第13話「7月28日」

 土曜日。今日は学校に行かなくて良いから朝から部屋でだらだらしている。


「サナー! あんたいい加減に起きなさいよー!」


 1階のリビングから、母親が私を呼んでいる。


「はーい」


 聞こえているのかわからない生返事で濁した。携帯電話と読書感想文の課題図書が、枕の脇に転がっている。


 あれから、松永エイジとは連絡が取れていない。そして、キョウコも、昨日話したことに対して『ありがとう』とメッセージが来ただけで終わっている。


「……まあ、こんなもんだよね」


 諦めの良かった自分に感謝だ。今思えば、私は何事にも執着しない人生を送ってきたように思う。私が今までわがままを言ったことなんて、数えるほどしかない。なぜかって? 理由はマセガキながらにわかっていた。

 私は割と、何でも許してもらえていたのだ。多分、一人っ子だったからっていうのもあるし、近所に同級生がいない小学生低学年時代を過ごしていたからだ。片田舎の辺境の地が生まれの私は多分、何をするにも周りと比べることなく、不自由を不自由と感じない生活を送れていたんだ。


 これだけ聞くと、片田舎の世間知らずの娘が幸せを享受し続けた純粋なエピソードになってしまう。この話だけで私のような偏屈者が生まれるわけがない。そう、転機があったのだ。引っ越しである。今私が住んでいるこの家に、小学四年生のときに引っ越してきた。


 もともと何でもそこそこに出来る自信はあったし、前の学校では運動も勉強も出来る方で目立ってたから、心配はしていなかった。でも、都会の小学生は、こんな田舎者を受け入れてはくれなかったので、結果的に人間関係の洗礼を浴びた。


『転校生のくせに調子乗ってる』

『私の高橋くん転校生に盗られたぁ』


 スポーツチームに入れば友人関係も改善されるだろうと、母が計らってバスケチームに入れてくれた。そこそこ上手い自信はあったし、中学校でも続けるぐらいには好きなスポーツになった。でもやっぱりそこでもやっかみはあって、結局私の周りには、鼻の下を伸ばしてる男子と、わずかに私のことを慕ってくれていた後輩たちが少しだけ。


――思い出すだけで、「めんどくさ」って思えてくる。


 少し離れた五野に通うようになったのも、それが原因。女バスも入りたかったけど、また人間関係のいざこざが嫌だったから、今がちょうどいい。キョウコを中心に、その周りとゆっくりとしたさざ波のような人間関係の中に、ぷかぷかと浮かんでいるくらいが、ちょうどいい。



 結局、だらだらとSNSを眺めていたら昼になっていた。ここで、意外な人物からラインが送られてくる。


『和泉さん! 夏休み明けの文化祭についての相談!!』

『和泉さんって結構なんでも得意って聞いたから!』

『出し物のダンスチーム入ってくれない?』


 えっ?


 このラインの送り主は、クラスの文化祭実行委員長、水沢飛鳥みずさわ あすかである。いわゆる陽キャと言われる女子で、他クラス他学年の野球部やサッカー部とも親交がある。クラスのボス的な女子である。

 当然私は、こんなだから、彼女とは縁遠い存在にいたはずなのだが、なぜか彼女を中心に進められていた出し物計画の一端を担わされようとしている。


『ちょっと待って』

『ダンス得意って誰から聞いたん?』


 慌てて指をフリックさせ、返事をする。


『え? キョコちゃん!』

『キョコちゃんも誘ったんだけど』

『和泉さんが入るならいいよって』


 キョコちゃんとはおそらく、キョウコの愛称。確か……水沢はキョウコと同じ中学校出身だ。


『まっちゃんもきっと和泉さんのダンスみたいと思うし!』

『夏休み無理ない範囲で練習しようと思うから!』

『ぜひ!!』


 かわいい猫が手を合わせてお願いしているスタンプ。それを添えて送られてきたメッセージ。おそらく彼女のいう『まっちゃん』も、同じ中学校の松永エイジのことなのだろう。彼とは絶賛喧嘩中なのだが、まあこの話題を機に仲直りできたらそれが一番良い。キョウコとの共通の話題にもなるし。


『わかった』

『いいよ!』


 閉塞された人間関係に、ちょっとくらい刺激を与えるのも別にまあ悪くない。さざ波の中にぷかぷか浮かんでいるがどうのこうの言っていたが、まあそれは一旦置いとかせていただきたい。


『それじゃ月曜!』

『理科の補習のあと』

『都合つきそうだったらとりあえず火曜もお願いしたいんだけど……』


『いいよ』

『暇だし!』


『さんきゅーすぎる!』

『とりあえず踊るのこれ!』


 水沢から動画のURLが送られてきた。私はこれをちょうどいい機会として、キョウコにそのままURLを転送した。


『キョウコ!』

『これ踊るらしい』


 気づいたら口元が緩んでいた。ああ、私ってずるくて単純なやつだ。



 諦めが良い性格なんて、嘘っぱちだ。私は……せっかく手に入れたこの関係を、失いたくないだけのずるい人間なんだ。そのことを早々に認めることができていたら、きっともっと、私は楽だったはずだった。


 そんなとき、着信が鳴る。キョウコからだ。


『いずみん! きいて!』

『わたし! 明日の遊びの約束』

『断ったよ!』


 ラインの内容は、全くかみ合ってなかった。


「……キョウコォ」


 うれしくなった。まあ、悩んでいたキョウコが、彼女なりにふんぎりをつけたのを見られたから。橘のことを諦めたかどうかはわからないけど、まあそれは、月曜日ゆっくり聞けば良い。

 なんとなく前向きな印象を与えるメッセージに、私はうれしくなった。



「気分がいいから……読書感想文進めてやるかぁ」


 私は――ベッドから身体を起こすと、スクールバッグの中にあった原稿用紙をクリアファイルから取り出し、机の上に置いた。水沢にも感謝してやらないとね。




 ここで、あることを思い出す。


――そういえば、日曜日。結局エイジくんはどうするんだろう?


 漠然と、二人で遊びに行くことになっていた気がするが、何も詳細を決めてないし、何なら今絶賛喧嘩中だし、私が怒らせた手前、話しかけづらい。でもきっと……私に対して当たってしまったエイジくんの方が、きっと話しかけづらい。


『エイジくん』

『こないだのこと、ちゃんと謝りたい』


 なんとなくで付き合っているなんとなくの関係。



 でも、私をきっかけに終わらせるのは、なんか嫌なんだ。そんなずるい思考で送ったこのメッセージに、すぐに既読がついたわけではなかった。

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