第5話
私の部屋はワンルームの狭い部屋だ。一人暮らしには十分な広さがあると認識しているが、ここで問題が出てきた。ワンルームということは彼女がシャワーから戻ってきたとき全裸である可能性が高い。いや、というよりは確実に出てくる。健全な青少年にとってそれは喜ばしいことであるかもしれないが、さすがにこの状況では良心が咎める。自分が行く当てもない美少女の裸をなし崩しにみてぐへへと喜べるほど下卑た人間ではないと信じたい…。そんな風にどうにもならないことをうだうだと悩んでいると、浴槽のドアが開く音がした。
「あがったよー」
「お、おう」
あがったよー、じゃないんだよ。こっちは悩んでるっていうのにあいつは気にしていないの?えぇ…
「あ、一応言っておくけど服着るまでこっちみんなよ」
さすがにそんなことはなかったか、よかった。良かったというより
「わ、わかってるって」
「…見せよっか?」
もし今何か飲み物を飲んでいたら確実に噴き出していただろう。え、もしかして私って痴女だったの?女性として生まれてたらこうなってたの?そんな馬鹿な。そんなわけないよね、ないと言って。
「なに、変態なの?痴女なの?」
「いや、違うけど。んー、まあ、なんでもない。忘れてくれ。服着たしお前も浴びて来いよ」
「あ、はい」
なんかおかしくないか?情緒不安定?それとも自分って自覚してないだけでほんとはこういった人間だった?いや、さすがにそれはないだろ。こんなおかしいやつだと思いたくねえ…
「浴びないの?」
「いや、浴びてくる」
そう言って私は浴槽へと向かった。今まで乾いた状態で使い始めていたお風呂場が湿度を持っていて違和感を感じる。ここであいつもシャワー浴びてたのか…。いや、やめよう私が変態みたいになってる。何も考えず無心で髪と体を洗いちゃっちゃと浴槽からあがる。
「ういー、戻った」
「あがったなら、さっさと服着て寝よう。今日はもう疲れた…」
「それはほんとにそう、早く寝よう…」
言われた通り服を着て寝る準備をしだす。準備も終わり寝ようとしたとき問題が起きた。いや、正確に言うなら今まで気づいていなかった問題に気付いた。再三言うが私は一人暮らしだ。ついでに言えば家に誰か泊めるような友達もいない。それが意味することは、布団が一つしかない…。
「おい、布団どうする?」
「はあ?いや、どうって…あぁ一つしかないか…」
さすがにこんな疲れた状態で床で寝るなんて御免被る。かといって、彼女を床で寝させるのは罪悪感がある。どうしようか悩んでいると。
「いいよ、狭いけど一緒に寝よう。というか寝てほしい」
「いや、それはあれでしょ、問題じゃない?というかなに?どうかしたか?さっきからなんか変じゃないか?」
「うるせえ、さっさと寝るぞ」
そういうと彼女は乱暴に私を布団へと入れる。その後電気を消し、当然のことと言わんばかりに彼女が布団に入ってきた。一人用の布団を二人で使えば当然狭いというかはみ出す。
「もうちょっとこっちによれよ」
「お、おう」
流されるまま彼女のそばによる。シャワーを浴びたばかりだからなのか彼女の体温が伝わってきたのかそれともその両方か体が暖かい熱を持ち出したように感じる。心臓も嫌に高なっている気がする。心音がうるさくて寝れるかこんな状況。寝れないよりましだ、床で寝よう。体が痛くなるかもしれないというか、なるだろうがそれでもこの疲労の中で寝れないよりましだ。そう思い布団を出ようとした時
「なあ、私って何なんだろう?」
「え?」
何って、美少女化した自分だろう、そのはずだ。もしくはそれを騙るなにかか。でも、後者はないだろう。自分しか知らないことを知っているし、そもそもそんなことをするメリットがない。そう彼女に伝える。
「そうなんだよ、一応そのはずなんだよ。けど、わかんなくなってきて…」
「どうした?だいじょぶか?」
私の心配の声を無視して彼女は続ける。
「あのさぁ、今日下着とか買ったよね。お前だったら女性用の下着見たってなにも思わないだろ?今真面目な話してるから興奮するとか言ったら殴るからな」
「いや、まあ店にあるの見ても特に何か思わないけど…」
「思ったんだよ、私は。あ、あれ可愛いとか、今までだったら思わないようなことを思ったんだよ。一応今までの男としてのというかお前としての記憶はあるしそれが自分の記憶だっていう実感もある。でも、だからこそ今までだと思わなかったようなことを思ってる自分がいるってはっきりわかって…。それに浴槽で自分の体洗ったりしてるときに、ないはずのものがあって、あるはずの物がなくて、自分って自分じゃないんだってなって…」
「それに、今の私ってお前しか頼れないじゃん?だからなにかかえしたほうがいいかなって…」
そう言う声は徐々に小さいものになっていき、彼女が自身の気持ちを言い終わるころには彼女はすすり泣いていた。最初のころはおそらく理解できてなかった、というより実感がわいていなかったんだろう。それが今までにない思考と自分が自分でなくなったという確固とした証拠によって実感がわいてしまったのだろう。冷静に考えれば恐怖以外の何物でもない。自分が自分でなくなり、頼れる人が世界中で一人しかいなくなる。その事象を私はおそらくどこか他人事だと思っていた。だから彼女の違和感のある行動に、その気持ちに気づけなかった。自分の事ながら情けない。どれだけ現実外れでもこれが現実で彼女に寄り添える人は私しかいない。だから、私は彼女に寄り添わなきゃいけない、いや、違うな。しなきゃいけないではなく、したいんだ。なんとなくだけどそう感じた。
「…まあ、どれだけ自分が自分じゃなくなったと感じても、それでも多分お前は私なんだよ。なんとなくだけどそう感じる。だから私はお前を助けるし、お礼なんていらない。逆の立場でもお前は同じことをしてたよ。だから気にするな」
「なんで、同じことしてたって言えるんだよ…」
「だって、お前は私なんだから。私がしてることはお前もしてるよ」
「そっか、そうだよなぁ、だって私はお前なんだもんなぁ…」
すすり泣くのではなく、声をあげながら彼女は泣いた。私が彼女に抱いている想いは何なんだろうか。恋慕か憐憫か自己愛かそれともそのどれも違うのだろうか。それでも、彼女に寄り添いたいと思っていることだけは確かだった。
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