第8話
数舜の沈黙があったが、口火を切ったのは彼女からだった。
「おいおいおい、私とあろうものがレディーファーストという言葉をご存知でない?」
「お前は中身男だろが、というかそもそもレディーファーストの起源は男性の盾となることで男性を優先するともいえる。なので本来の意味で考えれば私が食べるのが道理。もしかしてご存知でない?」
「知ってますぅー、言葉は時代とともに変わるんですぅー、お前だって美しをかわいいって意味で使わないでしょ、それと同じだから、おわかり?」
「うるせえ!大体日本は法の下の平等があるんだから男女平等じゃボケ!」
「そんなんだからモテねえんだよ!」
「お前言ってはいけないことを…、というかそれおまえにも当てはまるから!私だけじゃねえから!」
「違いますぅー、今は美少女なので関係ないですぅー」
言い争いはヒートアップし、しばらく続いた。お互い少し息切れし始めるぐらいには疲れ始め、とりあえずこの不毛な言い争いを終わらせよう、そう思った。何が悲しくて同じ人間同士で言い争っているんだ。
「よし、とりあえず、お互い譲る気はないんだな」
「当然」
何が当然なんだこいつ、我ながらふてぶてしいなおい。けど、多分相手も同じこと思ってんだろうなぁ。そう思うと少し笑えて来る。
「なに笑ってんだよ」
「いや、なんでもない」
彼女も同じくこの不毛な言い争いには飽きていたようで話し合った結果、じゃんけんで決着をつけることになった。
じゃんけん、シンプル故に後でもめることもない。それに代々食べ物を争う時の定番の方法である。給食が懐かしい。デザートをかけて戦ったあの日々と似たようなことをまたすることになるとは思わなかった。というか、この年になって小中学生と同じことしてると考えると若干恥ずかしい気もしてくる、なんでプリンでこんなことになってるんだ。しかし、今更後に引けるわけもなく、プリンを譲るのは癪なので、湧いてきた羞恥心をなかったことにして勝負方法を確認する。
「じゃんけんの3回勝負で勝ったほうが食べる、OK?」
「3回勝負は先に3回勝ったほうが勝ち?それとも先に2勝したほうが勝ち?」
「先に2勝で」
「OK」
その一言を契機に緊張感が漂う。
適当に手を出す、なんてのはあり得ない。たとえどれだけ馬鹿らしくともこれは真剣勝負、思考を休めるな。相手は自分。つまり、単純な運に任せるよりは考えて手を出したほうが勝てる確率が高いだろう。ちらりと相手の様子を伺うが、相手も適当に出すなんてことは考えていそうにない。考えろ、自分はいつも最初何を出していた。じゃんけんなんて久しくしていなかったが記憶を掘り返していく。
チョキ…いや、グーか?パーではない気がする…。なら、グーかチョキ。グー、グーだ!グーを出していた気がする。不確かな記憶だが、なんとなくそんな気がする。一度そう思えばそれが正しく思えてしかたない。よし、グーだ相手の最初の手はグー、これしかないだろう。つまり、パーを出せば勝てる!。
・・・・
とか思ってんだろうなぁ。甘い甘い、そこのプリンよりも甘い考えだよ、それは。
相手が女になったからって考え方や性格とかは変わんない。いや、ちょっと変わってたけどね、黒歴史を作る一端を担ってたけどね。それは置いておこう。あれに関しては思い出したくないです。
なぁ、男の私よ。自分は初手グーを出してた気がする、ならパーを出せば勝てる、その結論に行きつくのはお前だけじゃない、当然私も行きつく。
お前の様子を見たときわかったよ、あ、こいつ適当に手を出すなんて考えてないってね。相手が初手を読んだなら、その裏をかいたチョキで私が勝てる!。
・・・・
とか思ってんだろうなぁ。そこのプリンより甘い。どうせこの例えも思いついてんだろうなぁ…。ちょっと恥ずかしい。
それは置いておいて、パーを出せば勝てる?そんなわけがない。相手も自分なのだからこの結論には当然行き着く、行き着かないわけがない。だって私が行き着いたんだから。同じ人間が考えれば同じ結論に至る。当然だろう。ならパーを出す、そんなことはしない。相手がパーを出すのだから出す手はチョキになる。これに勝つのはグー。皮肉だよな、考えた結果がいつも考えず出してた手を出すなんて。けど、これで勝ちだ!
・・・・
お互いに思考を巡らせあうこと数分。正直、お互いが相手の裏を何回かくかという実質運ゲーになることは気づいていた。というか、彼女も気づいているだろう。
「気づいてる?」
彼女が問いかけてきた。やっぱり彼女も気づいてた。結局行き着く先は同じなんですね。この数分無駄すぎる。
「当然、お互い、時間無駄にしたな」
「本当にね」
「準備は?」
「できてる」
お互い出す手は決まったようで、雰囲気が少しぴりつく。
「「最初はグー、じゃんけん」」
「「ぽん!!」」
お互いが自分の手を出す。視界に入ってきた手は私が出したチョキと彼女の5本全部の指を広げた手、つまりパー。私の勝ちだった。よっしゃー!勝った!よしよし!
じゃんけんに勝っただけなのになぜか興奮が止まらない。これが勝利の高揚感?無駄に緊張感があったためか異様にテンションが上がる。
「とりあえず、一戦目は私の勝「はい、2戦目いきまーす、じゃんけんぽん」
彼女が私の言葉を遮り唐突に2戦目が始まった。急に言われて出す手なんて考えられるわけもなく、出した手はグー。彼女の手はパー。彼女の勝ちだった。
「いや、それはずるく「ずるくないです、作戦勝ちですー」
「喋ってる途中じゃん…」
まともにしゃべれもせずうなだれる。彼女の方はと言えば、自分の勝った手を見せつけるように広げた手をこちらへ向けていた。ふふふっと言わんばかりのどや顔付きで。めっちゃむかつく、何がむかつくってどや顔が無駄に可愛いことがことさらむかつく、なんだこいつ。
「というか、ずるいって言うけど、たぶんそっちも私が勝ってたら思いついてたんじゃない?」
正直否定はできなかった。勝ったことの高揚感で何も考えずにいたが、相手が急に勝負を始めたときはその手があったかと思ってしまった。
「これで1対1、次の勝負次第だぞ」
彼女がどや顔で発した言葉の通り、私たちの戦いは最終戦へともつれ込んだ。
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