「カップ麺 THE  DREAM」

蛙鮫

「カップ麺 THE  DREAM」


 夕暮れの下、仕事の疲れを引きずりながら一人寂しく家に向かっていた。腹が減った。労働で心身ともに疲労しきった身だ。正直な話、料理をする気が全く湧かない。手足が鉛の様に重いのだ。


 楽な思いで空腹を満たしたい。俺は即座に満腹感を得る為に僕は戸棚からあるものを取り出した。これはもうアレしかない。


 家について、真っ先にキッチンの棚からソレを引き出した。蓋を開けて、僅かに震える手を抑えながら、垂直に熱湯を注ぎ込んでいく。


 まさに緊張の一瞬だ。中国四千年の歴史が生み出した料理をたった三分で、しかも手軽に作る事が可能なのだ。


 なんという技術の進歩だ。人類の飽くなき挑戦と向上心がこの様な奇跡を誕生させたのだ。


 文明開化の産物である。しかし、食事可能な時間である三分間が長い。その間、僕は空腹という名の試練に耐えなければならない。


 目の前に食べ物があるのにも関わらず、手を出すことは許されない。


 これほど心苦しい事が他にあるだろうか? 僕は彦星だ。互いに存在を理解しているはずなのに、時間という名の天の川が僕の行く手を阻む。


 出会うことは許されない。なんと悲しく、切ない物語だ。


 そして、ここで他の品に手を出してしまえば浮気だ。不貞だ。織姫に振られてしまう。冷蔵庫の中にはもやしがある。非常に安価で自分のような低所得者にとって頼れる味方である。しかし、手は出さない。誠心誠意。目の前の織姫に向き合うためにだ。


 まあ、食料を減らしたくないって言うものすごくシンプルな理由だ。そうこうしているうちに三分が経過した。


 蓋を剥がした時、湯気がふんわりと漂ってきた。芳しい香りが鼻腔に入り込んで、脳内を快楽で埋め尽くしていくのを感じた。


 そして、メインである麺はつやつやと輝いており、その姿はまさしく龍。さすが巨龍の国から生まれた料理である。


 熱さを冷ますため、何度か口から空気を吹きかけた。そして、ズルズルとみっともなくすする音が部屋じゅうに漂っている。


「美味い」

 疲れた体に出汁と麺が染み込んでいく。麺とともに無数の添加物も摂取しているがそんな事は些細ない問題だ。

 

 ああ、美味い。何だこれは。反則だ。明らかに倫理を侵している。合法麻薬だ。

 今すぐ法律で禁止しなければこの味を巡って内戦が起こってしまう。


 そんな大げさなことを考えてしまうほど、この味は魅力的だった。安価で手軽に手に入り、作り方もいたって簡単でその上、美味い。神への貢物といっても過言ではない代物である。


 気づいた時には麺を平らげて、残った汁を全て飲み干してしまった。


「ごちそうさまでした」

 体の中に漂う異様な恍惚感は何者にも代えがたいものである確信したのであった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「カップ麺 THE  DREAM」 蛙鮫 @Imori1998

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ