第13話「再構築」
闇の中へと身を沈める。粉々に砕けた館の残骸が無数に浮かぶ、全てが死んだ空間だ。重力も曖昧で、時の流れは一定ではない。私やカラス以外の存在が入ったら、その形さえ保つことなく溶けてしまうだろう。
迷宮そのものと直結している守護者たる私と、迷宮全体の管理を担っているカラスだからこそ、海の中を泳ぐように進むことができている。
「さて、このあたりかな」
闇の中に揺蕩う柱の上に足をつける。このあたりが、守護者の間と外門の中央、迷宮区の中心にあたる。ここから一気に、迷宮の再構築を行う。
「“闇の迷い子、光の捕食者。輪廻の狭間に隔絶せよ。哀れな羊を贄に捧げる。朽ちた体を組み直せ、死した灰をかき集め、赤き心臓を再び揺らせ”」
キィちゃんの悲鳴によって死んだ迷宮が息を吹き返す。無数の瓦礫が活発に動き出し、再び新たな形へと再構築されていく。
事前に設計していた図を思い描きながら、館の形を決めていく。前の館は部屋が多かったから、今度は廊下が多くて入り組んだものにしよう。
床板が張られ、柱が並ぶ。漆喰が塗られ、窓枠が組まれる。壁紙が貼られる。ガラスが嵌められる。燭台が並び、蝋燭が置かれ、火が灯る。混沌とした世界に秩序が生まれる。
気がつけば、私はほの暗い廊下の真ん中に立っていた。
「どう? カラス」
「よろしいかと。歪みや乱れも見られません」
肩にとまったカラスは、なんとも味気ない感想を伝えてくる。もう少し、私の建築センスを褒めてくれても良いんだけど。彼女も彼女で、再構築された迷宮とのリンクに手一杯なのだろう。
私はため息をついて、次の工程に移る。舞台が整ったのなら、あとは演者を用意しなければ。中ボス達は守護者の間に隔離しているが、雑魚は迷宮諸共死んでしまった。
「“霊錠解放:
鍵束を掴み、扉を開く。
黒い靄の内から現れたのは、様々な
この鍵は少し特殊で、〈骨骸の門〉の迷宮区とは隔絶した場所にある〈
「さて、こっちは終わったわよ」
「こちらも丁度掌握が完了しました。お疲れ様です」
私が扉を閉じると同時に、カラスの方も作業を終わらせた。これで、私たちがやるべき事はほとんど完了した。
「あとはウィニにお任せね」
今のままでは、迷宮と言っても複雑な間取りをしたボロい館だ。勇者であれば、多少迷いながらでも簡単に守護者の間まで辿り着いてしまう。
そのため、より迷宮としての完成度を高めるための仕上げが必要だった。
「る、ルビエラ」
不意に背後から名前を呼ばれ、振り返る。
そこに立っていたのは、下半身が巨大な黒蜘蛛の姿をした黒髪の少女、第六迷宮〈幻影の書庫〉の守護者、ウィニだった。彼女は分厚く大きな本を胸の前に抱え、八本の脚を折ってこちらに顔を近づけた。
「早いわね。助かるわ」
「うん。迷宮の基礎構築が終わったみたいだったから。早く、新しい術式を試したくて」
白い頬を赤くして、少し興奮してウィニが語る。
彼女は幻影魔術の
勇者の襲撃とはほとんど無縁な第六迷宮の、無数の蔵書に埋もれながら、彼女は昼夜を問わず幻影魔術の研究を進めている。定期的に迷宮の構造を根本から変える我が〈骨骸の門〉は、その研究成果を発表する良い機会だった。
ウィニはカラスから迷宮の構造について教えられると、早速魔術の準備を始める。魔力の糸を編み、魔術的な意味を持つ図形を形作っていく。人間の魔法使い達が使う魔方陣に似ているが、原理は根本から大きくことなる。どちらかと言えば、私の扱う霊錠の方が近い。
ウィニはそれを用いて、世界を改変していく。
「“手繰り寄せる、蜘蛛の糸。引き延ばす、蟲の糸。迷わぬように、外れぬように。糸は切れ、風に飛ぶ。縁は切れ、首は飛ぶ。気付かぬあいだに暗い底、気付いた頃には蜘蛛の糸。雁字搦めの中で藻掻く。動くほどに深みに嵌まる”」
ウィニが歌うように言葉を紡ぐ。魔力を帯びたそれは、迷宮の床や壁に染みこんでいき、その構造を変えていく。
私たちの立つ廊下が、毎秒ごとにランダムな場所へと接続を変えるのが分かる。ウィニの魔術が完成すれば、二度と同じ道順を辿ることはできない。不運なものなら、無限に終わらないループの中に入ることもあるだろう。
ウィニの幻影魔術は極限まで研がれ、今では空間をねじ曲げる改変の域にまで到達していた。
「うん。これで大丈夫」
「ありがとう、ウィニ。前のよりも更に強度が上がってるわね」
最後の仕上げを終わらせ、無事に仕事を完遂させたウィニを労う。彼女はにへらと笑みを浮かべ、本で口元を隠した。
「ルビエラのおかげ。こうして実践できるから、研究も進む」
「そのおかげでこっちも助かってるんだから、ありがたいわ」
ウィニの魔術が迷宮を堅固なものにして、実践の中で彼女は更なる改善点を拾っていく。まさに一挙両得の仕組みになっていた。
「それじゃ、守護者の間に戻りましょうか。今日は勇者も来ないし、ぱーっと騒ぎましょう」
「おおっ! いいですねぇ。わたくし、七面鳥の丸焼きとか食べたいです」
「アンタはカラスでしょうに……。まあ、いいわ。ウィニもどう?」
「うん。ぜひ、お邪魔したい」
一仕事終え、力が抜ける。どうせ門は閉じていて、勇者達も襲撃も無いのだから、宴会を開くのが、改装後の恒例になっていた。
私たちは足取りを軽くして、鼻歌混じりに帰るのだった。
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