第12話「泣き女」
迷宮の改造に際してまずやらなければならないのは、守護者の間に壊したくないものを集めることだ。具体的に言えば、放っておけば生まれてくる雑魚以外の、中ボスクラスの
「ルビエラ様。
普段は私と攻めてきた勇者くらいしか入ることのない守護者の間は、迷宮区の中で唯一改変が行われない。この部屋以外にいる存在は、迷宮の組み替えに巻き込まれて粉々に砕かれてしまうため、生成にコストの掛かる中ボスクラスの
広い部屋に集められたのは、首無しの騎士、ボコボコと泡立つ濁ったスライム、悲鳴と嗚咽を上げ苦悶の表情を浮かべる無数の顔の団子。それぞれ、私が契約している
「分かった。それじゃあ、模様替えを始めましょう」
守護者の間には、私とキィちゃんとカラスも揃っている。カラスの配下も、巣に帰った奴ら以外は部屋の中にいる。中ボスもちゃんと揃っている。
それら全てを確認した上で、私は作業に取りかかった。
「“閉門せよ、隔絶せよ、隔離せよ。何人たりとも踏み入ること叶わん。世の壁は閉ざされる。何人たりとも出ることは叶わん”」
久しぶりに口にした呪文は、迷宮の扉を閉めるキーワードだ。これによって第一迷宮〈骨骸の門〉は他の世界――特に人間界との接続が断たれ、改装中に邪魔が入ることもなくなった。
迷宮の改装はもっとも無防備になる瞬間だから、こういった前準備は周到にしておかねばならない。守護者の間まで一直線に来られて、私がぶっ倒されるだけならまだしも、最奥に封印されている七秘宝に到達されでもすれば、大失態だ。
「迷宮の扉の閉鎖、完了しました」
「こっちでも確認できてるわ」
守護者である私は、迷宮の内部にいればある程度の状況は把握できるようになる。扉がしっかりとしまっているのを確認して、私は隣に立っているキィちゃんの方へ向き直った。
「それじゃあキィちゃん、ぱーっとやっちゃって」
「うん! いくよ――」
キィちゃんはぎゅっと両手を握り、可愛らしく力を溜める。カラスたちが部屋の隅へと逃げていき、中ボスたちも防御姿勢を取る。
「――ぁ」
キィちゃんが大きく口を開けた。喉を絞るようにして、声を発する。微かに漏れ出た音が呼び水となり、それは増幅する。
「ァァアアアアアアアアアアアアアッ!」
悲鳴の嵐が吹き荒れる。守護者の間に積み上げられた人骨の山が崩れ、数羽のカラスが天井に叩き付けられた。私とカラスは平然としているが、カラスの配下、そして中ボスたちは一様に苦しげに悶絶している。
「アアアアアアアアアアアアアアアッ!」
キィちゃんは息継ぎすることもなく、大きな悲鳴を上げ続ける。喉が裂け、口元から一筋の血が垂れる。大きく開かれた目からは滂沱の涙が流れだし、そこにも赤い血が滲む。
これこそが
特にキィちゃんは特別な
「キャァアアアアアアアアアアアアッ!」
キィちゃんの声に、金属に爪を立てるような甲高いものが混じり始める。日頃、抑制し続けていたために、彼女の内部には魔力が濃縮されて貯まっている。迷宮の改造の時にでも発散してあげないと、キィちゃん自身がそれに耐えられなくなる可能性もあった。
キィちゃんの口からは泡だった血が流れ、瞳は裏返って白目を剥く。その小さな体で音を増幅させ、死を呼び起こす。
通常の
「ルビエラ様、迷宮の崩壊が始まりました」
「早かったわね」
〈骨骸の門〉全体に、キィちゃんの悲鳴が染み渡る。死は終焉、万物の崩壊だ。迷宮は役目を終え、その形を失っていく。
朽ちた館の壁が剥がれ、柱が折れる。窓が割れ、床が砕ける。迷宮内部に取り残された
迷宮の改装とは言っても、〈骨骸の門〉の場合はキィちゃんのお手軽死の呪文による破壊と再生だ。グウェルの〈餓獣の檻〉とかなら、闘獣の順番を変えるとかその程度で、迷宮そのものまでは弄らない。ウチがこうしているのは、勇者の侵攻が多すぎてその程度の小技ではほとんど効果が出ないからだ。
どうせやるなら、大規模にざくっとやった方が良い。年末の大掃除だってそんな感じで終わりが見えなくなっていく。
「ウィニ様の術式も崩壊しました。無名魂魄と瓦礫の融合が始まります」
「よしよし。キィちゃん、もう大丈夫よ」
カラスの報告を受けて、なおも叫び続けているキィちゃんの肩に手を置く。涙を流しつづける彼女を安心させるように、ぎゅっと抱きしめる。優しく背中を叩いてあげる。
そうしているうちに、ゆっくりと、ゆっくりと、キィちゃんの声も小さくなり、可愛らしいしゃっくりに変わった。
「ありがとう、キィちゃん。完璧だわ」
「ぴっ。うん、キィ、頑張ったよ。ぴっ」
血と涙で汚れたキィちゃんの顔を拭って上げる。すぐにカラスの部下が飛んできて、咥えていたタオルをキィちゃんの頭に乗せた。
「さあ、あっちでゆっくり休んで。あとは私のお仕事だから」
「ぴっ。うん。ルビ様、頑張って」
「ええ。もちろん」
ふわふわの金髪を撫でてあげると、キィちゃんは柔らかく口を綻ばせる。
ほとんどのカラスが倒れ、中ボスたちが情けなく蹲っている中で、彼女は一輪の花のように可憐だった。その笑顔を見れば、どれだけ疲れていても無限に元気が湧いてくる。
「カラス、行くわよ」
「承りました」
カラスを肩に乗せ、守護者の間に取り付けられた大きな扉を押し開く。外に広がっているのは、ぐちゃぐちゃに砕かれた瓦礫と名も無き魂たちが彷徨う無限の闇。崩壊した迷宮の成れの果てだ。
私はキィちゃんに小さく手を振って、その闇の中へと飛び込んだ。
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