第5話「7月22日」

――今度は4人で、か……。


 しっかりと次の約束をこぎつけられた気分がして、私は凄くもやもやしていた。これは、松永エイジに果たして伝えるべき事案なのだろうか……。もたもたしてたら乗り気のキョウコと橘くんが凄く仲良く計画してきそうな気がする。そんなことを考えている内に、電車が来た。


「よっ、サナ。ほら」

「ああ、うん。おはよう」


 電車の中で待っていた松永エイジに笑いかけ、同じ空間に入る。たまたま空いていた席をキープしてくれていた彼の横に座り、私たちは……今日の目的地へと向かう。



 そう、今日は夏休み最初の“デート”というやつなのである。



「……暑かったな」

「うん」


 心なしか、松永エイジの顔にもこわばりが見られる。


「今日の私服……」

「ん?」


 松永エイジに言われ、私はふと自分の脚から上体にかけて目をやった――別に大したこだわりがあるわけでもないが……。


「……かわいいな」

「……あ、ありがと」


 別に大したこだわりがあるわけでもないが……。



 松永エイジの方は、いつものように半袖のシャツにジーンズという、よく言えばシンプル。悪く言えば平凡なファッションであった。まあ、周りからイケメンと言われている彼ならば、似合わないことも無いのだろう。



「あっ、そういえば昨日、キミマブっていう映画見に行ったんだよね」

「あっ、そうなん。どやった?」


 昨日の話題で沈黙を乗り切ろう。そう思い至る。


「少女漫画原作って言われてたから胸キュンするのかと思ったらホラーだった」

「なんじゃそりゃ。逆に気になるわ」


「そう、それでね……キョウコはもう最後ボロ泣き。主人公が瞼刈り取られそうになるシーンがあって……」

「待って凄いネタバレ! あ……タイトルのキミマブって、キミの瞼ってこと?」

「あっ! 凄い! 私も最初は君のマブダチって意味だと思ってたんよね。でも違ったからさー」


 うん。話題に地雷はないみたい。



「キョウコと二人で見に行ったん?」



 あっ。



「あ……うーん」



 橘くんもいるってことは……言っても良いのか言わないほうが良いのか。松永エイジにとって、どこまでが地雷かなんてわからない。


「いや……橘くんもいてさ……なんていうかその……二人いるところに呼ばれた……的な?」


 何その言い訳がましい言い方は。


「あっ、そうなんだ」


 意外と朗らかな松永エイジの顔に、私はこっそり胸を撫で下ろす。こんなんじゃ今日一日持つかわからない。




「あーなるほど。キョウコとヨウをくっつけようとしているわけだな」


 松永エイジの自信ありげな顔に、私はゆっくりと首を縦に振る。事実だけど、事実じゃない。


「あ……そういうことか。ならいいか……」


 小声でぶつぶつ呟く松永エイジ。やっぱり橘くんと遊ぶのは、良く思わないのかな――



「エイジくんって実は嫉妬したりする?」


 冗談めかして聞いてみることにした。


「……うーん。俺は結構するかも」


 あら、意外と素直に認めるのね。


「だってサナモテそうだし。すげえ心配になる」

「ああ……やんわり褒めてくれるスタイルね」


 モテそうだから不安という理論で言えば、私の方が間違いなく不安になるのだが、多分この様子を見るからに私の不安なんて杞憂にしか終わらないはずなんだろうな。


「……当たり前じゃん。俺、サナのことめっちゃ好きだし」


 また恥ずかしげも無く……。でも……好きな人にこんなに素直に好きって言えるって……正直羨ましいな。



 そんなこんなで電車が目的地についた10時ごろ……ケータイの着信が鳴り響くが、フジキューランドに今から入るぞって時にケータイなんて見てられるほど私たちは余裕が無かった。


 大規模な遊具が建ち並んでいる。あちらこちらと視線を上から上へと移動させている間に、焼けた腕が私の右手を引いていく。


「ほら、いくぞ」

「あ、うん……」


 私が“普通”だったら、きっと嬉しい瞬間だったんだろうけど。


 とは言いつつも、レジャーとか、絶叫系の乗り物が大好きな私としては、このフジキューランドは楽しいでしかなかった。絶叫系の乗り物は、長蛇の列を作っているという閉塞的苦痛があるが、乗った時の爽快感と開放感の比ではない。そう、こういう場所は一人でも行けるくらいには好きである。


「わりー。トイレ行ってくるわ」

「ああ、うん」


 でも、今日は一人じゃない。


「……あの子カッコ良くない」

「……良いなあ、あんな彼氏欲しい」


 後ろの女子高生が松永エイジを遠目にちやほやしている。特別鼻の高さも感じない私としては、何だか申し訳ない気持ちにすらなる。


――そういえば、さっきの着信は誰からだったんだろう。ケータイを開き、ラインを見る。



『昨日は楽しかった!』『ありがとう!』

「あっ……」


 橘ヨウキからであった。


「……んー、私にも送ってくれる辺り……やっぱ律儀で良いやつなんだろうけど……」


 私の中で、何かが複雑だった。


「キョウコは……コイツと付き合うのかなあ」


 なんか……嫌だなあ。


「わりーわりー。あ、結構列進んだな!」


 松永エイジが戻ってきた。


「あー、うん……そうだね」

「誰とラインしてたの?」

「えっ」


 見てたの……?


「いや、ああ……別に大した人じゃないし」


 見てたんだとしたら……迂闊に嘘なんてつけない。


「……そっか! あっ、もうすぐじゃん、タイミングバッチリだなー俺」


 朗らかな笑顔に戻る松永エイジ。良かった……さっきのが模範解答みたい。ちょうど、アトラクションに乗る順番が回ってきてくれたおかげで、さっきの話は――空中を颯爽と切る風の中に流せそう――




「あー楽しかったぁ……」


 ケータイを見ることも忘れ、青空を見上げる。暑さも気にならないくらいの爽快感に私は浸っていた。横にいた松永エイジも、同じように笑っている。キョウコは絶叫系とか乗れるんだっけ? なんか苦手そうだけど。



「サナが楽しんでくれたなら、俺は満足だわ」

「えー、そんなこと言っちゃうの?」


 何となくやりづらい。これじゃあ、今度4人で遊びに行こうなんて切り出せるわけ――無いよなあ。


「なあ、サナ。一つ聞きたいことがあるんだけどさ……」

「ん?」


 改まった松永エイジの態度に、私は振り向きつつ首を傾げた。


「……ほかに好きなやつとか……いないよな?」

「えっ?」



 ほかに好きなやつ――か。


「いるわけないじゃん。バカなこと言ってないでさ、早く帰ろ!」

「……はは、だよな」



 何でばれたんだろう……。でも、多分彼が思い描いている“私が好きかもしれない人”と、私が思い描いている“私が本当に好きな人”はきっと異なる。


 松永エイジの乾いた笑いを右耳でそっと聞きながら……私は重い足取りで帰路を辿る。

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