第14話「壁を越える者」

 ウィニと共に守護者の間に戻った私は、中ボス達とカラスの群れを再び迷宮に放った。

 その後、キィちゃんも連れて〈骨骸の門〉の居住区に向かい、宴会を始めた。


「食事も久しぶりねぇ。胃が動くかしら」

「普段はほんとに飲まず食わずですもんね。よくやりますよ」


 テーブルに付き、給仕が料理を運んでくるのを心待ちにする。

 私やキィちゃんは本来何も食べずとも動くことはがきる。

 不死者アンデッドとは元来そういうもので、だからこそ優秀な労働力として他の迷宮からも求められているのだ。とはいえ、食べられないわけではないし、味も感じることはできる。

 グウェルからも、少ないが肉獣も貰っているし。


「ほーら、キィちゃん。肉獣の丸焼きよ」

「わーい!」


 前菜やらスープやらが続々と運ばれてきて、ついにメインディッシュの肉料理がやってくる。大きなワゴンに乗って現れたのは、こんがり飴色に焼かれた肉獣だ。カラスの希望も受けて、七面鳥もある。


「ウィニも遠慮なく、どんどん食べてね」

「うん。ありがとう」


 体が大きく、私たちと違って魂ある存在であるウィニは、細身の上半身に反して良く食べる。早速、大きな肉獣の脚をもいで、小さな口でかぶりついた。


「普段は、あんまり固形物を食べてないけど、おいしいね」

「ちゃんと食べないと駄目よ。頭も回らなくなるでしょ」


 一日の大半を読書と研究に費やしているウィニは、食事の手間を省くため、栄養を煮溶かしたスープで餓えを凌いでいる。それでは不健康だと言っているのだけれど、あまり聞いてはくれないようだ。


「ルビ様、これ美味しいよ!」

「よしよし。どんどん食べて良いからね」


 キィちゃんも口の周りをグレイビーソースで汚しながら、料理を詰め込む。リスのように膨らんだ頬に思わず笑いながら、ナプキンでソースを拭ってあげる。


「いやぁ、一仕事終えたあとのトリ肉は格別ですねぇ」


 カラスも器用に羽を使いながら、大きなターキーを啄んでいる。一丁前にナプキンを首にかけて、食事を楽しんでいるようだ。


「さーて、私も早速食べようかしら。いただきま――」


 全員が料理に手を付けたのを見届けて、私もナイフとフォークを手に取る。給仕が切り分けた肉獣のロース目掛けて、手を伸ばす。その時だった。


「ぶふぉっ!?」

「うぎゃっ! ちょっと、カラス。何を吹き出してるのよ!」


 突然、隣のテーブルに乗っていたカラスが肉片を吹き出す。憎らしいことにわざわざこちらに顔を向けたせいで、それを全て受け止めた私は、椅子を蹴倒して立ち上がった。


「ちょ、まま、待って下さい! 緊急事態が発生したんですよっ!」


 怒りにまかせて拳を振り上げる私に、羽を広げてカラスは言う。焦燥感を帯びたただならぬ空気を察して、私も冷静さを取り戻す。

 私が落ち着いたのを見て、カラスは口を開いた。


「ゆ、勇者が攻め込んできました」

「はい?」


 その言葉に私は思わず耳を疑う。

 あり得るはずのない報告だ。カラス本人も、黒い瞳に困惑を浮かべている。


「も、門は?」


 ウィニが確認する。


「閉まってるわ。今も」


 外界――人間界と〈骨骸の門〉を繋ぐ扉は、しっかりと閉じている。私が閉じて、カラスもそれを確認したのだから、確実だ。勇者が入ってくる隙間など、一分たりともあるはずがない。


「ならなんで――」

「消去法ね。世界の壁に穴を開けられたわ」


 あらゆる可能性を検証し、取り除き、最後に残ったものが真実だ。しかし、それは到底受け入れがたく、カラスもウィニも愕然としている。

 人間界と魔界――〈骨骸の門〉を含めた迷宮世界群は、世界単位で隔絶されている。こちらから扉を閉ざせば、入ることも出ることも不可能だ。なのに、現にこの迷宮には侵入者が検知されている。

 不可能を可能にする存在。世界の壁を打ち壊し、強引に侵入するほどの力を持った存在。


「勇者め……ッ!」


 奥歯を噛み締め、拳を固く握りしめる。

 新調したばかりの迷宮に穴を開けたのは、まあどうでもいい。まだ術式が安定していないから、仕方ないという見方もある。

 しかし許せないことが一つある。


「キィちゃんとの団欒を邪魔しやがって。万死に値するわっ!」


 動かない心臓が熱く燃え上がる。全身に憤怒の力が漲った。どす黒い魔力が抑えきれず、テーブルに並んだ豪華な料理たちが急速に腐敗していく。


「キィちゃん、ごめんね。ちょっと行ってくるわ」

「……うん。キィ、ちゃんと待ってる」


 一瞬悲しそうな目をした後、キィちゃんは健気に笑う。その表情が本当に可哀想で、可愛くて、思わずぎゅっと抱きしめた。


「ウィニ、キィちゃんを頼めるかしら。世界の壁を越えるほどの力を持ってる奴は、厄介だわ」

「うん。任せて。ちゃんと守るよ」


 普段は勇者の立ち入らない第六迷宮で研究を続けているが、最後から二番目の関門を任されるだけあって、ウィニの戦闘能力はかなり高い。彼女ならば、安心してキィちゃんを預けられる。


「カラス、状況は?」

「死なず烏248匹が消滅。斬首の黒騎士ホロウ・ナイト1体、生吞する泡バブルイーター2体、膿み爛れる百面アシッドフェイス2体が倒されました」

「はぁ!? なんつー攻略速度よ……」


 淡々と上げられた被害報告に、思わず目を開く。カラスはともかく、わざわざ隔離していた中ボスの大半がすでにやられてしまうとは。

 このぶんでは、雑魚たちも早速灰になっているだろう。


「勇者の数は? パーティ規模ってことはないわよね。少なくとも中隊規模、大隊もありえるか」

「そ、それが……」


 カラスが言い淀む。そんな暇は無いだろうと目で急かすと、彼女は恐る恐る口を開いた。


「よ、四人です」

「――は?」


 再び、耳を疑う。

 四人と言えば、ほとんどパーティの最小構成人数ではないか。その規模で、この時間で、これほどの被害を出したのか。


「素性は!」

「――あ、“暁の勇者”レオンハルト。以下、三名です」


 カラスの言葉を受けて、ついに言葉を失ってしまう。暁の勇者、過去三回の死を経験した勇者。それも、三度目はついさっきだ。復活してすぐに、これほどまで早く立ち直り、挑んできたというのか。

 明らかな異常事態。信じがたいほどの成長速度。驚愕すべき不屈の精神。魔王陣営にして“真の勇者”と言うしかないほどの、圧倒的な力。

 どれほどの加護を受けているのだろう。どれほどの力を、その身に宿しているのだろう。


「――カラス。“四呪骸”を解放しなさい」

「よ、“四呪骸”ですか!?」


 カラスが翼を大きく開いて驚く。

 “四呪骸”は、〈骨骸の門〉に封じている保険の一つだ。自由にさせておけば、迷宮それ自体を壊されかねないほどの力を秘めた強大な存在――“世界崩壊ワールドクラッシュ”の四柱。状況さえ整えば、迷宮守護者でも命を落としかねない。

 それを解放するということはつまり――


「全面戦争よ。ここを越えられても良い。ただ、全身全霊の力を以て、できうる限り勇者の力を削ぐ。グウェル以下、他の守護者にも緊急事態を通達して」

「りょ、了解しましたっ!」


 慌ててカラスが飛び出していく。

 それを見送り、私は不安そうに見上げるキィちゃんの柔らかな金髪を優しく撫でた。

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