第11話「カラスの群れ」
我が〈骨骸の門〉に帰還すると、すぐに異変に気がついた。迷宮の守護者は、迷宮のことをある程度把握するような力が備わっているせいだ。けれど、そうでなくとも、例えただの一般人だったとしても、何かがおかしいことは分かったはずだ。
「なに、これ?」
バサバサと羽ばたくたび降り積もる黒い羽。カァカァと賑やかな声の重奏。静謐で厳粛な空気に満ちている迷宮が、今やその痕跡すら無くしている。
館の中には無数のカラスが入り乱れていた。
「――霊錠解放、“
開かれた扉から、無数の羽虫が現れる。青やオレンジの炎で燃える翅を羽ばたかせ、乱痴気騒ぎのカラス共の中へと突っ込んでいく。
「ぎゃあああああっ!? あっつ、あっつ!」
こんがりとカラスの群れを焼いていると、その中から悲鳴があがる。私はその声のする方へと歩み寄り、ギャアギャアと騒ぐカラスの頭をむんずと掴んだ。
「おい、カラス」
「ひっ!? る、ルビエラ様、お早いお戻りで」
「むしろ遅くなったわよ」
乾いた笑い声を上げながら、カラスが私の手からの逃れようと藻掻く。当然、それを許すはずもない。
迷宮の主が居ない間に、随分と好き放題やってくれたようだ。最期にその理由くらいは聞いてやってもいいだろう。
「それで、何があったの?」
カラスの小さな頭を指先で締め付けながら質問を投げる。奴はぶわりと羽毛を膨らませ、慌てて言葉を吐き出した。
「ゆ、勇者が攻めてきたんですよ! だから仲間を呼び出して、撃退してたんですっ」
決して遊んでいたわけではない、とカラスは弁明する。その隣では、迷宮に転がっていた頭蓋骨を蹴って騒いでいるカラスたちがいる。
「勇者が攻めてきたって、いつものことじゃない。
「それが、かなり強い奴でして。守護者の間まで辿り着きそうだったんですよ」
その言葉を聞いて、私は頭が痛くなる。
「そこまで進まれそうなら、私を呼び戻しなさいよ。出発前にちゃんと言いつけたでしょ」
「いやいや、連絡はしたんですが、応答がありませんでしたので」
すかさずカラスから突っ込みが入る。それを聞いて、はたと気がついた。
「……結界かぁ」
ミラによる結界だ。
カラスからの通報は、その堅固な壁に阻まれて、中にいた私まで届かなかったらしい。そうと知れば、悪いのは私で、奴はできることをしたまでだ。
「ごめん、こっちの不手際だわ」
頭を離してやると、カラスは胸を撫で下ろす。
私も勢い余って殺さなくてよかった。色々と鬱憤が溜まっていたせいで、感情のままに動いてしまうところだった。
「それで、勇者はどうなったの?」
「死にました。こっちも同胞が300羽ほど死にましたが、問題はありません。巣に運び込んで、眠らせておりますよ」
「良くやったわね」
カラスは、カラスだが普通のカラスではない。〈骨骸の門〉に棲んでいて、群れの長であるコイツなど私の側近を務めているのだから、当然と言えば当然だが。
カラスの群れはかなりの規模になっているし、死んでも巣で休めば甦る。それなりにコストも嵩むため、奥の手のような扱いだが、私が留守をしている間の代わりとしては十分すぎるほどに優秀だった。
「それで、勇者はどんなやつだった?」
「例の“暁の勇者”ですよ」
その名前に、思わず声が出る。“暁の勇者”レオンハルトと三人の仲間たち。一度殺され、一度殺したパーティだ。二度の死を体験したにも関わらず、心折れず挑戦しに来たらしい。
結果としては、カラスの群れに啄まれて死ぬことになったわけだが、私は彼らに対する認識を改めることにした。
「二回死んでも挑戦を続ける勇者は、大抵長続きしちゃうのよね」
一度死んでも、次がある。しかし、二度死ねば、大抵の人間は心が折れる。その絶望を乗り越えたものこそが、本来の意味での勇者だろう。ほぼ間違いなく、彼らは三度目の死も乗り越えて、再びやってくる。
「はぁ、憂鬱だわ」
「魔王らしくないですねぇ。もっと、不敵に笑ったらどうですか?」
「殺しても死なないゴキブリを叩いてるようなもんよ。面白い……とか思うわけないでしょ」
向こうから見れば勇敢かも知れないが、こっちからすればしつこいだけだ。できる限り早急に心を折って頂きたいが、そうするためにはこちらが相手しなければならない。
いっそここを素通りさせて、〈餓獣の檻〉も乗り越えさせて、〈邪霊の廟堂〉でバッキバキに心を折って貰おうかと、邪な思考が脳裏を過る。しかし、故意に勇者を通過させるのは守護者として許されないし、それが知れたら面倒くさいことになる。
やはり、できる限りのことはしなければならないのだ。
「カラス。これから少し働いて貰うわよ」
「さっきまで絶賛労働中だったんですがね。ま、わたくしはルビエラ様の側近ですし、何なりとご用命を」
忠実ではあるが、口の減らないカラスに呆れる。とはいえ、奴に言葉を与えたのは私だし、自業自得と言えばそうだろう。
軽く一つため息をついて、私は奴に命令を下した。
「これから、〈骨骸の門〉の大改装を行う。手伝いなさい」
「なるほど。承りました」
彼女も模様替えの必要性は感じていたのだろう。特に反論なども無く、素直に受け入れられる。
今までも迷宮の改造は幾度となくやってきたが、面倒なことには変わりない。ウィニの幻影魔術によって、常に構造が変化し続ける迷宮を、その変化の法則の根底から手を入れて、大きく改変していくのだ。疲れるし、時間は掛かるし、魔力も物資も膨大に溶けていく。
それでも、定期的にやらねば勇者が学習してしまい、攻略が容易になってしまう。まあ、年末の大掃除みたいなものだ。やるなら覚悟を決めてぱぱっと手を付けた方が良い。
「ルビ様!」
「キィちゃん!?」
やるぞやるぞ、とやる気を溜めていると、背後から可愛い声で名前を呼ばれる。驚いて振り返ると、頭に三角巾を着けて、バケツと箒を携えたキィちゃんが、胸を張って立っていた。
「お掃除、するんだよね。キィも手伝う」
メイド服の袖を捲り、やる気を見せるキィちゃん。彼女の健気な姿を見て、私は思わず口を手で覆った。
「うぅ。キィちゃんが自らやる気を見せてくれてる。なんて可愛いの……ッ!」
「親馬鹿ですねぇ。そもそも、キィ様がいらっしゃらないと、迷宮の改造はままならないではないですか」
肩にとまったカラスが羽を広げて何やら言っているが、その言葉も耳に入らない。今はキィちゃんの優しさを受け止めることだけに精一杯だ。
「ルビ様、大丈夫?」
「うん、大丈夫大丈夫。ちょっと昇天しかけただけだから」
「ええっ!?」
目をまん丸にして慌てるキィちゃんをぎゅっと抱きしめる。柔らかいほっぺたと頬を摺り合わせ、彼女の匂いに癒やされる。
「――よし。それじゃあ、始めましょうか!」
気合い十分。一発入魂。
私は早速、迷宮の改造に手を着けた。
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