第6話

寝れない。

寝れるわけがない、なんかシリアスな雰囲気になったはいいものの、だからといって現状が変わるわけでもない。つまり、何が言いたいかというと、美少女と同じ布団は緊張する。いや、緊張なんてレベルではない。現状を正しく認識すればするほど、動悸は激しくなり、体温がいやに上がっていくのを感じる。

彼女はどうなのかと思えば、泣き疲れたのかすうすうと寝息を立てて寝てしまっていた。

おうおう、人の気も知らないでよう寝てますわ。こちとら寝るに寝れねえんですけど…。

悶々としながら寝ようとしていた中、彼女は寝返りを打ちだした。私と彼女は背中合わせで寝ていた。背中をくっつけあい寝ていたわけではなく、少し距離を取り狭い布団を共有していた。

しかし、彼女が寝返りを打ったことでその距離はゼロに近づき、いやほとんどゼロ、つまり彼女の体の一部が私の背中に触れるか触れまいかぐらいの距離にまで近づいた。触れてるんじゃない?触れていないの?気のせい?確認しようにも布団を離れてしまえば確認のしようがなく、彼女の方向を向けば触れているか触れていないのかの二択ではなく、触れているの一択になる。いや、触れているではなく、私から触れにいったになるのではないだろうか?そう考えるとやはり確認のしようがない。日本人大好き、シュレディンガーの猫状態である。猫を安易に殺してしまうシュレディンガーを多用する日本人どうなの?そう思わないでもない。

思考がそれてしまったが、そんなことは関係なくて、この状況をどうにかしなければいならない。どうにかすると言ってもどうしようか。そんなことはわかりきっていて寝ればいいのだ。彼女を居ないものとして寝てしまえば明日の自分がどうにかしてくれるはずだ。何かあった場合、恐らく未来の自分は過去の自分に悪態をつくだろうが知ったことではない。というか前にも似たようなことあった気がする。目には目を歯には歯をというハンムラビ法典に従えば私にもやり返す権利は存在するので、遠慮なく未来の自分に押し付けたい。争いがなくならない理由はこういうことなんだろうなぁ…。

他にも、布団を出るという方法もある。けれど、一緒の布団で寝てくれと彼女から頼まれてしまっている。べ、べつに一緒の布団で寝たいわけじゃないんだからね!頼まれたから寝てあげてるだけなんだからね!

…嘘です。いや、全部が全部嘘だというわけではないが、美少女と一緒の布団で寝るという甘酸っぱいリア充イベントを味わいたいという思いがないわけではない。現状は、甘酸っぱいわけではなく心臓がバクバクいってうるさくて仕方ないが。

このまま考え続けても仕方がない。寝よう。彼女のことは考えずに、寝よう。考えないなら布団を出てしまって寝ればいいのでは?そう思わないでもないが。やはり今後出会うことがないかもしれないリア充イベントは逃したくない…。美少女と一緒に寝る(意味浅)機会は惜しいのだ。

そう思い、寝ようとするも寝れない。彼女と触れているかもしれない部分が妙に熱く感じる。決して嫌な熱さではないが、心臓がうるさい。これは果たして錯覚なのかそれとも彼女の体温が伝わっているのか。どちらでもいいが気になってたまらない。

そう思いながらも、人は目をつぶって寝ようとしていればいつかは寝れるものらしく、私はいつの間にか寝てしまっていた。



・・・・



チーンという音で私は目を覚ますと、パンが焼けた良いにおいがした。

寝ぼけまなこをこすりながら起きだした。


「おー、起きた?朝ごはん昨日と同じでいいよね?」


「あ、うん」


一瞬誰?なんで?美人局?と昨日の朝と似たようなこと思ったが、意識がはっきりしだすと昨日のことを思い出した。あぁ、そうだね、美少女になった自分と一緒に暮らすことになったんだ。何言ってんだこいつと思わなくはないが、これが現実だから仕方ない。

彼女が用意してくれた朝食を一緒に食べる。


「あ、コーンスープなくなったし、パンもあと一切れしかないから」


「んー、了解。じゃあ、今日買ってくるか」


「ついて行こうか?」


「いや、いいよ。逆になにか欲しいものとかある?」


「とくにないかなぁ」


昨日の寝る前の会話については触れずに、当たり障りのない会話を続ける。思い返せば昨日はなんだか気恥ずかしいことを言っていた気がする。黒歴史はいつ何時製造されるかわからないんだなぁ。いるようでいらない人生の教訓が増えたね。この教訓を今後二度と思い出さないことを祈ろう。


「…ん、昨日のことなんだけどさぁ」


製造されたばかりの人の黒歴史に触れるのはやめろぉ!


「いや、お前は黒歴史だと思ってるかもしれないけどさ、私的には結構うれしかったよ」


恥ずかしそうに笑いながら彼女はそう言った。それなら、黒歴史を作った甲斐があったのだろうか。


「いや、なし!今のなし!」


「なんでだよ、黒歴史作った甲斐があったと思ったのに」


「いや、恥ずかしいわ、なんなら私が今、絶賛黒歴史製造中だわ」


「なんで、お互いに黒歴史を作ってるんですかねぇ…」


お互いになんだか可笑しくて笑いあった。こんな日常が続くなら、彼女との暮らしは悪くないのかもしれない。

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