第24話「8月4日③」

 自分にとって、愛しさの対象でしかない人物が、誰かから蔑み、侮られ、辱めを受けているのだとしたら、それを私が知ったら、その場に私がいたら、どうしていただろうか。


「まっちゃん……ん、まあ……いずみんの彼氏のエイジくんだ。彼が人気者なのは、当然中学にあがりたての頃からの話なわけだ」


 アスカが独特の口調で話を始めた。色々思案する部分はあったが、聞くよりほかないだろう。傾聴の意をうなずきと目線で伝えた。


「いわゆる同じ小学校、幼なじみなわけだよ。まっちゃんとキョコちゃんは。そして中1の頃から中3まで三年間同じクラスだったわけなんだよ」

「ほう」


 そういえばそうだ。やけに松永エイジが私のこと好きだと言う情報をキャッチするのが早かったり、同じバス停から乗ってきていたり、そういうヒントはこれまでの日常にあったのだ。


「まあ、キョコちゃんも、いずみんとは全く違ったジャンルのかわいい子なわけじゃん? さあ、松永旋風を起こすようなモテ男とよく話す同じクラスのかわいい女子……彼のファンからどう思われるか」


 想像に難くない。


「い、いずみん! あ、あのね! エイジくんは何にも悪くないんだよ? むしろ庇ってもらったというか、見捨てずにいてくれたし」


 それで惚れなかったキョウコもすごいよなあ……。


「っていうかあっちゃんの話にもまず語弊があるというか……私ってどんくさいし鈍いし、バカだし……いっつもぼーっとしてるし、もともと友だち作るの苦手だったからエイジくんのことがあろうと無かろうと周りの子から好かれはしなかったろうし……」

「そんなこと……」


 あるのかもしれない。ふと、エイジくんとのやりとりを思い出す。彼は、私への好意があったから、私にとっては醜さの対象でしか無い私を、好意的に解釈してくれていた。きっと、今私がキョウコの言葉を否定したいのも、私の中にあるキョウコへの好意のせいなのだろう。

 逆に言えば、キョウコが今吐き出した言葉が、彼女の本音で、彼女の自己嫌悪なのだろう。


「あたしもキョコちゃんと同じクラスになったことなくて……いじめられてることも中3になるまであんまし知らなかったんだけど」


 どうやら、中3になって松永エイジ関連で知り合ったキョウコとアスカの仲が良くなり、学年の中心人物だったアスカの存在感と計らいがあっていじめは自然消滅したらしい。当時のいじめのボスだった女子は、幸いにも別の高校に行っていたようで、そこについては私もほっと胸を撫で下ろした。


「んーと、エイジくんが私にあっちゃんを紹介してくれたの」

「なんだ、あいついいとこあんじゃん」


 素でエイジくんを褒め称えた。あとで気づく。


「ま、仲良くなった……とは言っても勝手に『キョコちゃん』『あっちゃん』って呼び合うだけの“よっ友”くらいの関係で。それこそ……恥ずかしい話、ダンス誘うまではそんなにしゃべってもなかったしね」

「そうだねえ」


 お互いが顔を見合わせて笑っている。なんだ、エイジくんとアスカは中学時代の恩人というわけか。胸が複雑なざわつきを見せる中で、ふがいなく嬉しくなる私がいた。


「良かった」

「え?」


 脈絡の無い私の言葉に、二人は不可解と言わんばかりの表情を見せた。まるで急に言葉が聞き取れなかったかのような、そんな首のかしげ方だ。


「ご、ごめん今の忘れて。さすがにキモかったから」

「え? ちょっ、どういう意味?」

「発言を訂正させてくださーい」


 恥をごまかすかのようにわざと語尾を伸ばしてくるっと振り返った。そんな私の背中に、キョウコの声がぶつかった。


「だからさ、高校入って、いずみんっていう最高の友だちができて、私は嬉しかったよ!!」


 声の直後に、キョウコの柔らかい腕を背中に感じた。薄いワンピースの生地が、汗ばんだシャツにぴたりと張り付く。


「これからもずっと友だちでいてね。いずみん」





 思わず、胸につかえを感じ、嗚咽した。「わ、ごめん!」と、咄嗟に謝ったキョウコ。首を横に振り、拳を口元に当てる。


「大丈夫」


 大丈夫――じゃないよ。私が彼女にとって、それくらい大切な存在に囲まれている中の一人なんだという実感から、気持ちが高ぶって「良かった」と言ってしまった。そんな数秒前の自分をぶん殴ってやりたい。一面紙ヤスリで出来た壁に頭こすりつけてやりたい。


――なんで気づいちゃうかな。


 なんで、気づいちゃうかな。『これからもずっと友だちでいてね』という、親友から言われたら嬉しいであろう言葉に、どうして傷つかなくちゃいけないのかな。私が普通じゃ無いからなんだろうな。


「……もう、キョコちゃんったら」


 アスカも何か感慨深くなっているのか、少し困った表情だ。


「いずみんとはこれから先もずーっと友だち。一生の付き合いにするつもりだから」

「……うん。そうだね」


 これでいいじゃん。これで良いんだよ。たとえ、キョウコが橘ヨウキと付き合おうが、それが原因で水沢アスカと気まずくなろうが、少し二人で遊びに行くことも減ろうが、大人になってそれぞれ好きな人と巡り会って結婚しようが、それぞれで家庭を持って少しずつ関わりが減っていこうが、一生の付き合いだなんて言ってくれてるんだ。このまま“普通”の関係を続ければ、私たちは間違いなく親友で居続けられるんだ。


 私は――何が嫌なんだよ。





 結局、私はこの日、アスカと話をまともにできず、ましてや橘ヨウキを誘いきるなんて約束をさせられるわけもなく、一日を終えた。

 家に帰った後、キョウコからメッセージが届く。


『明日の花火、どんなかなあ』

『また写真撮って教えてねー』

『あ、できればエイジくんとの2ショットも』


 私のエゴが通せるのなら、親友などと言う生ぬるい関係に一太刀入れて、壊して、私の望む関係にすることも不可能では無いだろう。とってもとっても優しい彼女のことだ。何らかの形で受け入れてくれるんだ。

 そうすれば、義理堅いキョウコはきっと、私に不義理はしまいと、彼氏なんか作らない。とってもとっても真面目な彼女のことだ。私の嫌がることはしない。必ず守ってくれるんだ。

 でもそれは、キョウコにとって唯一無二の親友を、中学の時にはできなかった心許せる仲である“友だち”を、彼女から奪ってしまうことにつながるのだ。彼女の心の依り代を、一つ減らしてしまうことになるんだ。でも……それでも、彼女は私を責めないだろう。いじめられて自己嫌悪さえしていた彼女が、心許せる唯一の“親友だった”私を、彼女自身のエゴで責めやしないだろう。






 拝啓、私の夏よ。



 私はどうしたらいいですか?

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