第5話「永久の命を」

 いつものように棺桶の中で目を覚ます。灰が集まり、体を再構成していくのを感じて、また負けたことを自覚する。


「くっ――!」


 いつもは殺されてもあまり気にしていないが、今回ばかりは思わず棺桶の縁を殴ってしまう。キィちゃんとの団らんの時間を邪魔された上に、グウェルにまた小言を送られる羽目になるとは。

 今回やってきたのは、すでに何度か戦ったことのある――つまり、何度か殺したこともある――勇者パーティだった。一度戦った相手に負けるのは、正直めちゃくちゃ悔しいが、向こうは死に戻って強くなった上で再挑戦してくるから卑怯なのだ。

 レオンハルトの二戦目は、こちらが勝った。しかし、勇者という生き物との戦いは、三回目からが本番だ。こちらが死に、向こうが死に、お互いにお互いのことを理解した上で戦う。そうなると、私はとても不利になる。

 魔王陣営を殺すことを使命とする勇者たちは、聖属性とかいう特攻能力を持っているのだ。


「今回の奴ら、聖属性がかなり強くなってたわね。光の女神のやつ、力を与えすぎじゃない?」


 勇者陣営を指揮しているのは、光の女神とかいう胡散臭い奴だ。彼女は人間たちに自身の力を“加護”という形で分け与え、尖兵として迷宮に嗾けている。

 全ての勇者に共通なのは、迷宮で死んでも甦ることができる力。そして、それ以外にも、聖剣の力を引き出したり、敵の攻撃を見切ったり、様々な人外じみた能力が加護として与えられる。


「……そんなに欲しいかなぁ。不死の力が」


 棺から上体を起こし、髪を手櫛で整えながら言葉を零す。

 自身が作り出した種族である人間に、自身の力を分け与え、魔王城へと侵攻させる。そんな光の女神の目的は、愛しい我が子である人間に、無限の命を与えることだ。

 勇者たちは“光の女神の加護”により、迷宮で死んでも五体満足で甦る。しかし、迷宮の外で死んだ場合や、そもそも“加護”を受けていない他の人間は、当然のように死ぬ。

 自然の摂理だが、それが女神には許せなかったらしい。“死”を司る魔王陣営を壊滅させることによって、彼女はその概念そのものをなくし、人間の繁栄と栄華を永遠のものにしようとしているのだ。


「不死者の末路は、勇者たちも飽きるほど見てると思うんだけどね」


 第一迷宮〈骨骸の門〉は、永遠の命を持つ不死者アンデッドたちの巣窟だ。複雑怪奇に入り組んだ館を彷徨っているのは、みな死の枷から解放された存在だ。

 永久の命を得ようとする勇者たちには、苦しげに呻く亡霊たちの声が聞こえていないのだろうか。魂が不滅になったとしても、肉体はそれに耐えられない。精神は、それよりも早く崩壊する。

 死は種族が生存するための自浄機能であり、世界の均衡を維持するための、天秤に乗せられた重りの一つなのだ。


「まったく、愚かな人間たちだわ」


 棺から立ち上がり、執務机に向かう。負けた後の恒例行事、報告書を纏めて上げなければならない。グウェルはまた見ることもないだろうが。


「死ぬほど面倒ねぇ」


 ペンを手に取り、カリカリと走らせる。

 キィちゃんと遊べるのは、またしばらく後になりそうだ。


「おやおや、ルビエラ様。また派手に負けておりましたねぎゅあっ!?」

「一々癪に障る事ばっかり言うわね。アンタの羽をむしって枕にしてあげようかしら」

「ちょっとした冗談ですよ!」


 パタパタと羽を動かして入ってきたカラスを鷲づかみにする。まったく、開口一番何を言うかと思えば。やはり一度、身分の差と言う奴を叩き込んだ方が良いのかも知れない。


「げほげほ。まあ、さっきの勇者たち、前回よりも遙かに強くなってましたからね。ルビエラ様の弱点をしっかりと理解して、対策してましたし」

「ほんとによく見てるわね。助けてくれても良かったのよ」

「わたくし、雑魚ですので」


 カラスはしれっと視線を外しながら言う。

 私も冗談を返しただけで、本気で言っているわけではない。奴は連絡役としては素晴らしいが、他の能力はからっきしなのだ。


「キィちゃんは?」

「お眠りです。最初は、ルビエラ様の帰りを待っておられたのですが」

「そう。まあ、ゆっくり寝かせておいてあげて」

「もちろんです」


 泣き女バンシーのキィちゃんは、泣くこと以外にはほとんど何もできない。食べ、遊び、眠ることが仕事なのだ。存在しているだけで可愛いから、何も問題はないんだけど。


「カラス」

「なんです?」

「資料纏めるの手伝って」

「無理ですよ! わたくし、羽ですし」


 パタパタと黒い羽を羽ばたかせて見せるカラス。館のドアは器用に開けるクセに、こういう時だけ都合の良い奴だ。

 実際問題、これは守護者の仕事だし、カラスに任せるわけにも行かない。グウェルの元へ勇者が辿り着くまでに、さっさと纏めてしまおう。


「る、ルビエラ様っ!」

「なんなのよ」


 再び作業に取りかかった矢先の事、突然にカラスが羽を広げて声を出す。名前を呼ばれた私は、少々うんざりとしながらカラスの方へ振り向く。変な冗談でも言ったら、今度こそ唐揚げにしてやろう。


「第二迷宮が突破されました」

「マジで!?」


 カラスの言葉に思わず椅子を蹴倒して立ち上がる。

 第二迷宮が突破された、つまりはグウェルが倒された。それだけなら、私が負けるほどではないが、よくあることだ。

 しかし、問題はそのスピード。まだ私の資料作りすら終わっていないというのに、勇者たちは速攻で〈が獣の檻〉を踏破した。


「流石に見過ごせないわね。ホルムスはなんか言ってる?」

「いえ、いつも通り迎撃態勢を整えているだけのようです」

「加勢するわよ」

「いいんですか?」


 戦闘用ドレスに着替える私を見て、カラスが驚く。

 基本的にそれぞれの迷宮は独立した異界であり、相互不干渉を貫いている。勇者撃退という共通目標を達成するため、情報の共有こそするものの、それ以外の事に首を突っ込むのは、あまりいい顔をされない。

 しかし、今回はそうとばかりも言っていられない。グウェルの迷宮は、彼が手塩に掛けて育てた闘獣との連戦方式。それをこの短時間で全て破ったとなれば、勇者の強さは今までより飛躍的に上昇していることになる。


「報告書を纏めている暇はないわ。直接〈邪霊の廟堂〉に行って、情報を共有をしてくる。それでもキツそうなら、一緒に戦うわ」

「わ、分かりました。では、ホルムス様に訪問のご連絡を――」


 焦燥したカラスが、あわあわと羽を動かす。


「アポ取ってる暇なんてないでしょうが。ほら、さっさと行くわよ」

「ええっ!? わ、わたくしも一緒なんですか!?」


 カラスの首根っこを掴み、部屋を飛び出す。

 壁際に埃の積もった廊下を走り、第三迷宮へと通じるドアへと急ぐ。


「万が一、ホルムスと私が殺されて、第三迷宮が突破されたら、次は第四迷宮よ。そうなったらアンタに情報を託すから、急いでシューレイに伝えなさい」


 魔王城七迷宮は、その名の通り七つの迷宮で構成された防衛ラインだ。しかし、原則的には第三迷宮〈邪霊の廟堂〉で全ての勇者を退けており、その後ろの迷宮はほとんど実戦に使われていない。

 グウェルの〈餓獣の檻〉が魔王城の食糧供給を担っているように、最終防衛ラインである第八迷宮以外の第四以降の迷宮は、勇者迎撃以外の仕事の割合が多い。

 裏を返せば、第三迷宮を突破するほどの勇者が現れること自体が、異常事態なのだ。

 だからこそ、第三迷宮で勇者を止めなければならないし、それができないようなら、せめて勇者の情報だけでもいち早く第四迷宮に伝える必要がある。伝令役として優秀なカラスは、必須の存在だった。


「流石に、私が行くまでの時間は稼いでよね」


 私は第三迷宮のいけ好かない守護者を思いながら、ドアを開いた。

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