という訳で冒頭へ戻る。

げんなり

第1話

「さあ、どのお友達にしますか?」

 久美子が興味津々って感じで聞いてきた。なんだかちょっと楽しんでるみたいだ。

「面白がってるでしょ?」

と、あたしもニヤニヤしながら返す。だってこんなの、真面目に考えたってしょうがない。

 出たとこ勝負だし、多分、正解も間違いも、あんまり関係ないんじゃないかな。

 笑える悪夢だと割り切って、さっさとゴールに走り込み、そしたらこんな惑星、きれいさっぱり忘れてやる。

 目の前には三体のパワードスーツが並んでる。あ、私も同型のやつ着用中、直立歩行するカブトムシみたいなやつね。

 とにかく、あたし以外のその三体、左から傷だらけ錆だらけのスクラップ、

 真ん中のはまあ、新し目できれいなんだけど、大きさがあたしのの半分くらい、

 どうしてこんなにダウンサイジング?、って感じ。

 で、一番右のやつ、ほぼあたしのと同じロットなんじゃない?、て思うくらい姿形はそっくりなのだけど、

 一緒に並ぶとなると、なんとなく癪なのよね、これが。

 飛ばしてるドローンの映像からすると、あたしのスーツはちょっと地味目なメタリックグレイ、

 可動部の要所要所がもう少し明るいシルバー色なのだけど、ま、そんな感じであんまり可愛くはない。

 なのに、もう一体のそいつは全身がうっすらと金色に光ってて、なんか、お姫様とかそんな感じの見た目。

 はっきり言って、バディとして選ぶと苦労するのが目に見えてるそんなわがまま自己中タイプ。

 ぼろぼろ、チビ助、お姫様。どれを選んだところで変わんない。

 だけれども。

「さあ、早く選んでください。冒険の始まりです」

「じゃあね、この子」

と、あたしは指さした。ビシって感じの、決まったポーズ。


 カーゴベイの中にはパワードスーツが二体。

 そのうちの一つには、まあ、あたしが入ってんだけど、もう一体の方は誰が?、って話。

 通信チャンネル開いてくれないし、それじゃあとジェスチャーで意思疎通を図ってもまるっきり無視。

 頑なにこっちと絡むの嫌がってる、ちらとも反応しやしない。

 相手すんのも馬鹿らしくなって、で、今、そいつとはちょっと離れたところに座ってるって訳。

 直立歩行のカブトムシみたいな見た目のあたしたちが、

 絶妙な完璧の他人行儀の距離を保って、お互い死んだように膝を抱えて身じろぎもせずに座ってる。

 なんとも楽しそうな幕開けじゃない?

 あーあ、もう帰りたい。

 やっぱりご辞退申し上げるべきだったかも。

 こんな旅行。 


 そもそも全く知らなかったんだけどさ、

 うちらのガッコのイベントで、

 年度の成績優秀者の2名様に

 素敵でワンダーなご褒美旅行がプレゼント!、らしくって、

 今までそんなの聞いたこともなかったし、

 ま、どっちみちあたしにゃ関係ないかと思ってたから、

 今年選ばれた一人ってのがあたしだって聞いて、さらにビックリ。

 ほんとなら、身に余る光栄とか言いながら、

 しおらしく喜ぶとこなんだろうけど、正直あたしはどうでも良くて、

 というよりどっちかっていうと迷惑な話、

 卒業して次の月になる頃には、慣れない仕事にへとへとになってるはずなので、

 どうせなら、それまではたあくんと二人、

 のんびりごろごろいちゃいちゃしてたいなと思ってた。

 学生の頃ほど頻繁に会えなくなるってのも分かってたしね。

 たあくん、今何してるんだろ?

 一人でいい子にしてるかな?


 視界の片隅にアラートが上がり、あたしの注意が引き戻される。

 え、あ、何? 何?

 と、慌ててるのはあたしだけではなく、もう一つのカブトムシも落ち着きなく動き出した。

「作戦開始まであと10秒」とスーツが宣言する。

「何よ、作戦って?」

 それには答えず、

「9、8、7、6」なんてカウントしてる。

 そこに「セット」と声が重なって、唐突にあたしの体がしゃがみ込む。

「はあ? 何やってんの、この」と、逆らったけど、こちらからの入力は遮断されてるっぽい。

 体がピクリとも動かせない。パワードスーツというより拘束衣、なんだかとっても、すごく不愉快。

「やめなさい。人権蹂躙だわ」と、もう一体から聞こえてきて、推測するに、強制的に通信チャンネルがシンクロされたっぽい。不機嫌そうなお高くとまった感じの声がギャーギャー騒いでる。

「そうだそうだ、異議なし!」って賛成してあげて、親しみある言葉を待ってたのだけど、そういうのはね、なかった。

 ただただ文句を言ってるだけで、あーあこんな子と二人で冒険旅行?、勘弁してよね、ったくって肩をすくめたかったけど、無理。

 ひーん。

 冷静になって見ると、あたしたち二人、あっちもこっちも、まるで綺麗に同じ体勢をとって何かのタイミングを待ってるみたいなの。

「3、2、1、射出」

 と、アナウンス。ばーんと床が弾けて、

 2体のパワードスーツは、待ち兼ねてたように慌ただしく、まだ薄暗い大気中へと射出された。

 ものすごいGが一瞬、でも直ぐに感じなくなる。あはは、楽しい。なんかガス?

 作戦情報窓には高度が10000メートルぐらいから、目まぐるしい感じで減ってってる。

 気の遠くなる高さから、超高速で落下する二体。

 「フルオペレーション」

 と宣言され、途端に何にも感じなくなる。

 暗闇に意識だけが浮かんでる気がして、その直後、あたしなんてものは影も形もなくなった。

 

 あ、これは聞いたことある奴だ。

 最初にあたしはそう思った。

 湖かなんかで、女神様っぽい人、ってか神様が姿を現して尋ねるの、

「あなたが落としたのはこの銀の斧ですか? それともこちらの金の斧ですか?」

 で、そんなこと言われた木樵がなんて答えたかっていうと、

「私が落としたのはそのどちらでもありません。鉄製の古びた、でも使い心地の良い斧なのです」

だったかな。とにかく正直な感じの答え。

 で、その欲のない正直な答えが評価されて、結果ご褒美として金銀鉄の三つの斧を貰うって話。

 大体、落っことしたのはなんの変哲もない鉄の斧で、しかも多分自分の不注意で落っことしたのに違いなく、

 ただその事実を述べたからって、どうして評価されるのか分かんない。

 そんなに正直ってのは誉められるようなことなのか?

 ま、ここで終われば普通に、ああいいお話だったねって感じなのに、

 どうしても教訓めいたふうにしたがるのが悪い癖。

 ストーリーはこんなふうに進む。

 正直木樵の僥倖を小耳に挟んだ欲深木樵、自分にもそういうラッキー展開があるべきだとばかりに、

 早速自分の鉄の斧をぽいっと水の中に沈めた。

 しばらくすると女神様が現れて、

「こちらの金の斧かい? それともこちらの銀の斧?」

と聞いてくる。しめたとばかりに欲深木樵、

「あー、私の落としたのはその金の斧に間違いございません!」と、食い付いた。

「ほんとに?」

「ええ、確かに」

「間違いなく?」

「はい。一点の曇りなく」

「この大嘘つきやろう! お前に渡す斧などない!」

と、女神様は水の中に消えてしまいました。

 さざなみすらなくなった静かな水面をしばらく無言で見つめていた欲深、堪えきれぬようにくくくと笑い始めます。

 初めは小さかったその声も堰を切ったように大音声となり、森の木霊も答えるほどの高笑い。

「あんなゴミみたいな古い斧、ちっとも惜しくなんかない。丁度捨てようと思ってたくらいさ。それより、なるほど、こんな感じでここをゴミ捨て場にしてやるか、いろんなものを落っことして、そうしてたまーに金銀貰えりゃ、それで十分、万々歳!」

 欲深木樵はタダでは起きない。

 さて、あたしはどっちの木樵になるのだろう。


「フルオペレーション解除します」

 ぼんやりと明るさを感じて、そしたら一気に感覚が戻って来た。

 足の裏と膝に鈍い痛みを覚えたけど、すぐに消える、暑いなと思ったそばから、温度が気にならなくなる。

「状況を説明して」、とにかくコマンド。

「無事到着いたしました。宇宙軍惑星強襲モードでの着地シークエンスでしたので、教練の不足を考慮し、フルオペレーションでの作戦行動といたしました。現在通常作戦モード、ご自由に行動いただけます」

「って、あたし、何をすればいいのさ? あとさっきの子は、どこ?、そばにいるの?」

 バイザー越しの視界はそんなに広くなくって、だから、あたしクルクル回りながら上見たり下見たりして、結果ちょっと気持ち悪くなる。

「分かんないよ」

 あたしが立っているこの場所、前方に目の前に大きな湖があるのだけれど、背後の岩山にも遠く続く草原にも、不恰好なパワードスーツなどどこにも見当たらない。

「索敵ドローン射出します」

 左肩あたりに軽い動作音を感じてそちらに目をやったのだけど、何が起きてるのかはよく分からなかった。

 ただ、「ドローン映像です」の声の後、視界の半分に俯瞰で一体のパワードスーツが見えて、なんとなく手を挙げてみるとその映像のやつも手を挙げたので、なるほど、これがあたしなのねと少し理解する。旋回しながら映像範囲を広くとっているようだけど、しばらく見てても動くものはあたしだけ。

「別行動って訳? まさかこんなとこでも何かを張り合わせるってんじゃないでしょうね?」

 なーにがご褒美旅行だってーの、これ最後の戦いって感じじゃん。一体、何をさせるつもりなんだろ?

「ゴールに早く到着した者が勝者です。そのためのサポートが本件の任務です」

「ゴールってどこよ? てかサポートって何よ、知ってんなら連れて来なさいよ、あたし、参加しない、棄権する」

 心底うんざりして、あたしは本心を訴えた。勝ちとか負けとかどうでもいい、もう帰りたい。

「気持ちを推測します。ほぼシュミレートできたと思います。20%程同意します。しかしせっかくの機会ですから、という論理構造をアウトプットします」

 スーツに組み込まれたAIなのだろうか、それとももっと広範囲に広がる戦略コンピューターみたいなものなのだろうか、ま、どっちでもいいけど、他人事だと思ってやけに楽しそうに聞こえる言葉。

「あんた、あっちのスーツと連絡取れるの?」

「着地時点から、お互いに完全自律行動体となりました。あたし、を使っても良いくらいかと判断します」

「へぇ。面白いね。そっか、じゃ、あんた久美子ね。このスーツ組み込まれてるから、く、み、こ! OK ?」

 しばらく答えがなくって、冗談とか通じないのかなって少し不安になった頃、甘い香り暖かい空気を、あたしは感じた。

「何、これ?」

「失礼いたしました、名前を頂いた感謝の気持ちです、伝わらないでしょうか?」

「音声でお願い。一人だとその方が気も紛れるし」

「了解いたしました。対話を優先インターフェイスとします。で、早速ですが」

「何よ?」

「お友達は目の前に」

「はぁ?」


 と言うわけで冒頭へ戻る。




             了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

という訳で冒頭へ戻る。 げんなり @tygennari

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る