第15話「7月29日②」
その表情は、悲しいのか、張り詰めているのか、私にはわからない。ただ一つ、言えることは――気づいていたけど、面と向かって言われるとは思っていなかった、とでも言うことを考えている、そんな表情だ。
「エイジくんもバカじゃないから……きっと隠せないと思って、言った。ごめん」
「……謝んなよ。元はと言えば、俺が無理矢理付き合おうって言ったんだし」
そうだったっけ?
ああ……もうそんなことすらも忘れたのか、と私は私に絶望した。私はこんなに、松永エイジに興味が無かったなんて。
「でも……エイジくんのことは嫌いじゃないんよね。今だってさ……素直に悪いってすぐ謝ってくれるところとか、めっちゃ素敵だと思うし、なんやかんやでめっちゃ計画綿密に練ってくれるところとか、さっと椅子引いてくれるところとか、なんか嬉しいっていうのわかりやすく表してくれるところとか、めっちゃ良いと思うよ」
私だってこれでも女子だから、みんなの言う『男子からされて嬉しい行動』を嬉しく感じる理由もわかる。
「けど……」
「けど?」
問い返すエイジ。やめて、これ以上聞かないで。どうせ自分の中で答えは出てる。
――私に恋愛は早かった。
――私は松永エイジのことを特別好きというわけじゃない。
――私には別に、好きな人がいる。
こんなときにも、思い浮かぶのはキョウコの顔だ。
「私って頭おかしいからさ……もう多分病気だと思う。基本的に冷めてるみたい」
エイジくんが、私のことを好きだという気持ちを利用して、私は言いたいことを一方的に言っている。ずるい。ずるい。核心に迫るようなことは言わないくせに。都合良く自分が彼に冷たい言い訳は述べさせてもらえるなんて、なんてずるい。
「……」
ほら、エイジくんを困らせちゃった。
「……それでも俺は、サナのこと好きだよ。冷めてるとか言いながら、ちゃんと俺の話聞いてくれるじゃん。困ってるキョウコいつも助けてやってんじゃん。ほかの女子とも群れないし、すげえ意志強いし、なんでもそつなくこなしてるし、いつも余裕あるっていうか、すげえ魅力的なんだよ」
私には、あなたという人間を、あなたといることで得られる人間関係を、切り捨てられないだけ。そんなずるい人間。キョウコを助けてあげるのはほぼ下心だし、ほかの女子と群れないのは私がほかの女子から嫌われているような感じがするだけだし、意志が強いのは嫌なことは嫌だってはっきりしてるだけだし、なんでもそつなくこなしてるのも、いつも余裕あるように振る舞ってるのも、いつメッキが剥がれないかってそわそわしてるし。
エイジの中にある『買いかぶられた私像』が輪郭を帯びてくる。私のことを好意的に受け止めてくれるから、意図的に、作為的に、私じゃない私ができあがっていく。
「どのくらい好きなの? 私のこと」
ずるい質問だ。沈黙の時間があると、私は変なことを考えてしまうから、エイジくんにしゃべってもらっていた方がいくらかマシだった。
「俺は、自分で自分のことサナに釣り合う人間だと思ったことは無いんだ」
え?
「……周りはお似合いだねとかよく言ってくれるけど……正直俺は自分にあんまり自信ない」
「えっ」
私の意図せぬ返事に、少し照れくさそうにしながら、エイジは後頭部を掻く。ストローを咥え、喉を潤してから、再びしゃべり出す。
「サナにこんなこと言うの、ちょっとダセえ気がするんだけど、俺……多分モテてたんだと思う」
「……わかるよ。エイジくんかっこいいもん」
少し嬉しそうなのが申し訳ない。そういうつもりで言ったんじゃ無いんだ。
「よくよく考えたら、ちょっと背が高くて、ちょっとサッカーが上手くて、ちょっと周りよりも落ち着いてるからだと思うんだよね。でも……自分に自信つくようなもんって何一つねえんだ」
「サッカー上手いのに?」
「サッカーなんか、小学生の頃は一番下手だった。中学の部活も3年まで補欠。3年の夏、引退してから背が伸びて、高校でもサッカー続けたいから、腐らずに練習続けてただけ。やめたら、自分のこともっと嫌いになると思ったから」
なんだよ。そういうところがかっこいいんだよ。
「……サナのこと好きになったのは、サナと付き合いたいなって思ったのは、俺みたいな自信の無い上っ面だけのやつじゃ……振り向いてくれなさそうだったから。自分に自信つけて、胸張ってサナのこと好きって言えないとダメだと思って頑張ろうって思えたから、そう思わせてくれたから……俺はめっちゃサナが好きだ」
要は、自分を変えるダシに、私を使ったと。ダメだダメだ。なんて最低なんだ私は。
「よくわかんなくてもいい。俺の気持ちに全部応えようとしなくてもいい。それでも良いなら、サナがいいなら……俺はずっと好きだし、この気持ちは簡単には変わらない……と思う!」
本当に高校生かよ。まぶしいなオイ。ますます……私がみじめだ。
「私は……エイジくんが思ってるような人間じゃ無いよ」
ぼそっと呟いた。流れで口に運ばれてゆく冷めたポテトは、全くおいしくない。
「こ、このあとどうする? か、カラオケ予定通り行く?」
「……うん。いいよ」
結局気を遣わせてしまった。ああ、もう。私の弱さ、ずるさ、全部見えてしまう。松永エイジがこれでもかと私を照らすせいで、私の汚い部分が全部見えてしまう。
エイジくんはそういえば、二人きりになれるところに行きたがっていた。つまり、そういうことなんだろう。
「エイジくん」
ジョンソンでの会計を済ませ、カラオケに向かいながら、私は尋ねた。エイジくんは澄んだ瞳をこちらへ向ける。
「どした?」
「……私のこと好きなんだよね」
「うん」
めんどくさい彼女みたいなこと聞いたと思われるかも知れないが、そうじゃない。私は……なんとおこがましいことに、彼を試している。
「……好きな人に、普通……どんなことしたいのか……教えてよ。二人きりになったら……大丈夫だよね?」
卑しい卑しい私の狙いに、できれば気づいてほしかった。「バカなこというなよ」って止めてほしかった。
でも、そんな都合のいいことは起きないこともわかってるし、ここで止めるようなことを、しないでほしい自分もいた。先に言っておこう。そしたら幾らか楽になる。そう、ここから起きることはきっと、私の自業自得だ。後悔なんか許されない。ずるい私は、卑しい私は、汚い私は……汚されてしまえばいい。そして、まずは謝らないと。
「ごめんねエイジ」
こんな汚い私を、汚す役割を担わせるなんて。
――ごめんねキョウコ。
また、卑しい行動をとる理由に、あなたを使うことを。
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