第30話「8月8日」

 とりあえず、文化祭のダンスの練習ができるのは、今日と明日の二日間。そこからはお盆休みの閉校日が続き、お盆明けから数日経った8/16より、また補習が始まる。そして、そこが実質的な夏休みの終わりであり、5日間の補習の次の日――8/23には始業式で、8/29から文化祭が始まるのだ。結構みんなで集まって練習できる日は少ない。

 そうは言いつつも、アスカと顔を合わせるのは、どこか難しい。


 アスカからすれば、私たちにとっては何のわだかまりもないはずなのだが、全ての事情を知っている私にとっては気まずさが半端ない。


「いいねえキョコちゃん!」

「あ、ありがとー」


 アスカはそんな私の気まずさなど気にもとめず、キョウコに朗らかに話しかける。キョウコもどこか気を遣っているのが、私には見え見えなのだ。まあでも、その方がいい。アスカが楽しそうにしているだけで、キョウコも一安心だろう。

 クラスの人気者、水沢アスカは、橘ヨウキに振られた。その橘ヨウキは、キョウコが気になっていた男子。そして、数日前にキョウコにコクっていた。そんな男だ。



「ねえねえ、アスカ、もう大丈夫なの?」


 私は彼女の取り巻きであるミッチーこと、道枝光(みちえだ ひかる)と、ハナコこと、小山華(こやま はな)に耳打ちした。当然、ダンスの練習に一生懸命なキョウコと、その指導に熱を入れる水沢アスカには聞こえていない。


「あー、タチバナくんに振られた件?」

「ミッチーダイレクト過ぎん?」

「そう……まあそのことだけど」


 ミッチーは何か知っている風な答え方をした。


「……大丈夫かと言われたら、大丈夫じゃない。ただ、タチバナくんに好きな人がいるって知って諦めついてる感じかな」

「諦め……か」


 その言葉を聞くと、なんかかわいそうな気もしてくる。


「けど……あたしはタチバナくんがこのままその“好きな人”と付き合うとは思えないんよね」

「……というと?」


 ミッチーはジャージの裾をまくりながらおっさんが語り出すかのように「シー」と息を吸ってから、話し始めた。


「アスカなんやでモテっからねえ。アスカがコクって、タチバナくんアスカのこと気になりだしてる節あるよ~」

「……そうだと良いんだけどね」


 まあ、所詮その程度の男だろう。私とエイジくんの関係に無駄な詮索を入れたり、キョウコのことどっちつかずの態度で接したり。


「もしさ、橘くんの好きな人がミッチーだったら、ミッチーどうするよ?」

「うわ、いい質問だね。さすがいずみん」


 ミッチーはどこかはぐらかすような態度を取りつつ、頭を右手の人差し指で掻いた。ハナコもそれを興味ありげに眺めている。


「んー、ま……私はアスカが橘くん好きって知らなかったからさ。下手したら先に付き合っちゃうかもな。ま……でもそれはアタシらに隠してたアスカの抜かったところと言っちゃえばそうだからさ」

「そ、そんなもん? 意外と冷たいんね」


 意外だった。いつも一緒にいるミッチーは、意外とアスカの、というか他人の色恋沙汰には厳しい。


「逆にいずみんだったらどーする?」

「え……ああ……。ううん……」


 ミッチーに聞き返され、私は返答に困る。なんせいかんせん状況が難しい。アスカがエイジくんのことが好きだったらで考えてはみたが――


「多分、アスカが好きって知った瞬間に身を引くし、もし仮に付き合うことになったとしても別れると思う」

「おお……過激」

「うん」


 これにはミッチーだけでなくハナコも驚いたらしい。


「身を滅ぼす女だね」


 二人とも相当私の思考には、わかりかねるらしい。こういうところからも、私が普通じゃないことがよくわかる。でも、多分キョウコもそうする。でも、アスカはそれを許さないだろうし、それをした途端に二人の間にはわだかまりができる。

 だから私が“事実の塗り替え”をするのだが――


「キョウコちゃんだったらどーするだろね」

「わ……わっかんないねそれは」


 私の思考を嘲笑うかのように二人はキャッキャと“普通”の会話をする。


「まあでもまさか橘くんとはねえ。あ~、でも橘くんってさ……なんつーか。アスカみたいなみんなの人気者タイプよりかは、いずみんとかキョウコちゃんみたいな、あんまし目立たないけどカワイイタイプの方が好きそう」


 ミッチーは地雷を見事に踏み抜いていく。アスカに聞かれていないことだけが唯一の救いだ。


「ミッチー、さすがにそれはデリカシーないわよ」


 ハナコが宥める。こういうところに、彼氏ができるかできないかの差を見せつけられているようで、モヤモヤする。


「そういえば、ハナコの彼氏、見たこと無いけどどんな人?」


 私は話を変えようと、ハナコへと話題を向けた。


「あ、写真見る? あんましかっこよくないけど……3組の令一くん……ほら、あの、男バドの」

「ああ」


 写真を見せられた。SNSのトップ画面は体育館の写真で、あげられた投稿は、全てバドミントン関連。最新の投稿はバドミントンシューズと嬉しそうに撮られている令一くんの姿だった。決してかっこよくはないけれど――良い笑顔だ。


「……」

「出たーノーコメント! そうなんよ、私もミッチーもアスカも、最初はビミョーやったんよね! でも……なんていうか……。好きって言われると好きになっちゃうよね」


 やっぱそういうの、あるんだ。


「アスカ!」


 ハナコがアスカを呼びつけた。


「ん?」


 アスカと、彼女からダンスを習っていたキョウコも振り返った。


「橘くん、あれから連絡あった?」


 ハナコの言葉に、アスカは耳まで赤くした。


「もー、やめてよそういうの~。あ、そういえばさ」


 アスカがキョウコを一瞥してから、私の方を向く。


「いずみんって、エイジくんと別れたってマジ?」

「えッ!!!?」

「えっ!?」


 キョウコ以外は特段驚いていた。


「えッ……!? なんでぇー」

「もったいないって!!」


 様々な反対の言葉が飛び交う中、アスカだけが安心したような顔でこちらを見ていた。


「なんか……でもいずみん、今落ち着いてる感じする。いろいろ気遣ってしんどかったんじゃない? 失礼かもしれないけど、憑きものが落ちたみたいな」


 それは失礼でしょ、とミッチーが笑う。でも――あながち間違いじゃない。それに私は今――

 キョウコの方を見た。キョウコも頷いている。


「うん、まあ……そんなところ。私男子より女の子の方が好きらしいから」


 目を丸くする3人。そして“設定”だと思って少し眉を下げながらも微笑んでいるキョウコ。


「はえ~」

「意外といずみんだったらイケるかも、私」


 ハナコもミッチーも、思ったよりも反応は好感触だった。これも全て、私に対する好感度の高さのおかげだろう。しかし、アスカの表情にはやや曇りが見えた。


「……そうなんだ」


 少し、残念そうな顔。キョウコも首を傾げている。なぜ、アスカが落ち込んでいるのかがわからなかった。






 この日は結局、アスカの真意を聞き出すことはできなかった。私の中にわだかまりは残っていたのだが、夜、突然そのアスカから連絡が来た。


『アレって、誰のための嘘なん?』

『悪いけど私は……』

『けっこう全部知ってると思う』

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