第2話 謳う愚者

「今日もみんな1日お疲れ様。それじゃあ乾杯!」

「「「乾 杯カンパーイ!!!」」」


 昼に食べたバーガーのスタミナパワーとの協力で、同僚の案件を定時内に終わらせたリーと五十嵐と俺はその助っ人を誘い、終業後に行きつけの居酒屋に来ていた。


「ゴクッ…ゴクッ…カァーーーッ!やっぱ一仕事終えた後のビールはうんめぇなァ!いや〜、ホントに今回はマジで手伝ってくれてありがとうございます、一文字センパイ!」

「僕は大したことしてないよ。ちょっとアドバイスしただけだし、三門くんと五十嵐さんも居たから早く済んだんだよ。それにしても二階堂さんは良い飲みっぷりだねぇ。」


 このとても謙虚で大人な男性は「助っ人」もとい「一文字いちもんじ 翔一しょういち」、年齢29歳で俺の務める会社の本部長、つまり「千田部長ハゲデブ」より立場は上である。俺とリーの入社当時は自分たちの教育係をしてくれた、恩人中の恩人である。


「そんな謙遜しないでくださいよセンパ〜イ、アタシらは昔からセンパイには頭上がらないんすからァ〜」

「おいリー、恩人だと思うならもちっとシャッキリと感謝しなさい。いやーすいません一文字さん。」

「良いんだよ。普通デカい仕事終えたらゴーカイに飲みたくなるもんだし。あ、そう言えば福袋ガチャ引いた?」


 一文字さんは俺とリーの恩人であると同時に、俺のオタクの師匠(?)である。入社当初の新人歓迎会の際、昔好きだったアニメを語り合いそして意気投合したのがキッカケで、今や推しの情報を共有し合う仲である。


「引きましたよ〜…八百比丘尼ヤオビクニでした…いや良いんですよ?持ってなかったし、見た目エロいし。でもぉ…ムラマサ…欲しかったなぁ…」

「なるほどね〜、それじゃあ…お見せしよう!征服ライダー!」

「なんだって!?それは本当ですか!?」


 一文字さんが突き出したスマホを見ると、画面には某「マケドニアの大王」をイメージしたキャラクターのステータス画面が映されていた。


「ウソだ…ウソだソンナコトー!!!」

「ムラマサガチャを引いた、お前が悪い」

「…はい、次からはちゃんとピックアップ内容確認します。」

「人間、反省無くして成長無しだ。成長の為にいっぱい食べな、今日は僕の奢りだからね。」

「はい!あざっす!…ああぁ〜サワラうめぇ…」


 この時、自分が確認出来たのは「一文字さんは神」だということと「奢ってもらうサワラの刺身は絶品」ということである。


 それと同時に自分自身の理想と現実が乖離していることも再確認してしまった、自分は一文字さんのような素晴らしい人間にはなれないのだと。


 そんな事を考えている俺に、五十嵐が声をかける。


「どうしたんですか?ミカ先輩」

「え…あぁ、サ、サワラが美味かったからさ、味わってたんだよ。」

「そうなんですね〜。じゃあ私にもくださいよ〜」

「ああいいぞ、取り皿貸してくれ。」

「あ、そのままで…いいですよ。」

「そのままって、どお食うつもりだ…よ…」


 ツッコミながら五十嵐の方見ると、口を大きく広げている。いわゆる「あーん」の型である。それを目撃した俺は動揺…することも無く冷静に反応した。


「五十嵐、食事中のマナー違反でマイナス50点だ。」

「ちぇー、ミカ先輩のあーんチャンス逃した〜」

「なんだあーんチャンスって」

「…別になんでもないですっ、サワラください」


 五十嵐は少し不機嫌そうに取り皿を差し出した。多分、少し虚無ってた俺を元気付けようとしたのだろう。感謝はしておこう。


「はいどーぞ…ありがとな」

「な…なんのことですか」

「いや別に、五十嵐はいつも頑張ってくれてるからな、たまには感謝しとかないとと思ってな。」

「そうですか…それはこちらこそですよ、先輩にはたくさん助けて貰ってますし…」

「お、社交辞令も言えるようになったか。偉い偉い」

「むぅ…からかわないでくださいよぉ…」

「ハハハ、あーんするか?」

「もうっ、ミカ先輩たらぁ〜…エヘヘ」


 とりあえず後輩の笑顔を取り戻したところで、リーをふと見ると、「ニチャア」と聞こえてきそうな笑顔でこちらを見ていた。一文字さんの方も見てみると、完全に子を見守る親のような爽やかで温かい笑顔をしていた。


 その後飲み会が終わり現地解散し、俺は帰路に就いていた。


 俺はふと考える、

 「何故、自分の人生は平凡なのか」、

 「何故、自分の人間性は凡庸なのか」と。


 高校からの友人は結婚し、順風満帆な人生を送っているように見える。

 有能な先輩は誰からも信頼され、然るべき場所で活躍している。


 勿論、妬んでいる訳では無い。誰かが幸せになるのは見ていて嬉しいし、誰かが活躍するのは応援も出来る。

 只、俺はその「誰か」と同じ土俵には居ないのだ。


 そう、俺は「平凡な人間」なのだ。


 俺の心に、穴が空いた気がした。


『その平凡な人生、変えてみたくはありませんか』


 声が聴こえた。「耳に聴こえた」というより、「脳に直接伝わった」気がした。


 俺は立ち止まり、辺りを見回す。

 すると、真横に古びたテントが張っていた。人が一人入れるサイズの小さなテントである。柄は赤と白のストライプ。

 住宅地のアスファルトの道にそぐわない上に、派手な柄が更に異様さを増す。


 俺はその異様さを確認しつつも、そのテントに吸い込まれるように入っていった。


 テントの中は、外観からは想像出来ない程広く、至る所に骨董品やアンティークのようなものが配置されていた。

 木目調の床や柱に、火の灯ったシャンデリアなど、中世ヨーロッパのような室内でさながら"店"のようだった。

 外の夜道より明るいが、怪しく不気味な雰囲気が漂う。

 そんな店内を見回していると、


『何かお探し物でしょうか?』


 夜道で聴いたのと同じ声が、今度は自分の耳に入り、俺はその声のする方に顔を向けた。


 そこにはローブを被った男が、腰を屈めて立っていた。顔は下半分見え、口角の上がった口がフードからチラリと覗く。


「探し物ですか…特には…」

『そうですか、いや構いませんよ』


『貴方様が欲するものはもう知っておりますので』


 ローブの男は意味深な発言をする。男の口角は上がったままである。


「俺の…欲しいもの?」

『はい、仰らなくとも結構でございます。』


 男がそう言うと、長方形の小箱を取り出した。


『これが貴方様の欲するものへと導き、幸福をもたらすでしょう。』


 俺はその小箱を手に取り、開いた。


「カード…?」

『タロットカードにございます。』

「…これで自分を占えってことですか?あんまり自分、占いとか信じてなくて…」

『自ら占うことは不要です。このカード達が貴方様を幸福へ導くことでしょう。』


 すっげぇ胡散くせぇ。もしかして宗教?ウチは無宗教だからパスで。


「…宗教の勧誘なら俺は結構です。」

『そんなこと関係ございません。貴方様が何を信仰しようと、これらは貴方様を幸せにするでしょう。』


 あーそっちか、スピリチュアル商法ね。俺はそんなのアテにしないから。金は一銭も出さんぞ。


「…でもお高いんでしょ?」

『何を仰いますか!代金は結構にございます。このカードに代償は必要ございません。』

「え、タダ?」

『タダでございます。』

「マジで?」

『マジでございます。』

「もしかしてこれ…いわくとか付いてる?」

『ございません。精霊が宿っております。』

「…精霊ってことは、九十九神ツクモガミ的な?」

『そうでございます!流石、八百万ヤオヨロズの神がむ国に住まれるお方!』


 【九十九神ツクモガミ】とは、端的に言えば「道具に宿る神様」である。「付喪神」とも書く。

 「八百万ヤオヨロズの神」と言うのも、「物は一つ一つに神様が宿っているから、大切にしなさい」というような日本特有の考えが反映されたものである。


「で、そのカードに宿った精霊が俺を幸せにすると」

『その通りでございます。精霊達の導きで貴方様の人生は幸福に満たされることでしょう。』


 相変わらず胡散臭いが、タダでくれるし、呪いの一品でも無いみたいだし、有難く貰っておこう。

 タロットモチーフのバトル漫画とか好きだし。高速パンチとか時止めとか出来たり…は無理だと思うが。


「あ…ありがとうございます。」

『貴方様の人生に幸福があらんことを』


 気がつくと、俺は夜道に戻っていた。


 夜道に張っていた小さなテントは、忽然こつぜんと姿を消していた。


 俺はテントが張っていた場所に、紙のような何かが落ちているのを見つけ、手に取る。


 落ちていたのは、貰った小箱に入っているカードと同じものだった。そしてカードには、こう書かれていた。


 『No.0 THE FOOL愚者』と。





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