第7話「7月23日②」

 橘くんは……キョウコと話す時よりも、私と話している時の方が楽しそう……? このキョウコから教えてもらったことが、私の胸に引っかかっていた。


 いや、橘くんは本当に見る目がないバカ野郎だ。


「……こんなかわいい子に片思いされてるなんて……」


 私は絶対にされないんだろうな……。



「あはは、いずみんは私のことが大好きなんだねえ」


 えらく核心をついたことをぽろっと……。


「……探り入れてみてほしい」



 真剣な表情に変わるキョウコの目――うん、と一つ頷き、私はケータイを取り出して、橘くんの“未読”になっているメッセージを開いた。


 探りを入れる、と言ったって、私はそんなこともちろん経験したことが無いからわからない。でもキョウコの頼みなら……キョウコが私しか頼れない状況だから……私がするしかないのだ。


『橘くんってさあ』

『正直ともだちとか多いわけじゃん?』


 私は橘くんの話題――『エイジからフジキューの話聞いたぜ! 楽しかったらしいな』『俺友だちとしか行ったこと無いから正直羨ましいわ!笑』という二つのメッセージ――に返信した。ちょっと話題は逸れてるように見えるが――


『逆に女の子で仲いい子とか、そゆとこ行きたいなって子とかいないの?』


 逸れてるようで、核心に迫る質問――なおかつ話の流れに沿った模範解答である。


「完璧じゃない?」


 出来の良さに思わずケータイの画面を見せてしまう。キョウコは目を丸くする。


「せ、攻めすぎじゃない?」

「今更でしょ。キョウコの方がよっぽど攻めてる」


 いきなり連絡先聞いたり、映画館に誘ったり――


「……まあ、私も展開急いでる感はあるけどぉ」

「でしょ? だらだらすんのも良くないの。わかるでしょ?」


 うん、確か松永エイジくんはズバッって感じで早急に決めに来ていたような。



「ま、返事を待ってる間は勉強集中しよーよ。ね?」


 橘くんにキョウコの頭の中を取られているのが悔しいのか私は。醜い思考だ全く。


「そーだね」


 にっこりと笑ってノートに視線を落とすキョウコ。長いまつげがまばたきと同時に揺れる。


「あっ、そうだ。明日サッカーの練習試合一緒に見に行こうよ」

「そうだね。エイジくんの活躍見届けてあげなきゃだよね」


 まあ1年生でレギュラーって大したもんだと思うし、実際に松永エイジがどれくらいの実力者なのかというのも正直気になる。



「いずみんは良いなあ」


 ぼそっと呟くキョウコの言葉。鼻は高くならない。


「……ほら! するよ! 返信は相手が返したときにしか返ってこないの!」

「あっ、今の名言っぽい! 意味よくわかんないけど」


 ぱっと笑顔になるキョウコを見ていると、この子が悩んでいる姿って、なかなかどうして想像しにくく、想像しているだけで辛いのだろう。でも、この子なりに何とか切り替えたらしく、今は目の前の一次関数に悩んでいるようだ。その方がよっぽど健全。


「ん?」


 ケータイの振動音に、私たち二人は顔を上げた。


「あ、私のだ」


 私のケータイに着信が入っている。松永エイジと橘ヨウキの二人からである。


「誰?」

「エイジくん」


 私は慣れた手つきで松永エイジに返信――しようとしたところで、手が止まる。


『ヨウから今度4人でどっかいこーぜって誘われたんだけど』『どっか行きたいとこある?』


 いや予想もしてなかったわ。橘くんが話を進めるという展開は。


『どこでもいいよ』

『エイジくんが暇な日また教えて!』

『明日の練習試合頑張ってね!』


 3つメッセージを送って、画面を閉じる。大丈夫。これでいい。


「……今度4人で遊びに行くって話、動いてるみたい」

「ああ! そういえばこないだ遊んだときそんな話もしたっけ?」


 Wデートみたいになるから乗り気になれない。決して、松永エイジに彼氏面されんのが嫌とか、そんなんじゃない。


「……はあ、さすがだねエイジくんは。こまめに返信してくれて。橘くんはまだ返ってこないや」

「……だーかーらー。返事は待ってても返ってこないときは返ってこないもんなの」


 私は乾いた笑いで返した。うん、隠しておいた方が良い。誰も得しない。



「さ、このページ終わらせたらフタバ行くんでしょ? さっさと終わらせよ!」


 切り上げることで、切り替えるきっかけを作る。キョウコは何か節目を作ってあげた方が切り替えやすい。そういう子なのだ。



「うん、わかった! ごめんもーちょっとかかるから教えて!」

「おっけー」


 もう今日はケータイなんか見てやるか、そんな強い気持ちでキョウコのノートに向かった。







「はーっ、キャラメル派の私としてはブラック飲めるいずみんがカッコいいよ」


 キャラメルのフラペチーノが似合うキョウコの方が断然羨ましい。しかし、双葉マークが特徴のプラスチックカップの大きさは、私とキョウコで同じサイズなはずなのに、キョウコの持っているフラペチーノの方が大きく見える――顔の小ささがよくわかる。勉強を終え、私たち二人は、カフェに来ている。


 キョウコはかわいいんだよなあ。


「……キョウコはかわいいんだよなあ」


 心の声が漏れてしまったというやつである。


「あはは、いずみんも負けてないよ。ありがとー」


 漏れてしまったからと言って、全部がそのまま受け取られるわけではない。もどかしいような、それで良いんだって思えるような。



「夏休みってまだ始まったばっかだけどさあ。なんか私たち毎日一緒にいるよね」

「そうだね」


 フジキュー行った日を除いて。


「中学のときはできなかったこととか、いっぱいできて楽しいんだあ」

「……私もだよ」


 この私の言葉に、キョウコは振り返ってにやにやしている。


「……ふふ。いずみんと友だちになれてよかったあ」



 私は多分……ぜいたく者なんだ。



 こんな言葉をかけてくれる“ともだち”なんて、そうそういるもんじゃない。


 女子高生である以上、彼氏がいるというのは大きなアドバンテージなのだ。


 勉強も運動も、そりゃまああまり困ったことはない。


 でも、それでも……まだ私は高望みをしている。きっとバチでも当たる。それくらい高望みをしている。今のままじゃ嫌だと思ってるバカな私がいる。




 ふと写真を撮りたくなって、ケータイのカメラをキョウコに向け、シャッターを押すために画面を開いた――4件の未読メッセージがご丁寧に列ねられている。


『エイジと最近めっちゃ仲良くなってさあ』

『和泉さんの話もよくきくけど』

『正直』






『エイジのことあんまり好きじゃないだろ?』

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