第3話 即死攻撃


 『気配検知』の神術は、動いているものだけを検知する神術だ。


 母さんと手分けし、広い範囲を検知してみる。先ほどのジェクティ様の多重起動神術に巻き込まれて、近場の魔狼の数は大幅に減っていた。


 残った魔狼も、少人数で別れたヴォイド様を追って、次々撃破されているようだ。検知できる範囲でも、減るのがとても早い。


「こ、これは凄いですわね」


 討ち漏らした魔狼も、こちらに近い位置にいる魔狼は、村の護衛に次々射殺されていく。

 戦時中、コンストラクタ男爵が率いた独立遊撃部隊は、信じられないほどの戦果をあげたらしい。

 敵の中隊長以上の司令官暗殺は3桁で、総司令官暗殺も5回ほど記録に残っている。そのほかにも、敵の兵士たちに食糧を運んでいた輜重隊が、次々に奇襲されてほとんど本隊に辿りつけなかった逸話も有名だ。


 眉唾すぎる話で、信じていない貴族もたくさんいるけど、この状況を見る限り信じざるを得ないだろう。


「この規模の群れだと、軍隊が出てきてもおかしくないのに、この人数で圧倒できるもんなんだね」


 一昨日のイント君の訓練を見て、あんな可愛らしい子がと思ったけど、この環境にいるとああなるのかもしれない。


 イント君をチラリと見ると、散らばった荷物から武器になりそうな棒を拾っている。さすが英雄の息子。魔狼が一匹向かっているのをもう検知したようだ。


「ねぇ、イント様のところに魔狼が一匹向かってますけど、援護は必要でしょうか?」


 念のため、隣で弓を放っていた護衛さんに訊ねてみる。


「坊ちゃんなら大丈夫。初陣はまだでも、魔狼ごときに遅れは取らんでしょ」


 護衛さんの回答はあっさりしたものだった。わたしもそう思う。


「作用点! 支点! 力点! おらぁ!」


 イント君のおかしな叫びが聞こえてくる。どこかの流派の掛け声だろうか。


 見ると、バラバラになった馬車の残骸が、傾いていくところだった。あの重さをただの子どもが動かせるわけはないので、身体強化の類かな?


 身体強化は、護法神術系の最上位の術だから、そんな簡単に使えるものではないのに。


「マイナ、討ち漏らしが来ますわ! 準備なさい!」


 さっきの大声に反応したのだろう。回り込んだ魔狼の反応が、まっすぐイント君の方へ向かうのを検知した。


「マイナッ、気を散らさない!」


 母さんに言われて、正面に意識を戻す。


「炎の槍、詠唱! あなたは右」


 母さんの指示通りに護衛さんと分担して、魔狼を次々狩っていく。と、言っても、わたしの神術は1発も当たらなかったけど。


「リナ! 走れ!」


 背後でイント君の声がする。お兄ちゃんらしく、妹を先に逃がしたのか。魔物相手にそれができるなんて、やっぱり良い子だ。


 リナちゃんは怪我をしたのか、足を引きずりながら、こちらに駆け込んできた。


「おにいちゃんをたすけて! ぶきもってないの!」


「何で手放したの!?」


 武器になりそうな棒を拾ったのを確かに見たはず。


 悲鳴をあげながら、イント君を助けるために駆け出す。


 今日は月が明るい。灯りの神術の効果範囲を出ても、足元ぐらいなら何とか見える。


「うわっ」


 魔狼に対して、すぐに折れそうな枝を構えたイント君が、魔狼に枝を投げつけ、こちらに走ってくる。

 パニックを起こしているのか、おかしなフォームで、速度はかなり遅い。一昨日に見た身のこなしが嘘のようだ。


 あんなものを見たせいで忘れていたけど、いくら修行を積んでいても、イント君はまだ子どもなのだ。わたしが護らないと。


「イント様! こっちです!」


 声をかけてから、聖言の詠唱を開始する。魔狼は楽しそうに一度跳ね、それからイント君を追いかけ始めた。


 間に合うだろうか?


 イント君の涙と鼻水でベタベタになった表情がハッキリわかるところまで近づいたが、イント君の身体が神術の射線に入っていて、術を放てない。

 パチパチという魔狼の即死攻撃特有の音が、恐怖心を煽る。


 可哀想に。あんなに怖がって。


 同情しながら、イント君とすれ違う。魔狼のとの距離は、思ったより近くなっていた。


『……疾く焼き払え! 炎槍!』


 詠唱を完成させるが、必死に横に跳んだが、もう間に合わない。魔狼の角がわたしの胸をかすめ、バチっという音が聴こえた——

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