第7話「定例会合」
魔王城七迷宮は、勇者を撃退し大魔王様を守るという共通の使命こそ持っているものの、普段はそれぞれ独立した異界として存在している。そのため、報告書による情報の共有以外では接点も少なく、グウェルが私を呼び出したり、私がホルムスの元へと駆け付けた事の方が、イレギュラーな事態だ。
そんな交流な希薄な守護者たちも、定期的に顔を合わせるタイミングがある。大魔王様の招集によって開かれる、守護者会合だ。
「そういうわけで、キィちゃん。ちょっと出掛けてくるわね」
「うん。ルビ様、気をつけてね」
会合の時にだけ身に纏う、ちゃんとしたドレスを着て、キィちゃんを抱きしめる。
守護者会合は頻度がさほど多くない代わりに、やるべき事が多い。勇者が侵入してくれば転移魔術を使ってでも飛んで帰ってくるが、そうでなければ代理の守護者を置いて、しばらくは帰ってこられない。
キィちゃんと会えなくなるのは、この身が引き裂かれそうなほど悲しいが、こればかりは仕方ない。
「カラス、キィちゃんと迷宮のことよろしく頼んだわよ」
「お任せ下さい。しっかりきっちり、お仕事をこなして見せましょう」
留守を任せるカラスに念を押し、いよいよ出発する。
何かあれば、奴が死ぬ気で飛んでくるようになっている。
「……本当に、任せたわよ」
「分かってますよ。ていうか、ルビエラ様が会合前の準備にめちゃくちゃ時間掛けてたから、わたくしがすることほとんどないですけど」
振り返り、再度カラスに念押しする。
私がいなくてもある程度機能するように、迷宮の各所に細工を施している。おかげで、会合の期間くらいは手放しでも勇者を撃退できるようになっているはずだが、それでも心配なのは心配だ。
「グウェルも対策はしてるだろうし、勇者が強そうだったらさっさとそっちに押しつけても構わないわ。でも、キィちゃんだけはしっかり守るのよ」
「そっちですか! 分かってますよ……。まったく、ルビエラ様も親馬鹿ですねぇ」
鳥のくせにがっくりとずっこける器用なカラス。彼女は分かっていないのだ、この世のかわいさを全て詰め込んだキィちゃんに危険が迫ることを、私がどれほど恐れているのか!
私はいくら死んだって甦るけど、キィちゃんはそうもいかない。毎回、会合の前には不安で胸が張り裂けそうになる。
「ルビ様、キィ大丈夫だよ。だから、ルビ様もお仕事頑張って」
「あううう、キィちゃああん! キィちゃんは優しいねえ、良い子だねえ。柔こいねえ」
再びキィちゃんを抱きしめる。
健気な少女を不安にさせるわけにもいかない。私も彼女の保護者として、頼れるところを見せなければならないだろう。
「じゃあ、行ってくるわ」
「いってらっしゃいませ」
カラスとキィちゃんを〈骨骸の門〉に残し、私はドアを開く。
向かうのは、我ら迷宮守護者が守る場所――魔王城だ。
「第一迷宮〈骨骸の門〉守護者、ルビエラ様。ようこそ、おいで下さいました」
「大会議室へとお進み下さい」
特別なドアを開けば、そこは魔王城の中に直通している。
屈強な門番たちに出迎えられ、荘厳な城内を歩く。向かうのは巨大な石の円卓が置かれた、いつもの会議室だ。
「あら、一番乗りだと思ったんだけど」
分厚い扉が開かれ、中に入る。
無数の燭台に立てられた蝋燭によって照らされた室内は、魔王城という名に相応しい、黒と赤を基調とした冷たい内装で統一されていた。
キィちゃんとの別れを惜しんでいたとはいえ、時間にはかなり余裕を持って来ていたから、まだ誰もいないと思っていたが、円卓にはすでに一人の少女がついていた。
「……わたしも、さっき来たところ。ルビエラはいつも早いから、それよりも先に来てみたかった」
先客の少女は、そう言って読んでいた本を閉じる。
艶のある黒髪の隙間から、しっとりとした黒い瞳が私の方を向く。
丈の長い、落ち着いた色合いのドレスを着た、色白の少女だ。私とは違う点、もっとも目を引く特徴として、彼女の下半身は巨大な蜘蛛のものになっている。
「早く来たって、面白いことはないでしょ。ウィニ」
自分の座席に座りながら、肩を竦める。
アラクネの少女ウィニは、幼い少女の外見ながら、私とも古くから付き合いのある友人だ。第六迷宮〈幻影の書庫〉の守護者であり、優れた幻影魔術師でもある。
「こうしてルビエラに会って、二人で話せてる。それだけで、早起きした甲斐がある」
「そんなにありがたく思われるような話はできないわよ?」
「そういうことじゃ、ない」
ウィニは大きくて分厚い本を胸に抱え、長い前髪の間から私を見る。
楚々とした少女の上半身は、私よりも遙かに小柄で、むしろキィちゃんに近いくらいのサイズ感だが、彼女の下半身はとても大きい。太い八本の脚と丸く膨らんだ腹は黒々としていて、それだけで私の背丈を越えている。
ウィニと話している時は首の裏が痛くなるのが恒例だった。
「ルビエラは、最近少し、防衛率が落ちてきた?」
「うぐ、否定はできないわね」
今回の会合でも俎上に上がるだろう話題を、ウィニは早速持ち出してきた。
思わず喉を詰まらせると、彼女は慌てたように首を横に振った。
「責めてるわけじゃ、ない。ルビエラは、凄く優秀。それは、変わらないから」
「ありがとう。でも、言い訳じゃないけど近頃の勇者はどんどん強くなってるわ。今回の会合で、そのあたりも話すつもりだけど……」
一応、日頃から一番勇者と接する機会の多い守護者として、今回の会合用に資料も作ってきた。歴代の勇者の記録と、近頃の迷宮突破率を照らし合わせたもので、それを見れば勇者自身が強くなっているのが一目瞭然だ。
「わたしは、まだ勇者と戦ったことないから。ルビエラは、すごいね」
「すごかないわよ。強い勇者はグウェルの方に投げちゃってるし」
ウィニが守護者を務める第六迷宮は、未だ一度も勇者が立ち入ったことのない領域だ。歴代最強の勇者パーティも、第五迷宮までしか到達していない。
そのため、彼女の〈幻影の書庫〉は勇者迎撃よりも知の保管庫としての役割の方が大きかった。料理本から禁忌指定の魔導書まで、ありとあらゆる知識を編纂し、書物として収蔵する叡智の館だ。守護者も自由に立ち入ることができ、そこに収められた膨大な情報に触れることが許されている。
「おや、ウィニ嬢にルビエラ嬢」
会議室の扉が開く。
現れたのは、半透明の青年。
第三迷宮〈邪霊の廟堂〉の守護者ホルムスもまた、頻繁に〈幻影の書庫〉を利用している読書家の一人だった。
「ごきげんよう、ホルムス。先日は迷惑を掛けたわね」
「どうってことないさ。むしろ歓迎できなくて申し訳なかったくらいだ」
勇者を追って第三迷宮に立ち入ったことを謝罪すると、彼は貴族らしい余裕の笑みを浮かべて首を振る。どこぞの野獣とは違って、気品に満ちた行動だ。
「ルビエラ。もう来ていタのか。殊勝な心がけだナ」
「ちっ」
品位の欠片もない声が背後から掛かり、思わず舌打ちしてしまう。
幸い、それは聞こえていなかったようで、私は素早く笑顔を作ると、扉をくぐってきたライオン男に会釈した。
「ごきげんよう、グウェル」
第二迷宮〈餓獣の檻〉の中では毛皮の腰巻きだけと、粗野な装いの彼も、定例会合の時は窮屈そうに礼服を着ている。普段から着慣れていないせいで、ネクタイなどは引っ掻きまくってボロボロになっているが、奴にしては頑張った方だろう。
ホルムスの到着を皮切りに、グウェルの背後からも他の管理者の足音が近づいてくる。
「グウェル、邪魔ですわよ。さっさと中に進みなさいな」
「グ、う。シューレイ、申し訳ナイ」
グウェルが身を縮めて、そそくさと部屋の奥に進む。
彼の背後に隠れていたのは、宙に浮いた水球の中を泳ぐ、青髪のマーメイドだった。
艶のある綺麗な鱗の下半身に、珊瑚の飾りを付けた細い髪の毛。ぷっくりとした唇。深海のような深い青の瞳。
ホルムスとは違う方向性で貴族らしく豪奢に着飾った彼女は、第四迷宮〈魚鱗の水路〉の守護者、シューレイだ。
「ごきげんよう、シューレイ」
「あら、誰かと思えば。ぽろぽろと零すことしかできない、水掻きの破れた魔王さまじゃありませんこと」
私より身長も胸も小さいくせに、シューレイは水球で高さを稼いで見下ろしてくる。背後でウィニが頬をぷっくりと膨らませているが、この程度の小言には慣れている。
「私が露払いしてあげてるおかげでぷかぷか泳いでいられるんでしょう? 少しは感謝してくれてもいいのよ?」
笑みを浮かべてそう言うと、シューレイはむっと眉間に皺を寄せる。
守護者の立場はあくまで対等だ。第一だから、第二よりも身分が低いというものではない。そのあたりをグウェルやシューレイは勘違いしている節があるため、こうやってタメ口を効くだけでも意表を突ける。
「『じき大魔王様がお見えになる。そこまでにしておけ』と申されております」
バチバチと睨み合う私とシューレイの間に、一輪の白い花が差し込まれる。
きょとんとして視線を下に向けると、小柄なドライアドの少女が立っていた。
柔らかい草と葉っぱで作った人形のような外見だが、これでも立派な魔人の一種族だ。彼女は両手に花束を抱えており、葉っぱの髪に隠れた目でこちらを見上げている。
「ごきげんよう、コンポール」
「ふんっ。相変わらず、古くさい考えをしてるわね」
ドライアドの少女ではなく、彼女の抱えた花束に向かって、私たちは話しかける。
第五迷宮〈魔樹の庭園〉の守護者コンポールは、サイズ的にも種族的にも、この大会議室に入ることができず、こうして使者を遣わせてやりとりするのが恒例だった。
「若い者がさえずっておるのう。耳に障るわい」
更なる新たな声。
それを聞いて、私は今度こそ渋い表情を隠しきれなかった。
「……ごきげんよう、ヤムボーン」
「出迎えご苦労。ルビエラ」
大きな会議室の扉をゆったりとくぐって入ってきたのは、巨大な龍だ。
別に出迎えたわけではなく、たんに座っている場所が一番ドアに近いからなのだが、彼はそんなことを気にする様子もなく、のしのしと歩いて行く。
たった七人の守護者と、大魔王様が集まるためだけに、この天井が高くだだっ広い大会議室を使う理由。それは、私よりも遙かに何倍も大きな龍種の守護者が参加するためだ。
第七迷宮〈古龍の祠〉の管理者、偉大なる
奴は長い首をもたげ、他の守護者全員を睥睨する。
すでに全員が集まっていることを確認して、にやりと満足そうな笑みを浮かべた。
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