こほん、では話の続きをします。皆さんも噂程度には聞いているかと思いますが、例の事件については、実際に現場にいた九十九隊長からお話していただこうと思います」

砂浜秘書官はわざとらしく咳払いをすると、九十九隊長に目線を向けた。

「はい、分かりました。先に、事件の大まかな流れを説明します。あの日、雨が降ったことを感知して、私と五番隊の隊員二名の計三名は、すぐに現場に向かいました。我々が到着したときには、成人した者たちを陽の国へと先導する役目の笹倉上官は陰獣となり果てており、意識もない様子でした。彼が導いていた合計12名の者たちのうち6名は、陰獣から攻撃を受けた後で、救出不可能と判断しました。救出可能だった6名のうち、2名は陽珠の適性ありと判断して、館に連れて帰りました」

九十九隊長は、流暢に報告しながら四番隊の山縣隊長を一瞥し、話を続けた。

「雨発生を感知してから到着するまで、それほど長い時間はかからなかったのですが、それにしては笹倉上官の陰獣化が早すぎる気がしました。そこで、彼を仕留めた後に辺りを調べてみると、掌で覆える程の大きさの結晶が砕かれている事を発見しました」

「結晶ですか、、、」

六番隊の利久隊長は九十九隊長の言葉を聞いて、そう呟く。

隊長の中でも一際頭の回転が速い利久隊長は、今の九十九隊長の言葉で何かを察知したのかもしれない。

だが、その考えを決定するにはまだ情報が足りないと、そう思っているようであった。

そして次の瞬間、九十九隊長は、利久隊長が求めるその情報を口にした。

「その結晶は、、、大きさこそ違えど、雨露教徒の持つ結晶と酷似していましたっっっ!!!」

今まで冷静だった九十九隊長であるが、冷静なままではいられなかったのだろう。

発言の後、大きく息を吐いた。

また、その一言に、各隊長それぞれが今日一番の反応を見せた。

ある者は驚きのあまり、閉じていた目を大きく見開き、ある者はそんなはずはないと、声を荒げ、ある者はぶつぶつと呪文のようなものを唱えていた。

雨露教徒。

陽の国の民でありながら、雨に対し神秘的な幻想を抱き、死後に自らが雨となり、大地に降り注ぐことを願う宗教団体。

雨露教徒の多くは、陽の国に適性ありと判断されながらも、陽の恩恵を十分に受けられていない者たちや、親族は雨の国の民ばかりなのに、自分だけが陽の国に住むことにしまった者で構成されている。

陽の国の民は唯一絶対神であるアマテラスを崇拝しているのだが、恩恵を十分に受けられない者たちはアマテラスなど存在しないと言い、雨の国の唯一絶対神であるタキツヒコを崇拝するようになっていた。

また、雨の国にも、陽の国で言う陽岩のように、雨水晶という大きな宝石のような岩が存在している。

陽珠が守護隊員の手にしか渡らないのに対し、雨の国では国民全員が雨水晶の欠片を持つことが許されている。

そして、その雨水晶の欠片を真似て作った陳腐な石ころを、雨露教徒は大事そうに身につけていた。

各隊長たちが、九十九隊長の言葉に過剰なまでに反応したのは、全員が自分たちの知識、そして、今耳で聞いたことから、簡単にその重大な答えに辿りついてしまったからだった。

つまり、雨露教徒が身につけているものは、雨水晶の欠片を真似て作った陳腐な石ころなどではなく、割るとその一帯に雨を降らせる『悪魔の石』であるということを。

「その結晶は、大きさこそ違えど、雨露教徒の持つ結晶と酷似していました」

九十九隊長の言葉に、残りの六人の隊長たちが、それぞれ驚きを表す。

「「「「「いつからだ!!!」」」」」

皆が同じ考えに行きついたために、隊長らの声が重なる。

九十九隊長と、そして一番隊の南雲隊長を除いて。

九十九隊長はその声を聞き、話始める。

「そうです。皆さんがお気づきのように、雨露教徒は『いつからか』雨の国のスパイになっていました。彼等彼女らの持つ石ころも、おそらくは雨の国の国内で製造されたものでしょう。割ると一時的に雨を発生させる装置。それがあの石ころの正体です」

九十九隊長は、雨露教徒が雨の国のスパイであると言い切った。

「そんな!雨露教には一番隊の無炎の子たちが潜入していて、これまでに彼らがスパイの働きをしていたなんて情報なかったはずですわ!ですわよね、南雲隊長」

先程、隊長たるもの簡単に動じるなと言っていた三番隊の鬼灯隊長が慌てながら発言をする。

「ああ、うちの無炎の隊員たちは、常に雨露教の動きを監視していた。中でも、一番隊の古参の二名は、雨露教徒を束ねる幹部をしていてな。雨露教徒が誤っても陽の国の敵にならないように誘導してくれていたよ」

南雲隊長は、鬼灯隊長からの質問に的確に答えていく。

「九十九は例の石ころの能力に気づき、すぐに秘書官たちにそのことを報告したらしい。秘書官たちは、雨露教調査の総指揮官である俺のところに来て、すぐに内部調査をするように言ってきた。雨露教に送り込んでいるやつらのことは信頼していたから、あまり心配はしていなかった。幹部の二人は雨の国に住んでやがるし、雨露教徒の従者が常に同行しているから、直接接触することは不可能だ。そこでいつものように、うちの隊から派遣している下っ端の雨露教徒経由で接触を図った。すると、どうなったと思う?殺されていたんだよ、、、二人ともなっっ!!」

南雲隊長は拳を強く握りしめ、机を思い切り叩く。

「ありえねぇよ。俺も言いてえ、『いつから』あいつらは死んでいた?下っ端の話じゃ、最後に俺らの仲間の幹部を見たのは半年前だと言う。片方の幹部を見たのが半年前、もう片方は一年前だという。てことは、この半年くらいの間で、潜入捜査していることがばれて、殺されたってことだ」

南雲隊長は怒り狂いすぎて、息を吐くように、ハハハと乾いた笑い声を上げた。

雨露教徒内に守護隊のメンバーが潜入しているのは、隊長クラスしか知らない。

また、誰が潜入しているのかということは、雨露教調査の総指揮官である一番隊の南雲隊長。

そして、蒼炎を使って人の顔を変えることのできる三番隊の鬼灯隊長だけだった。

雨露教は何十年も前から存在している。

それこそ50歳近い南雲隊長が成人したころには、既に存在していたそうだ。

雨露教内の構造としては、大司教が1人、司教が5人、幹部が司教1人につき2人ずつ付くことになっている。

陽の国の総人口1000万人のうち、雨露教徒は約1万人いるとされている。

もちろん、1万人全員が雨露教徒であることを公にしているわけではなく、ほとんどが密かに活動している。

幹部に昇り詰めるということは、約1万人いる雨露教徒のうち、上から16人までに入っているということなので、そんなポストに2人も席を据えていた一番隊は、とても優秀であることが窺える。

司教クラスは滅多にメンバーが替わらないが、幹部以下のクラスは、頻繁にメンバーが替わる。

そこには雨露教ならではの儀式も関わっていた。

「でも、本当に殺されたんですかね?雨露教は死んで雨になるという教えの元、活動を行っていると聞くので、その犠牲になったって可能性もないですかね?」

七番隊の邑隊長が、冷静に質問する。

先程は取り乱していたが、この気持ちのコントロール力こそ、隊長といったところだろう。

「いや、間違いなく殺されたんだよ。雨露教に潜入するやつらとは、全員と血の契約を結んでいる。決して雨露教に心酔しないように、様々な行動を制約している。その中には、雨露教の儀式を受けてはならないという内容も含まれている。詳しくは国王と一番隊の隊長しか知ることが許されないため話せないが、そういった契約をしてるんだ」

「ふーむ、契約のことは知りませんでした」

邑隊長は納得したようで、簡単に引き下がった。

「ちなみに、その幹部二人が死んでたってのは、下っ端の子から聞いたのですか?」

次は六番隊の利久隊長が質問を投げかける。

「そうだ。幹部の事を変に嗅ぎまわったせいで、雨露教のやつらに怪しまれてな。俺が事前に渡していた術札を使って、命からがら逃げてきたそうだ。今までの姿では二度と雨露教に戻ることはできないから、うちの隊でおとなしくしてるか、顔を変えてまた潜入するかだな」

命からがら逃げ出した隊員を、また死地に追いやるような真似をする南雲隊長は異常に見えるかもしれない。

しかし、そうではない。

南雲隊長もできることならば、自分の部下を危険な場所に送り込みたくはないと、本心でそう思っている。

だが、部下である隊員本人が死地に行くことを望むのだ。

無炎の使い手は、陰獣と戦う術を持たないため、守護隊内での自分の存在価値に嘆くことが多い。

どうしても自分を他の隊員と比べてしまい、どんどん自己肯定感を失っていく。

しかし、そのような、何もできず、タダ飯食らいの自分にも、南雲隊長は優しく接してくれる。

炎で陰獣と戦うことができなくとも、武器を使って戦うことはできると、忙しい仕事の合間を縫っては丁寧に戦いの指導をしてくれる。

そうやって、自分に居場所を作ってくれる。

そんな南雲隊長の御恩に報いるために、無炎の使い手である隊員たちは、自分の力を活かせる死地に自ら志願して行くのである。

そこには、守護隊唯一の黒炎使いである南雲隊長なら、仮に自分が陰獣になったとしても、そんな姿を無闇に曝し続けさせることなく、跡形もなく殺してくれるのではないか、という願いも秘められているのかもしれない。

「雨露教調査に関しては南雲隊長が一番よく分かっていると思いますので、変な口出しはしませんが、状況が状況なだけにこれまで以上によろしくお願いしますね」

利久隊長は少しだけ何か考え事をした後に、そう釘を刺した。

南雲隊長は、ああ、とだけ答えた。

そんな非常に重たい空気の中、砂浜秘書官がパチンッと手を叩いた。

こういう所が隊長たちに嫌われる原因でもある。

「九十九隊長と南雲隊長から直接お話を伺ったことで、皆さんもご納得されたでしょう。いろいろと新たな事実が明るみになり皆さん混乱されているかもしれませんが、ここからがさらに重要なことですので、ご着席の上、会議を進めましょう」

砂浜秘書官はそう言いながら、椅子に立てかけていたバッグの中から書類を数枚取り出し、机の上に広げた。

そこには、白糸斑の写真もあった。

砂浜秘書官によって机の上に並べられた書類には、隊員の顔写真とプロフィールが書かれていた。

そこには、白糸斑の写真が張り付けられている書類も存在した。

見知った顔の存在に、九十九隊長は顔をしかめる。

他の隊長も、自分たちの部下について書かれた書類が並べられたことに多少なりとも顔を歪ませた。

砂浜秘書官は、書類を撫でながら話始める。

「私が並べたこの五枚の書類。この書類には、ある任務をしていただく守護隊員について記されてあります。今までの話から、ある任務とは何か分かりますか?」

砂浜秘書官は、口角を少し上げて、七番隊の邑隊長に質問する。

邑隊長は、自身のかけている眼鏡のブリッジ部分に中指を添えると、一呼吸置いて返答する。

「それは、、、雨露教に新たに潜入するという任務ではないでしょうか?」

しかし、その答えには若干の迷いがあった。

邑隊長は六番隊の利久隊長と同じく、頭の回転が早い。

同じ頭の回転の速さを強みとする二人であるが、その性質は真逆である。

利久隊長は様々な事象における可能性を繋げていき、革新的な答えを導き出す。

突飛な答えのせいで周囲の共感を得られないことも多々あるが、そのアイデア力によって、今の守護隊の設備や武器は、数十年前とは桁違いの性能になっていた。

それに対して、邑隊長は、考え得る全ての事象について考慮し、可能性の低い答えから順に捨てていく。

そして、最後に残った一番あり得る答えを自分の答えとするのだ。

直観ではなく、分析。その分析力は、雨の発生すらも度々予測するのであった。

そんな分析派の邑隊長であるから、無炎ですらない隊員たちを雨露教に入れるはずはない、もっと他に適した任務があるはずだ、と必死に『ある任務』について考えを巡らせるが、答えに行きつくことはできなかった。

そんな邑隊長の答えと反応を見て、砂浜秘書官はまた話し始める。

「そうですよね、ここにある隊員のプロフィールだけでは何も分からないですよね」

事実、プロフィールに書かれている内容は、年齢や身長などといった身体的な特徴や、どの種類の炎を使うのか、どんな技を使うことができるのかといった内容だけであった。

「では、これを見たら分かりますかね?」

砂浜秘書官はそう続けて、バッグの中から書類を一枚ずつ、計五枚取り出した。

それは、既に机の上に並べられた五名の隊員の情報を補完する書類であった。

「なっっ!これは!」

邑隊長は『ある任務』のその重大さ、そして異質さに気づき、声を上げる。

「つまり、これは、、、本格的に、雨の国にこの隊員たちを潜入させるということですか!?」

邑隊長は、今日一番の声量を持って、そう言い放った。

砂浜秘書官は、はいっ、と笑顔で答えた。

これまでにも、雨露教への潜入と同じく、無炎の使い手による雨の国への潜入調査は行われてきた。

しかし、それは雨に一定の耐性を持つ無炎の使い手だからできたことであるし、また、雨の国の内情を知るといったもので、雨の国に対し、攻撃をするといった任務ではなかった。

「いやいや、待てよ!この五名の中には俺の隊の隊員もいるが、雨への耐性なんてないぜ!?」

二番隊の佐々宮隊長は、その大声には似合わない滑舌の良さで発言する。

「そうですか?よく思い出してください。あなたが彼と出会った時のことを」

ちなみに書類にもその時のことはしっかりと書いてますけどね、秘書官は続けた。

佐々宮隊長が書類に書かれた隊員「日比谷」との出会いは5年前。

雨が降る中、陰獣に襲われている日比谷を、そのころ副隊長であった佐々宮隊長が助けたのであった。

周りの人間がみな陰獣となる中でも、唯一陰獣化していなかったが、日比谷であった。

「し、しかし!そのあとのパッチテストでは通常値しか示していなかったはずだ!」

最初は佐々宮隊長自身も、なんて雨に耐性のある子だろうと、舌を巻いた。

しかし、王宮から送られてくるパッチテストをしてみると、値は正常値であった。

パッチテストと呼ばれるそれは、雨への耐性、つまり雨に含まれる『雨毒』と呼ばれる毒にどれだけ耐性があるかを調べるものであった。

王宮から雨毒の量を調整したパッチテスターが半年に一回送られてくる。

それを決められた時間身体に密着させた後、その部分の皮膚の状態を確認するというものだ。

元々は、無炎の使い手のために作られたものである。

彼ら彼女らが、雨毒へどれくらい耐性があるのか、また、どのくらいの時間耐えることができるのかを個人単位で調べ、雨の国への潜入が問題ないかを調べるためのものであった。

しかし、戦闘などを通じて雨に濡れるリスクのある守護隊員は、全員が自分の雨毒への耐性を把握しておく必要があるとして、守護隊員全員への半年間に一回パッチテストをすることが義務付けられたのである。

「そうですね。当時のニ番隊隊長から、日比谷隊員は雨毒への耐性が高い可能性があると伺っておりましたので、王宮にてパッチテストの数値を改竄して、二番隊にお送りしていました。日比谷隊員に限らず、ここにいる五名はいずれも同じように、通常のパッチテスターより遥かに高い濃度の雨毒を浴びていましたが、皆異常はなかったです」

異常がなければ、一切問題にはならないといった様子で、砂浜秘書官はニコリと笑った。

「それにこれは王宮の独断ってわけでもないんですよ。ですよね、利久隊長?」

秘書官は、笑顔のまま利久隊長に目を向ける。

佐々宮隊長は、その言葉にも過敏に反応していた。

「その通りです。十年程前、私は国王から雨毒に耐性のある隊員を作るよう命じられました。そのころ、まだ一隊員であった私に目をつけた国王は、さすがといったところでしょうか」

自分たちの知らないところで、自分たちの部下は実験に使われていた。

もしくは、自分すらも実験の対象であったのかもしれない。

各隊長は利久隊長の言葉を聞いて、憤り、声を荒げながら彼女に詰め寄る。

しかし、砂浜秘書官が、そして三番隊の鬼灯隊長が、最後まで話を聞くよう促す。

「雨毒に耐性のある隊員を作るということで、私は王宮に招かれ、そこで王宮の研究員たちと一緒に研究を重ねました。王宮には既に雨毒に関する知識が揃っており、それは贅沢な日々を過ごさせていただきました」

利久隊長は話しながら、恍惚とした表情を浮かべる。

それが、各隊長の怒りに油を注いだのは言うまでもない。

「しかし、雨毒は陽の国の民にとってはまさしく毒。滅多な方法では陽の国の民に耐性を付けることなどできません。ましてや、陽珠を飲んだ守護隊員は、猶更雨毒に拒否反応を示します。守護隊員という貴重な戦力を簡単に実験台とすることは叶いません。そのため、隊員の中から、雨毒に耐性を持つものを探すことが優先することにしました。そこで始まったのが、皆さんもよく知るパッチテストです。あの布切れには、隊員の炎を吸着する性能を付与しておりました。各人の炎がどれだけ雨毒を消毒できるか、それを調べるのです。古来より、炎には消毒作用があるとされていますが、なぜか守護隊員の出す炎は雨毒を消毒できません。それどころか、陽珠を飲んでいない陽の国の一般人よりも雨毒の進行が早いのです」

利久隊長はこれまでの経緯を全てを話す。

王宮の研究員には緘口令が敷かれており、他言することが禁止されている。

また、雨露教への潜入のときに結ぶ契約と同じく、血の契約にて様々な行動、言動が制限されている。

しかし、この度国王は利久隊長との契約内容を更新した。

雨の国に対し、これまでにない危機感を覚えた国王は、彼女に対して、隊長同士であれば、情報の交換をする許可を下したのだ。

利久隊長は、物事に没頭するのが好きな反面、そこで得た結果を他人に語ることが何よりの楽しみであった。

それを十年間も禁止されていたのだ。

口は休むことなく、動き続ける。

「陽珠を飲んだ守護隊員の方が雨毒に弱い理由。それは雨毒が、炎を餌として成長するためです。炎を使用しながらの陰獣との戦いにおいて、隊員の陰獣化がおそろしく早いのはそのためです。つまり、陽珠を飲んだから雨毒に弱いのではなく、炎を使うから雨毒に弱いというのが正しいのです」

利久隊長は、目の前にある書類に目を向ける。

「もちろん、この五名の隊員は戦闘において炎を使います。そのため、本来でしたら、雨毒による陰獣化がとても早いのは間違いありません。しかし、先程お話した通り、雨毒にとって炎は餌です。なので、その餌に毒を混ぜてやれば、雨毒は弱まるのではないかと考えました。研究開始から数年の試行錯誤ののちに、遂に、炎の力で雨毒を弱めるということができるようになりました」

利久隊長を取り囲む他の隊長らは信じられないといった面持ちであった。

「とは言っても、全ての隊員にその力を付与することは叶いませんでした。雨毒にとっての毒は、私たちにとっての猛毒だったからです。しかし、神は私たちを見放しませんでした。二番隊の彼、日比谷隊員が現れたのです。雨の降る中、一人だけ陰獣にならなかったという彼の噂を聞きつけた私は、彼が陽珠を飲んでしまう前に、なんとかして対雨毒用の毒を彼に飲ませました。実際に人に試すのは初めてでしたが、予想通り、その毒で日比谷隊員が死ぬことはなく、陽珠を飲んだ後でもピンピンしていました」

日比谷隊員を実験台に使っていた事を知って佐々宮隊長は激怒するも、他の隊長によって無理やり落ち着かされていた。

勝手なことをしていた利久隊長を恨む気持ちは皆同じであるが、恨みをぶつけるのは全てを聞いてからでも遅くはないと、隊長らは自らを律して話を聞いていた。

「もしや、陽珠を飲む前なら誰でもいいのではとも思い、ある村の民で実験を重ねましたが、一つの成功例も出ないまま、その村を壊滅させてしまいましたっ」

ここは笑う所ですよ、とでも言いたげな様子であったが、そんな空気ではない。

ただ、利久隊長の罪が重くなるだけであった。

「さすがに、村を何個も潰すわけにはいきませんから、色々と考えました。すると、やはり、元々雨毒に耐性を持つ者であれば、対雨毒用の毒をも受け入れることができるということでした。そこで、事前に雨毒に耐性を持つ者の情報を仕入れては、陽珠を飲む前に、対雨毒用の毒を飲ませているんです」

ちなみにその方法についてはまだ秘密です、と言って、彼女は右の人差し指を口元で立てていた。

「はい、今利久隊長が話したのが、この件の大まかな流れです。古くは二番隊の日比谷隊員、直近では五番隊に入隊したばかりの白糸隊員までの計五名だけが、雨毒に耐性をもつ守護隊員ということです」

もちろん無炎を除いてですよ、と付け加える。

「白糸隊員が入隊してくれたのは本当に幸運でした。我々は一刻でも早く、雨の国に彼らという爆弾を放り込みたかったんですが、白炎の使い手がいない状態では、さすがにこの作戦を実行することはできませんでした。彼の存在は、国王も非常に喜ばれております。国王に代わり、お礼を申し上げます。九十九隊長、本当にありがとうございます!」

砂浜秘書官は、椅子から立ち上がり、深々とお辞儀をした。

おそらくそれは、本当に感謝をしているようだった。

それを受けて九十九隊長は口を開く。

「砂浜秘書官。申し訳ありませんが、白糸隊員を雨の国潜入作戦に貸し出すことはできません。彼は、五番隊に必要な人材です。これだけは譲れません」

基本的には、王宮の指令には従順な九十九隊長が、珍しく王宮に意見した。

それを受けて、佐々宮隊長や、同じく部下が潜入作戦参加に任命された鬼灯隊長、山縣隊長、邑隊長も抗議の声を上げる。

「ここまで隊長たちの声が一つになるのは珍しいですね。まぁ、背景も説明もせずに話を進めてしまった私のミスでもあります。仮に全てを説明したあとでも、王からの指令を受け入れられないというのであれば、それなりの条件を課さなければなりませんね。それについては、私も王に最終確認をしなければなりませんので、この続きはまた明日の午前10時からということでお願いします」

そう言って、砂浜秘書官は部屋から出ていった。

残った隊長たちは、考えごとをしたり、部屋で暴れたりと様々であった。

砂浜秘書官が部屋から出ていった後、部屋に残った隊長たちは怒りを露わにしていた。

「利久隊長!これは決して許されることではないぞ!」

二番隊の佐々宮隊長は、利久隊長に詰め寄る。

「許されることではないと言われましても、私は王の命令に従っただけですし」

実際、そこにいる誰もがそのことは理解しており、王が独断で動いたこの件に関し、皆、やり場のない怒りをどうにかして処理しなければ気が済まなかった。

「佐々宮隊長、この一件に関しては利久隊長ばかりを責めることもできません。しかし、利久隊長、実験のために村を一つ壊滅させたというのは狂っています。これについてご意見をお聞かせください」

九十九隊長は冷静に、しかし、内には燃え盛る怒りを持って、利久隊長に質問をした。

「まぁ、あれに関しては悪いことをしたなって思ってますよ。罪のない家畜を殺すような、そんな気分でした。でも、ちゃんと天国に行けるよう私の炎で焼いてあげましたし、仕方のない犠牲でしょう」

彼女は別に挑発しようと思って、今の言葉を吐いたのではない。

普段からマッドサイエンティストと罵られているように、目的遂行のために彼女が犯してきた罪の多さは計り知れない。

しかし、それらも、偉大な功績が故に黙認されているのが現状だ。

「家畜を殺すような気分だと!?あなたは命をなんだと思っているんだ!!」

九十九隊長は利久隊長の回答を聞いて、声を荒げた。

一触即発の二人の様子を見て、一人の男が動き出す。

「まぁまぁ、落ち着きなさいって。彼女がこういう人だってのは、前々から分かっていたことでしょ?」

軽いトーンで二人の間に割って入る男は、四番隊の山縣隊長であった。

そして、利久隊長に対しても言葉を発する。

「とは言っても、利久隊長。先程の一件のことで、皆さんが国王と貴方に対して非常に怒りを覚えているのは確かです。そんな中で、さらに隊長たちを挑発するような物言いはやめてくれませんかね?」

山縣隊長は飄々とした男で、普段はこういった面倒ごとには関わらないタイプである。

しかし、長年の友である九十九隊長が本気で怒っているのを察して、仕方なく仲裁に入った。

それに対し利久隊長は、善処します、とだけ伝えた。

「はいはい、皆さん。秘書官も帰ったことだし、今日のところはお開きにしましょう。このままでは、次は僕が利久隊長とバトルになります。一旦、冷静になって、各々今後の対策を練りましょうよ」

そう言って、山縣隊長は部屋を出ていった。

他の隊長たちも、時間を置いて一人ずつ部屋を後にした。

中央街には各隊長の家がある。

それは、各隊に一つずつ用意されたもので、各隊の隊長のみが使うことを許される。

基本的には、今回のような数日に亘る会議の時や王宮に用があるとき、また、大事な書物を保管するときなどに使う。

一番隊の南雲隊長や六番隊の利久隊長のように、隊長には極秘の任務が下されることがあるので、それに関する書類などは、こうして中央街の隊長部屋に保管しなければ、情報が外に漏れだす恐れがあるのだ。

九十九隊長は、会議が行われた部屋から数分歩いたところにある五番隊の隊長部屋へと向かった。

彼が着いたのは、二階建ての少し年季の入った家屋であった。

九十九隊長は、周りに人がいないことを確認すると、手から炎を出し、その手でドアノブを回して部屋に入った。

このドアノブは特殊なもので、記憶した炎の波以外では開かない仕組みとなっている。

手相や指紋が人それぞれ異なるように、炎の波も一人として同じ者はいないのだ。

家の外観も、王宮の蒼炎使いによって一般的な家屋に見えるようになっているだけで、実際には、守護隊員が訓練するための訓練所と同じ金属がむき出しの状態となっている。

そのため、内外からの攻撃で壊れることはない。

中に入ると、五番隊の過去の資料やこれまでに在籍した隊員の写真などが並べられていた。

さすがに隊の館の部屋に隊員の写真を貼るのは恥ずかしいが、ここなら誰にも見られる心配はないため、思う存分好きにデコレーションしていた。

会議で嫌な汗をかいたな、と思い風呂に入ろうと服を脱ぐと、服の中から一枚の紙切れが落ちてきた。

『18時にいつもの店で。  幸之介』

それは、四番隊の山縣隊長からのお誘いの手紙だった。

手紙というにはあまりに簡素なものでありはするが。

18時までは時間があったので、風呂に入り、会議の内容をノートにまとめるなどして、時間を潰し、店へと向かった。

18時きっかりに店につくと、カウンターには既に山縣隊長の姿があった。

ドアの開いた音を聞いて、山縣隊長はこちらに気づき、手招きをしてくる。

この店は王宮が管理している店で、従業員は全て王宮の人間である。

普段は一般客の来店も歓迎しているが、守護隊員が来るときには、他の者が入れないようにしている。

さらに、隊長格同士の話は王宮の人間であっても聞かれてはまずいものであるため、蒼炎による催眠によって、隊長らの話が聞こえなくされている徹底ぶりだ。

注文のときなどは、呼び鈴を鳴らして、指で商品名を指すしかないというのは趣にかけるが。

「手招きなんかしなくとも、今日この店に来るのは俺とお前しかいないだろうに」

九十九隊長は、席につきながら一言漏らす。

「まぁまぁ、こういうのはクセなんだ。しれっとスルーしてくれよ」

九十九隊長にとって、隊長間で他愛もないやり取りができる者は少ない。

それこそ、ここにいる山縣隊長と、あとは二番隊の佐々宮隊長くらいだ。

山縣隊長は呼び鈴をチーンと鳴らした。

ビールに指を差し、その後ピースサインをして、従業員にビールが二つ欲しいことを伝える。

キンキンに冷えたビールが手元に届く。

「今日はおつかれさん」

「ああ、お疲れ」

山縣隊長がジョッキを持って、乾杯を迫り、九十九隊長はそれに快く答えた。

「っぷはぁ!やっぱりここのビールはうめえな!一日の疲れも吹き飛ぶぜ」

「そうだな。ここのビールは格別だ。これを飲むためにこの店に来たんだから」

「おいおい、さっきまで利久隊長とバチバチやってた癖に、よく言うな~」

「今でもあいつのことは許せないが、時間が経って少し落ち着いたよ。ありがとな」

九十九隊長は、素直にお礼を告げる。

「いやに素直だな。まぁ、ああいう空気を変えられるのは俺しかいないし、ちゃんと自分の仕事はできたかなって思ってるよ」

そう言いながら、山縣隊長はまた呼び鈴を鳴らし、いくつかの料理を注文した。

「ちなみに今日誘ったのはなんでだ?」

別に山縣隊長と飲むのは珍しいことでもないが、それなら部屋で声をかけてくれればいいだろうに。

「いやいやよく言うよ!あんな空気で話かけるかっての。壮馬もなかなかやばい顔してたぜ?」

「ん?そうか?まぁ、俺は元々、部下の命を軽視する利久のことは嫌いだったし、いろいろなことが積み重なって、ああなってしまったんだよ。済まなかったな」

「もういいって、利久のことは俺だって許せないんだから」

そう言い切ってから、山縣隊長はグビグビグビと勢いよくビールを飲み干し、また呼び鈴を鳴らした。

九十九隊長も、従業員が来るまでにビールを飲み干し、またピースサインで注文した。

「春之助は四番隊で元気しているか?」

「おう、あいつはよくやっているよ。アイクが訓練を担当してくれていてな。アイクの教え方はとにかくスパルタなんだが、必死にそれについていっているよ。昨日うちにきたばかりなのにアイクが勝手に春之助を現場に連れ出して、『俺の戦う様を見とけ』なんて言って、アイクが陰獣と戦う様子を見させたらしい」

「あいつまじか!昨日五番隊の館に来た時も、散々好き放題やっててな、凪に怒られてたよ」

「そうか、あいつは凪に弱いからな~。昔スパルタで訓練されていたことを思い出すんだろ」

「それでその仕返しとばかりに、部下たちをいたぶってんのか!アイクもまだまだ餓鬼だねぇ」

「あいつもまだ23とかだからな。戦いの場ではあれほど頼りになるやつはいないんだが、それ以外がな・・・。まぁ、それはそれで部下から慕われてはいるんだけど。アイクの戦いっぷりを見た春之助なんて、陰獣の姿を見て吐きながらも、『俺も素手で戦う!』って言い出してるらしいし」

「たしかに、アイクの戦いっぷりは気持ちいいよな~。素手で陰獣と戦うなんて、いつ雨毒に侵されるかって恐怖でしかねぇよ」

「そうそう、素手で戦うなんて頭どうかしちまってるんだよ。俺もアイクにはいろんな武器を紹介してやってるんだが、若い奴は話を聞かないねー」

「そういうお前だって、五番隊にいたときは素手で戦っていたじゃねーか!俺と凪がどれほど止めろと言ったか」

「あの頃は、素手で戦う事はロマンだと思ってたんだよ。陰獣相手にはもう随分と素手で戦ってはないが、隊員同士での組み手なら、今でも素手で戦う方が圧倒的に強い」

山縣隊長はそう言って、自分の拳を見つめたまま語り続ける。

「でも、もう二度と陰獣と素手で戦うことなんてないだろうな。凪と空と海のためにも長生きしないと」

「まさかな~、お前が凪と結婚することになるなんて・・・」

「壮馬、いつまでそれ言ってんだよ!もう二人の子どもも生まれて、次は三人目を、、、なんつってな」

「三人目かぁ。実際、早いところ三人目を作ってくれないと、凪がまた戦場に戻らされることになるからな。残された期限はあと一年もない」

「特育令か。空と海の誕生日はついこの間だったから、あいつらが六歳になるまであと一年弱。これまで凪は散々辛い目にあってきたから、もう二度と戦場には戻したくないな」

『特育令』

それは、より強い遺伝子を守護隊内に残すために、王宮が制定した守護隊の規則の一つである。

守護隊内で結婚した女性は、自分が産んだ子が六歳になるまでは守護隊の通常任務からは離れ、家事や育児など、部隊のサポート役に徹する。

聞く限りは、隊員を配慮して作られた規則のように感じるが、それができた経緯は配慮などという優しいものではなかった。

約100年程前まで、守護隊では結婚をする男女が極端に少なかった。

それは死と隣り合わせの仕事であるが故、結婚したとしても旦那や妻を亡くしたり、場合によっては子どもを亡くすという事態に陥ってしまうためだ。

たまに結婚をするものもいたが、やはり早くに肉親を亡くしてしまい、結果、戦場に自らの死を求めに行くようになったり、自決したりというものが後を断たなかった。

そのため、守護隊員同士の子どもはさらに少なかったのだが、その少ない子どもたちの中には、若くから強力な炎を操るものが一定数存在した。

王宮での実験と調査の結果、それは子どもが親の炎の一部を受け継ぎ、保有する炎の絶対量が向上するためだと判明した。

そこで、王宮は守護隊の強化のために、『特育令』を制定したのであった。

もちろん、制定されたからといって、結婚する者、子を生す者が急速に増えたわけではなかった。

しかし、子どもを産んだ女性が実際に最低六年間は現場に出ていないのを見ると、自分の好きな女性にも死んでほしくない、自分が彼女を守りたいという想いに駆られ、結婚する者、子どもを生す者は次第に増えていった。

緋炎と緋炎の両親の子どもは緋炎になる可能性が高いように、炎の種類もある程度は受け継ぐようだった。

王宮からの命令で無理やり白炎同士で結婚させられ、子作りをした者たちも存在した。

その子どもは約四人に一人が白炎となったため、一時期は守護隊内に白炎の使い手が多く存在した時代もあった。

しかし、それはさすがに非人道的な扱いとして、現在では行われていない。

山縣隊長は数秒黙ったあと、少し真剣な顔をして話始める。

「今日、会議が始まる前、実は王宮に行っていたんだ」

「王宮だと?滅多なことがないと、王宮に呼ばれたりしないぞ?」

九十九隊長は、何か嫌な予感がして顔をしかめる。

山縣隊長はふぅーと深く息を吐いて、いつもの飄々さなどどこにもないといった暗さで話を始めた。

「そうだ、滅多なことなんだよ・・・。本当はその話がしたくてお前を誘ったんだ。今日、国王に直々に言われたんだが、昔白炎同士を無理やりくっつけるってことがあったのは知ってるよな。国王はあれをまた復活させようとしているらしい」

「なんだと・・・」

「国王が言うには、俺と凪が結婚してから数年間、やつは凪の腹から白炎が生まれるのを今か今かと待っていたそうだ。ようやく子どもが生まれたと思ったら、どちらも緋炎。それから、俺は会議のたびにいろんな秘書官から白炎の子どもはまだかと言われたよ」

「、、、ふざけてやがる」

九十九隊長の額に血管が浮き出る。

「あんまり話したい内容じゃないが、最近、凪がよく四番隊に出入りしているのはそのためだ。壮馬も薄々気づいていたかもしれないが」

「まぁ、そうだな。あの時は、盛ってるな、くらいにしか思ってなかったが。そんな事情があったのか」

「ああ。それでだ、凪の父親は俺らの恩人でもある滝川隊長、奥さんであるカナエさんも優秀な隊員、しかも白炎の使い手だった。そんな偉大な二人の子どもで白炎の凪は、王宮からの評判もかなり高い。しかも、隊長である俺と結婚したから、生まれてくる『白炎』の子どもはどれだけの器なのだ、とそういう話が飛び交っていた」

お前は五番隊にいるからあまり聞かないかもしれないが、四番隊と五番隊以外では、そういった噂がされているらしい、とも付け加える。

「しかし、空と海が生まれてから五年、未だに新たな子どもを身籠る様子もなく、遂には特育令も切れてしまうのではないかと悟った王宮は、俺に命令をしたんだ。あと一年以内に凪が子どもを身ごもらなければ、凪は優秀な白炎の使い手と無理やり子を作らせると」

それを聞いた九十九隊長は、右の拳で机を思い切り殴りつけた。

そして、そのまま山縣隊長の胸ぐらを掴んだ。

「それで!それでお前はなんて答えたんだ!!!まさか、見す見す返ってきたわけじゃねぇよな!!!」

利久隊長とのいざこざのレベルじゃない。

手はメラメラと燃える炎が宿っており、今にも山縣隊長を殺してしまいそうな程の殺気が立っていた。

「離してくれ」

山縣隊長に静かにそう言われたことで、九十九隊長は平常心を取り戻す。

「わ、わるい」

「いや、いいんだ、俺の話し方も悪かったし。なにより壮馬は凪の話になると回りが見えなくなることは分かっていた」

胸ぐらを掴まれたことで気持ちが吹っ切れたのか、山縣隊長は少し笑ってそう答えた。

「もちろん、俺は国王に進言した。一年以内に必ず子どもを作る。だから、そんなふざけたことをぬかすんじゃねぇと。そこには砂浜秘書官もいたから、会議のときは秘書官を見るたびに、国王に口答えしたのを思い出して後悔していたよ」

「いや、幸之介はよく言ったよ。まぁ俺だったら殴りかかっているけどな」

「間違いない」

そう言って、二人はまた乾杯しなおした。

「それでなんだが、来月から凪を四番隊配属に変えさせてくれないか?もちろん、空と海も一緒に」

「凪の作る飯は上手いし、何より三人もいなくなるのは寂しいけど、そういうことなら仕方ないな」

「ありがとう。この恩はいつか返す」

「恩っていうか、さっさと凪を返して欲しいんだがな」

山縣隊長は、こりゃあ一本とられたと、ふざけてそう言った。

「そうだ、俺からも一つ話していいか?」

重大な話が終わったが、九十九隊長にも話すことがあった。

「おう、もちろん」

「俺たちが春之助と一緒に救助した白糸斑ってやつの話なんだがな」

「今日の書類にも名前書いていたな。まさか、白炎だとはな」

「そう、その斑なんだが、あいつは目の前で彼女を殺されてるんだ。守護隊に入る前にそういう経験をしたやつらはいる。だが、雨毒の影響で意識が朦朧としていたり、気を失ったりしている者がほとんどで、知り合いが死ぬ瞬間を直に見る者は少ない」

「たしかにそうだな。一緒にいた春之助は普通に気を失っていたそうだし」

「ああ。しかも、その彼女は陰獣になりかけていて、うちの隊の愛李が大鎌で首を切り落としたんだ。斑はその光景もしっかり見ていて、愛李に向かって『待ってくれ』とすら叫んでいた」

「なるほど、それはなかなか悲惨だな。それを聞く限り、斑くんの雨毒耐性は本物なようだ」

「そうだろ?斑も最初、彼女が隊員によって殺されたということを、俺に訴えかけてきてな。元々、繊細な子らしく、元気になるまで数日かかった。そういう子だから、五番隊としては彼を大事に育てたいという思いが強くて、そんな子をいきなり潜入作戦に加えることなど絶対にしたくないんだ」

「そうだな。いくら条件が揃っていると言っても、入隊したばかりの子にあの任務は過酷過ぎる」

「そう、入隊したばかりの子を作戦のメンバーに選ぶなど、使い捨てると言っているようなもんだ。ちなみに、凪も彼のことは気にかけているからな。自分の境遇とも重ねたんだろう。それと、同じ白炎として、凪が四番隊に移籍するまでのひと月の間は、たっぷり訓練をつけてもらおうと思っている」

「いいんじゃないか?その訓練も相当過酷なものになりそうだけど」

「間違いない。手加減してやるように伝えておくよ。それはそうと、四番隊からも一人作戦のメンバーに選ばれていただろ?」

「ああ、広瀬っていう緋炎の女性隊員が選ばれたんだよ」

「その子については名前くらいしか知らないんだが、どんな子なんだ?」

九十九隊長は自分の話が終わったため、大好物のコロッケを口に頬張りながら質問する。

「あー、あいつはちょっと変わっていてな。ここだけの話、雨露教徒だったんだよ」

九十九隊長は驚きの余り、新たに口に入れたコロッケを吐き出しそうになった。

「はぁ!?雨露教徒が守護隊員やってんのかよ」

「元、ね」

「いや元だとしても、そんな危険な・・・」

つい最近、陰獣となった雨露教徒を見ていた九十九隊長は、なおさら彼の言うことが信じられない。

「広瀬は元々陽の恩恵をあまり受けられておらず、周囲の人間からも馬鹿にされていて、それで雨露教に入ったそうなんだ。ある日、彼女の暮らす村で雨が降り、たくさんの人々が陰獣になった。だが、彼女はそんな彼らを見て笑ってたんだ。自分を馬鹿にしていた奴らが次々と陰獣になったから。そして、到着した俺らに退治されているのを見て、爽快だったと話していた。全て終わったあと、広瀬の方から『私もあいつらをぶっ殺したい』って言ってきたんだ」

「狂ってるな・・・。それを聞いて、ますますその子の存在が怖くなってきたんだが」

「戦闘力も高いし、仕事熱心で、いい子なんだがな。陰獣を見ると血が騒ぐらしく、必要以上に痛めつけて殺すんだ。王宮の診断では二重人格という結果が出ていて、普段の広瀬と戦闘中の広瀬は別人なんだと。なんとか無闇に痛めつけるのは止めさせたいんだが」

「なるほど、二重人格なのか。俺も知り合いで一人知っているが、あれはどうすることもできないから、諦めた方が楽だぞ」

「壮馬はきっと、なんとしてでもやめさせろとか言うかと思ったけど」

「俺はそれで痛い目を見てるからな。どうしようもならないことは必要以上に首を突っ込まない方が長生きの秘訣だぞ」

「って、あまり年齢かわらないくせに」

九十九隊長は、ハハハと笑いながら、新たに冷酒を頼む。

届いた冷酒を徳利からおちょこに注ぎながら、話を続ける。

「どんな子であれ、自分の部下はかわいいよな。雨の国潜入なんて死にに行くようなもんだ。許可なんてできない」

「そうだよな、国王は俺たちに隠し事が多すぎる。そんな状態で命をかけさせることなんてできないな」

二人は夜遅くまで守護隊の未来について語り合った。

翌日、午前10時。

昨日と同じ並びで、砂浜秘書官と七人の隊長は席についていた。

「皆さん、昨日に引き続き本日もお集まりいただきありがとうございます。それでは、隊長会議を始めます」

昨日の騒動がまるでなかったかのように、自然に隊長会議は始まった。

「昨日終わり切らなかった業務報告からさせていただきます。まずは、四番隊と五番隊に入隊した隊員についてですね。例の雨露教絡みの一件で、白糸隊員、城戸隊員が守護隊に入隊してくれました。どちらも五番隊が保護したのですが、城戸隊員は緋炎使いであったため、緋炎使いの育成に長けている四番隊への配属となりました。また、昨日、雨の国潜入作戦にも名前のあった白糸隊員ですが、この隊員は引き続き五番隊に配属するということになっています。これについて、山縣隊長と九十九隊長は何かご意見ありますか??」

「いえ、ありません」

「自分もありません」

砂浜秘書官が内容を報告し、山縣隊長と九十九隊長は順に返事をした。

その後も、六番隊と七番隊の業務報告が筒がなく行われた。

「ではとりあえず、これで定期の業務報告は終わります。お疲れ様でした。大して時間もかからなかったことですし、このまま雨の国潜入作戦についてのお話もしましょうか。では私から先に概要をお伝えいたします」

砂浜秘書官はそう言って、大きな地図を広げた。

その地図には、陽の国と地の国、そして雨の国の国土が詳細に描かれていた。

「皆さんも両国の地図については頭の中に入っているとは思いますが、念のため、こちらを見ながら説明いたします。まず我々の住む陽の国は大陸の全体の5割を占める領地を保有しています。そして、雨の国が4割、地の国が1割程です。陽の国と雨の国を隔てるようにして存在している地の国は、巨大な洞窟であるため、どちらの国の気候の影響も受けません。しかし、近年、その上空では雨が降る範囲が拡大しており、このままでは地の国上空のみではなく、陽の国の領土すら侵食しかねない状況となっています」

雨の降る範囲が拡大しているのは、以前から会議でもよく取り上げられていた内容だ。

これは雨の国が自国で開発した機械『メニースト』を使用して、元々雨の降らない地域でも雨が降るようにしているためである。

また、時折陽の国国内で雨が降る件については、雨の国の雨術師が、その能力をを持って雨を降らせているのだという。

雨術師による雨術は、蒼炎使いの炎のように雨を遠隔で操作することができる。

また、雨の国から陽の国までという超遠距離であっても、狙う地点の精度を下げることで、なんとか届くようにしているのだ。

これらは、無炎の使い手による潜入作戦で判明したことである。

雨術師というのは、陽の国でいう守護隊のような者たちのことだ。

存在自体が秘匿されている守護隊とは違い、雨術師は国の運営に携わる職員を指しており、雨の国国内では非常に人気の高い仕事でもある。

人気な職業であるのは、雨術師になれば、物語に出てくるような『魔法』が使えるようになるからだということらしい。

また、雨の国が陽の国と対立している件については、雨術師の中でも一部の人間しか知らない。

過去にはさらなる情報を求めて、無炎の使い手を雨術師にさせようと試みたことがあったのだが、試みた者たちはいずれも消息を立っており、それ以降雨術師に関する詳しい調査はできていないのが現状だ。

陽の国を陽の国たらしめる象徴でもある太陽は、空に輝くただ一つしかなく、雨の降る範囲を減らすなどして領土を拡大することは不可能である。

それに対し雨の国は、先程述べたように領土を拡大することができる。

陽の国も雨の国を見習って、疑似太陽を作る研究を始めているが、実用化の目途はまったくと言っていいほど立っていない。

防戦一方で、圧倒的に陽の国が不利と思われるかもしれないが、陽の国が有利な部分ももちろん存在する。

それは、陽の国の人間は雨毒から身体を守れるレインコートを着ることで、雨の中でも活動することができるという点である。

それに対し、雨の国の人間は太陽から身体を守る術がなく、決して陽の国に直接攻めてくることなどできない。

それが、雨の国が雨の降る範囲を拡大させたり、遠隔で雨を降らせるという汚いやり方をする理由でもあるのだ。

ちなみに、陽の国の国民に、陽の国では時折雨が降るという事実を伝えてしまって、全員にレインコートを支給するのはどうかという案も何度も出ているが、レインコートの高額さからその案は却下されている。

また、雨が降るということを国民が知ってしまうと、少しでも露出を減らして雨から身を守ったり、地の国へ逃亡される可能性が考えられる。

国民たちは、陽の光を直接肌で受けることで、さらなるエネルギーを生み出すことができる。肌を晒すのをやめてしまうと、その分、労働の効率が低下してしまい、引いては国力の低下にも繋がってしまうのだ。

そのような理由から、雨が降ることは未だに徹底的に伏せられ、人の死などは闇の組織『ウルヴァス』の仕業だと洗脳しているのである。

砂浜秘書官は地図を用いて、説明を続ける。

「まず、ここに雨の国の王宮があります。ここには雨術師が1万人ほど働いていますが、陽の国との対立について知っているのは100人程です。この100人と国王、また王の血筋の者をすべて殺せば、陽の国の勝利となります。その後は、陽の国による傀儡政治を行うことで、陽の国と雨の国は『今まで通り』良好な関係で居続けられるでしょう」

それを聞いて、佐々宮隊長が苛立った様子で口を開く。

「だから、その王や雨術師を殺すのが難しいから、今まで雨の国を好き勝手させてきたんだろうが」

佐々宮隊長の発言の通り、約100年の間、守護隊によって何度も雨の国の王宮に攻め込む作戦が行われたが、その度に大きな犠牲を払いながら、作戦は失敗に終わっている。

作戦失敗の原因としては、雨の中では雨術師の能力が非常に高まるため、雨術師を倒すのが難しいこと。また、雨術師にやられた隊員が陰獣となってしまい、敵味方の分別なく攻撃することなどが挙げられる。

歴代最強とも言われる七人の現隊長らを以てしても、雨の国国王の命をとれる保障はないだろう。

また、隊長格全員が陽の国を離れてしまうと、国防力が著しく低下し、大量の陰獣が現れた場合の対応が困難にもなってしまう。

そのような理由から、ここ20年間は大規模な雨の国討伐作戦は行われておらず、地の国上空の気候を変えられないように、隊員たちが国境沿いで警備をしするのがやっとである。

それでも、少しずつ侵食されてはいるが・・・。

佐々宮隊長の言葉を、砂浜秘書官は真摯に受け止める。

「はい、その通りです。そのため、様々な事柄を秘密裡に進めていたのです。隊長の皆さんは雨の国を許せないと思う反面、自分たちが隊長でいる間は、この不安定な日常がずっと続けばよいと、そう思っているようにも感じます。特に、15年前の『あの事件』以降、五番隊をはじめとして、各隊が危険を冒さないようになっていませんか?」

彼はそう言って、九十九隊長に目をやる。

それを受け、九十九隊長ははっきりと告げる。

「隊員の安全を第一優先に考えるのは、彼らの身を預かる者として当然の行いです。批判されるようなものではないと思います」

「しかし、自分の隊さえ良ければ良いというのは、あまりに身勝手だと思いますよ。一番隊なんて、あんなに危険なことをしてくださっているのに」

砂浜秘書官は一番隊の南雲隊長に同意を求める。

しかし、南雲隊長はそれには応じず、九十九隊長の肩を持つ。

「うちにはうちのやり方があるように、他の隊には他の隊のやり方がある。部下を使い捨てにするどこかの隊よりはずっと健全だと思うが」

「まぁ、そんな隊があるなんて・・・。恐ろしいですね」

六番隊の利久隊長は、南雲隊長の話を聞いて、白々しくそう答えた。

場が一瞬凍りつく。

その空気を破るのは、やはり砂浜秘書官であった。

「まぁ、皆さんが良くても、王宮がそれを良しとしないんですよね。この15年間、雨の国による『メニースト』の設置を始め、様々な変革が起きました。そして、遂には、雨を降らせる石の誕生。もはや、現状維持に甘えてよい時期は脱したのです」

彼は声高らかにそう言い放った。

砂浜秘書官は隊長たちに、現状維持をやめるよう言い放つ。

そして彼は説明を続けた。

「では、実際に雨の国を滅ぼすプランをお伝えしましょう。雨の国潜入作戦の実施は約三か月後を予定しております。作戦に指名された五名は、潜入作戦までにさらなる雨への耐性をつけていただきます。これは利久隊長主導で行います。そして、三か月後、五名は王宮に潜入します」

佐々宮隊長が口をはさむ。

「だから、隊長格を含まないその五名だけで王宮に乗り込んだところで、何もできないだろうが」

自分の隊のメンバーが指名されていることもあって、佐々宮隊長はとにかく作戦には否定的だ。

それを受け、砂浜秘書官はにやりと口角を上げ、話始める。

「そうなんです。『隊長格を含まない五名』だけではこの作戦は成功のしようがありません。しかし、『隊長格を含む六名以上』ならどうでしょう。少しはマシな作戦に思えてきませんか?」

それを聞いた邑隊長が話に割り込む。

「いいえ、思いませんね。過去の様々な作戦を振り返っても、そのレベルの規模では、雨の国側に大した損害も与えられず、隊員たちを見す見す殺す結果となっています。まして、ここの七人の中に雨毒に耐性のある者はいない。成功確率の低い仮定ばかりを積み重ねて、それを作戦などと呼ぶことはやめていただきたい」

不確定要素を排除してきた邑隊長であるからこそ、他の者以上に作戦の現実味に拘る。

「いいですね。皆さん私の思った通りに口を挟んでくださり、話も進めやすいというものです」

砂浜秘書官は笑顔を崩さないまま、皮肉めいた発言をする。

そして、この作戦の肝について語りだすのであった。

「確かに隊長ら七人の中に、雨毒に耐性のある者はいません。しかし、雨の国に行ってくださる方がいらっしゃるのです」

「は、そんなもの好きいるかよ。俺は国王の命令でも絶対に行かねーぞ」

佐々宮隊長はくだらねえと吐き捨てる。

「別に佐々宮隊長に行ってもらおうだなんて考えてませんよ。雨の国に行くのは利久隊長です」

一同が利久隊長に顔を向ける。

九十九隊長が真っ先に口を開く。

「し、しかし!利久隊長は研究で隊長にまでのし上がった方。雨の国での戦闘には不向きかと思われますが」

事実、利久隊長には大した戦闘スキルはなく、雨が降った現場の指揮をとることはあるものの、自分が戦闘に参加するところは誰も見たことがなかった。

九十九隊長の真っ当な意見に、佐々宮隊長らも同調する。

しかし、利久隊長はそれらの言葉を意に介さずに、国王の命令であるならば、と了承する。

それを聞いた邑隊長も声を上げる。

「あなたの突飛すぎるアイデアが私は心底嫌いでしたが、その反面、それを認めている自分もいました。しかし、今回のそれは突飛などというものではない。無謀だ!何を考えているのだ」

「砂浜秘書官、皆さん困惑されているようなので、私から説明しても?」

利久隊長の問いに、砂浜秘書官はもちろん、と快諾する。

「皆さんがおっしゃるように、私には大した戦闘スキルはありません。肉弾戦だと、隊長だけでなく、副隊長、平の隊員にだって負けてしまうかもしれません。蒼炎使いとして、遠距離から攻撃しようと思っても、私の炎は大した威力を発揮しません。しかし、それは威力という面から見た場合のみ、ですが」

どういうことでしょう?と九十九隊長。

「文献が残っているだけでも、守護隊発足から100年以上が経過しています。ご存じのように、王宮魔導士団は蒼炎を用いた催眠術に特化していたり、守護隊内にも、蒼炎を使って氷を生み出すものなども現れています。このように、蒼炎は使い方や発想次第で、とても可能性がある炎なのです」

またもや、利久隊長の一人語りが始まった、と山縣隊長は思った。

「自分で言うのも恥ずかしいですが、稀代の天才と呼ばれる私が、催眠術や氷といった既に誰かが使っていることの二番煎じをするなど、許すことができませんでした。そこで、考えたのです。もっと画期的な、催眠を超えた更なる炎の使い方はないかと。そうやって編み出した技が『憑依』です」

「『憑依』だと、王宮魔導士団が100年かけても編み出せなかったあの技をですか!?」

邑隊長は驚き、声を上げる。

「はい。王宮魔導士団の方々は、催眠の延長線上に憑依が存在すると考えており、その方向性でこれまで研究を進めてきました。しかし、実際には催眠と憑依は全くの別物。王宮魔導士団の方々には、そのことをお伝えしましたが、私の構築した蒼術を理解することは叶わず、結局は今までのアプローチで研究を進めています」

しっかり教えてあげたのに、内容を理解できないなんて可哀想な方々と、呟き、微笑んだ。

そんな利久隊長に対し、九十九隊長は純粋に質問を投げかける。

「ちなみに、実際に利久隊長が使うことのできる憑依とはどういったものなんですか?王宮魔導士団で進められているそれは、到底実現不可能であるような構想があったかと思いますが」

「九十九隊長は意外とお詳しいようですね。憑依とは、対象の身体に入り込み、その身体の所有権を奪う蒼術です。王宮魔導士団がかねてから研究しているものは、憑依体の記憶にも干渉できるようになったり、憑依を解除したら元の持ち主の意識が戻ったりと、とても使い勝手の良い蒼術なのです。しかし、その全てを満たす蒼術を編み出すことは私にもできませんでした。私が使える憑依は、対象の意識と身体を乗っ取る。これだけです」

「つまり、憑依体の記憶を覗き見たり、憑依を解除した後に憑依体の意識が戻ることはない。そういうことですか?」

「はい、そういうことです。記憶を覗き込むという行為は、術師の頭の中に一度に大量の情報が流れてくることを意味するため、術師の脳がそれに耐えられません。故に実現不可能です。また、憑依解除時に憑依体の意識を戻らせるような術にしてしまうと、憑依中に憑依体の意識が戻ってしまったり、憑依が拒まれやすくなるのです。まぁ、単純にそれが非常に困難だということもあるのですが」

「なるほど。ありがとうございます」

おそらく、その蒼術を完成させるために、多くの命を犠牲したことは間違いないが、それを咎めると昨日と同じことになってしまう。

九十九隊長はそう考え、溢れ出る怒りをなんとか鎮めた。

「利久隊長。私からも質問がありますわ」

「あら、鬼灯隊長。珍しいですね」

普段自分から意見しない鬼灯隊長であったが、興味のある内容なのか、自ずから会話に入って来る。

「同じ蒼炎の使い手として、あなたには一目を置いてますもの。それで、その憑依はどのような対象に使えるのかしら?雨術師や陰獣にも可能なの?」

「そうですね。とりあえず、陰獣は無理でした。あいつらは理性を持っていないですからね。まだサンプル数が少なくてなんとも言えないのですが・・・。それと、雨術師に関してはまだ試せていないのですが、雨の国の民は簡単に憑依できたので、おそらく憑依可能だと思います」

「そうですか、それは潜入作戦の時に非常に活躍できそうですわね」

そう言って二人は楽しそうに笑った。

二人の話を聞いていた砂浜秘書官が話を切り出す。

「今、お二人の話であったように、利久隊長は雨術師すらも憑依できる可能性が高いのです。つまり、雨の国の王宮に侵入し、雨術師の身体を乗っ取ってしまえば、同じ雨術師同士警戒されることもなく、次から次に身体を乗っ取り、やつらを殺していけます。さすがにそれで全員を屠れるとは思いませんが、多少の戦力を削ることはできるでしょう。そのあとは、利久隊長は雨術師に憑依したまま地の国国内の陽の国領に逃げ込み、そこでその雨術師の身体を冷凍保存します。過去の実験の結果から、憑依後、10分以内に冷凍ができれば、解凍後の再憑依も可能であるそうです。その後、その憑依体を用いて、雨の国王宮内にて、雨術である『断絶』を広範囲に展開し、隊長たちによる一斉攻撃で全ての雨術師を屠ります」

まるで、作り話のような作戦ではあるが、王宮側、そして利久隊長はその作戦の実現が可能だと考えているようだった。

「その作戦、もっと詳細を聞かせてくれるか?」

一番隊の南雲隊長は、落ち着いた声でそう問うた。

砂浜秘書官はもちろんと言い、隊長たちに作戦の詳細を話すのであった。

すき焼きを食べた翌朝、居間に顔を出すと、そこには隊長の姿があった。

「九十九隊長、おはようございます。隊長会議お疲れ様でした」

「ああ、斑、おはよう。昨日はすき焼きだったそうじゃねえか。もう少し早く帰ってこれてればな~」

すき焼きが食べれなかったことを残念がる隊長であったが、その落ち込みようは、すき焼きだけが関係しているとは思えなかった。

「斑、今日も朝食の後、凪と一緒に俺の部屋に来てもらってもいいか?話したいことがあるんだ」

「分かりました」

二日前の話同様食卓で話せないような重い話なのかな、と邪推してしまい、少しテンションを落とした。

そして、朝食後、僕と凪さんは九十九隊長の部屋へと向かった。

「九十九隊長、凪です。失礼します」

「斑です、失礼します」

「おう、入ってくれ」

そう言われ、部屋に入る。

すると、隊長はいつになく真剣な様子で、座っていた。二日前のそれとは比べ物にならない。

九十九隊長が口を開く。

「斑、凪から聞いたが、白炎の使い方、大分成長したらしいじゃねぇか。俺がいないたった二日の間にそんなに成長できたのはお前の才能と努力の結果だ。誇っていい」

「ありがとうございます」

「おう」

話してみると、隊長は意外といつも通りであった。

しかし、本題に入ると空気は一変する。

「昨日一昨日と、俺は中央街で隊長会議に参加していた。これは、七つの隊全ての隊長が揃うものだ。この会議はひと月に一回開催されてな、その月の事件事故や入隊した隊員の報告なんかが行われる。もちろん、俺はお前と春之助が遭遇したあの事件の話をした」

九十九隊長は、フゥーと大きく息を吐いて話を続ける。

「本当はお前は五番隊でしっかりと育てようと、そう思っていたんだが、事態が急変してしまった。

斑、お前には約三か月後に行われる『雨の国潜入作戦』に参加してもらう」

雨の国への潜入。

それは、昨日、凪さんとの料理もとい訓練のときに、少しだけ耳にした言葉であった。

僕が口を開こうとした瞬間、右側から怒鳴るような大きな声が聞こえてくる。

「待ってください!!三か月後に、雨の国に潜入?本気で言ってるんですか・・・?」

その声から、凪さんの動揺が伺えた。

てっきり、一昨日のように先に凪さんには話をしていると思っていたので、彼女のその反応に気圧され、僕はそっと口を閉じた。

「ああ、既に隊長会議で決まったことだ」

「そんな・・・。だって、この子はあれだけの絶望を味わったんですよ!?ようやくこうして隊にも馴染んできたのに・・・!!」

入隊からずっと僕のことを見てくれていた凪さんだからこそ、僕が燈の死に対し、どれだけ絶望し、そして立ち直るまでに時間を要したのかを知っている。

「凪の言いたいことはよく分かる。もちろん俺だって、斑が入隊後すぐにそんな危険な任務に参加するなんて賛成することはできない。だが、守護隊そしてこの国を取り巻く環境が変わったんだ。とりあえず、落ち着いて話を聞いてくれ」

「・・・・・はい」

凪さんはまだ納得できていないようであったが、なんとかその二文字を吐き出した。

二人のやり取りを僕は黙って見ていることしかできなかった。

「お前も驚いていることだろう。斑本当にすまない。恨むなら俺を恨んでくれていい」

「い、いえ。九十九隊長に救っていただいた命なので・・・。雨の国潜入作戦とはそんなに危険な任務なんですか?」

「ああ。非常に危険な任務であることは間違いない」

そう言って、九十九隊長は隊長会議であったことを丁寧に話してくれた。

僕らが陽の国に向かうときに雨が降ったのは、雨露教徒である笹倉上官の仕業であること。

僕は雨への耐性が非常に高く、さらに白炎の使い手であるから、雨の国潜入作戦のメンバーとして選ばれたこと。

僕が地の国で平和に暮らしていたときに、両国でこのような苛烈な争いが繰り広げられていたなど信じられなかった。

スケールが大きすぎるが故に、お前も作戦に参加するのだと言われても、まるで自分ごととして聞くことができなかった。

凪さんにとっても衝撃の事実が多々あったらしく、言葉を失っていた。

気づけば僕は自分の部屋の中にいた。

『いきなりあんなことになるなんてな。斑、大丈夫か?』

『あ・・・、セイさん。三か月後、僕は死ぬのかな?』

『そんなこと言うなって!たしかにきつい任務だとは思うけど、それに向けてこれから三か月間、みっちり訓練してもらえるんだからよ』

『その訓練も嫌なんだよ・・・。だって、凪さんと同じ白炎の剣士を目指すなんて』

先程、隊長の部屋で、彼は最後に僕に一つの命令を下した。

「斑、お前は三か月後の雨の国潜入作戦に参加はするが、五番隊隊長として、そして俺個人として、絶対にお前を失いたくない。かと言って、参加を取りやめることもできない。だから、必ず生きて還って来れるよう、自分の身は自分で守る必要がある」

九十九隊長は僕に視線を真っ直ぐ向けて、強く語りかける。

「そこで、斑には白炎の剣士を目指してもらう。しかも三か月以内に、だ。これは、お願いではなく命令だ。今日の午後から凪主導の元、白炎の剣士になるための訓練をうけてもらう」

僕は、九十九隊長からそう命令されたのであった。

九十九隊長から、お前は白炎の剣士になるんだ、という命令を下された。

突然そのようなことを言われ、気持ちの整理などつかないが、指定された時刻になりつつあったので、僕は訓練所へと向かった。

僕が部屋に帰った後も凪さんは隊長から様々な話をされていたらしく、彼女の到着は少々遅れていた。

ようやく到着した凪さんは、浮かぬ顔をしていたことから、隊長から伝えられた話は、彼女であってもさすがに堪える内容だったことが伺える。

凪さんから木刀を渡され、刀の扱いを指導される。

普段の冗談を言いながらの訓練とは違い、今日のそれは真面目そのもので、ちっとも楽しくはなかった。

訓練の中身については、刀の訓練が半分、凪さんから打たれた箇所をヒールで治すのが半分といったものであった。

夕飯時には、空と海の存在もあって、お互いに態度は多少マシにはなったものの、訓練のハードさから、昨日までのような関係に戻れる気はしないでいた。

次の日も刀とヒールの訓練が行われた。

未だに刀の使い方は大して上手くないが、凪さんからある提案をされる、

「一般的な隊員が剣術を学ぶのと同じようにしていても、三か月じゃものにならないわよね・・・。やっぱり、こういうのは実戦で学ぶのが一番!斑ちゃんは今からどんな手を使ってでもいいから、私から一本をとれたら合格。その日の訓練は免除。その代わり、私も多少反撃をするから、もしそれで身体のどこかを怪我してしまったら、そのことを告げて、自分でヒールで治してね」

「分かりました!」

こうして、実戦形式の剣術の訓練が始まった。

自分の持てる力と頭を使って、なんとか一本を取ろうとするが、全くと言っていいほどそれができるビジョンが見えなかった。

それなのに、凪さんの打ち込みは悉く僕の身体に強い衝撃を与えてきた。

数回に一度は、呼吸ができない程の痛みが走り、凪さんにヒールの手助けをしてもらうことだってあった。

おそらく本日五度目であろう骨折をヒールで治しているとき、後方から若い男の声が聞こえてきた。

「おーおー、この子が新しく五番隊に入った子ですか」

声のする方に身体を向けると、20代前半くらいに見える男が歩いて近づいてきていた。

髪はオレンジ色で、同じ色の瞳をしており、少しおちゃらけた雰囲気を纏っていた。

「あら、カナタ。戻ったのね。」

凪さんの口調から察するに、同じ隊の人らしかった。

「紹介するわね。この人は朝日カナタ。蒼炎使いで、うちの隊の副隊長よ。カナタは蒼炎を操るのが本当にうまくて、その分野では守護隊でもトップクラスなのよ」

そう語る凪さんは、自分のことのように誇らしげであった。

「ご紹介に預かりました。朝日カナタです。カナタ兄ちゃん、とでも呼んでくれや~」

初対面の自分に対する挨拶としては、馴れ馴れしさを感じる。

しかし、カナタさんはあっけらかんとした態度で言葉を発するため、馴れ馴れしさが嫌味に感じなかった。

ちなみに、守護隊の任務である地の国上空での国境の守りとして、2週間ほど館を空けていたそうだ。

カナタさんに代わって、現在は愛李さんとカレンさんがその任務についているのだという。

もちろん、五番隊以外の隊からも国境沿いには隊員が派遣されている。

「五番隊に配属になりました白糸斑です。よろしくお願いします!」

「はい、よろしく〜。それにしても隊長から聞いたけど、本当に大変やったな~。しかも、それを凌ぐ程の任務を与えられてしまって」

「そうなんです。陽の国と雨の国が対立しているのもつい最近知ったばかりなのに、その雨の国に自分なんかが参加することになるなんて」

「そうやな~。王宮には人の心がないんか!って感じやな」

僕とカナタさんは挨拶のあと、軽く会話を交わした。

そこに凪さんが言葉を投げ入れる。

「それでカナタは帰ってきて早々訓練所に来てどうしたの?今日くらい休んでいていいのよ」

「まぁ、俺も休みたいのは山々なんですがね。新入隊員がどんな子なのか気にもなりますし、隊長から凪さんと斑の助けをするようにも言われましたので」

「隊長から?」

カナタさんの発言に凪さんが反応する。

「そうです。隊長が言うには、凪さんはヒールの技術と剣の腕はピカイチなのに、それを教えるのはあまりうまくないって。剣術ってなかなか習得に時間がかかるから、俺の蒼炎で剣先を誘導して、それで刀の振り方を学ばせてくれってことでした」

たしかにそれはありかもしれない、と凪さんは顎に手を当て、思想を巡らす。

しかし、でもそれって難しいことじゃないの?とも続ける。

「まぁ、普通に考えればそんなことできないし、俺もやったことはないですよ。だって、蒼炎使いで剣術使うやつなんてあんまりいないし。炎で剣先を誘導するのって、よっぽど剣がうまく使いこなせるやつじゃないとできないんですよ。しかし、俺は数少ない蒼炎の剣士の中でも、剣術はトップクラス。そんな俺だからこそ、できるんじゃないかってことです」

と、カナタさんは誇らしげに語った。

実践したことはないらしいのだが、自分の腕に自信があるために、やれるという確信があるのだそうだ。

しかし、今の発言の中に気になる言葉があったので、それについて質問してみる。

「すみません、蒼炎の剣士って珍しいんですか?」

「そうや~。理由としては2つあって、1つは、蒼炎と剣術ってあまり相性がよくないんや。例えば、刀身に炎を纏って、攻撃するとするやろ?でもこれって、緋炎使いもできることなんや。蒼炎使いは炎を一度放出して刀身に纏わせ、しかもその炎を刀を振るのに合わせて動かさなきゃいけん。戦いながらこれをするのが本当に難しくてな~。しかも、それなのに、緋炎使いより圧倒的に火力が低い。だから、蒼炎使いはわざわざ刀身に炎を纏わせたりしないんや」

ま、おれはしてるけど、とカナタさんはぼそっとつぶやいた。

たしかに、刀を振りながら、刀に合わせて炎を操作するのは非常に難しそうだ。

カナタさんは話を続ける。

「2つ目は、例えば刀で近接戦をしながら、炎を遠隔で操るっていうのが非常に難しいことや。近接戦っていったら、単純な命の奪い合いやから、そんなもんしながら片手間で炎を遠隔操作するなんて、一人の脳じゃ無理無理。刀身に炎を纏わせる場合は、意識を近接戦に集中できるからまだいいんやけどな。近接と遠距離を同時に熟す、こんなの最高に天才なやつしかこれはできん。まぁ、やろうとして近接がおろそかになって死んだやつはたくさんおるけどな」

ケラケラ笑いながら、そう話す。

「カナタさんはどうやって戦ってるんですか?」

「おれか?まぁおれは、最高に天才やからどっちもしてるな~。刀に炎を纏わせるように戦うのも実はメリットがあるしな。それについてはいつか実際に見せてやるわ。とりあえず、今から斑の刀身に炎を纏ってやるから、それで凪さんと戦い~」

カナタさんがボッとわざとらしく声を出すと、僕の剣先に蒼い炎を灯らせる。

カナタさんが指を左右に動かすと、炎ごと刀身が指と同じ方向に滑る。

「炎の剣先を掴む力はそんな強くないから大したスピードは出せんけど、修行レベルだったら熟せるやろ」

たしかに炎によって刀が持っていかれるというよりは、進む先を誘導されている感覚に近い。

だから、蒼炎の剣士は炎で剣を操ることはせず、刀と同じように炎を動かすのだろう。

凪さんも準備万端らしく、訓練が再開された。

今までとは違い、しっかりと振りぬいた先で木刀同士が交わる。

僕は何も考えず、炎が誘導する方向に向かって刀を振りぬけば、それが凪さんのそれとぶつかる。

そうすることで凪さんの一手をことごとく防ぐことができ、それは先ほどまでぼこぼこにされていた自分とは全く違う姿であった。

「斑ちゃん、いい調子ね!じゃあ、ちょっと力を強めようかな」

そう言うと、凪さんの打ち込みの力が増し、スピードも上がった。

カナタさんは大きなあくびをしながらそのスピードにも対応する。

僕は揺れ動く剣先に集中し、必死に追いつくことしかできなかった。

だが、凪さんのパワーが上がったことで、手に疲労が溜まっていく。

ちょっと、もう厳しいかも。僕は遂に弱音をあげそうになった。

すると、その直後、自分の手の疲労がなくなっていく感覚を覚えた。

「斑ちゃん、気づいた?今、貴方の手にヒールを施したの。例えば、今みたいに疲労で握力に限界がきたときなんかは、こうやって手をヒーリングすると、ずっと戦い続けられるの。ちなみにこれが『不死身』の名を関するための最初の一歩よ」

なんでも、凪さんも最初は近接中に手を癒すことから始めて、次第に傷ついた箇所も戦いながら治癒できるまでに成長したという。

剣を振ることはやめず、並行して傷を治す。

この感覚を早く身につけることが大事らしい。

剣先に集中しながら同時に手にヒールを施す。

凪さんは簡単にいうけど、やってみるととても難しい。

手から白炎を出すことに集中するとどうしても剣を振る力を弱めてしまい、それから2,3振り目には凪さんの持つ木刀によって脇腹を打たれてしまう。

脇腹を打たれたら、一度休憩して必死に脇腹を治した。

そして、それから一か月の間、凪さんとカナタさんは付きっきりで訓練をしてくれた。

一か月を通して二人が僕にしてくれた訓練の内容は、カナタさんが現れた初日の訓練と大して変わらなかった。

ただ、訓練を重ねるごとに凪さんの木刀を振りぬくスピードとパワーは上がっていき、彼女の一撃を食らうと、その都度、骨が折れてしまった。

骨折を治すにはある程度の時間がかかるが、その間も凪さんは攻撃をやめない。

防衛本能から、僕のヒールの能力は考えられないスピードで向上していった。

2週間が経った頃、凪さんからオートヒールの使い方を学んだ。

この2週間、身体にヒールをかけ続けたことから、オートヒールは意外にも簡単に会得できた。

会得後は、真剣を使用した訓練も始まった。

凪さんの振るう刀によって、何度か首が飛びそうになったが、完全に断ち切られなければオートヒールですぐに再生した。

いつの間にか痛いという感覚すら忘れ、無心で訓練に没頭するようになる。

また、その頃にはカナタさんの炎の誘導がなくともある程度の身のこなしができるようになっており、そこに彼の炎が加わることで凪さんと互角に戦えるようになっていた。

凪さんもさすがは『不死身の凪』と言われるように、いくら傷をつけても瞬時に回復していた。

そして、そこにいる誰もが、陰獣と戦っているとき以上の気迫を以て、訓練に打ち込んでいた。

セイさんは最初のうちは心配して声をかけてくれていたが、僕が彼の声に反応する余裕もなくなったことで、ある時から存在すら感知できなくなってしまっていた。

一か月が経ち、凪さんは四番隊へと移った。

彼女との最後の訓練の日、僕はカナタさんの力は借りず、完全に一対一で凪さんと真剣勝負をした。

さすがに剣術には大きな差があり、僕が彼女に一太刀を浴びせる代わりに、十度の死を味わった。

それでも、朝から始まったその勝負において、僕は永遠と回復を続け、完全には勝負がつかないまま、日が暮れてしまった

その日は空と海を除いた五番隊の全員がその戦いを見届けたが、僕のあまりの無茶な戦い方に何度も戦いを中止させられそうになった。

僕はもちろんそれを断わったし、なにより凪さんが、もしもの場合のために僕に追加のオートヒールをかけてくれていたので、勝負は続行させてもらえたのだった。

朝から晩まで、数えられない程何度も臨死体験を味わったが、それでも僕の白炎が枯渇することはなかった。

炎は体力と似ていて、連続してずっと使うことはできず、睡眠や休憩をとることで回復することができる。

さすがに、白炎は傷を治したりするものなので、炎量を回復したりはできないが、僕は考えられない程大量の白炎が扱えるらしかった。

この一か月、食事も居間でとることはなくなり、ずっと自室で食べていた。

凪さんとは訓練の話しかしなかったし、彼女がいなくなってからはカナタさんだけが、多少心を許せる人物となっていた。

それからは、僕はカナタさんと地の国の国境沿いに遠征をしたり、雨が降って陰獣になってしまった人々を切ってまわった。

陰獣を見るのはあの日以来だったけれど、見ず知らずの人物が陰獣になっているのを見たところで、それに感情を抱く程暇ではなかった。

その間はカナタさんに訓練をつけてもらっていたのだが、僕が捨て身の攻撃ばかりをするため、カナタさんも自分の身が危ない、などと言って、訓練の担当を放棄した。

陰獣は基本首を切ったら死ぬため、首を切っても死なずに反撃してくる僕とは、訓練のしようがないとのことだった。

そこで、守護隊一の蒼炎使いと名高い三番隊の鬼灯隊長を紹介してもらい、何度か彼女にも訓練をつけてもらった。

鬼灯隊長は、蒼炎による遠距離攻撃の威力が凄まじいのはもちろん、ゴーレムと呼ばれる2m程ある大きな人形を蒼炎で作りだし、それと訓練をさせられた。

ゴーレムは炎でできているためいくら切っても死なず、唯一、首にある小さな核を壊すことで、ゴーレムを象っている蒼炎は消滅した。

カナタさんから蒼炎で焼かれ、それをオートヒールで治すということもよくやっていたが、ゴーレムの核を破壊するためにはゴーレムの炎でできた身体の中に腕を差し出さねばならず、肉が焦げ落ち、骨だけになってしまったこともしばしばであった。

鬼灯隊長は、何か愛おしいものを見るようにして、僕に接してくれた。

それは、幼い頃に母親から受けた愛情のようなものだとも思った。

そうして、約三か月の訓練が終わり、僕は中央街にある一室に呼ばれた。

そこは、隊長会議でも使用されている部屋なのだと砂浜秘書官という男に教えられた。

誘導されるまま席に着き、他の人の到着を待つ。

すると、数分ごとに隊員が部屋に入り、そして着席していった。

「これで全員ですね」

最後に入室した少し背の小さな女性隊員が着席するのを待って、砂浜秘書官は口を開いた。

「既に各隊長からお話は伺っていると思いますが、ここに集められた隊員は『雨の国潜入作戦』に参加する方たちです。例えば、白糸隊員なんかはどなたとも初対面だと思いますので、まずは自己紹介といきましょうか。では、白糸隊員からお願いします」

「はい。五番隊所属の白糸斑です。まだ入隊して三か月ほどしか経っていないのもあり、初めてお会いする方ばかりですが、どうぞよろしくお願いします。炎は白炎を扱います」

そこに揃った隊員五名に向けて、そう告げる。

すると、最後に部屋に入ってきた女性隊員が話しかけてきた。

「あら、あなたがあの白糸隊員なんですね。入隊してたった三か月とは思えない凄みがありますね~。五番隊の副隊長さんと陰獣狩りをしていたというのは本当ですか?」

「陰獣狩りなどと言われるのは少し癪ですが、たしかにこの二か月程は色々なところで陰獣退治をしましたね」

「あらあら、気を悪くさせたようですみませんね。やはり、そうでしたか」

「いえ、大丈夫です。ちなみにあなたは?」

「私は六番隊隊長の利久楓と申します。皆さんと違って、雨への耐性はないのですが、憑依を使って、雨の国を破壊する最終兵器とでもいいましょうか。そんなところです」

六番隊の利久隊長については、九十九隊長からも話を聞いていた。

危険な女だから、あまり深く関わるな、と。

「隊長さんでしたか。よろしくお願いします」

「はい、よろしくお願いしますね」

利久隊長は僕に対し、律儀に挨拶を返す。

軽く接触した感じでは、そこまで危険さは感じなかった。

「利久隊長、個人的なお話は自己紹介が一通り終わってからにしてくださいね。まだ皆さん待たれていますので」

「あら、ごめんなさい」

砂浜秘書官に軽く叱責された利久隊長は、適当に謝罪の言葉を述べた。

そして、砂浜秘書官は利久隊長にそのまま自己紹介もするように促す。

「先程は勝手に話し始めてすみませんでした。改めまして、六番隊隊長の利久楓と申します。先程申した通り、蒼術の憑依で作戦を成功に導きますので、どうぞよろしくお願いしますね」

利久隊長は隊員たちにニコリと笑いかけた。

隊員たちは、それぞれによろしくお願いします、と口にした。

その後も自己紹介は続いた。

二番隊の日比谷隊員。緋炎使い。男性。28歳。

三番隊の佐々木隊員。蒼炎使い。女性。23歳。

四番隊の広瀬隊員。緋炎使い。女性。22歳。

七番隊の橋垣隊員。蒼炎使い。男性。20歳。

集められた隊員は、僕を含めて若い者が多かった。

利久隊長が一番年を取っているそうなのだが、三番隊の鬼灯隊長の蒼術により若い顔になっているため、20代半ばのような相貌をしている。

彼女自信は蒼術ではなく、若返りの薬を開発したいそうなのだが・・・。

これらは鬼灯隊長から訓練を受けていた時に聞いていた話である。

全員の紹介が終わった所で砂浜秘書官が口を開いた。

「皆さん、自己紹介していただきありがとうございます。ここにいる皆さんは、言わば運命共同体です。作戦成功のためには、お互いに助け合うことが非常に大切です」

彼は拳に力を入れて、隊員たちにそう熱く語りかける。

しかし、僕にはそれがわざとらしく映ってしかたがなかった。

そこに二番隊の日比谷隊員が口を挟む。

「砂浜秘書官、ちょっといいですか?」

「はい、日比谷隊員、何でしょう?」

「俺はやっぱり白糸隊員のことを信用しきれません。二番隊にも白炎使いは数名いますが、たった三か月で現場に出れるようになった者は一人もいません。まして、こんな危険な任務について来れる訳がない。利久隊長には悪いですが、例の陰獣狩りも朝日副隊長だけの仕業だと思いますけどね」

「なるほど・・・。たしかに、日比谷隊員がそうおっしゃるのもよく分かります。それでは、親交も兼ねて、皆さんで実践形式の試合をするのはどうでしょうか?利久隊長はもちろん参加しませんが」

実践形式と聞いて、色々な技を試そうと目を輝かせていた利久隊長は、それを聞いてがくっと肩を落とした。

それにしても、九十九隊長から二番隊は粗暴な隊員が多いと聞いていたが、実際にその通りなようだ。

「それでは、私の方でトーナメントを組ませてもらいますね」

砂浜秘書官はそういった後、パチンッと指を鳴らすと、机の上に炎で描かれたトーナメント表が出現した。

そこには、各隊員の名前が書いてあり、もちろん、僕の名前も存在した。

「では、一回戦は日比谷隊員対白糸隊員、それと、佐々木隊員と板垣隊員です。広瀬隊員には日比谷隊員と白糸隊員の勝った方と戦っていただきます。そして、その勝者と、佐々木隊員、板垣隊員の試合の勝者で決勝戦を行います。優勝者がこの雨の国潜入部隊の副隊長を担っていただくことにします」

そして、隊長はもちろん利久隊長です、と付け加える。

「白糸!俺が守護隊は甘くねえってことを教えてやるよ」

「わぁ、隊員同士の実戦なんて楽しみですね~」

日比谷隊員と広瀬隊員はそう発し、佐々木隊員と板垣隊員は少し気乗りしない様子であった。

もちろん、僕も気乗りしない側だ。

中央街には訓練所も存在しており、そこでトーナメントが行われることになった。

まずは、僕と日比谷隊員の一回戦から始まる。

僕らの準備ができたのを見て、砂浜秘書官が声を上げる。

「日比谷隊員対白糸隊員。陰獣狩りの真相はこれで明らかになります!私と利久隊長のどちらかが試合続行不可能と判断した場合は、そこ試合終了です。降参も認めます。それでは、一回戦スタートです!」

こうして、潜入部隊員同士のトーナメント戦が幕を開けた。

会議室での落ち着いた様子から一転、砂浜秘書官は実況として場を盛り上げていた。

それで盛り上がっているのは、利久隊長と広瀬隊員くらいのもんだけど。

スタートの合図を聞き、日比谷隊員が身体に炎を纏い、こちらに突っ込んでくる。

手には槍を持っており、その槍にも分厚い炎が纏われていた。

「うおおおおおおおおおおおおおおお」

日比谷隊員は怒鳴り声を上げながら突っ込んできた。

槍を纏う炎の密度は高く、緋炎による速度上昇も相まって、彼の突きは一撃必殺の技だということが認識できた。

腹を狙ったその一撃を避けるため、身体を傾け、刀で彼の伸ばした腕を切り落とそうとする。

「アクセルブースト!」

僕が身体を傾けようとした瞬間、日比谷隊員はそう叫び、一気に加速した。

突然の加速のために避けきれずに、脇腹を槍が貫いてしまう。

「うっっっ」

脇腹に槍が刺さったことで、声が漏れる。

痛みは大して感じないが、もちろん多少の反応はしてしまう。

なにより、槍によって内臓が動く感じは慣れない感覚であり、気持ち悪さを感じる。

日比谷隊員は、勝った、そう確信した顔をしていた。

しかし、僕の真骨頂はここからだ。

事前にかけていたオートヒールが作動する。

すると、槍は身体に刺さったまま、血は流れを止めた。

まるで刺さった状態が本来の姿かとでも言うかのように、槍は身体に馴染んでいた。

「な、なんだそれは!?」

日比谷隊員は思わず声を上げる。

自分の獲物が僕の身体を突き刺したのに、その傷があっという間に塞がってしまったことに驚いたのだ。

そして、自分の獲物は僕の身体に奪われてしまったし、僕の身体を焼くためにメラメラと赤く燃え盛っている炎は、僕の身体に触れると、白炎と中和して、霧散するのであった。

これには砂浜秘書官と利久隊長も驚いたようで、実況は凄まじい盛り上がりであった。

日比谷隊員を倒すために、一度バックステップをし、身体から槍を抜くのも良い。

しかし、目の前には間抜け面をした彼の姿がある。

僕は刺さった槍を一切気にしないまま、右腕で彼の左腕を斜めに切りつけた。

日比谷隊員は僕の突然の攻撃に驚きつつも、緋炎の出力を高め、腕の防御に専念する。

たしかに、左腕の緋炎の密度はさらに増し、刃が決して通らないような硬度になっていた事だろう。

「エクスティングイッシュ」

凪さんから教わったその術を唱えると、彼の左腕の鎧はシュゥゥゥゥと情けない音を放ちながら、霧散してしまった。

そして、そのまま刃が通る。

さすがに体勢の不利と片手というところで、腕は切り落とせなかったが、刃は確実に彼の腕に入り、そして、大量の血を吐き出させる。

「あああああああああああああああああ」

彼は腕の出血を見て、狂ったように叫び続けながら、もう一度槍での攻撃を試みる。

しかし、それが悪手であった。

一度加速を見ている僕は、その加速の発動タイミングさえ分かって仕舞えば、自分から距離を詰め、自ら槍に刺さりに行ける。

そうすることで、加速によってさらに槍は身体に深くささり、それと同時に日比谷隊員の首が目の前には迫った。

「ああ、もういいや」

ふと、口から感想が漏れてしまう。

そして、勢いよく彼の首に向かって、刀を振り下ろした。

たしかに、僕は自分自身の意志でそうしようとしたのだが、首に刃があたる直前で腕がそして刃が硬直してしまった。

目の前の日比谷隊員は確実に自分の死を悟ったのだろう。

刃が止まって生き延びたことを実感すると、突然嘔吐し、その場で四つん這いになった。

『身体が動かない・・・?』

まるで金縛りにでもあったかのように、脳は動くのに、身体は硬直したままである。

『ひえー、危なかったなぁ』

ふと、聞き馴染みのある声が聞こえてきた。

『おい、斑。敵なら別にいくら殺そうが構わんが、こいつは仲間だ。その辺にしておけ』

『セ、セイさん・・・?』

その声は、三か月前まで僕の心の支えにもなっていた精霊の声であった。

『おう、久しぶりだな。見ない間に随分荒んでしまってよお。おれ様が戻るのが遅かったら、お前こいつ殺してたぞ?』

『久しぶりって、急に出てきて、余計なことしないでくれるかな?目の前にいるこいつは、自分と相手の力量も測れないようなやつなんだ。雨の国に潜入するにあたって、使えないやつは作戦成功の邪魔にもなる』

『その意見には賛成なんだがな。やっぱり仲間を殺すのはやめておけ。それをしてしまうとお前は本当に壊れてしまう』

『今更そんなことを言われてもね。今の僕にできることは雨の国を滅ぼすことだけだ。その目的のためなら手段を選ばない』

『本当にいいのか?母親にも会わなきゃいけないんじゃないか?』

そのとき、ずっと忘れていた、いや胸の奥底にしまい込んでいた記憶が戻る。

それは、幼い頃の母親との記憶。

僕には物心ついたころから父親はおらず、母親だけが世界の全てであった。

しかし、その母親はある日を境に姿を消してしまった。

後に聞いた話では、母親は彼女の友人である燈の母に僕のことを託し、陽の国に戻ったという。

それ以来、僕は母親と会ったことはない。彼女からの連絡もなければ、彼女がどこにいるのかも知らない。

今や僕にとっての母親は、育ての親である燈の母以外にはありえなくなっていた。

『セイさん、どこでその話を・・・?』

『おれ様は精霊だぞ、お前の記憶を覗くことだって難しくない』

『母さんは、母さんは今どこにいるんだ!?』

『それはおれ様にも分からねー。これはおれ様、精霊の勘なんだが、生きてる気がするんだよなー』

『それは本当?しかも、精霊の勘ってなんだよ』

『精霊の勘は精霊の勘だよ!それにな、お前が保有している白炎の量と能力は化け物級だ。つまりはそれは、祖先に化け物級の白炎の使い手がいたことを意味する。お前の白炎を見る限り、父親か母親、またはその両方が白炎の使い手だったんじゃねーかって思う。そんなすげー白炎の使い手なら、お前同様首を切られたって死なねーって』

『たしかに、なんで僕が白炎への適正がとても高いのか疑問だったけど、その可能性もあるわけか。ありがとう。母親に対しては憎しみの感情も大きいけど、なんか気持ちが落ち着いたよ』

『おう!その素直さこそ斑だ!よかったよかった・・・』

『それはそうと、身体の所有権返してくれないかな?この事態なかなかやばいと思うんだけど』

僕がセイさんと話している間に、周囲を他の隊員に囲まれてしまっていた。

皆、怯えながら、武器を手にしている。

広瀬隊員だけは、嬉々としてそれをしているけれど。

「白糸隊員、さすがに首を狙うのはルール違反ですよー。今すぐ武器を置いて、攻撃の意志がないことを示してくださいー。そうしないと、危険人物として、利久隊長が憑依しちゃいますよー」

『ほら、セイさん、砂浜秘書官もあんなこと言ってるし、早く身体返して』

『お、おう。ほらよ!』

そうして、ようやく身体に感覚が戻った。

取り急ぎ武器を地面に置き、弁明をする。

「す、すみません。五番隊や三番隊での訓練を思い出してしまって。あそこでは首を狙うように指導されていたもので・・・」

「なるほど、たしかにあの滝川隊員や鬼灯隊長との訓練では首を狙うこともありそうですね。日比谷隊員が殺す勢いで突っ込んだのも多少影響しているでしょうし、今回は不問にします。でも、次仲間の命を狙ったら殺しますよ☆」

砂浜秘書官は楽しそうにそう言い放った。

その横で利久隊長は面白い玩具を見つけたかのように、目を輝かせていた。

僕を取り囲む隊員たちも、僕らのやり取りを聞いて、ひとまず安心したのか、武器を下してくれた。

そして僕は、四つん這いになった日比谷隊員に声をかけ、怖がるところを無理やりヒールをかけて治した。

そのヒールの効果にさらに恐怖心は増していたようだけど。

砂浜秘書官はもう一つの一回戦もしようと言ったが、佐々木隊員と板垣隊員の両方が棄権し、決勝は広瀬隊員との戦いになった。

『次は殺そうなんてするなよ?』

『分かってるって。適当に近づいて、片足を切り落として、それで終わり』

『それでも結構やばいと思うけどな』

セイさんとそんな話をしていると、砂浜秘書官もとい実況が決勝の始まりを合図する。

「では、遂に決勝戦です!先程日比谷隊員を圧倒した実力の白糸隊員、次はちゃんと死なない場所を狙ってくださいね!対する広瀬隊員は、本トーナメント初の戦闘です。珍しい大鎌使いの実力や如何に!では決勝戦スタートです!」

先程の日比谷隊員と同じく、広瀬隊員も僕に向かって思い切り突っ込んできた。

彼と同じ緋炎使いということで、戦い方も似ているのだろうか。

お互いの距離が1m程になったときに、広瀬隊員は大鎌を低い弾道で振り、足を狙ってきた。

刀で軌道をずらし、そのまま僕も彼女の足を狙って刀を振りぬく。

シュッッッ

鮮やかな太刀筋で彼女の左足の膝より下を切り落とす。

その切れ目から鮮やかな血が噴き出していた。

しかし、広瀬隊員はそんなことをお構いなしで、緋炎を使って、膝とそれより下をドッキングし、後ろに体重移動をしてから、一気に大鎌を手前に引き戻した。

大鎌との戦いは初めてだったので、そこまで気が回っていなかった。

彼女が引き戻した大鎌は、僕の右足の膝より下を奪い取っていったのだ。

もちろん、切断されたところから回復は始まり、すぐに完治するのであるが。

そうして、僕と彼女の身体の部位の奪い合いは白熱した。

彼女のことをいくら切っても、炎で逆に補強されてしまうし、僕は僕でいくら切られても、身体は五体満足であり続けた。

約1時間経って、さすがに広瀬隊員は出血過多で倒れてしまうのであるが、血さえ枯渇しなければ、いつまでも決着がつかないであろうことを予想させる試合であった。

まぁ、僕の場合は白炎が切れない限りは戦い続けられるので、そういう意味では僕が彼女に負けることはないのかもしれない。

しかし、同族対決というか、今の試合はとても楽しかった。

その後、広瀬隊員の身体もしっかりとヒールで治してあげた。

「斑く~ん、もっと私を切り刻んでぇ~~♡」

「広瀬隊員、治療中なんだからおとなしくしててください」

「う~ん、切り刻まれた後に治してくれるの最高ぉ♡病みつきになるぅ~!」

彼女は頭がおかしいのか、そんなことをずっと言い続けていた。

普段はおとなしい子らしいのだが、闘争本能を掻き立てられると、一気にたがが外れるのだという。

「それと、広瀬隊員なんてつれない呼び方じゃなくて、佐奈って呼んでね♡」

「ええ、嫌ですよ」

「そんなこと言うなら、また暴れちゃおうかな・・・?」

そんなことを言って、炎をちらつかせてくるので、仕方なく彼女のお願いを聞き入れるのだった。

「佐奈さん・・・。これでいいんでしょ?」

「だーめ、『佐奈』って二文字で呼んで?」

「・・・佐奈」

「は~い、斑くん♡」

そんな意味のないやり取りすらさせられた。

その後は一旦中央街にある宿に移動し、荷物を置いたり、血まみれの服を着替えたりした。

夜には、潜入部隊の隊員同士の交流をはかるために、中央街にある守護隊も入れる飲み屋で交流をした。

日比谷隊員は今までの無礼を謝ってくれたが、別に邪魔さえしてくれなければそれでいいので適当に許し、こちらも謝っておいた。

佐奈は、先程の未亡人の殺人鬼のような様子は一切なく、普通におとなしい子であった。

『斑くん』という呼び方も、落ち着いた呼び方で好感すら覚えた。

利久隊長には白炎の技についていろいろな話を聞いてきて、板垣隊員は少し怯えているようで、佐々木隊員は鬼灯隊長からもあなたのことは少し伺っています、といった内容の話をした。

家に帰りつき、本日の一番の疑問を明かしにかかる。

『ねぇ、セイさん。身体をのっとるやつ、あれどうやったの?』

『あれか・・・。あれは、まぁ精霊の技の一種だな。精霊と依り代の炎の強さのパワーバランスで乗っ取れるか決まるんだよ』

『ということは、セイさんは僕よりも強いってこと?』

『馬鹿言っちゃいけねーよ。こんな無茶苦茶な炎しているお前より強いなんてことあるかよ。あんときは、お前の心も油断してたし、なにより荒んでいた。それで、なんとか身体を硬直させることだけはできたっていう程度だ』

『なるほど。じゃあ、今乗っ取ろうとしてもできないの?』

『ああ。一度認識されると、心のバリアが強くなってしまって、無理だな』

『ほんとかな~。そんなこと言って、また乗っ取られたりする前に、セイさんのこと抹消した方がいいかな?』

『やめてくれよ~~。今のお前にならそれもできなくはないんだよ。おれ様も今まで以上に協力するから、な?』

『まぁ、そういうことなら見逃してあげてもいいけど。変なこと企てないでね』

『おうよ相棒!』

調子のいいセイさんの口車に上手くまるめ込まれた感じもするが、いざとなれば抹消できるっぽいし、気にしないことにしておこう。

それから一週間は、中央街にある訓練所にて、お互いの連携を高める訓練などを行った。

そして、遂に雨の国への潜入日になった。

雨の国への潜入自体は何ら難しいものではなかった。

雨の国は陽の国と違って常備兵を置いている訳ではないので、洞窟のようになっている地の国の上を駆け、簡単に雨の国国内に入ることができた。

そして、事前に潜入している無炎の用意した宿で身体を休めた。

利久隊長はレインコートを使用しているが、我々雨毒に耐性のある五名は、雨毒になれるためということもあって、レインコートは鞄に収納したままだったので、移動だけとはいえ、多少疲れた。

数時間、宿で休憩した後に、利久隊長を除く五名で街に出て、見た目の美しい女性を探した。

各自、遠隔でも情報を取りあえる機材である『フォニア』を身に着けており、誰かが美女を発見すると、発見者はその美女に100点満点で点数をつけ、フォニアで全員に点数を伝える。

その点数を受け取った四名の内、発見者の近くにいる二名がその美女の点数をつけに行った。

宿は雨の国の王宮都市から離れた位置にあったため、そこではなかなか高得点の美女は見つけられなかった。

そのため、王宮都市まで出向いて美女探しを続けると、あちらこちらに美女の姿が確認できた。

陽の国ではこんがり焼けた肌が人気ではあるけれど、最近雨の国のメイクが流行っており、色白も非常に人気が高い。

密かに雨の国メイクを学び実践していた佐々木隊員は、色白美女たちに目を輝かせ、現在の雨の国のトレンドも踏まえ、100点の太鼓判を押す超絶美女を見つけるに至る。

近くにいた僕と板垣隊員に連絡が入り、急いで駆け付けてみると、たしかにそこには絶世の美女が佇んでいた。

迷いなく僕は100点を言い渡し、板垣隊員に至っては、鼻血を出して卒倒してしまった。

100点が出たことで残りの二人も合流し、蒼炎使いの佐々木隊員によって、その美女に催眠をかけ、危なげなく利久隊長の待つ宿まで連れて帰ることに成功する。

利久隊長は、美女の身体を散々むさぼった後、憑依を施し、その体に乗り移った。

彼女は、鬼灯隊長の術のおかげで元から眉目秀麗ではあったものの、そのレベルとは桁違いの美しさ、そしてかわいさを持った女性へと変身を遂げた。

憑依して抜け殻になった利久隊長の身体には、『オートパーソナリティ』と呼ばれる蒼術、つまり、利久隊長の発言や行動を模倣した人格が作動し、彼女が憑依を解くまでの仮宿主を勤め上げてくれる。

その(仮)利久隊長と数人の無炎の使い手に留守番を託し、次の日、利久隊長を含めた僕ら六名は王宮へと向かった。

王宮は実際に王が暮らす建物『雨露の塔』とそれを取り囲む要塞によって成り立っている。

約一万人の雨術師が暮らす要塞には、雨術師以外が入ることのできないよう厳重な警備が敷かれており、一切の隙も存在しなかった。

ここでは僕らができることはないので、王宮都市の中に宿を借り、利久隊長の帰りを待つだけだった。

利久隊長は絶世の美女の姿で王宮の周りを闊歩し、数人の男性雨術師を誘惑した後、中でも一番鼻の下を伸ばした口の軽そうな男を誘い、その夜、王宮都市内にある大人の宿にて一晩を共にした。

彼女はその雨術師から様々な情報を聞き出し、余計な情報は催眠で忘れさせ、さらに自分を餌にすることでその者の上司を、その夜、宿に向かわせるようお願いをした。

3日程同じ行為を繰り返し、ある程度の情報と要塞の中でも選ばれた雨術師しか入ることのできない王の住まう建物への立ち入りが許される者、つまりは、雨の国と陽の国の対立を知っている者に辿り着くと、その男の身体に憑依し、翌日、何食わぬ顔で雨露の塔に侵入することに成功する。

一時的に憑依体になっていた美女の身体は、蒼術を使って氷漬けにしてそれが腐らないようにした後、雨の国から引き上げる際に一緒に連れて帰るようにと、僕らに預けられた。

勝手に身体を乗っ取られ、身体を汚され、それでも利用価値があるとして身体を弄ばれ続けるその身体を見たときに、憎き雨の国の人間と言えども、同情の念を抱いてしまった。

利久隊長はそれから、能力の高い者高い者と、憑依を繰り返し、遂には雨の国十傑と呼ばれる最高峰の雨術師の直属の部下の身体を奪うことに成功する。

その夜、王宮都市にある宿では、十傑の身体を奪うための作戦会議が開かれていた。

会議を持ちかけた利久隊長が口を開く。

「皆さん、遂に私は十傑まであと一歩のところまで来ました。しかし、さすがに雨の国側も侵入者の存在がついているようです。本当はここで作戦を中止することが安全ではあるのですが、この作戦の一番の目的である、雨を遮る雨術『断雨』をこの身体は使用できませんでした。聞いた話によると、十傑しかその技は使えないとのことですので、明日、危険を承知でこの者の上司の十傑の身体を奪いに行きます」

その言葉に僕らは分かりましたと返事をする。

それから、白肌の男の面をした利久隊長は、雨露の塔内の見取図を炎で描き、作戦の詳細を説明してくれた。

さすがは隊長ということもあって、作戦は非常に練られたものであったし、僕らの被る危険も最低限にしてくれていた。

翌朝、作戦が実行される。

十傑は軍と呼ばれる、守護隊でいう所の隊を保有しており、それぞれに塔の中のあるひと区画を占有している。

十傑への憑依を施すため、利久隊長の手招きで僕らは十傑が一人『八ツ頭早雲 雪柳真帆』の私用部屋の前に潜んだ。

利久隊長自身、現在憑依している男の人柄などは知らないため、下手に対象と接触するのもまずい。

そこで、八ツ頭の部屋にノックをし、先に利久隊長だけ部屋に入る、そして頃合いを見て『それでは』という合言葉を合図に、日比谷隊員、板垣隊員、佐奈(広瀬隊員)による攻撃を仕掛け、一気に憑依をしてしまおうという作戦であった。

コンコンコン

利久隊長もとい八ツ頭の部下の男のノック音が部屋に通る。

「入っていいぞ」

と、八ツ頭が告げる。

利久隊長が失礼しますと言い、部屋に入ると、そこには八ツ頭が立って待っていた。

「おい、どうした?早く部屋に入って来いよ」

八ツ頭は2mはあるかという大きな身体つきをしており、腕を組み仁王立ちしている姿はとても威圧的であった。

利久隊長は作戦がばれたのかと思い、八ツ頭に問う。

「八ツ頭さん、仁王立ちなんかして、どうかされたんですか?」

「どうかされたか・・・。それはお前が一番分かっているんじゃねえか!?」

八ツ頭はそう言いながら、机の上にあったハンマーを持ち上げ、雨術を纏って、利久隊長に迫る。

「それでは!!!!」

利久隊長は勢いよくその言葉を告げ、その合図に応じて三名の守護隊員が部屋に入ってきた。

「やっぱり、お前陽の国と繋がってたんじゃねーかよ」

「フフフ。繋がっているというのは少し語弊がありますが、あなたの敵であることには変わりないですね」

利久隊長はのんきにそう告げ、そして、代わりに入ってきた三名に攻撃を促す。

日比谷隊員は八ツ頭に向かって、突きをかまし、佐奈は大鎌を使って、八ツ頭の首を刈ろうとする。板垣隊員は、八ツ頭に向かって、蒼炎でできた直径40cm程の玉を左右からひとつずつ放った。

「おいおい、そんなぬるい攻撃が効くかよぉ!!!」

そう言って、八ツ頭は持っていたハンマーを右から左へと振りぬいた。

彼に向かって攻撃を仕掛けていた二人は、ハンマーにクリーンヒットし、入ってきたドア横の壁まで吹っ飛んだ。

二人の攻撃はたしかに八ツ頭に届いていた。しかし、それは無力化されたように見えた。

利久隊長が告げる。

「なるほど、その分厚い雨の鎧が炎をかき消すんですね。通りで私の攻撃も通じない訳です」

「へ、陽の国のやつらの攻撃なんか俺に効くかっての」

そう言って、近くで蒼術を放っていた板垣隊員も殴打される。

一応彼ら彼女らには、死なない程度のオートヒールはかけていたものの、雨の纏った攻撃により、立ち上がることはできないらしかった。

佐々木隊員は他の者が部屋に入って来ないように見張りをしているし、利久隊長は今でも隙を見ては憑依を試している。

「仕方ないか・・・」

本来の白炎使いであれば、遠くで寝転んでいる日比谷隊員などにヒールを施し、起き上がってもらうのが正しいのであるが、どうせあいつらに期待しても無駄なため、ここは僕が戦うしかない。

「おっ?次はこのひょろい奴が俺の相手をすんのか?俺はさっさと裏切りやがった部下にて鉄槌を下さねーといかないんだ。さっさとどいてくれ、なぁ!!」

八ツ頭はそう叫び、ハンマーで僕に殴りかかってくる。

それをバックステップで避け、そして、振りぬいた右腕に刃をかける。

しかし、たしかに彼の鎧は厚く、刃は通らなかった。

「なるほど、たしかに固い」

「そうだろ?お前のそんなちんけな攻撃じゃ俺にダメージなんて与えられねぇんだよ!!」

八ツ頭はそれから何度もハンマーを振り続け、僕は悉くそれを避ける。

彼の攻撃は単調でただハンマーを振り回すだけであった。

「なかなか退屈な戦い方しますね?」

僕がそう挑発すると、彼は苛立ち、おるぅぁ!と声を上げまたもやハンマーを振ってきた。

同じようにバックステップでそれが届かない位置まで下がる。

そう下がったのだ。しかし、ドゴッッッッと大きな音を立て、その攻撃は僕の腕と脇腹に当たった。

ボキバキボキと骨が折れた音がする。

彼に目を向けると、彼の手はハンマーそのものを握っておらず、ハンマーから伸びた棒状の雨を握っていた。

「はははっ!お前みたいな避けてばかりのやつにはこの攻撃が効くんだよなぁ?骨が何本っも折れただろ?そしてこうやって倒れ込んだ所をこうするのが好きなんだよ!!」

八ツ頭は嬉々として僕の頭めがけてハンマーを振るう。

ハンマーに雨をさらに纏わせ、そして振り下ろす。

ぐしゃりっっっ!!!

ハンマーが徐々に近づいてくるのを見届けながら、僕の肩から上は潰れてなくなり、そして死んでしまった。

「斑くん!!!」

佐奈が大鎌に炎を集め、そして八ツ頭の背後から首を取りにかかる。

「なんだぁ?まだやる気あんのかぁ?」

八ツ頭は振り返りながら、ハンマーを振るう。

ハンマーはまたもや佐奈の胴体をとらえる。

しかし、

スコンッッッッ

佐奈の胴体に直撃したハンマーであったが、彼女の胴体を達磨落としのように遠くに吹き飛ばしてしまい、空中には佐奈の胸から上と下半身が残っていた。

彼女は緋炎でその身体をつなぎ合わせ、そして振り切った後で身体の力が抜けてしまっている彼の左腕に大鎌を振りぬいた。

すると、大鎌は、ザクッッと言って彼の腕に刺さった。

斑を完全に殺した気持ちよさと、佐奈にハンマーを直撃させたことにより、気が緩んでしまったために、鎧には少しの緩みが出来てしまっていたのだ。

それでも彼の鎧は十分に厚く、刃は腕の表面に刺さる程度だった。

「よくやった、佐奈」

そう言って僕は、オートヒールによって完全復活した身体で、八ツ頭の右足に切りかかった。

八ツ頭はこの手で確実に仕留めた男が生きていることに理解が追いつかないまま、反射で右足の雨の鎧を厚くする。

斑自身、八ツ頭が自分の攻撃を防ぐであろうことは分かっていた。

何枚にも相手の虚を突いたことでようやく生まれる隙。

利久隊長がその隙を見逃すはずはなかった。

「憑依」

その声が聞こえた瞬間、背後に立っていた八ツ頭の部下の男は崩れるように倒れ込み、そして八ツ頭はゴトンッッッとハンマーを地面に落とした。

遂に八ツ頭への憑依が完了したのである。

「はははっ!皆見事であった!!」

ハンマーを落とした八ツ頭は、先程までの声と口調でそう告げる。

それを聞いて、思わず僕の身体が動く。そして、こう問う。

「利久隊長、ですよね?」

「そ、そうですよ・・・?だから、その腕に当てている刀を下してくれますかね?」

腕に切りつけた刀を下し、そして次はないですよ?と笑顔で語りかけた。

利久隊長は珍しく冷や汗をたらしていた。

その後、日比谷隊員と板垣隊員、この作戦成功の立役者である佐奈を万全の状態まで回復させ、外で見張っている佐々木隊員も呼び、すぐに雨露の塔から抜け出した。

王宮都市の宿で氷漬けの美女を回収し、利久隊長の身体が待つ無炎の宿で一夜を明かし、地の国へと向かった。

地の国には、陽の国領というものが存在し、そこには陽の国には持ち込めない雨の国の人間の身体やいくつかの設備が整っていた。

利久隊長は八ツ頭の身体を地の国にある施設で保管し、いつでも使用可能な状態にした。

また、例の美女については、三番隊の鬼灯隊長に依頼し、利久隊長自身をその姿形にするようお願いしたらしい。

その後、鬼灯隊長も地の国を訪れ、その美女の顔と身体を十分に調べた後、実際に利久隊長に蒼術による整形を施した。

鬼灯隊長は声帯すらも見事にコピーしており、完全にあの美女へと変身を遂げていた。

骨格まで弄れるというのはさすがに人の領域を超えているのではとまじまじと思った。

こうして、なんとか雨の国潜入作戦は終わった。

ちなみに、陽の国に戻って雨毒への耐性を測定してみると、雨の国潜入前の約1.5倍に上がっていたらしい。

頭を潰されたときに多くの雨毒に侵されたらしいが、逆に完全に頭が吹き飛んだおかげで、その雨毒も霧散し、なんとか陰獣にならずに済んだのだという。

あのパワー馬鹿に感謝といったところか。

似たような理由で、佐奈も雨毒を大量に受けた胴体は吹き飛んでいたため、陰獣にならずに済んだらしい。

雨の国潜入作戦が終わり、僕は五番隊に戻っていた。

作戦も終わり、とりあえず当分の間は危険な任務はないため、カナタさんや愛李さん、カレンさんと通常の任務をこなしていた。

しかし、何か物足りない。

地の国との国境を守って、雨で陰獣になってしまった一般市民を狩って、それで家で美味しいご飯を食べる。

任務がない日の訓練だって、臨死体験をするようなことは一切なく、言ってしまえばお飯事のような物であるとしか感じない。

セイさんは、この日常を存分に楽しめと言ってくれるけれど、何かが足りないのだ。

そんなことを思いながら過ごしていると、九十九隊長経由で利久隊長から連絡があった。

それは、潜入作戦から約ひと月が経過したころであった。

利久隊長によると、見せたいものがあるから地の国にある陽の国領に来てくれとのことだった。

九十九隊長は、これ以上利久隊長と無理に付き合う必要はないと言ってくれたが、おそらく普段は味わうことのできない刺激を求めて、僕は陽の国領に行くと、隊長に伝えた。

陽の国領に着くと、そこを守っている六番隊の隊員に訓練所へと案内された。

訓練所にいたのは、雨の国で死闘を演じた八ツ頭その人であった。

「なっっっ!生きていたのか!!」

僕は、そう声を上げ、刀に手を添える。

すると、横にいた六番隊の隊員が説明をする。

「どうです?今の白糸隊員の反応を見るに、本物と見間違えましたか?」

その女性隊員は興味津津といった様子で、聞いてきた。

「あの動き・・・。本物にしか見えませんが」

僕は率直に感想を述べる。

すると、女性隊員は嬉しそうに、そうですか!と答え、八ツ頭に声をかける。

「利久隊長~~~!!本物にしか見えないそうです!」

彼女はそう言って、八ツ頭に向けて親指を立てた。

それを聞いた彼は、野太い声で、本当か!と反応し、のっそのっそとこちらに歩み寄ってきた。

そして彼は僕の目の前に来てこう告げる。

「どうですか?私の身のこなしは!この一か月、雨の国での戦闘の動画を見ながら、八ツ頭の動きを再現したんですよ」

途中から気が付いてはいたが、それは八ツ頭の身体に憑依した利久隊長であった。

利久隊長は自分の目で見た光景であれば、それを炎を用いて空間に再生することができる。

その能力を使って、雨の国で見た八ツ頭の戦闘スタイルを模倣することができたのだという。

「戦闘スタイル自体は、ただハンマーを振り回すだけなので、そんなに模倣するのは難しくなかったんですが、やはりあの雨の鎧は難しいですかったですね。彼の雨の鎧には、十傑だけが使用することのできる『断雨』も練り込まれていまして、この図体の割には、意外と繊細だったようです」

利久隊長は野太い声のままそう話し、そして、フフフと彼女本来の笑い方で笑っていた。

「なかなかに再現度高いですね。最初見たとき本物かと思いましたもん」

「そうでしょうそうでしょう」

褒めると嬉しそうにしている。

「それで、僕を呼んだ理由っていうのは?」

「実はですね、私自身は八ツ頭の雨の鎧に直に触れてはいないんですよ。だから、雨の鎧っていうのがどれほどの硬度だったのかがいまいち分からなくて・・・。彼と最も接触の多かったあなたなら分かるかと思いまして」

「そういうことですね、では早速実戦で確かめてみましょうか」

「お!話が早いですね~。では、かかって来てください」

久々の骨のある相手との戦闘にわくわくしない訳がなかった。

鞘から刀を抜き取り、その先を利久隊長に向ける。

彼女は彼女で、ハンマーを手にし、準備万端なようだ。

「では、まずこちらから行かせてもらいます」

僕はそう告げ、利久隊長に切りかかる。彼女は刀をハンマーで向かい打ち、その攻撃を防ぐ。

彼女が僕にハンマーを叩きつけようとすると、それをバックステップで躱す。

所々、彼女のオリジナリティも含まれているものの、それはまさしくあの日の一戦を再現していた。

敢えてバックステップを多用して躱し続けていると、彼がそうしたようにハンマーの柄を伸ばして戦う。

チャンスと見せかけ、おお振りを誘った後を狙っても、雨の鎧で刀の刃は通らない。

利久隊長から止めようと言われるまで約三十分間、二人は戦い続けた。

「白糸隊員、戦ってみた感想はどうですか?」

「そうですね。雨の鎧については十分再現できていると思います。しかし、彼の凄さは無意識に鎧の厚さを調整できる点にあると思うので、意識して鎧の厚さを変えている利久隊長では、複数人を相手にしたときは少し厳しいかもしれませんね」

「なるほど・・・。無意識ですか。参考にさせていただきます」

「まぁ、あくまで僕が感じたレベルですけどね。それに、雨の中であれば、さらに鎧は厚くできると思いますし」

「たしかに、地の国よりも雨の国の方が力を出せるのは事実ですね。それにしても白糸隊員、あなたあの時よりも剣筋が落ちていませんか?普通に考えれば地の国での戦いということは、雨の国で戦うよりも陽の国の戦士に有利だと思いますが」

「実はそうなんですよね。一か月間ぬるい生活をしていたら、あの時の感覚を忘れたと言いますか・・・」

「なんとそれは勿体ない!これだから九十九隊長は・・・。分かりました、あとで私の部屋に来てください。案内はかなえ任せました」

利久隊長はそう告げると、先程僕をここまで案内してくれた女性隊員が、かしこまりました!と勢いよく返事をした。

「あ、それと、八ツ頭のことで頭が一杯で大事なことを忘れていました」

「大事なこと、ですか・・・?」

「はい、少しじっとしていてくださいね」

じっとしていてという言葉=危険なこと、という方程式が頭の中に染み着いているが、理性を押しとどめ、言われた通りにじっとする。

「断雨」

利久隊長がそう告げると、僕の身体の周りに膜のような者が出現した。

「身体を動かしてもいいですよ」

彼女にそう言われ、しゃがんでみたり、剣を抜いてみたりするが、その膜は動きに合わせて形を変え、破れることはなかった。

ちなみに炎は膜から外に出るようだった。

「どうですか?どうですか?」

「これは凄いですね。これが例の『断雨』という技ですか?」

「構造自体はそうなんですけど、これは八ツ頭の技から構想を得たものでして、この膜は炎は通すのに、雨は通さないんです」

「それはすごい!」

「ですよね!ですよね!」

八ツ頭の身体のまま、話しているため言葉に若干の気持ち悪さを感じるが、女の子が言っていると考えると結構かわいいのかもしれない。

そんなことを思っていると、利久隊長の承認欲求タイムは終了したらしく、彼女の準備ができるまで、かなえさんに施設の案内をしてもらっていた。

憑依体から憑依体に身体を乗り換えるのは大して身体に負担はないらしいのだが、自分の身体に戻るときには、憑依する時以上に繊細な作業が必要になるのだそうだ。

かなえさんは実は六番隊の副隊長をしているらしく、彼女とは長い付き合いなのだとか。

彼女も鬼灯隊長から整形させてもらったらしく、その姿は美しい。

約一時間程、施設を歩いていると、利久隊長の準備ができたらしく、彼女の部屋へと案内された。

部屋に入ると利久隊長は例の美女の姿で待っていた。

「し、失礼します」

「お待たせしてすみませんね・・・」

先程の八ツ頭の姿とは一転、眉目秀麗なその姿に緊張が走る。

しかも、声はめちゃくちゃかわいいし、こんな子と二人きりだなんて。

利久隊長は、白炎の使い手についてもっと詳しく知りたいの、と言って、二人でお風呂に入ったり、いろいろな話をしたりして過ごした。

そして、そのまま夜を共にした。

彼女から、五番隊は辞めて六番隊に来ないかと誘われた。

彼女の魅力に魅了されてしまった僕は、一度五番隊に帰り、九十九隊長やカナタさんに話をした後、六番隊へと移るのであった。

六番隊では何もかもが新鮮であった。

昼は、利久隊長やかなえ副隊長と様々な訓練をした。

二人は白炎の新しい使い方だって考えてくれて、刀でしか攻撃できなかった僕にとっては、戦い方が増えることはとても好ましいことだった。

利久隊長とかなえ副隊長は、基本的には地の国にある陽の国領にいるのに対し、六番隊の他の隊員は陽の国国内の六番隊の館にいたため、僕は二人との生活を満喫することができた。

中でもそそられたのが、利久隊長とかなえ副隊長との夜である。

どこまでが白炎の研究なのかは分からなかったし、正直どうでも良かったが、二人とのその行為は、脳が蕩ける程に気持ちよかった。

毎日夢見心地で生活していた僕であったが、それはそう長くは続かなかった。

六番隊加入から、約ひと月が経過したある日、利久隊長の部屋で言い争うような声が聞こえてきた。

聞き耳を立てていると、コツコツコツとヒールのような音が聞こえてきて、利久隊長の部屋の扉が開かれる。

「あら、斑じゃないの。ちょうど貴方のことを話していたのよ?」

僕にそう語りかける女性は、訓練でもお世話になった鬼灯隊長その人であった。

部屋の中の利久隊長を見ると、かわいらしい顔で、あちゃ~という顔をしていた。

鬼灯隊長によって、部屋に連れ込まれる。

鬼灯隊長は自分の座っている椅子の横に、もう一つ椅子を用意して、僕にそこに座るように告げる。

しかし、ベッドに座っている利久隊長もそれに負けじと、お尻を少し浮かせ奥に詰めてから、自分の今まで座っていた所をポンポンと手で叩き、そこに座るように合図を出した。

利久隊長の隣はいつもの定位置であったため、そのまま吸い込まれるようにベッドに座る。

その時、鬼灯隊長は少し寂しそうな顔をした気がした。

「先程お二人は何を言い争っていたんですか?」

ここまで来て聞かないのもおかしいと思い、そう尋ねる。

すると、鬼灯隊長が僕に問うてきた。

「あんた聞いていないのかい?利久は私との契約に、あんたの三番隊への派遣を了承したんだよ。まぁその頃はまだあんたは五番隊にいたけどね」

「そ、そんな!ということは僕は利久隊長のために売られた、と、そういうことですか!?」

「まぁ、売ったっていう表現はちょっと違うと思うけどね」

結局詳しくは教えてもらえなかった。

そうして、次は三番隊への期限付きの移動となった。

一応、所属は六番隊なのだが、生活は三番隊でするらしい。

六番隊での生活とは一転、次は鬼灯隊長による訓練の毎日だった。

利久隊長の元で使えるようになった技も使いながら、日々訓練をこなした。

そして、夜は鬼灯隊長が誘導するがままに、一緒に寝た。

なぜ、利久隊長にかなえ副隊長、鬼灯隊長が僕と身体を重ねたがるのかはよくわからなかったが、別に悪い話でもないため、それを楽しんだ。

鬼灯隊長は、声帯まで含めて好きな姿形に変身することができるらしく、悪い事だとは思いつつも、凪さんの姿になってもらうこともあった。

昼は厳しく、夜は優しく、時には夜も厳しいこともあったが、その毎日は意外と楽しかった。

鬼灯隊長にかわいがられている僕に嫉妬する隊員は多かった。

三か月が経った頃、遂に我慢できなくなった副隊長の大武が鬼灯隊長に進言した。

「鬼灯隊長!私はもう限界です。白糸と勝負させてください。あなたはずっと白炎の使い手である白糸を鍛えるためと言って、この三か月間、毎日奴の訓練をつけてきました。しかし、奴は本当に強くなっているのですか?そうでないというならば、これ以上奴にばかり時間を割くのはおやめください。それがこの三番隊のため、そして守護隊のためになります!」

「あら、そう?この子は、あの雨の国潜入作戦成功の立役者なのよ?そこにいる佐々木と違ってね」

そう名指しされた佐々木隊員は泣きそうな顔で俯く。

大武はそれに反論する。

「それは十分分かりますが、あの作戦において佐々木は後方支援だったと伺っています。その佐々木と白糸を比べるのは佐々木が可哀想です!」

それを聞いて、佐々木は顔を上げる。

鬼灯隊長はそれに返答する。

「そうは言っても、斑も白炎なんだから後方支援に徹していたに決まっているじゃない。でも二番隊や七番隊の子が全くダメだったから、仕方なく斑は敵に立ち向かったって聞いたわよ?その時佐々木は何をしていたのかしらね」

「そ、そうなのか?どうなんだ佐々木!」

佐々木隊員は、味方だと思っていた大武副隊長からも責めるように質問をされ、愚図でごめんなさーーーい!!!と叫んで、泣きながらどこかに行ってしまった。

「ほら、大武があの子を苛めるから・・・」

「わ、私のせいですか・・・?いや、そんなことより、白糸と勝負させてください」

「蒼炎の使い手が白炎の使い手に勝負を挑むなんて聞いて呆れるけど、じゃあ、斑が勝ったらあなたは副隊長はクビで、斑に副隊長になってもらおうかしら?」

「なっっっ!!わ、分かりました!では、私が勝ったら、鬼灯隊長にわざわざ訓練つけてもらう必要はないと判断し、今後、私に勝てるまでは鬼灯隊長との接触は禁じます!」

「ええ~、そこまでするの?斑、どう勝てそう?」

「多分、大丈夫じゃないですかね」

「だってさ、じゃあ、二人とも頑張ってね~」

僕のコメントを聞いた大武副隊長は、怒りで額の血管が破裂しそうであった。

「しらいとぉぉぉぉぉ、お前はこの手で殺すぅぅぅぅぅぅ!!!!!」

自分の部下に言う発言じゃないだろと思いつつも、了承してしまったからには戦う他ない。

30分後に訓練所にて、隊員全員が見守る中で、試合がスタートするのであった。

腰に刀を差した僕が訓練所に着く。

すると、大武副隊長は、目をギンギンにして、待ち構えていた。

彼の腰にも僕と同じく刀が差してあった。

「よう!逃げ出さずに来たことだけは褒めてやろう」

三下のようなセリフがよくもまぁそんなにたくさん吐けるよなぁと僕は関心していた。

五番隊のカナタさんや六番隊のかなえさんを知っている僕からすれば、なぜこんな奴が副隊長をしているんだ?という疑問を持ってしまう。

すると、大武副隊長がまた口を開く。

「あぁ、そういえば、お前は元々は五番隊だったんだよなぁ?五番隊と言えば、あのカナタが副隊長の隊じゃねぇか。あいつも鬼灯隊長のお気に入りで心底気に入らなかったんだよなぁ・・・。まぁ、俺との力の差を認識してこの隊を辞めていったがなぁ!」

「もしかして、今、カナタさんを侮辱しました?」

「あ?ちゃんと聞いてなかったのか?その通りに決まってんだろ!?お前と同じく白炎の剣士とか名乗っている滝川ってやろうも大っ嫌いだ!!」

さすがに大武副隊長のその言葉は頭にカチンときた。

僕の恩人であるあの二人を侮辱することは許さない。

殺そう、そう思った。

「では、大武副隊長対白糸隊員の鬼灯隊長を賭けた戦いを始めます。首と心臓を狙うのは禁止です。それ以外なら何をしても大丈夫です!では試合スタート!!」

実況がスタートの合図をしたと同時に、大武副隊長が突っ込んで来る。

なんかこういう試合形式だとみんなすぐ突っ込んで来るよなぁ。

「ひゃひゃひゃぁ!本当の蒼炎の剣士の戦い方を見せてやるよ!!」

試合が始まるまでは、彼の三下感をあざけ笑っていたが、蓋を開けてみると、意外にも蒼炎の操縦は上手く、それと同時に繰り出す太刀筋は長い鍛錬を積んだものであると分かった。

まずは、目の前の彼の刀に僕の刀をぶつける。

その瞬間、彼はかかったという顔をして僕の背後を狙う蒼炎の球の速度を上昇させた。

『エクスティングイッシュ』

心の中でそう唱えることで、身体に当たる蒼炎の球は、シュゥゥゥーッと無様な音をたてて霧散した。

敢えて受けても良かったけれど、こんな雑魚に勝てると思わせるすら腹が立つ。

仕留めたとそう思った彼は、球が消えるのを見て、顔を蒼炎のように青くしていた。

その後も、刀で切りかかってきては蒼術で隙を狙うという攻撃が続いた。

十分間程、泳がせて上げたのだが、彼はもう全ての技を使い切ったようであった。

「あぁ、つまんないな」

僕は利久隊長の元で学び、鬼灯隊長との訓練で身に着けた技を使うのは今だと思った。

この観客たちは、僕の新技を見るために集まったギャラリーなのだ。

そう思ったら、少しだけ楽しくなってきた。

足裏から白炎を噴出し、大武副隊長との距離を詰める。

ぎょっとする彼を尻目に、

「プロパゲーション・ヒール」

そう唱えて、彼の肩に触れる。

すると、大武副隊長の肩はまるで陰獣のように、つまり、マグマのようにぼこぼこと沸き立ち始めた。

それを見て、鬼灯隊長は実戦でも使えるなんて、と嬉しそうにしている。

僕はそのまま鬼灯隊長に目をやり、殺していいですか?と口を開閉させ聞く。

鬼灯隊長は、好きにしていいわよ、と口を動かした気がした。

僕は次に彼の頭に手を添える。

頭は別にルール違反じゃないもんね、と先程の実況の言葉を思い出しながら、もう一度。

「プロパゲーション・ヒール」

その瞬間、大武副隊長の頭は四散した。

少し強めに技をかけてしまったらしい。

まだまだ調整が難しいな。

などと思いながら、彼の血で身体が汚れないように、白炎で防ぐのであった。

このときから、僕は六番隊の隊員でありながら、三番隊の副隊長を兼ねることになった。

そして、それ以降、僕と鬼灯隊長の関係に口を出すものはいなくなった。

六番隊の隊員と三番隊の副隊長を兼ねることは王宮でも正式に受理され、それからは期限どうこうとか関係なく、どちらにも出入りするようになっていった。

鬼灯隊長との夜は情熱的で、彼女の数多ある女性の姿に、一度だって退屈したことはなかった。

利久隊長との夜は想像的で、脳まで気持ちよくさせてくれた。

それに彼女は僕に雨を飲ませてくれて、身体が悲鳴を上げるその感覚がたまらなかった。

かなえ副隊長との夜は平凡で、他の二人ほど、手慣れてもいないし、綺麗でもない。

だけど、最も落ち着く時間だった。

毎夜毎夜、彼女たちと楽しんでいたある日、利久隊長から大規模な隊長会議の開催を知らされた。

彼女曰く、『断雨』によって雨毒を分解することができるようになったと王宮に伝えたら、早速雨の国を滅ぼしに行こうということになり、隊長、副隊長は全員参加必須の会議が開かれることになったそうだ。

隊長、副隊長を全員集めるということは、雨の国への守りが非常に薄くなることを意味するため、これまでにも数度しか行われたことはない。

国王は、それだけ今回に賭けているということが伝わってきた。

次の日、鬼灯隊長からも同じ内容を伝えられた。

もちろん、僕は三番隊の副隊長として参加することに決まった。

そして、一週間後、中央街で隊長・副隊長会議が行われた。

進行はいつも通り、砂浜秘書官である。

それに加え、数名の秘書官も扉の付近に立ち並んでいた。

九十九隊長やカナタ副隊長は、僕が三番隊の副隊長を殺した噂を聞いていたのか、心配そうに声をかけてきたが、そこはうまく返答し、彼らの知っている斑をできる限り演じた。

会議で決まったこと、皆に伝えられたことは、以下の四つである。

一つ目は、利久隊長の『断雨』にて、雨毒を無効化できること。

二つ目は、隊長・副隊長、また、それと同等の戦力を持つ者を全員雨の国との戦に参戦させること。もちろん、全員に『断雨』を施す。

三つ目は、各隊、十傑のうち最低一人は殺すこと。二人以上殺すことのできた隊には、一人のみを殺した隊の三倍の褒美を与える。また、六番隊は利久隊長が『断雨』を施す担当であるため、ノルマは発生しない。一人も殺せなかった隊への処遇は、この作戦の結果に応じて決められる。

四つ目は、雨の国の国王を殺した者は、次の雨の国の国王を指名することができる。自分がなるのも可。

五つ目は、『雨の国駆逐作戦』は、三か月後に行われること。それまでに各隊は訓練に励むこと。この期間は、地の国との国境には六番隊が配置されるため、遠征は行う必要はない。国民の救助だけはこれまで通り警戒すること。

この話を聞いて、一番ほっとしていたのは、おそらくかなえ副隊長であろう。

もしも、一人で十傑のうち、誰か一人でも殺せなどと命令されていたら、絶望から自害しかねない。

地の国との国境を守るのはそれはそれで大変な業務ではあるが、利久隊長も常に地の国国内にいるし、そこまで難しいものではないと思われる。

会議の後は、大規模な飲み会が開催された。

お互いに強くなるために、どうすればいいのかといった話題が中心であったかと思う。

僕は四番隊の山縣隊長から声を掛けられた。

「よう、始めまして、だな」

「はい。お噂はかねがね」

「いやいや、噂って言ったら君の方がそうだろう?凪からも君のことはよく聞いているんだ。非常に辛い境遇だったと同情する」

「い、いえ。今となっては強くなれたので、もうあまり気にしていません」

「そうかー?おそらく斑くん程ではないが、春之助も十分強くなっているよ。駆逐作戦には彼も同行させようと思っている」

「春之助ですか・・・。元気にしていますか?」

「おう!めちゃくちゃ元気だぞ!空と海に遊ばれてるけどな。てか、大丈夫か?元気ないようだけど」

凪さんや春之助が今の僕を見たらどう思うだろうか。

そう思ったら、自然と言葉に覇気がなくなっていく。

しかし、山縣隊長の一言で、自分が落ち込んでいたことに気づかされ、空元気で対応する。

「い、いえ!大丈夫です!さっきの会議の話を聞いたら緊張してしまって」

「そうだよなー。しかも実際に十傑と戦ったことのある君なら、十傑を打ちとることがどれだけ難しいかも分かっているだろうしな」

「そうなんですよね。前回は利久隊長の憑依と広瀬隊員の援護で、なんとか倒せましたけど」

「あー!そうだった。広瀬はいっつも斑くん、斑くんうるさいんだよ!凪や春之助も君に会いたがっているし、今度来たらどうだ?」

「そうですね!近々お伺いします」

そんな風に適当に返事をして、その場を立ち去った。

風を浴びに行くと言って、外に出ると、鬼灯隊長も外にいた。

「あら、斑。体調でも悪いの?」

「いえ、鬼灯隊長こそどうなんですか?」

「私はこういうの苦手なのよ。だって仲良くなったところでみんな死んじゃうじゃない?まあ、あなたは死なないから好きなんだけど」

鬼灯隊長はそう言って、僕の頬にキスをした。

そして、私は先に帰っているけど、あなたはたまにはこういう場で揉まれなさいと言って、夜の街に消えていった。

頬のキスマークは、彼女の蒼炎によって跡形もなく消えていた。

その後、カナタさんから鬼灯隊長の居場所を聞かれ、帰ったと答えると、じゃあ代わりに付き合えと言われ、僕の白炎を以てしても分解できないくらいたくさんの酒を飲まされた。

結局、四番隊には顔を見せないまま、三か月が経過し、『雨の国駆逐作戦』当日となる。

地の国国内の陽の国領には、利久隊長の『断雨』を受けようと、約50人程の列が並んでいた。

この三か月で、予想以上に多くの者が新たに頭角を表し、駆逐作戦に参加することになったのである。

そこには佐奈や春之助の姿もあった。

利久隊長はこんなに多いなんて聞いてないです・・・と涙目であった。

『断雨』を施された僕と鬼灯隊長は真っ先に王宮都市へと足を進めた。

他の隊は最低でも三名以上参加しているのに対し、僕らは純粋に足手まといは必要ない、と二人だけで参加することを決めたのだ。

まぁ、二人だと、夜も楽しめるし。

『断雨』は結局、雨毒を通さないという一点のみに特化したため、技の持久力は非常に高くなった。

激しい戦闘を繰り返しても、十日間はもつ計算だ。

あまり急いては事を仕損じるとも言うため、一日目は王宮都市の宿にて一泊した。

『断雨』を纏った状態だと普段と違った感覚であるため、それはそれで面白かった。

次の日、僕らは十傑と対峙した。

僕は刀を引き抜き、その十傑の男の様子を伺った。

すると、彼は膝をつき、頭を垂れてこう言った。

「鬼灯様、お待ちしておりました」

状況が全く飲み込めなかった。

なぜ十傑で雨術師の彼が鬼灯隊長に頭を下げる?

なぜ鬼灯隊長は彼に『鬼灯様』と呼ばれている?

なぜ鬼灯隊長は彼のその行動に疑問を持たない?

そんな言葉が頭の中で渦巻いていた。

しかし、そのとき、彼はさらに衝撃的な言葉を発した。

「・・・斑様、お会いできて光栄です」

そして、その言葉の後、彼の頭から一滴の雫が落ちた。

それが、涙であると察するのに数秒要した。

「な・・・何を言っているんだ!」

理解に苦しみ、僕はそう声を上げる。

鬼灯隊長を見ても、彼女はそれについて語ろうとはせず、男の言葉を待っていた。

何秒?いや、何分?はたまた、何時間?

気の遠くなるような時間が経った後、男は続く言葉を発する。

「貴方様は我々雨の国の民の救世主で在らせられます。以前、我々の仲間である八ツ頭というものが大変な粗相を働き、誠に申し訳ございませんでした!詳しくは後ほど丁寧にお話しますが故、今は何も聞かず、王の間へいらしていただきたく存じます」

しかし、そんなことを言われても僕の耳に内容は入ってこなかった。

絶対的な力を手にしたはずなのに、今はこの細い刀に必死ですがることしかできなかった。

その様子を見て、鬼灯隊長が告げる。

「斑様、今は武器をしまい、王の間へと向かいましょう。ここは、別の隊員が来てしまう恐れがあります」

「ま、斑様・・・?ほ、鬼灯隊長、僕です、斑です!いつも、斑と言って可愛がってくれたじゃないですか・・・!?」

「今まで申し訳ございませんでした。斑様のことを呼び捨てなどで呼んでしまい。以後は、確かに斑様と呼ばせていただきます」

「もしかして、鬼灯隊長もこの男からの催眠などを受けたのですか?気をしっかりしてください!」

「斑様!これが現実なのです!ひとまず我々と一緒に王の間へ!」

鬼灯隊長からそのように突き放され、僕は自分が一体何なのか分からなくなってしまっていた。

そして、彼らに言われるがまま、王の間へと向かった。

王の間に着くと、そこには雨の国の王が跪いていた。

それはまるで僕の横にいる十傑の男がしたのと、同じ恰好であった。

「斑様、大きくなられて・・・」

国王は、ボタボタと涙を床に落とし、そう言葉を発した。

それを見て鬼灯隊長が口を開く。

「国王、斑様は未だ混乱されております。順を追って、説明の程よろしくお願いいたします」

「は、はい、そうですね・・・。では、僭越ながら私からこの国の成り立ち、そして貴方様がなぜ称えられているのかについてご説明させていただきます」

十傑の男が椅子を持ってきて、僕に座るよう促す。

それに座ったはいいが、国王を含め、全員が跪いたままであったので、皆が椅子に座るようにお願いして、なんとか座ってもらった。

「では、まずこの国の成り立ちからご説明いたします。」

それから国王が話した内容を聞いて、僕は陽の国の王を憎むことになる。

はるか昔から、この世界は5割が太陽が照り続ける地域、4割が雨が降りやまぬ地域、そして残りの1割が洞窟であった。

洞窟は、太陽が照る地域と雨が降る地域を二分するかのように真ん中に縦に細く存在していた。

約400年前、その頃は太陽の照る地域にしか人間は住んでおらず、化け物が出るとの言い伝えで、洞窟と雨の降る地域には人が立ち入ることはなかった。

そのころから太陽の照る地域には今の王国である『陽の国』が存在しており、民は太陽の恩恵を目一杯に受けていた。

そんなある日、王国の中心に輝く岩、陽岩を削り取る盗人集団が現れた。

陽岩の欠片は非常に輝きを放つため、高くで売れるためだ。

事態を重く受け止めた王国は陽岩の周りに警備をつけたが、その者らすら陽岩の輝きに目が眩み、それを削りとってしまうのであった。

陽岩の欠片は輝きを放つため、鞄や服の中に隠しても、ばれてしまう。

そこで、陽岩を飲み込み、腹の中に隠すという手法が取られるようになった。

飲み込んでから数分しか経っていない場合には、しっかりと吐き出せるのだが、飲み込んでから十分以上経過すると、身体と同化してしまうことが分かった。

興味深いことに、陽岩の欠片が身体と同化した者は、身体から炎を噴出し、それを操れるのであった。

それを知った国王は、100人の家来に欠片を飲ませ、その結果を調べた。

すると、赤い炎や青い炎、中には黒や白、そして無色の炎が存在することを発見した。

また、飛び切り輝いていた欠片を飲んだものは、欠片の中に精霊なるものが存在すると言い出し、その者らは、非常に強力な炎を操った。

国王は家来に陽岩をとにかく削り取らせた。

そして、その中でも最も輝く欠片を国王自らが飲み込んだ。

彼が飲んだ欠片には不死鳥の精霊が宿っており、どんな傷を受けても死なず、たちまちに回復するのであった。

それは白い炎を操る者の比ではなく、まさしく不死身というべきものであった。

さらに、不思議なことに国王は老いず、そして死ぬこともなかった。

不死身となった国王は、陽の国全域を周り様々な動植物をその目で見た後、人が住んでいない洞窟や雨の降る地域へも進出しようと考えた。

まずは、洞窟の中を探索してみると、そこには陽の国で見られない動植物の存在が確認できた。

国王は、雨の中の動植物にも非常に興味を持ち、侵入するが、ほとんどの家来が化け物になってしまった。国王本人も雨に触れてみると、不死身であるはずなのに、雨に触れた部分は燃えるように熱くなり、その部分から皮膚がただれてきた。

国王は自ら、雨に触れてしまった腕を切り落とし、なんとか生き延びることができた。

また、雨の中に侵入した合計500の家来の中でも、10名程、化け物にならずに済んだものたちがいた。

その者たちは、全員が無色の炎を操る者たちであった。

国王はその者たちに雨の中を探索するように告げる。

しかし、人数の少なさと、雨に濡れると高熱が出て、探索どころではないという結果から、無色の炎を使う者たちによって、探索をする線は諦めた。

無色同士で子を生せば、その子供はさらに雨に強くなるのではないかとも考え、それも行った。

確かに、その子らは雨への耐性はさらに高かったが、陽の下に出ると身体に激痛が走り、碌な生活を歩めなかった。

そこで、国王は例の洞窟に目を付ける。

洞窟の中ならば、陽の下で暮らせないものでも暮らすことができ、さらに雨の降る地域にも近いため、探索も進められると考えたのだ。

考えは見事的中し、雨の降る地域の探索は徐々に進んでいった。

しかし、進めば進むほど、その地域の広さに驚愕した。

ある者の話では、陽の国と変わらない程の広さであるとも言われた。

それを聞いた国王は愕然とし、このまま無色同士で子を生したところで、その全体像を知るのは数百年後になってしまうと考えた。

そこで、人々に雨を飲ませるのはどうかと考えた。

無色の探索家たちは、どうしても困った場合は探索中に雨を飲むとされる。

少量でも雨を飲むことができた者は、さらに多くの雨を飲むことができるようになっていった。もちろん、その途中で化け物になる者も存在したが。

国王は様々な年齢の陽の国の民を集めた。

その者らに陽の国の湧き水で薄めた雨を飲ませると、若ければ若いほど、生き残る者が多かった。

そのため、国王は、なんとか子どもに雨を飲ませる手段はないかと考え、街に流通する液体に雨を混ぜ込んだ。

すると、それを飲んだ者たちは、皮膚がただれて死んでしまったり、化け物になったりした。

国王はそれを流行り病だとし、それを予防するには、幼い子どもにある液体を飲ませる事が必要だと説き、0歳~10歳までの中央街に住む子ども全員に希釈した雨を飲ませた。

もちろん、それによって死んでしまう子どももいたが、その割合は非常に少なかったため、流行り病の脅威とは比べ物にならなかった。

中央街以外では液体に雨を混ぜることはしなかったため、流行り病は中央街でのみ発症するという認識も植え付けた。

それによって、雨を一切取り込んでいない子どもたちも同時に存在するため、純正の陽の国の民は決していなくならなかった。

0~10歳までの子どもたちに希釈した雨を飲ませた後は、子どもが流行り病で死んではまずいため、大人だけが飲む酒に雨を入れることにした。

このころは現代ほど物流も豊かでなかったから、雨の入った酒が郊外に流れることはほとんどなかった。

大人は酒を飲み、未だに流行り病で死ぬ者が多くいたため、多くの大人たちが自分も例の液体を飲んだが、あまりに死ぬものが多すぎて、そんなチャレンジをする者はいつのまにか存在しなくなっていた。

これが約300年前の出来事である。

このとき、例の液体を飲んだ子どもたちは第一世代と呼ばれる。

また、このころに、化け物を殺すための守護隊の母体ができた。

それから約10年間は、生まれたら例の液体を飲むというのが常識となっていたので、酒に雨を混ぜることなどしなくても、皆赤ん坊に例の液体を飲ませるのであった。

それからさらに10年経った280年前。

20年前に0~10歳だった例の液体を飲んだ子らが、大人になり、子どもを作った。

その子たちにはこれまでよりも雨の比率を高めた液体を飲ませ、さらに雨への耐性を付けさせた。

このころから、雨への耐性を測るパッチテストが導入され始めた。

赤ん坊はそれぞれの耐性に合わせた濃度の雨を飲むようになっていったのである。

これが第二世代だ。

そして、その30年後の250年前。

パッチテスト後に雨を飲ませることは続けていたのだが、この頃から、陽の国でまともに生活できない者たちが現れた。

この者たちが第三世代であり、彼らは既に無炎の子孫が暮らし建国していた地の国や雨の国に移り住み始める。

地の国と雨の国は未だに陽の国国王の傘下であった。

その30年後の220年前。

このころ生まれた子たちは第四世代と呼ばれるが、この時には国王主導で飲ませていたある液体のせいで、陽の国で生活できなくなったものが現れたのではないかという噂が広まり、いつのまにか赤ん坊に液体を飲ます行為はされなくなっていった。

そして、雨の国に住まう人々の中には、雨を浴びることにより通常以上の力を発揮する者が現れる。

このことで、次第に雨の国は陽の国の国王の力が及ばなくなる。

その30年後の190年前。

第五世代となったその頃、雨の国で生まれても雨に適正を示さない子や、陽の国で生まれても陽に適正を示さない子が現れる。

これは都市と郊外での物流が活発化したことなどが関係している。

この適正というのは実に厄介で、場合によっては、陽を浴びただけで焼け死ぬ赤ん坊がいたり、長い年月陽に晒されたことで、寿命が非常に短くなる者などが現れた。王宮はこの対応を迫られることになる。

また、同じ頃に雨の国も同様の問題で悩む事になった。

この時には、パッチテストも行われなくなっていたことで、誰がどのくらいの雨に耐性があるのかも分からなくなってしまっていた。

雨の国の独立が進んでいた時代であったが、ここで両国は手を取り合うことになる。

両国は地の国の王に掛け合い、子どもが18歳の成人するまでは地の国で暮らさせ、適正がはっきりしてから、陽の国、雨の国に人々を住まわせることにした。

これが儀式の始まりである。

それから30年後の160年前。

儀式も定着し、雨の国の民も増えた。

この頃には、化け物つまり陰獣を殺すために設置された守護隊は、陰獣退治という意味ではほとんど機能していなかったが、蒼炎を基にした蒼術の研究はずっと進められており、遂に念願の催眠術の方法を編み出した。

陽の国では、国王のこれまでの所業に怒る者も多く、雨の国でも陽の国の国王に復讐しようという機運が高まっていた。

それを察知した陽の国の王は、陽の国、雨の国で書物を燃やすよう民に通達した。

陽の国は無理やり燃やさせることができたが、雨の国でそれをすることは難しかった。

そこで、雨の国の国王を平和の協定を結ぶためという口実で地の国に誘い出し、守護隊員の催眠術によって雨の国の王、地の国の王の記憶を改竄し、その二人を陰で操ることで、陽の国の王にとって都合の悪い情報は全て捨てさせた。

また、催眠術を使える守護隊員を大量に育て上げ、陽の国、地の国、雨の国の民に対し、陽の国と雨の国は元々存在していた国であるという催眠を施した。

それからさらに30年後の130年前。

各国ではすっかり平和ムードが浸透しており、国の成り立ちに疑問を持つものなど存在しなくなっていた。

そんなある日、雨の国の王は『カタバーロ』と名乗る化け物に襲撃される。

しかし、襲撃というのは誤りで、実際には雨の国を救いにきた者たちであった。

彼らは、陽の国で雨を含む飲料を飲んでしまい、化け物になった後、なんとか理性を取り戻し、人目を忍んで暮らしていたのだという。

彼らは既に世界から捨て去られてしまった過去の書物を保有しており、いつか陽の国の王に復讐をしようと燃えていた。

雨の国の王も、過去の歴史を研究していた時に、どうにも辻褄の合わない事象に遭遇しており、カタバーロの話は非常に腑に落ちるものであった。

それから10年後の120年前。

雨の国の国王は、カタバーロの力も借りながら、陽の国への復讐を企て、陽の国の守護隊の成り立ちである陽岩の欠片を飲むという方法に目を付けた。

そこで、雨の国で、代々、神の石として祀られてきた巨大な結晶を削り、自ら、その欠片を飲みたいと立候補した部下にのみ飲ませたところ、彼らは雨を操る技術を得ることができた。

それから10年後の110年前。

雨を操る者たちは雨術師と呼ばれるようになり、彼らは雨の国で降り続ける雨の一部を切り取って、移動させる術を開発する。

それを使用することで、場所までは狙えないものの、陽の国に雨を降らすことができた。

そのころから、催眠部隊は王宮魔導師団と呼ばれ、王の側近となり、陰獣を殺すために守護隊が配置されるようになった。

その5年後の105年前。

守護隊の中に白炎の使い手が誕生する。

遥か昔、王が100人の家来に欠片を飲ませたときにもその存在は確認されていたのだが、王が不死身であること、そして蒼術の発展を期待する余り、王宮で白炎はぞんざいに扱われてきた。

しかし、陰獣との戦いにおいて、白炎の使い手の力は強力で、白炎がいるだけでその隊の生存確率は非常に高まった。

王は自分の国を脅かす雨の国を滅ぼそうと考えており、白炎の力が手に入ったことで、守護隊を雨の国へ潜入させ、雨の国の王の命を奪おうとする。

雨から身体を守るレインコートの開発は既に完了していたが、雨術師の能力は陽の国側の認識を大きく上回っており、多数の死者を出しておきながら、全くと言っていいほど、成果を上げられなかった。

また、レインコートは雨術師の技をもろに食らうと簡単にその効果を失ってしまうため、雨の国で雨術師に勝つことは非常に困難であると思われた。

その5年後の100年前。

陽の国の王は、白炎を増やすことで雨術師に対抗できるのではないかと考えた。

雨術師の攻撃を受けても、その部分を切り落とし回復すれば、また戦えると言い出したのだ。

守護隊は王宮魔導士団によって催眠されたこともあり、白炎同士で無理やり結婚をさせていく。

その結果たくさんの白炎の使い手が生まれたが、雨の国への侵攻はまたもや上手くいかなかった。

それから30年後の70年前。

雨の国侵攻も失敗続きで、これ以上無理に白炎を増やす必要はないのではないかということが守護隊から進言される。

王はまたもや王宮魔導士団を使って催眠しようとするが、催眠されると分かっている守護隊は催眠を防ぐことができた。

この頃から、雨の国への侵攻は無意味なものとして、守護隊員たちは陽の国国内の平和を守る方にシフトしていった。

それから20年後の50年前。

守護隊は一番隊から七番隊ということが決められる。

また、『特育令』という守護隊員同士の結婚を推奨する制度も施行される。

これは、王が早く雨の国を滅ぼすために制定した。

それから10年後の40年前。

斑の実の母親である『琴音』が王宮で生まれる。

王宮魔導士団の団員にはいつからか蒼炎しか存在していなかったから、そんな中で突然変異かのように白炎を持って生まれた琴音は国王から甚く可愛がられた。

また、王宮魔導士団は美男美女で揃えられていたこともあって、生まれてくる子どもは基本的に美形であったが、琴音は中でも飛びぬけて顔立ちが整っており、なおさら王の寵愛を受ける形になった。

彼女が15歳の頃。

国王は守護隊に顔の形を思い通りにできる蒼炎の使い手がいることを耳に挟む。

それがまだ副隊長であった鬼灯隊長である。

国王はなんとか琴音を自分の想いのままにしたかったが、彼女は王宮魔導士団員にしては珍しく自我が強く、国王からの寵愛を拒んでいた。

王は自らの相貌が彼女に好かれていないためだと察し、鬼灯副隊長を王宮へと呼びつけた。

鬼灯副隊長に、琴音がどういった顔が好みであるのかを調べさせ、そして顔を弄ってもらおうとした。

鬼灯副隊長はあまり気乗りしなかったが、琴音から情報を聞き出すために彼女と話をしているうちに、彼女のことを非常に気に入った。

琴音も、普段は聞くことのできない王宮外の話を聞いて、王宮から出たいという想いを強くした。

王は鬼灯副隊長に顔を変えてもらったことで、今まで以上に自己中心的になり、まだ成人前に琴音を何度も呼びつけては、その度に行為を行った。

彼女はその経験が耐えられないほど辛いものであったが、ある日自分が妊娠していることに気が付いた。

過去にも王の子を授かった者は存在したが、その者らは全員雨を飲まされ、子どもを堕胎させられてしまったと聞く。

彼女にとって、王の子を身ごもることは不本意であったが、かといって子に罪はないため、なんとか生かせないかと思い、王宮を抜け出した。

そして、以前、王宮に訪れていた三番隊の鬼灯副隊長の元に身を寄せることを決める。

それは彼女が18歳の時だった。

その時には鬼灯は既に隊長になっており、彼女の一存で琴音を隊に匿うことにした。

また、彼女が三番隊にいることを隠すために、その異様に整った顔を一般的な美形のレベルにまで落とし、そして身体つきもお腹の子に影響がない程度には変えた。

国王は琴音がいなくなったことで怒り狂い、王宮魔導士団を使って探させた。

生憎、琴音は見つからなかったものの、三番隊に隊長会議では情報の上がっていない女性隊員がいるとの情報を聞きつける。

王はきっとそれが琴音であると察し、彼女を引き渡すようにと鬼灯隊長に使者を送った。

しかし、鬼灯隊長の答えはそんな者はいないというものであった。

それでも、王は鬼灯隊長に狙いを定め、王宮魔導士団を使って、三番隊の館を攻めさせた。

蒼炎使いのみで構成された王宮魔導士団は、同じく蒼炎使いを中心として構成された三番隊に勝つことはできなかった。

王は次の手を考える。

それは陽の国に大量の雨を降らし、国内を混乱させることで、その隙に琴音を確保しようというものであった。

王は王宮で密かに研究していた雨の石と呼ばれる、割ると周囲に雨を降らせる石を各地で割りまくった。それはまだ試作品の段階であったから、効果はまちまちであったが、いくつかの街で大量の陰獣を発生させ、街に混乱を招いた。

凪の父と母が命を落としたのも、この事件によってである。

突如いくつかの街に雨が降ったことで王が絡んでいると察した鬼灯隊長は、琴音を館に残しておくのは危険だと思い、他の隊員と一緒に、雨の降る街へと連れ出した。

王もその可能性は考えており、三番隊が陰獣退治に行くであろう街に、雨の石をもつ王宮魔導士を多数配置していた。

そして、事件は起こる。

大量の陰獣との戦いに加え、王国魔導士たちからの攻撃も受ける三番隊の隊員は次から次へと陰獣になってしまった。

陰獣になった彼らは、理性のないままに蒼炎を使った。

それはリミッターが外れている分、普段の何倍もの威力であった。

さらに、王国魔導士たちも陰獣になり、鬼灯隊長らを襲う。

圧倒的な力を誇った鬼灯隊長も、数の前には無力であった。

結果、鬼灯隊長も陰獣となってしまう。

その一部始終を見ていた琴音は我慢が出来ずに陰獣の前に姿を表す。

その時にはもう理性のある人間は自分を除けば誰一人としていなかった。

せめて鬼灯隊長だけでも救いたい。

そう思い、琴音は王宮で学んだ術を展開する。

その身体に宿る炎はこれまで見てきた白い炎とは異なり、薄い青みを含んだ月白色であった。

月白炎。それが彼女の本当の炎の色であった。

蒼炎ばかりが生まれる環境の中で突如として生まれた白炎の彼女であったが、そこにはやはり蒼炎の血も流れていたのだ。

この世に月というのは存在しないが、雲と雨越しに見る太陽は、まるで月のような色をしていた。

その条件下でのみ発動する炎。

今ならあの技すら使える気がする。

琴音は身体に雨を受けながら唱える。

「エリア・ヒール」

その瞬間、月白色をした炎が地面を駆け巡り、全ての陰獣に絡みついていく。

炎は陰獣たちの身体を蝕む毒を食い去っていった。

しかし、陰獣となり時間が経ちすぎた者は既に死んでいたのだろう。

多くの陰獣がその炎を受けて、その場に倒れ込んだ。

立ち続けていたのは数人の王国魔導士と、鬼灯隊長だけであった。

生き残った彼らと琴音はひとまず三番隊の館に戻ることにした。

王国魔導士たちも、雨で自らにかけられた催眠が解けたらしく、こちらに危害を加えようとする気配はなかった。

館に帰り着くと、館の中はひどく荒らされていた。

おそらく、留守を狙って王国魔導士団が攻め込んだのだろう。

王のあまりに異常な執拗さに、恐怖以上に呆れるのであった。

王国魔導士三名と鬼灯隊長は、陽の光を浴びることで、徐々に体調が良くなっていった。

その姿は陰獣のままであったが、鬼灯隊長であればその姿を好きなように変えれるだろうと思って、多少安心した部分もある。

琴音は、自分が王宮から逃げ出したためにこのような事態に陥ったので、鬼灯隊長におでこの皮が剥けるくらい土下座をして謝った。

しかし、彼女は、この惨状を生んだのは貴女ではなく、国王ただ一人だ、と強く答えた。

王国魔導士の三人も、催眠の解けた頭で考えれば、王のしてきたことの異常さとその罪の大きさは許すことができないと言った。

彼ら彼女ら自身のことも許せないようであったが、鬼灯隊長は悪いのは王一人ということを何度も強調し、言い続けた。

それによって、琴音たちの心はいくらか晴れたことだろう。

また、鬼灯隊長は琴音の炎についても興味を持っていた。

雨毒を分解することのできる炎であると考えたが、館で館でもう一度炎を出してみても、白色をしていたため、確かめることはできなかった。

ちなみに琴音の白炎は、他の人の白炎と同様、毒の侵攻を進めてしまうことなら分かった。

「そしてその後、琴音様のお腹からお生まれになったのが、斑様でございます」

雨の国の王がそのように話を締めくくった。

その話を聞いて、僕は発作が止まらなくなってしまった。

自分がその国王の息子だという事実を認めたくという思いが、身体に現れたのだろう。

国王と鬼灯隊長が大丈夫ですか、と声を掛けてくれる。

二、三分程経って、僕は落ち着きを取り戻した。

「取り乱してすみません。自分がその国王の息子だという事実が受け入れられなくて」

すると、鬼灯隊長が口を開く。

「斑様に罪はございません。それにあなたはあの琴音様の息子でもあるのですから」

「そうです。私たちにとって重要なのは琴音様の息子様で在らせられるという事実のみにございます」

国王もそう続ける。

「ありがとうございます・・・。少し風に当たってきてもいいですか?」

このまま、ここにいたら精神が持たない、そう思い、一度部屋から退出する許可をとる。

「ええ、もちろん」

国王はそれを快く承諾する。

念のため、鬼灯隊長が後をついてくるようだった。

降りしきる雨を見ながら、考え事をする。

僕は何のために生きているのだろう。

母親に捨てられ、一緒に育った最愛の義妹を失い、そしてその復讐に燃えるも、その矛先の先は間違っていた方向に向けてしまっていたなど・・・。

もうどうすることもできない。

いっそ死んでしまった方が楽だが、身体がそれを許してもくれない。

もしかしたらこの不死身の身体は国王の力を受け継いでしまっているのかもしれない。

今まで国王に守られていたなんて・・・笑えない。

僕はもう陽の国の王すらもどうでもいいのだが、きっと雨の国側がそれを許してくれないのだろう。

ということは、もう雨の国の操り人形になるしかないのか・・・。

「鬼灯隊長」

「はい」

すぐ近くに控えていた彼女は、僕の隣に来て、そう返事をした。

「僕は一体これからどうすればいいですか?」

鬼灯隊長は一度口を閉じる。

そして、数秒経ったのちに話始める。

「・・・これからは我々の本物の王として、君臨していただきたく存じます。世界を雨の降る地域だけにすることで、間接的に陽の国の王の存在を消します。そして、琴音様も救出して、その後は斑様と琴音様に安寧な生活を送っていただければ、と」

「待ってください、母さんはまだ生きているんですか!?」

「はい、先程は全てをお話しきれませんでしたが、琴音様はおそらく生きていらっしゃいます。一度王宮を抜け出されて以降、王による琴音様への執着がさらに増したことで、その生存を直に確認することは叶いませんが、そこで働く我々のスパイの者が、その生存を確認しているとのことです。しかし、ご容態がどうかまでは分かりません」

「ということは未だに王の世話をさせられているという可能性も?」

「否定できません。特に、不死鳥の加護を持つ者と行為をすると、身体が若返りますので、琴音様は未だに20歳前後のお姿をしている可能性もあります」

「なるほど・・・。それで皆僕との行為に積極的だったわけですか」

「たしかに一部の不貞の輩はそうかもしれませんが、私は親愛なる御身を思ってのこと。また、日々強くなられるその王の器に心酔しておりました」

「分かりました。それでは、部屋に戻って今後の話をするとしましょう。母を助けるのがまず先です」

「はい、斑様ならそうおっしゃると信じておりました。それと、これは私からのお願いなのですが、よろしければ新たな王として、我々には敬語を使うことは止めていただけないでしょうか・・・?」

「・・・分かった。そのようにしよう」

「ありがとうございます♡」

そうして、僕、いや俺は王の間へと戻った。

「国王、鬼灯から話は聞いた。それでまず何をすればいい?」

「ああ、立派なお姿になられて・・・。私のことは嵐山とお呼びください。それと、まずですが、斑様には鬼灯様と同じくカタバーロになっていただきます」

「先程の話でもあったな。それになると具体的にはどうなるだ?」

「はい、それは私から説明させていただきます」

鬼灯は、そう言って立ち上がると、身体を蒼炎で包み込んだ。

10秒程経って、蒼炎のベールが外れると、そこにはまるで童話の『鬼』のような者の姿があった。

頭には角が生え、牙はむき出しになり、耳は鋭く長く変形している。

お尻からは尻尾の存在も確認できるし、なにより身体がごつごつしていて、まるで先程までの妖艶な女性の姿とは異なっていた。

「本来の姿から多少弄っておりますが、カタバーロになると概ねこのような姿になります。出力できる炎の強さは数倍に跳ね上がり、単純な身体の能力は人間の頃に約10倍程でございます」

「なるほど、まさに選ばれし者だけが手にできる代物というわけか」

「左様にございます」

鬼灯はカタバーロの姿のまま、ニコリと微笑み、しかし、見た目が余りよろしくないので、と言って、普段の姿に戻るのであった。

「それで、どうやったらカタバーロになれるんだ?」

「普通の者でしたら、雨を浴びた後に長い時間をかけて理性を取り戻していくか。もしくは、私のように月白炎のヒールを施される、というのが現在分かっている方法にございます」

「分かった。では後者のやり方でカタバーロになってみるか」

「はい!それでこそ琴音様の息子様でございます。しかし、カタバーロになるためには太陽の光が必須。雨の石は私が持っていますので、今から少しばかり陽の国へ参るとしましょう」

鬼灯は失礼、と言って俺の身体を抱きかかえると、猛スピードで陽の国へと向かった。

十分そこらで陽の国へと到着する。

これがカタバーロの力なのかと関心してしまう。

ちょうど良い草原に足を下し、そこでカタバーロになることを決める。

俺が合図をすると、鬼灯は雨の石を割った。

腕を広げ、雨を全身に受ける。

しかし、守護隊の時から雨への耐性を高めていたから、もちろんそれだけでは、肌が傷むことすらなかった。

常に身体に纏っているオートヒールを解除する。

そして、左手で刀を鞘から抜き、まずは右腕を切り落としてみせる。

腕の断面に雨を受け続けても、いまいち足りない感じがした。

一度、ヒールで右腕を治し、両手で刀を握り、腹を一刀両断する。

白炎で腕の力を増幅させることで、身体は綺麗に真っ二つになり、上半身が前に転げ落ち、それに続くように臓物がボトッッ、ボトボトッッと地面に無様に着地を果たす。

聞く話によると、大腸や小腸の表面積は非常に大きいらしい。

それらが雨に触れることでとてつもない雨毒を摂取できるのではないかと考えた。

すると、その直後、ドクンッドクンッと心臓の音などではない、もっと大きくて重い音が全身を駆け巡る。

そのとき、一瞬意識が飛んだ。

それは自分が陰獣になったことを理解した瞬間でもあった。

おそらく雨毒への高い耐性が、理性が飛ぶのを少しだけ待ってくれているのだろう。

碌に力の入らない右手に炎を灯す。

すると、その炎はいつもより少しだけ蒼く見えた。

その炎を身体に巡らせ、そして唱える。

「ヒール」

すると、炎は先程までより蒼くなり、その色が月白色なのだと理解した。

バラバラになっていた部品を、炎は一緒くたに身体に戻し、そして上半身の蓋をした。

雨を吸い込みまくった身体のパーツパーツが悲鳴を上げ、そしてその痛みは全身へと亘った。

月白炎によるヒールを続けているが、身体の内側がマグマが沸き立つ感覚は消えず、それも全身へと伝播する。

久々に味わった痛みというものを一体どれほどの時間感じていただろう。

意識が戻り始めて見たものは、鬼灯の整った顔だった・・・。

いつの間にか膝枕をされていたらしい。

身体を起こして、腕や脚を見てみると、なるほど先程彼女が見せてくれたようなゴツゴツとしたものに変わっていた。

とりあえずは、街で陰獣になっている人型になり切れない化け物のような姿にならなくて良かったとホッとする。

「斑様のカタバーロへの進化のお姿この目に焼き付けました。まさしく王の器といったものでした」

「そうか、ありがとな」

そのポロッと吐いた言葉にも鬼灯は、とても嬉しそうに返事をするのであった。

「では、この凛々しいお姿を嵐山にも見せたいですし、早速王の間に戻りましょうか?新しい身体はしっかりと馴染んでいますか?」

「ああ、問題ない」

そう聞かれ、屈伸や手を閉じたり開いたりするが、特に問題はなさそうだ。

「そうですか。では全速力で戻りましょう」

鬼灯はそう言い放ち、遥か彼方へと飛んでいった。

さすがにカタバーロになったばかりで彼女のスピードについていくのは無理であった。

鬼灯が王の間についてから数分後、俺も王の間へと到着した。

「おお、さらに立派なお姿になられて・・・」

嵐山はまたも感動していた。

鏡で自分の姿を見てみたが、思ったよりも様になっていた。

「俺も鬼灯のように力は保有したまま人間の姿に戻ることはできるか?」

「はい、多少時間はかかりますけど、大丈夫ですよ。斑様のお身体はおそらく斑様以上に知っていますし」

そう言って、少し顔を赤らめていた。

いつの間にか鬼灯の口調はそこまで仰々しいものではなくなっており、以前の話やすさが戻りつつあった。

俺がカタバーロになったことで、肩の荷も降りたのだろうか。

「でもその前にやることがあります」

「やること?」

「はい、現在雨の国は守護隊によって、侵攻されています。十傑たちが時間を稼いでいますが、『断雨』を纏った隊長たちに勝つことは難しいでしょう。ですので、私と斑様、あと数人のカタバーロでそれぞれの戦いを制圧します」

「たしかに、今が戦いの最中だってこと忘れてたな」

「ですよね。でも、今のこのお姿だと、斑様だってばれるかもしれません。だから、顔だけ少し弄りますね。声帯は時間がかかるので、今日のところはあまり隊員たちとは話さずに戦ってください。もちろん、思い入れのない隊と戦っていただきますから」

いろいろと事前に手回ししてくれているようだ。

だが、こちらからも多少要望はある。

「四番隊と五番隊はできるだけ全員生かして制圧してくれ。あそこにはまだ話したい奴らがいる」

「分かりました。そのように伝えておきます。ちなみに五番隊は私の担当なので、適当に相手して帰らせますね」

「心強いよ、よろしくな」

「はい!」

鬼灯はそう言って、ダッシュで五番隊の元に行くのであった。

俺が担当を任された先は、二番隊が戦っている場所であった。

十傑が一人『雪柳りん」は、緋炎だらけのうるさい二番隊に体力だけでなく、精神的にも削られているようだった。

「本当にこいつらしぶとい・・・」

彼女はそう言って、肩で息をしていた。

俺の登場により、二番隊に激震が走る。

今まで十傑相手に互角以上の戦いをしていたのに、そこに新たな敵が出現してはたまったっものではないだろう。

「カ、カタバーロか・・・」

佐々宮隊長がそう呟く。

しかし、他の隊員はカタバーロの存在を知らないようだ。

佐々宮隊長は一旦距離を取ろうとするも、馬鹿が一人突っ込んできた。

やはりあの日比谷であった。

「アクセルブーストⅡ!」

一応、少しは進化しているようだったが、結局はスピードを緩めたり速めたりするだけの子ども騙し。

適当に首を切って、そのまま頭をキャッチする。

そして、その頭に大量の白炎を流し込み、

『プロパゲーション・ヒール』

もう言葉だって発しない。

日比谷の頭は二番隊の隊員の目の前で爆発すると、その爆発に巻き込まれた者も連鎖するように爆発していった。

「これは・・・!?」

唯一その攻撃を避けることができた佐々宮隊長は、俺に話しかける。

「そ、その技!お前はもしかして、白糸隊員か!?なぜこのようなことをする!?」

彼は頭の中で情報が錯綜しているようだが、俺が白糸であると、すぐに言い当てた。

「さすがは隊長さん」

俺はそう呟き、彼の首に刃を当てる。

彼は槍でそれを防ぐも、そのせいで指が無防備な状態であった。

そこに刀の先を当て、『プロパゲーション・ヒール』。

佐々宮隊長の右腕が吹っ飛んだ。

今はない右腕を見て、このままでは勝てないと悟ったのだろう、窓から逃げようとする。

その判断は正解であるが、そこにはすでに網を張っている。

彼は透明な網に、自分の炎が触れた瞬間にその窓から飛び降りるのを止めるが、結局はその後、後ろからの斬撃とプロパゲーション・ヒールのコンボで、身体は四散してしまった。

「隊長でもこのレベルか・・・」

普段、利久隊長や鬼灯隊長に訓練をつけてもらっていたからか、隊長と呼ぶにはあまりに弱すぎる彼に、失望してしまった。

「た、助けていただきありがとうございます!カタバーロ様!」

十傑の雪柳りんは跪き、頭を垂れて、そう告げる。

「あぁ、別にこのくらい構わんさ」

「あの、お名前を教えていただけないでしょうか!?」

「白糸斑だ」

「ま、斑様!遂にカタバーロになられたのですね!我らが王、これからも私たちのことをよろしくお願いいたします!」

彼女はそう言いながら、他の十傑や嵐山がそうであったように、涙を流して喜んでいた。

その姿を見ると、知らず知らずの内に、王としての務めをしっかり果たさねばという気持ちが芽生えてくるのであった。

鬼灯がこの部屋に来ないということは、おそらくまだ戦闘力ということなので、とりあえず十傑の管理するフロアを順に回ってみる。

七番隊あたりに出くわさないかな~と思って戦いを覗いてみると、ちょうど七番隊隊長の細眼鏡が戦っていた。

十傑とカタバーロを相手に善戦というよりか、圧倒的に押している。

カタバーロと言っても皆が強い訳じゃないのね、と思いながら見学をしていると、なにやら、蒼炎を動力にした炎も雨も吸い取って、その二倍の力で吐き出す装置を使っているようだった。

七番隊の邑鮫隊長がその装置の解説をしながら戦っていたから間違いない。

炎も吸い取るというカタバーロ対策もしているところが、さすがは分析の鬼といったところか。

ちなみに、今のは利久隊長がそう言って馬鹿にしていたからである。

試しに、『プロパゲーション・ヒール』を投げ込みたいけど、投げ込むものが何もない・・・。

仕方がないので、自分の左腕を切り落とし、それに『プロパゲーション・ヒール』を施してから投げ込んでやった。

すると、白炎の対策まではしていなかったらしく、装置はボカァーーーンとあほっぽい音を立てて壊れた。

邑隊長が何が起こったんだ!と叫んでいる内に、十傑とカタバーロが七番隊を壊滅させてくれたので、手間が省けて助かった。

そして、十傑とカタバーロと少し話をしていた。

すると、その話し声を聞きつけたのか鬼灯も部屋に入ってくる。

「あら、邑鮫も倒したんですね。さすがです!」

「あ、やっぱりムラサメってフルネームで呼ばれてるんだね」

「はい。隊長のくせして雨の国の民のような名前だ、と馬鹿にされていました」

鬼灯はフフフと笑う。

「五番隊はどうだった?」

「五番隊は合計四人でしたが、適当にゴーレムで遊んであげましたよ。なかなかしぶといので、とりあえず、斑様の訓練で使用していた子を一人二体ずつ、計八体置いてきました。とどめは刺さない設定になっているので、数時間は足止めをしてくれるでしょう。その後は他の隊が負けたことを知って、陽の国に逃げ帰るんじゃないですかね~」

なんて、彼女は適当に答えていた。

とりあえず、俺は身体を人間に戻す必要があった。

このままでは三番隊に帰還することが叶わない。

とりあえず、雨露の塔の一室を借りて、そこで鬼灯によって人間の身体に戻してもらった。

顔はほんの少しだけかっこよくしてもらった。

実は、身長も3cmだけ大きくしてもらった。

実は、〇〇も・・・。

なんて、鬼灯が全部はいはい、って聞いてくれるもんだから、我儘を言いすぎてしまった。

「私は元の斑様も十分好きですけどね~」

そう言われ、じゃあ、と言って、手相を弄ってもらうのだけは取りやめた。

嵐山や十傑、カタバーロたちに見送られて、陽の国に帰還する。

三番隊に戻った次の日、一番隊の南雲隊長が館に戻ったと聞き、早速彼の館へ向かった。

南雲隊長は部下を数人失ってしまったらしく、とても落ち込んでいた。

「あんた、また落ち込んでんの?どうせ、部下はすぐ死ぬんだよ」

そんな彼に、鬼灯は強い言葉を吐く。

「ちっ、うるせーな、カタバーロ風情がよ・・・」

ん、今カタバーロって言ったか?

「カタバーロ様でしょ!まったく礼儀がなっていないんだから」

「うるせーな。あぁ、例の白炎の坊主もカタバーロになったのか。二人揃ってご苦労なこった」

南雲隊長は背中を向けているので分からなかったが、酒を飲んでいるようだった。

それで、いつもより語気が激しいのか。

「坊主って、あんた殺すわよ?斑様は正式に雨の国の王になったのよ。あんたが話しかけられるような御方じゃないんだから」

「い、いやちょっと待ってくれ。なんで南雲隊長は俺らがカタバーロであることを知ってるんだ?」

「そんなの顔見れば分かんだよ。・・・ヒクッ」

「斑様、この男は守護隊唯一の黒炎です。一説によると、黒炎は他の炎の使い手を殺すために生み出された炎。つまり、対象の持つ炎の力に目ざといんです」

「なるほど。それで俺の白炎の力が異常に増しているからカタバーロだと思ったってことか」

「そういうことになります」

酔っ払いの南雲隊長が座ったまま身体をこちらに向け、そして問いかける。

「おい、鬼灯。お前さっき坊主が雨の国の王になったって、そう言ったか?」

「あんた、その坊主っての止めなさいよ!そう、この御方はあの琴音様のご子息。全ての雨術師とカタバーロが待ちわびて止まなかったあの斑様よ」

「ほう。おい、斑。顔をよーく見せてくれ」

身体を大きな手のようなもので掴まれ、自動的に南雲隊長の目の前に立った。

「たしかに。あの時の面影が残っているような残っていないようなそんな気がする・・・」

「残っているわよ!もういいから、先に私があなたとの関わりを説明するわ」

鬼灯はそうして、昔話を始めた。

「琴音様の月白炎でカタバーロになった私は、他のカタバーロに誘われて雨の国の王に会いに行きました。不安ではありましたが、陽の国に居場所はないので、仕方なく雨の国に行ったというのが正しいです。琴音様を連れていくことは不安ですし、もしもお腹の子に何かあったら、と思い、ギリギリまで雨の国に来るのは反対しましたが、琴音様の圧に押され、仕方なく二人で王の間まで行きました。」

鬼灯は話を続ける。

「雨の国の王、つまり昨日我々が会った嵐山は、琴音様の月白炎のお力を知り、歓喜しました。元はといえば、嵐山の祖先が陽の国の王の所業を知ったのも、カタバーロ経由。嵐山はカタバーロのことを、雨術師と同じかそれ以上に信頼しているのです。そして、守護隊の隊長で初めてカタバーロになった私の事も、非常に好いてくれ、私と琴音様は雨の国に匿われることになりました。ちなみに、嵐山はその頃から、斑様に陽の国の王の血が入っていることについては何も語りませんでした」

鬼灯は少しトーンを下げる。

「しかし、両親とも陽珠を飲んでいるため、雨の国で出産しても子どもが雨の国で無事に生まれてくる可能性は低い。そのため、我々は、雨の国を去ることにしました。地の国はそのとき、王宮による捜査が行き届いていたので、あとは、守護隊で唯一、陽の国の王を憎んでいる南雲の元を訪れることにしました」

それを聞いた南雲隊長が話を始める。

「黒炎の使い手ってのは、白炎や無炎なんかよりもずっと少ない。いや、同じ時代に二人以上が存在することはない。これはあまり知られていないことなんだが、黒炎は人から人に受け継がれるんだよ。といっても、受け継ぐ対象を選べる訳ではねえ。黒炎の使い手が死ぬと、そいつの記憶ごとどこかの陽珠に黒炎が灯るんだ。それを飲んだ奴は、黒炎の力と、過去の人間の記憶も手に入る。俺なんかは前に何世代もいやがるから、どれが自分の記憶なのかわからねぇぐらいになっているがな」

彼は、はっはっはっと笑う。

「それで、過去の黒炎の記憶を手に入れた時に、俺は驚愕したんだ。雨の国なんて国は最初からは存在していない。陽の国の王によって作られたものであると。そして、黒炎は王の炎すらも焼くことができる必殺の炎。これまでの黒炎使いは何度も国王に挑んでは、その度にやられていたよ。それで途中から雨の国と手を組み始めたんだ。だが、雨の国の力を借りても黒炎一人の力では何もできなかった。カタバーロと接触したやつもいたが、所詮、雑魚が陰獣になったところでたかが知れている。何人もの黒炎使いが様々な方法で国王を殺そうとしたが、どの方法でもダメだった。そんなときに、俺は黒炎に選ばれた。黒炎になって彼らの記憶が流れてきたときに感じたこと。それは、あの国王に逆らったら死ぬってことだ。そして、国王も黒炎が自分を恨んでいることは知っているから、敢えてこうやって害のない無炎たちをまとめるリーダーをやらせて、監視してるんだよ」

棚の中から酒をもう一本持ってくる。

鬼灯がそれに続くように話し始める。

「嵐山から、黒炎の使い手は過去の事象の全てを知っている。だから、琴音様の出産の際には、黒炎の使い手に助けを求めるといい。そう言われました。そして、南雲の元を訪れると、二つ返事で匿うことを承諾し、それから二か月後、遂に斑様がお生まれになりました。その頃には地の国での私と琴音様の捜査は打ち切られていて、顔を変えた琴音様はそこでひっそりと斑様を育てつづけました。また、斑様の育ての親である白糸京子は、三番隊の隊員です。琴音様が三番隊に身を隠したときに、同じく妊娠が発覚していた隊員を地の国に送ることで、三番隊内での人数などの辻褄を合わせたのです。それにしても、白糸京子を地の国に送ったことはばれなかったのに、琴音様の存在だけがばれるとは・・・。そうして、約五年間、琴音様は斑様を非常に大事に育てたのだと白糸京子から聞いています」

「そのとき、鬼灯は何をしていたんだ?」

「斑様がお生まれになってから約3年をかけて、私は各地に散らばるカタバーロを集めました。また、王宮魔導士であった三名のカタバーロも協力のもと、陽の国の王を殺すための準備を進めていたのです。しかし、集めたカタバーロの中に一人、王宮のスパイがおり、守護隊と王宮魔導士団の連携による攻撃によって、敗北し、首謀者の私だけ捕らえられ、他は全員殺されました。私はカタバーロの姿をしていましたが、国王は私が三番隊隊長だった鬼灯であることを見ぬいており、私を囮に琴音様を誘き出すことを考えたのです。私が捕らえられてしまったばかりに、申し訳ございません!!」

「もう過ぎたことだ。続きを話せ」

「はい。張り紙には琴音様の逃走を幇助した者をその罪で処刑するという旨が書いてありました。琴音様は、それで斑様を白糸京子に託し、王宮に戻ったのです。解放された私は、もう一度、三番隊の隊長をするように言われ、琴音様を救うチャンスを狙っていました」

「なるほどな。母さんがどうして俺を置いて行方を眩ましたのか気になっていたが、そういうことだったのか。今まで母さんのために力を磨いてくれていてありがとう」

「い、いえ。そんな勿体ないお言葉っっっ!!」

そのやり取りを見届けた南雲隊長が口を開いた。

「それで、雨の国の王を連れてきたってことは全面戦争するってことだろ?」

鬼灯は涙を拭って、返答する。

「ええ、そういうことよ。まだ生きている山縣隊長、九十九隊長、利久隊長は少なくとも陽の国の王に反感を抱いているから、引き入れるのに問題はないわ」

「じゃあ、それはお前に託すよ。斑も王として胸張っていけよ」

南雲隊長は拳を握り、前に突き出した。

俺もその拳に自分の拳を突き合わせた。

それから鬼灯と一緒に四番隊の山縣隊長を説得に行った。

凪さんや春之助が出迎えてくれて、隊長が来るまでの間談笑をしていた。

春之助は今や隊で三番目に強い戦士になっているのだという。

お前にばかりいいところは取らせないぞと息まいていた。

山縣隊長との話には、凪さんも同席した。

これまでにあったことを二人に全て伝える。

鬼灯がカタバーロになった事件の日に、別の街で両親を失った凪さんは、真相を聞いた怒りで、何も言葉を発さなくなっていた。

山縣隊長もその事件のときは五番隊にいたため、あの悲惨な事件は知っており、怒りを露わにしていた。

また、二人にも国王を許せない出来事があった。

一年以内に子どもが出来なければ、凪さんは優秀な白炎の使い手と無理やり子作りをさせられるということ。

このまま行けば俺と子作りすることになるのか、と思ったが、さすがに心の奥底に閉まった。

ちなみに、二人の間にはまだ子どもはできておらず、このまま行くと、本当にそうなる未来が存在するので、二人はどうにかしないといけないと焦っていたようだった。

こうして、四番隊は雨の国側につくことが決まった。

次に六番隊というか、地の国国内の利久隊長、かなえ副隊長の元に向かった。

二人は若さを得るために俺と夜を共にしていたそうなので、今後もそうしてくれるなら・・・という条件で快諾してくれた。

その後の鬼灯は少し怒っているように見えたが。

そして、最後に五番隊の九十九隊長。

一番交渉材料がなかったため、最後になっていた。

例の凪さんの両親が亡くなった事件のことなど、なんとか納得させようとしたのだが、彼は首を横に振っていた。

カナタさんは横で、別に味方してもいいやないですか?などと言ってくれているが、九十九隊長の意志は固いようだ。

「斑、お前の本心を教えてくれ。何のために国王を倒すんだ」

「母さんを救うためです!」

「本当にそれだけか?」

思い出したずっと忘れていた大切なこと。

京子母さんの話は何度もしていたのに・・・。

「俺は、燈の敵を討ちたいです!」

「そうだろう!よく言った!」

そうして、『守護隊+カタバーロ+雨の国 VS 陽の国の王+王宮魔導士団』の構図が確定した。

当初は、徐々に雨の降る範囲を増やす予定であったが、一刻も早く母さんを救いたいのに、そんなに悠長な作戦をしている暇はなかった。

それから一月後、遂に最終決戦の火蓋が切って落とされた。

守護隊とカタバーロの連合軍は王宮魔導士団を圧倒した。

王宮魔導士団は、最近は様々な蒼術を扱いはするものの、緋炎、蒼炎、白炎、黒炎、さらにはカタバーロたちの敵ではなかった。

途中あのいけ好かない砂浜秘書官が、まるで自分がラスボスとでも言うように立ちふさがったが、『プロパゲーション・ヒール』で、身体を四散させて、すぐに片付いた。

その後、多少骨のある敵が出てきたが、それは他の者に任せ、俺、鬼灯、九十九、山縣、南雲、凪、利久の七人は、国王広間に到着する。

そこには、国王と王国魔導士団長、そして母である琴音の三人が揃っていた。

「母さん!!」

離ればなれになったあの日から変わらない相貌に、どれだけの屈辱を味わってきたのかと、国王への怒りが込み上げてくる。

そんな斑の様子を一切気にせずに、魔導士団長は、用意していたであろう術式を唱える。

「絶対催眠」

すると、床に描かれた魔法陣が展開し、斑を飲み込む。

術が作動したのか、斑は一旦俯き、そして勢いよく顔を上げる。

そして、腰に差した刀を抜き取り、一直線に九十九隊長へと突進する。

「おい!斑、しっかりしろ!」

攻撃された九十九隊長がそう呼びかける。

しかし、斑は攻撃を止めない。そればかりか、刀に白炎を集め、スピードとパワーを増しながら九十九隊長に切りかかる。

「利久隊長!これは一体どういう技なんだ!?」

その攻防を見ていた山縣隊長が口を開く。

「今調べてますよ・・・。あの男の炎の波は・・・と。分かりました。これは催眠対象が死ぬまで催眠が解かれない技ですね。それか、敵と認識された私たち全員が死んだら解除されます。術師を殺しても、術は解けることはありません」

「なんだって」

山縣隊長が反応する。

「斑ちゃん!目を覚まして!またみんなでご飯を食べましょう??」

「そんなので目を覚ます分けないじゃないですか。馬鹿ですか貴女は」

凪は斑に向かって問いかけるも、利久隊長がそれを簡単にあしらう。

「まぁ、とりあえずあの団長とやらを殺しましょう。目障りで仕方ありません」

「分かったわ」

利久隊長の指令に、凪は素直に従って団長に切りかかる。

すると、いとも簡単に切り伏せられてしまう。

その時、彼の声が部屋の中に響いた。

「あなたが今私を切り伏せたことによって、もう一つの蒼術が働きました。私たちは既にその部屋にはいませんが、あなた方はもうその部屋から出ることはできません」

琴音にも催眠がかかっており、それを解こうと必死になっていた鬼灯であったが、ついさっきまで触れていれたのに、凪が団長を切り伏せた途端、姿が見えなくなってしまった。

おそらくもう一つ、精神を不安定にさせる蒼術も働いているのだろう。

お互いがお互いを罵り始めた。

「凪、勝手に切り伏せて何やってるんだ!」

「利久隊長がそうしろって言ったから!」

「ちゃんと蒼術の発動がないかくらい確認するのが基本でしょう?」

「そんなことよりも、琴音様、琴音様はどちらに!?」

「言い争っていないで斑の相手をしてくれ!!」

「あぁーーーーーーーーーーーーーーーーうるさい!!!!!!!!」

パリンッ

南雲隊長の黒炎によって、精神系の呪文は消え去り、皆落ち着きを取り戻す。

そして、南雲隊長は皆に指示を出す

「先に、斑を無力化しろ!やつの白炎は危険だ。利久何かないか?」

「対象の炎の出力を止める方法ならある」

「そんなもんあるなら、さっさと使え!!」

南雲隊長に叱責され、利久隊長は自分n扱える蒼炎もゼロになる代わりに、斑の白炎もゼロにした。

「よし、後は鬼灯!お前のゴーレムで斑を固定しろ!」

「そんなひどいことを・・・。でもまぁ仕方ないですね」

そう言って、ゴーレム二体にてなんとか斑を捕まえ、炎を釘のようにしてから、斑を床に貼り付けにした。

「よーし、ひとまずこれでいいだろう。ここから抜け出す方法を考えよう」

南雲隊長の数百年に及ぶ経験から来るリーダーシップにより、ひとまず、一番の脅威は排除することができた。

「お母さん、なんでいなくなったの?ねぇお母さん?」

幼い斑にはなぜ母親が急に姿を消したのかが理解できなかった。

「あかりぃぃぃぃぃぃ」

目の前で最愛の妹が死んだ。

「斑、お前はゆっくりでいいから」

春之助は燈の死など気にせず、能天気に暮らしている。

「休む暇なんてないわよ!」

凪さんはそう言って、骨が砕け、内臓が敗れても僕に向かって剣を降り続けた。

「フフフ、骨が見えてるわよ」

鬼灯隊長は、僕の身を何度も焼いて、骨だけにした。

「恨むなら俺を恨んでくれて構わない」

九十九隊長は身体を挺して守ってはくれない。

「憑依」

利久隊長は、僕の頭から上がなくなっても、それをチャンスと捉える。

カナタさんは。

南雲隊長は。

愛李さんは。

かなえさんは。

カタバーロって?

雨の国の王って?

雨の国潜入作戦って?

雨毒って?

守護隊って?

「あれ、僕ってどうしてこんな所にいるんだろう」

目の前に存在する化け物のような個体。それは先ほどまで人であったものだ。

「そうだ。僕はあのとき化け物に殺されて。そしたらこんな苦しみを味わう必要なんてなかった。誰が僕を助けた?九十九隊長?死んでしまえ」

「誰が僕を強くしたんだっけ、たしか、白炎の剣士とかいう人。凪さん?死んでしまえ」

「春之助はいいな。楽な隊にいけて。誰の隊だっけ。山縣隊長?死んでしまえ」

「だれのせいで僕は雨の国に潜入したんだっけ。たしか憑依を使える人。利久隊長は?死んでしまえ」

「忘れかけていた母親の記憶を呼び覚まし、そして雨の国の王になれだなんて、笑わせる。鬼灯隊長?死んでしまえ」

「お前が黒炎を持っていながら国王を殺さないから僕がこんな目にあってるんだ。南雲隊長?死んでしまえ」

そうして、僕は全員を切り伏せた。

しっかりと刃に彼ら彼女らの血を塗りたくって。

そして、目を覚ますと、たしかに全員死んでしまっていた・・・。

『ねえ。セイさん、お願いがあるんだ』

『おう、遂におれ様に助けを請う時がきたか』

『まぁね、最近嫌なことがあって』

『見てたぜ。お前、今までお世話になって人全員殺してたな』

『お世話になったっていうか、僕に迷惑を掛けた人を殺しただけだよ』

『まぁ、そういうことにしといてやるか』

『ありがとう。セイさんって、本当の名前はなんて言うの?』

『おれ様の名前か?おれ様はマガツヒっていうんだ』

『どういう精霊なの?』

『うーん、まぁ人によっては悪霊っていうやつもいるな』

『もしかして、僕にたくさんの苦難が襲いかかったのって君のせい?』

『・・・・・・・・・・・』

『じゃあさ、お願いがあるんだ。陽珠を飲むときに、君が宿っていないそれを飲みたい』

『おう』

『それでさ、僕をその時にまで戻してくれないかな?』

『本当にいいのか?今持っている記憶は消えねーぞ?』

『うん、大丈夫』

『分かった』



(そして、時間は戻る)


「待て、最後に一つ忠告だ。この儀式の最中、目を開けることも声を発することも禁じる。その代わり、身体が陽珠を受け付けないと感じたら左手で自分自身の首を掴め。その動作が儀式の打ち止めの印となる。また、儀式の最中に起こったことは決して外部に漏らしてはいけない。わかったな」

隊長は今までになく真剣にそう語った。

この陽珠を身体に受け入れる行為こそが守護隊入隊の正式な儀式とあっており、非常に重要かつ神聖なものなのである。

「はい。万事了解しました」

隊長が頷いたのを確認し、目を閉じた。

左手の親指と人差し指でつまんだ状態の陽珠を、顎を少し上に傾けて、ごくりと飲み込んだ。

飲み込んだ数秒後、お腹の中が熱くなるのを感じた。

そして、そのまま、隊長の言う語らいというものは行われなかった。

もしかしたら、白炎でもなくなっているのかな、と思い、人差し指を立てると赤い炎、緋炎が灯った。

五番隊では緋炎を育てることが困難であるため、僕は四番隊へと移動になった。

僕の親友の春之助は数日前に白炎を手にしており、凪さんからの厳しい訓練を受けていた。

春之助は『雨の国潜入作戦』というとても大きな任務を任されたし、そこでとても活躍をした。

それに対し、僕は何も成し遂げられないでいた。

いくら頑張って陰獣を退治しても、春之助と比べられる。

そして、血を吐くような訓練をして、なんとか『雨の国駆逐作戦』に同行させてもらえた。

四番隊として十傑を一人倒すことができ、自分の成長も見られた。

その作戦が終わったあと、春之助が四番隊を訪れた。

最初は楽しく話していたが、山縣隊長が来てからは僕は部屋から出るように言われた。

少し、聞き耳を立てると、春之助たちは何か大事な話をしている。

彼が帰った後、僕らは新しく雨の国の王になった春之助に従って、陽の国の王を倒すことになったらしい。

そして、僕はその陽の国の王と対峙することも叶わないまま、王宮魔導士の一人によって、無様に殺された。

「僕はお世話になった人を次から次に殺した殺人鬼だったんだな」

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彼女を殺した国への復讐を誓うも、使用できるのは回復技だけ!?回復技を極めて不死身の肉体を手に入れる @mizuironoodorico

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