第21話「8月3日」
「ワン、ツー……エン! でステップ踏んで……フォー、ファイ、ジャンプしてポーズ!!」
「じゃ、ジャンプ!?」
私とキョウコはアスカのカウントに従うまま、ポーズもまねするが、当然ついて行けない。ミッチーとハナコはこれでもアスカと同じ趣味の子たちなので、ダンスは相当上手い。
「……これで一通り! この様子だと、文化祭には余裕で間に合うね! Cメロもやっちゃう?」
アスカは元気に笑ってはいるが、高校に入ってから一切の運動を体育の授業内のみに済ませていた私には少々きつい。中学が吹奏楽部だったキョウコはもっとだろう。
「んー、一旦休憩しよっか」
アスカが苦笑いを伴いながら音楽と動きを止めた。それが私たちへの気遣いだったのは言うまでも無い。
「ねえ、いずみん! 喉渇かない? ジュース買いにいこ」
「え? うん」
アスカが話しかける言葉に、私は生返事で応えた。その言葉を聞いて、ミッチーとハナコが即座に反応した。
「ごめーん、アスカ! わたしポカリ!」
「あたしゴゴティー」
ほう――この遠慮のなさを許される仲が、陽キャコミュニティか……などと思いながらキョウコを見る。アスカはキョウコへの気遣いも抜かりない。
「キョコちゃんは?」
「え?」
「遠慮すなすな。おぬしの愛しのいずみんが買いに行ってくれるぞよ」
その言い回しはどうなんだ、少し照れるが。
「それじゃありがと……私もゴゴティーで」
「はいよー。あ、私炭酸飲みたいから体育館前まで行くから時間かかるけどよろしくねぇ」
ほらいこ、と言ってアスカはTシャツの裾をなびかせた。私はそれにただついていくだけ。
「ね、いずみん、相談ってなに?」
廊下に出た瞬間、水沢アスカの第一声がこれだった。こいつ……やりよる。ジュースを買いに出かけたのは、私たちを二人きりにするためだったのか。
「っとね……」
私は彼女の華麗なファインプレーに、思わずどもってしまった。なんとまあ情けない。
「実はさ。私もいずみんに相談したいことがあったんだよね」
「え?」
私に?
「な、何?」
「いやまあ……なんというか、これを相談したくていずみんダンスに誘って仲良くなりたかった部分はある……。ごめん」
「謝ることはないけど……どうしたの?」
予想外の先制パンチに、私はどぎまぎしてばかりだ。
「実はさ……私、好きな人がいるんだ」
「へえ……」
普通を煮詰めたような人だ。好きな人の一人や二人くらいいたって何ら不思議ではない。
「最近、いいなって思ってんの」
「だ、誰?」
会話の主導権を完全に握られている気がする。廊下は冷房の風が来ないので暑い。体育館前に向かうための渡り廊下は、南からの日光が入り込んでいてまぶしさよりも蒸し風呂のような暑さを伴っていた。
答えない彼女に対し、私は続けて質問をする。
「同じクラスの子?」
「うん」
「えっと……部活は……?」
「っとね……男バス。いずみんもよく知ってる人」
絞られている。というか、アスカはこういうクイズみたいなことをしたがるのか? まどろっこしくて仕方ない。
「もしかして、橘くん?」
「ふふ」
数歩前を歩いていた水沢アスカが振り返った。窓から差し込んでくる日光が、彼女の整っていて健康的な紅い顔を照らす。もとが白い肌だから、余計なまでに映えていた。
「ピンポーン」
満面の笑みに対して、私は情報量の多さに、パニック状態になってしまった。
「え、ああ……ええと」
お似合いだね、と出てくるべき言葉が出てこない。いや待て。まだ付き合ってないんだからお似合いだねなんて言うのは早計だ。それに私が相談したいことは、『橘ヨウキがキョウコに告白しているのだが、キョウコがどうしたらいいか迷っている。キョウコのためにもアドバイスをくれ』といった旨のものだ。こんな満面の笑みで嬉しそうに「橘ヨウキが好き」と語られてしまった今、私の相談は出すに出せない状況になってしまったのだ。とんだ先制パンチである。
「えー!? そんな意外だったぁ? わかりやすい方って、ミッチーとハナコにはよく言われるんだけど」
「……そ、そうなのかな……あはは」
そういえば、橘くんと話しているとき、途端に歯切れが悪くなった瞬間があったな。あれに不自然さを覚えた私の感覚は、鈍ってはいないようだ。
「んで、相談って何?」
今度は私の方が歯切れ悪いじゃん。気まずさ全開で話しかけているのが本当に情けない。これじゃまるで、私は水沢アスカと橘ヨウキの仲を応援する気がまるでないみたいじゃないか。
ん、いや待てよ。というかさっきから私は私を待たせすぎた。そうだ。話は早い。このまま橘ヨウキと水沢アスカをくっつけてしまえば、キョウコに橘ヨウキを諦めさせることが出来る。私は、その方面に全力を尽くせば良い。
「……実はさ、友だちが告白されたんだけど、私としては、付き合ってほしくないんだよね」
「……ほう、その友だちはさすがに女子? さてはキョコちゃん!?」
「いや、その子とコクった人の名誉のためにも伏せさせて。まあ、付き合ってほしくないっていうのは私の完全なエゴなんだけど、正直苦しくてさ。アスカなら、どうするか……シンプルに聞きたいって言うか……」
彼女ならどうするだろう。水沢アスカは普通を煮詰めたような人間だ。普通じゃない私の対極の考え方を、提示してくれるに違いない。そしてそれは、間違いなく、キョウコのような普通の女の子にとって良いものなんだ。
「私だったら付き合ってほしくないって普通に伝えるけどな」
アスカの返答は、予想よりもずっと淡白だった。
「いずみんその子に気を遣いすぎでしょ。友だちなんでしょー、もっと肩の力抜いて付き合いなよ。あ、やめとけって言うのも一つの手だよ」
もしかして、これは、前提から話さないと成立しない話なのか?
「そのコクった人は、別にわるいひとじゃないと思う……」
「じゃーいいじゃーん、ならくっつけた方がいいよー。いずみんだってまっちゃんと付き合ってるんだし、ほら」
ここで悟る。本音を隠した相談に、まともな意見など返ってこない。誤解の無いようにしておきたいのだが、私は水沢アスカの反応に不満があるわけではない。
そう、私と対極にいるような、“普通”の人間にとっては、同性の友だちが付き合うかどうかなんてさほど興味はないのだ。問題は誰と付き合うかであって、仮にアスカの友だちに彼氏が出来たとして、「おめでとう」か「やめとけってそんなやつ」の二択なんだろう。
「付き合ってほしくないなら、それを素直に伝えた方がいいってことだよね?」
「そりゃまーね。ま、私みたいに頭スッカラカンのやつだとこう考えられるけど、いずみんみたいに思慮深-い子には難しいかもね」
えへ、と笑ってみせるアスカの笑顔はやっぱりまぶしい。自動販売機から転がり出てきた飲み物は触るだけで私の火照った身体を冷やしてくれる。自分の分であるミルクティーは首筋に当て、キョウコの分を左手でぶら下げる。アスカは器用に指と指の間にキャップの部分を挟みながら、ミッチーとハナコの分を持つ。そのまま、早くも自分の分のキャップを開けていた。
ぷしゅっと炭酸の抜ける音がする。
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