第23話「8月4日②」
結論から言おう。今日と明日。この二日間が正念場である。
私の計画はこうだ。今日、キョウコやアスカたちと回るフリをしつつ、アスカに橘と回ることを頼むようそそのかす。
キョウコには明日も私と回ることを約束させた。これで私はキョウコに橘への返事をストップさせることができる。
明日、橘ヨウキはアスカと夏祭りを回る。私と回っているときにその光景を見つけてしまったキョウコは、橘ヨウキから身を引くはず。キョウコは、そういう子だ。キョウコを慰める名目で、エイジくんと回るのはなあなあになっても仕方ないという雰囲気を作ってしまえば、さらにこっちのものだ。
さあ、水色の空に藍が見えてきた。
「さあ! 夏祭りだ!!」
Tシャツにショートパンツ。サンダル。おしゃれとは無縁の服装で私は水沢アスカたちを待つ。
「おまたせー!」
まずはキョウコがやってきた。髪の毛――毛先を少し巻いているのがかわいい。こういうところにぐっと来る。きちんと襟のついた水色のシャツタイプのワンピースを着ている。かわいい。持ってきていた小さなクリアバッグも、キョウコの可憐で朗らかなイメージにぴったりの薄いオレンジ色をしている。
「いずみん脚長過ぎ~。うらやましいなぁ」
キョウコは私の身体を見て目を細めた。いやいや、うらやましいとか正直どうでもいいが、こうやって嬉しそうに私の方を見ているキョウコがもはや愛おしい。いかんいかん。こうして情緒に耽るだけで今日の本来の目的を忘れてしまいそうになる。
「ごめんよぉ! ミッチーがおしゃれにおしゃれを重ねようとするもんだから遅れちゃった!」
「あっ! ちょっとアスカ!! 私だけを人柱にするなあ!」
アスカ、ミッチー、ハナコの三人がやってきた。それぞれ気合いの入った髪型、服装。洒落っ気のかけらもない自分の格好を恥じたい。
「いずみん、その格好は一周回って自分に自信がないとできないよ」
アスカに言われ、だんだん恥ずかしくなってくる私。両手で顔を覆ったあたりで、キョウコが口を開いた。
「いずみんはおしゃれをするほど焦っておりませんからねえ」
「あは、確かに」
それにアスカも同調する。「どういう意味?」と照れながら小さな声で聞き返すが、みんなは笑うだけだった。
「そんなに脚出したら蚊に刺されるよ」
「大丈夫。アルコール足裏に塗りたくってきたから」
「あ、なんかそれ効くらしいね」
他愛もない雑談で盛り上がりながら、屋台が並ぶ夏祭り会場の入り口をくぐった。
「えー、まずどこ行く?」
「あたし唐揚げ食べたい!」
ミッチーが反応を見せた。
「ほんとに食い気しかないんだからあ」
アスカが突っ込む。「そんなだから彼氏できないんだよ」とハナコ。ああ、この3人って、そういう感じで平気でいじれる仲なんだ。「ひどーい」と言いながら笑っているミッチーも、この二人に言われているから許せるんだ。
私とキョウコはそういう仲――ではない。キョウコは優しいから、私のことでいじるとか、あんまりない。私もそう。冗談を言うことはあっても、キョウコが怒らないラインをつくというか、怒ってもかわいいからその反応を楽しんでいるというか。
ああ、なんか……対等な友だちって感じ、しないよなあ。まあ、概ね私が悪いのだが。
唐揚げ屋に並んでいるとき、男女2人ずつのグループが列の後ろを通り過ぎていった。楽しそうに話しているのが見える。
「男女の友情って、成立するんかな」
ふと、水沢アスカが呟く。横で先に唐揚げを注文し終えたミッチーが店の中へと目を輝かせている中、思案深い彼女の瞳は、長いまつげが覆い被さっていた。
「……またえらく難しいこと考えてんのね、あっちゃん」
「……うん」
これに反応するのは、意外な人物。キョウコだ。
「男女の友情か……私は、成立する派だと思うけどな」
「ほう……その心は?」
アスカが問う。
「だって、私とエイジくん、中学の時からそんな感じだったじゃん」
「あ、確かに」
アスカも同じ中学なので、それは知っていた。
「いや、まあ……色々あったよねえ。中学の時は。私……あんときはなんもできなくてごめんね」
「ううん……だってあのとき私たち関わりあんまりなかったし、そもそもあっちゃんはなんも悪くないし、ほかのクラスだったからどうにもできなかったでしょ……」
え、何々。私の知らない話で盛り上がらないでよ。
「まあキョウコがそういうなら成立すんのかあ……あ、いずみんはどー思う?」
「え? 私?」
普通を煮詰めた彼女に聞かれ、私は返事に困った。なんせ私は変わっている。女子同士の友情も成立できない私が、「男女の友情は成立する!」なんて言ったら、神様からはきっと笑われる。
「私は……人によるとしか言えない」
「ほう……なかなか思慮深い発言ですな」
アスカは興味を示した。いや、大したこと言ってないわよ。
「……だって、例えばキョウコが成立すると思ってても、相手が成立しないと思ってたら、一線を越えられてしまうわけで、もしそうなってしまったら、キョウコの中に抱いていた友情は崩れてしまうわけで……まあ、まずそもそもの前提として、男女の友情が成立するかどうかなんてのが、その男子とその女子の間に成立するかどうか、で考えなきゃいけないもんだから……一概に私が答えることはできないよ」
私の言葉に、二人はぽかんと口を開いていた。
「いずみんって、たまに高校生1年生とは思えないくらい大人びたこと言うよね」
「文学少女みがあるわ」
キョウコの言葉も、アスカの言葉も、当然心当たりがある。周りから浮いていた小・中学時代があったから、きっと周りよりも周囲の顔色を見るようになっていっていたと思うし、自分と向き合う時間も長かった分、そう、小説の主人公のように考え事もたくさんするし、今回の課題図書の主人公と自分を重ね合わせながら読むなんてこと、普通の人間はしないよね。
「じゃあさ……そんな文学少女みあふれる私から一つ質問。中学の時、キョウコなんかあったの?」
私の知らないキョウコの話題。答えてくれるかは正直賭けだった。顔を見合わせる二人。地雷だったかも知れない。
「んー、どうする? いずみんってこういう話好きな人?」
「私は勝手にいずみんはこういう話嫌いってイメージ持ってた。けど、いずみんになら話しても良いと思う」
「キョウコがそう言うなら……」
アスカはそう言って私の方を見た。
「キョウコ、実は中学の時、ちょっといじめられてた……んよね」
それは――私には想像もつかない話だった。
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