第25話「最高の晩餐」

 三つの迷宮を訪問した私たちは、無事に必要な食材を入手して〈骨骸の門〉に戻ってきた。出掛けている間に家妖精シルキーたちが縫ってくれたエプロンを身につけ、早速キッチンに立つ。


「それじゃ、始めましょうか」

「うん!」


 キィちゃんも白いバンダナで髪を纏め、やる気十分だ。

 戸棚の影から家妖精シルキーたちが心配そうに伺っているが、今回ばかりは手出し無用と伝えてある。キッチンが爆発したり迷宮が崩壊したりなんてことがあれば別だが、ギリギリまで自分たちの手で進めたい。


「まずはお肉をミンチにするところからね。グウェルからも貰ったのは……これか」


 木箱の蓋を開けると、丁寧に梱包された肉塊がある。私がいつも注文しているものよりも随分と良い肉だ。グウェルめ、キィちゃんの可愛らしさに目が眩んだか。


「ミンチなら、任せて」

「ウィニってそういうの得意なの? なら、任せるわ」


 エプロンを身につけたウィニが腕を捲ってやる気を見せる。ならばどうぞ、と木箱から取り出した大きな肉塊を渡すと、彼女は素手で握りつぶした。


「ふんっ」

「ええ……」


 ぐちゅりと潰れる肉塊。たしかにミンチっぽいけど、ミンチって包丁とかで刻むんじゃなかったかしら。


「ウィニ、力持ちだね!」


 ぐちゅぐちゅと肉を壊していくウィニを見て、キィちゃんがぱちぱちと手を叩く。曇り気のない瞳を向けられ、ウィニは白い頬を赤らめた。


「これくらい、守護者なら誰でもできるよ」

「ほんとに!?」


 ウィニの言葉に、キィちゃんがばっとこちらへ振り向く。私は慌てて首を左右に振って否定した。

 たしかに守護者は他の魔族や魔獣とは比べものにならないほどに強いが、とりあえず私は無理だ。シューレイも多分それほど力はないだろうし、コンポールも身体の構造的に不可能だろう。

 魔術を使えばなんとでもなるだろうけど、単純なフィジカルなら私は雑魚も良いところなのだ。


「ウィニ、あんまり変なこと吹き込まないでよね」

「そんなに変なことかな……?」


 ウィニ特製のミンチよりひどいミンチ肉に調味料を混ぜ込む。捏ねるのはキィちゃんの担当だ。

 その間に私は竈の前に立ち、カボチャのポタージュに着手する。これなら非力な私でも何とかなるはず。


「硬ッ……!」


 コンポールの農園で貰ってきたカボチャがめちゃくちゃ硬い。岩かと思うほど、全くもって包丁が欠片も進まない。いっそハンマーで砕いた方が早い気がする。


「ルビエラ、ヨロイカボチャは包丁じゃ切れないよ」


 見かねたウィニがそう教えてくれた。なるほど、コンポールの農園で魔力を沢山吸って育ったカボチャは特別製なのか。

 ならば――


「“霊錠解放:亡霊騎士ファントム”」


 ちょろっと魔力を流しながら鍵を回し、扉を開く。そこから飛び出した両手剣の刃が、すぱんっと軽くカボチャを斬った。


「ルビ様すごいっ!」

「ふふん。魔術を研鑽すれば、こういうこともできるのよ」


 今のは扉から亡霊騎士ファントムに剣だけを出させた。これの応用で首狩りの影シャドウリーパーの鎌の先っぽだけ出せば、ワインのコルクを抜くのに便利だ。

 あんまり人前で見せるような使い方じゃないけれど、どう使おうが私の勝手なのでよし。


「ルビ様、できたよ!」

「あら、上手ねぇ」


 キィちゃんがバットに並んだ肉だねを披露する。

 彼女の小さな手に合わせた可愛らしいサイズだが、ちゃんとハンバーグの形になっている。ちゃんと真ん中もすこし凹ませていて、ばっちりだ。


「それじゃあ、早速焼きましょうか」


 キィちゃんに火を使わせるのはまだ不安なので、私が作業を交代する。油を引いたフライパンに肉だねを並べ、ジュッと小気味の良い音が鳴ると、キィちゃんは嬉しそうに飛び跳ねた。


「ルビエラ、料理うまいね」


 鍋に蓋をしてハンバーグを蒸し焼きにしながら、隣でポタージュをコトコト煮込んでいると、後ろからウィニが覗き込んでくる。味見用の小皿にポタージュを少し取って渡すと、彼女は少し驚いたように言った。


「昔取った杵柄ってやつかな。むかーし、ちょっとだけ自炊にハマってたこともあったから」


 あの頃は自炊にハマっていたというか、より正しく言うなら自炊せざるを得なかったというか。まだ家妖精シルキーたちもいない時代だったし、勇者の侵攻や迷宮もなくて暇だった。

 ここ数千年は鍋すら持っていなかったけど、体は案外覚えているものだ。


「ウィニも案外上手いじゃない」


 私の背後では、ウィニがエビフライの準備を進めている。キィちゃんが卵を割り、ウィニが硬くなったパンを砕いてパン粉にしている。一応、おろし金も出しているのだけれど、使っている様子はない。


「私は、砕くのなら得意。いつも食べてるスープもそうやって作ってるから」


 ウィニは様々な材料を煮溶かしたスープで栄養を補給している。その材料の中には硬いものもあるようだが、それも全部腕力で砕いて入れているらしい。

 見掛けによらずフィジカルも強いあたりが、彼女が第六迷宮の守護者を任されている所以だろう。


「ルビ様、できたよ!」

「ありがと。じゃあ、危ないから離れててね」


 ウィニとキィちゃんが作ったエビフライを、油の中に入れていく。跳ねた油で火傷でもしたら大変だから、キィちゃんには離れていて貰う。

 それでも、バチバチと泡立ちからりと揚がっていくエビフライを見て、キィちゃんは歓声を上げていた。

 コンポールの農園で育った瑞々しいトマトとタマネギを使ったナポリタン、皮がパリパリになるまで焼いたソーセージ。とろりと濃厚なカボチャのポタージュ。ハンバーグとエビフライ。全ての料理が完成した時、私たちはすっかり空腹になっていた。

 熱したプレートに料理を盛り付け、ダイニングへと運ぶ。椅子に座ったキィちゃんは、唇を噛んでそわそわとしていた。


「ウィニは魚で良かったの?」

「うん。魚らしいのは、久しぶりだし。楽しみ」


 キィちゃんの要望で、私は大きな厚切りステーキ、ウィニは魚の丸焼きと、絵本の通りにしている。これだと私が父親でウィニが母親になるが、まあそこは代役ということで堪えて貰おう。


「ああ、ようやくこうやって皆で食べられるのね」


 食卓が整ったのを見て感慨深くなる。勇者の襲撃やら何やらで、随分と後回しになってしまったが、今回で全て帳消しだ。むしろそれ以上のものができた。

 キィちゃんはナイフとフォークを握りしめ、もうこれ以上堪え切れそうにない。私は苦笑しながら、食前の挨拶を始めた。


「――……。それじゃ、頂きます」

「いただきますっ!」

「頂きます」


 プレートの上に横たわるステーキにナイフを差し込む。透明な肉汁が溢れ、鉄板の上で脂が弾ける。内部は良い具合に赤身が残っていて、完璧な焼き加減だ。

 肉を食べるなど何年ぶりだろうか。口に運び、咀嚼する。上品な脂が溶け出し、肉本来の旨味が広がった。


「グウェル、良いお肉を出してくれたわね」


 カボチャのポタージュも濃厚だ。付け合わせの野菜も新鮮で、歯応えがある。

 ウィニが食べている魚も、パリパリと皮を破ればみっちりと白い肉が詰まっている。

 キィちゃんは口をケチャップとソースで汚しながら、一生懸命にフォークを動かしていた。


「いいわねぇ」


 束の間の平穏を噛み締めるように、ゆっくりと食事を続ける。こうやって食卓を楽しめるのも、ヤムボーンが遣わせた闇龍ヒュカのおかげだろう。今ばかりは、奴の存在にも少しは感謝の念を送ってやる。

 彼からは特に連絡は来ていないし、迷宮でも問題は起こっていないのだろう。案外、有能なのかもしれない。グウェルから貰った肉の中には、彼に差し入れるぶんもある。存分に食事を楽しんだ後にでも、持って行ってやろう。


「ルビ様、ハンバーグ! 美味しいよ」

「ほんと? じゃあ一口貰おうかしら」


 ともかく、今はひとまず、この至福の時間を楽しもう。

 そうして私は、キィちゃんが突き出したフォークに顔を近づけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る