第8話「7月24日」
「いい攻撃だったぞ!」
「シュートで終わるのおっけー!」
全く持って、無粋な人間が嫌いな私は、今日は不機嫌だった。
「良いパスだったぞ、エイジ」
「はい、ありがとうございます!!」
松永エイジが芝の中を駆け回っているのを、私はそんなに目で追っているわけでもないが、他の人がどうしてもわからないので、やはり彼に注目が集まってしまう。
――エイジのことあんまり好きじゃないだろ?
私が不機嫌なのは、あのメッセージが来たから? 単純に、アイツが無粋なやつだから?
「凄いねエイジくん!」
「ああ……うん」
隣でぴょんぴょん跳ねながらサッカーの練習試合を見ているキョウコ。この子が胸躍らせる相手が、あんな奴なんていうのが私はどうも気に食わない。
というかそもそも……いや、気に食わないというか、私は本当に橘くんに対しての怒りから不機嫌なのだろうか? 何かごちゃごちゃになっているような気がする。すごく。
ダメだダメだ……なんか良くないことを考えるのはよそう。
「あっ、エイジくんこっちきたよ!」
サイドに寄ってくる松永エイジ。ベンチの後ろの方で見ていた私と目が合う。笑顔を作って私は手を振る。
ちょっと俯いた松永エイジは、そのまま中央を向いて声を出す。
「もう一本! しっかりと攻撃しましょう!!」
あんまり好きじゃない……か。
「エイジくんってさあ。凄いよね」
「えっ、何? 急にのろけるの?」
キョウコが目を輝かせてこっちを向く。
「……いや、そういうんじゃないけどさ。何でもうまく行っててさあ。純粋に羨ましいというか」
「……ははーん。……いずみんがそういう感じになるの珍しいよね」
そうなのかな。私はいつもこんな感じなのだが。……とまあ、何が凄いのかと言われると、何でもうまく行く。そのために彼は努力ができる。だから羨ましいのである。きっと私が私じゃなかったら、きっと今は悩んでばかりの私も今はうまく行っている彼も、もっと幸せなのだろう。
「キョウコもどっちかと言うと、エイジくんみたいな人だよ」
「えーっ、私そんなにサッカー上手くないよ」
「別にサッカーのことじゃないけどね」
昨日から橘くんにはメッセージを送っていない。送ってはいけない気がした。反省させる必要があると感じた。余裕を持たせてあげる必要があると感じた。
「あっ、そういえばさ。昨日の夜返事来たんだよー! 今度すぽっちゃ行きたいねって話になってさあ」
「橘くんも運動神経よさそうだもんね。キョウコちょっと置いてかれるかもね」
「そーゆーことじゃなくて! いずみんとエイジくんも来るでしょ? もちろん」
「ああ……んー」
昨日の今日の今日である。行きたいなんて言えるわけがない。
橘くんは、私とエイジくんの関係を疑っている。一方的な“好き”の上で出来上がった関係を。
また松永エイジと目が合った。彼は笑っている。私も笑い返す。自惚れとかではなく、多分彼は私に惚れ込んでいる。
「……んー」
橘くんに疑われている状態で、私がボロを出さない自信がない。私のことを好意的に解釈してくれるキョウコやエイジくんならまだしも……そう、橘くんに至っては、完全に私のことを疑っているのだから。
「4人は……また今度にしない?」
キョウコの前で気まずい雰囲気とか、流したくないし。
「あぁ……うん、そっか。それもそうだよね!」
一瞬だけ、目の前の少女が浮かない表情になったのは、気のせいだろうか、いやきっと……私の表情を写し取っているだけなんだ。
「……なんかごめんね……私の
「ううん、ごめん」
気を遣わせて――ごめん。
「私の個人的な用事説」
「何説なんよ」
私が勝手に気まずくなってるだけだから……私が勝手に気まずい雰囲気にしているだけだから。
「ま、でも……いずみんばっかり頼ってられないよね。私も少しは……自分の力で頑張ってみる!」
「うん」
寂しさと、ちょっとだけ肩の荷が下りたような、そんな気がした――私とキョウコが顔を向き合うのをやめ、前を向いたとき、ちょうど松永エイジの出したパスを先輩が受け取っていたところだった。
「シュート!」
「打てッ!!」
綺麗な弧を描いたシュートが、キーパーの頭上を通っていく。
見上げるエイジくんたち。私も、キョウコも、ついついボールに目が行く。
「あっ」
ゴールの白い枠――ゴールポストって言うんだっけ。それに当たったボールが跳ね返る。悔しそうにする先輩や、ボールを追う方へと切り替えた松永エイジたち――数秒後、笛が鳴った。0-0の、引き分けである。
「格下相手に0-0か」
「ちょっと厳しくねえかサッカー部」
野次馬たちは……辛口の評価を下す。私は勿論、サッカー素人なのでそんなことは言う気にさえなれない。
「……惜しかったね」
「……うん。いいシュートだったと思うんだけどね」
「えー、褒めるとこそこなの? いずみんはパスを出したエイジくんを褒めてあげないと」
「そうだね……」
多分、誰も悪くない。
私だけ置いて行かれているような、キョウコがどんどん遠くへ行くような、そんな気がしているのは、多分、キョウコのせいでも橘くんのせいでもない。
「なんだよぉ、今日のいずみん。ご機嫌斜めだね」
冗談めかして笑うキョウコ。図星だ。こんな子にまで察せられてる時点で、お察しなのは、私のバカさ加減だ。
「ううん、そんなことないよ。ほら……エイジくんの試合してるとこも見れたことだし」
「……」
帰り際。黙りこくるキョウコ。私が気を遣わせているのはわかっている。ごめんと思っている。だってキョウコは関係ない。何も悪くない。
「……図星なのが……悪いんだもんね」
そう、結局……図星なのが悪い。橘くんに“あまり好きじゃないんだろ”と無粋なことを言われたから怒っているわけでもない。松永エイジとの仲をとやかく言われたことに不機嫌になっているのではない。私が勝手にキョウコを取られたみたいに思っているから不機嫌なのではない。
私が、橘くんに図星つかれて……そんなことさえ見抜かれてしまう私の愚鈍さに……私自身に不機嫌になっているんだ。そんなしょうもないことで、キョウコに気を遣わせたりだとか……そんなしょうもない気持ちで、松永エイジの試合を見に来てしまったこととか、ただただ今は謝りたい。けど、今の心の中は、誰にも知られたくないから……私だけが悪いことにして、この場はさよならするしかないんだ――
「ばいばい」
「うん、またね」
いつもなら元気に手を振るはずのキョウコも、私の上がらない肩に合わせるかのように、小さく、目立たないように手を振って返してくれた。
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