第4話「7月21日」

「おはよー!」


 元気な声が聞こえてきた。前を向くと、手を振るキョウコの姿があった。今、私は学校とは逆の方向へと向かう道を歩いている。


「ごめんね、こっちに来てもらっちゃって……」

「いいのいいの」


 キョウコと合流した私――今から映画館へ行く。


「橘くんは駅から合流するってさ」

「……そうなんだ」


 そう、二人きりでなく、橘くんも一緒なのである。


「楽しみだねー、映画」

「そ、そうだね……どんな映画見るんだっけ?」


「ええ、昨日言ったじゃん! キミマブだよ! 少女漫画原作のやつ!」


 ああ……他愛もないよくある少女漫画を、売り出したい若手俳優&女優を起用してヒットさせる系の映画か……。


「……キミマブって面白いの?」

「あはは、もういずみんったら……まだ見てないんだからわかるわけないじゃん!」


 キョウコに笑われてはっとする――いや待て、私が聞きたいのは前評判なわけだが。


「……レビューでも見てみるか……」



 そんなこんなで駅についた私たち二人――柱のそばに立つ、少し背が高めの男――橘ヨウキくんが立っていた。すぐさまちょっと前の方を歩き始めるキョウコ。


「あっ! 橘くーん!」


 キョウコがかわいい声を出しながら手を振る。その嬉々とした表情を見れているのは橘くんだけなんだなって思うとちょっと悔しい。


「あっ、新津さんと和泉さん一緒に来たんやね」

「……ああ、うん。まあね」


 私の方を向いて言う橘くんに、私は視線を少し逸らす。



「ほら! 早く行こ! 映画楽しみー!!」


 キョウコのことだから、純粋に映画を楽しみたいだけなのかなーなんて馬鹿な期待を持っちゃうのが、バカな私。その横で、キョウコの様子を微笑ましそうに見ている橘くんの様子も少し気になるところではあった。


 ほんと……いつのまに連絡を取り合っていたのやら。



「和泉さんって、エイジと遊んだりとかしないの? この夏休み」

「また聞いてきたか」


 冗談めかしていったのに、橘くんは何かまずいこと聞いてしまったか、と言った表情をする。


「……明日フジキュー行ってくる」

「そっか、楽しみだねそれは」

「まあね」


 まあでも……急遽決まったキョウコとの映画の方が、心なしかワクワクしている自分がいて、何だか申し訳ない。橘くんにも、松永エイジにも。




 電車に揺られて10分ほどで、駅前にある映画館に到着する――まあ、映画館とは言っても、ショッピングモールの上の方にくっついている小規模なものだけど……。



「よいしょ……良い席とれたね」


 キョウコを間に挟み、両脇に私と橘くんが座る。


「新津さん、これってどういう映画なん?」

「ん? わかんないけど、面白そうだなって思って……」


 橘くんも私もよくわからないまま映画が始まった――ワクワクした表情で見ていたのは、キョウコだけだった。





「あー……もう無理……泣きそう」


 涙をぼろぼろと流しながら映画館を後にするキョウコ。


「いや、もう泣いてるじゃん」

「まさかホラーエンドとはね」


 私と橘くんは、なんか保護者みたいな目でキョウコを見ていたと思う。多分。


 少女漫画が原作って聞いてたからてっきり胸キュン系ストーリーかと思いきや、少女漫画は少女漫画でも、ホラー混じってるタイプの少女漫画が原作だったとは……。意表しかついてない。


「まあ、甘いモノ食べて忘れよーよ。ねっ、和泉さん」

「え、ほんとに!? なんかいいとこ知ってんのいずみん!」


 橘くんの提案に食いつくキョウコ。その輝く目を見ると、案内するほかないではないか。



 三人で私が行きつけのカフェに入る。静かすぎない空間は、私にとってはちょうどいい。



「あー、なんか涙流したせいかのど乾いたなー」


 もう元気になってる。かわいい。


「……俺何にしよっかなー」


 んー、にしても……カフェに行くよう私にそそのかした橘くんのさっきの言葉――真意が汲み取れない。キョウコの機嫌をなおすため? 自分が甘いモノ食べたかった……にしては、サンドイッチとかガッツリランチ系のページ見てるし……。


 注文を決めて待っているキョウコが口を開く。


「あ! 橘くんってさー、映画見るとしたらどんなのが良かったの?」

「え……俺あんまり映画見ないからなあ……今日みたいなのも全然面白いと思っちゃう人だし……」


 雑食系ってやつか。


「……ああ、でも……新津さんがああいうの見るの、なんか意外だった! 隠してたんでしょ? 結末が予想外だから」

「え?」

「え?」


 えっ? キョウコがそんな器用な女の子に見えていたのか……?


「全然知らずに見たよ。だからあんなに怖かったんじゃんか!」

「あ、そうなの? なんじゃそりゃ」


 橘くんの顔が綻ぶ――と、自然とキョウコの顔も同じようにくしゃっと崩れる。


 悔しいけどお似合いだ。


「和泉さんは、凄く映画通っぽいイメージを勝手に抱いてるんだけど、どうなん?」


 あ、私そんなイメージ勝手に持たれてたのか。


「……私はどっちかと言うと洋画派だから、キョウコとは正反対だよ」


 自分で言って何だが、良くついてきたな。


「へえ……」


 橘くんは優しさからか、私にも話を振ってくれる。キョウコと二人で話してればいいのに……。私なんか蚊帳の外にしてくれて構わないのに……。


「とかいいつつ着いてきてくれるから、いずみんってすっごく優しいんだよ」


 キョウコと出かけられるならどこへでもって、思っちゃってる自分がいるんだろうな。


「……仲良しなんだね。俺もそういう親友みたいなやつ欲しいなぁ」


「あら、意外なこと言うもんね」

「うん。橘くん友だちいっぱいいるイメージだったけど……」


「ああ……まあ、こうやって和泉さんと新津さんみたいに気ィ使わなくても楽しい関係ちょっとうらやましいなって思ってさ」


――気遣わなくても……か。



 多分、その気遣いの不要さを感じたんだとしたら、橘くんの目は節穴としか言えない。キョウコの普段からの優しさと、私の日々の反省があって、ようやく今に至るのだから……。



「また遊びに行きたいね……あっ! 今度はエイジくんも誘う?」

「ああ、良いじゃん。俺エイジともっと仲良くなりたいと思ってたんだよね」


 勝手に2人で話が進む。


「良いでしょいずみん? 今度4人で遊ぶ計画立てても」

「ああ……うん……」


 今気づいた。私と松永エイジとキョウコと橘くん……もしかして……傍から見ても見なくても、Wデートというやつになってしまうんじゃないか。


 気づいたときには「やっぱダメ!」とはとても言える雰囲気ではなく、ため息しかつけないのであった。

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