第10話 オリヒメとヒコボシ⑩

「はい、私はわたしではなかったのです」


「えっ?最初から話してくれますか、あの、オリヒメさん?」


 この女中は、ヒコボシに握り飯を恵んでやった女中でした。


「えっ?わたしの名前は、オリヒメではなく、カサネと言います」


「えっ?いや、確かにあなたは、オリヒメだと。この屋敷の若奥様と同じ名前だと言ってたと思いますが」


「・・そうなんですね。では、わたしが今からお話しすることを聞いて頂ければそれもおわかりになることでしょう」


 カサネが語った内容は次のようなものでした。


 カサネはこの屋敷の女中でしたが、若旦那に初めてを捧げてから若旦那を好きになるものの、若旦那はオリヒメと結婚すると決まりました。


 その結婚式の当日に、当てつけのように死んでやろうと毒を飲んだところ、カサネはオリヒメになっていました。


 オリヒメはというと、カサネになっていました。

 多分、そんな時にヒコボシは、カサネになったオリヒメに会ったのでしょう。


 結婚が嫌なオリヒメの方も、当日になり耐えきれず、毒を呷ったということでした。


 偶然にも、それが同じ時だったらしいのですが、どういう訳で心が入れ替わったのかはわからないということでした。


 しかし、今度はオリヒメのカサネが昨日死に、カサネのオリヒメが今日死んだらカサネの身体になって生き返ったという事でした。


 でしたら、カサネに宿っていたオリヒメはどうなったのでしょう?


 ヒコボシは、今度こそ死んでしまったのだから、そういう事なのだろうと思うのでした。


 カサネは、オリヒメはまた毒を呷ったらしく、自殺らしいと言いました。


 また、この毒のおかげで、身体は腐らず、死んですぐの状態を維持できたとも言いました。


 ヒコボシは、なぜ、オリヒメは自殺したのだろうと思い、悲しみに沈むのでした。


 カサネは、どこも行くところがないという事なので、ヒコボシは、自邸の女中として雇いました。


 そして、ヒコボシは、カサネをおぶると、また自邸に引き返しました。


 それから、ヒコボシは、人払いをして自室に引き籠り、オリヒメの冥福を祈っていました。


 涙が次から次へと出て来ました。

 もし、あの子がオリヒメとわかっていたなら!

 もし、私の顔がこんなに醜く変わり果てたものでなかったなら!

 もし、私が、彼女が反射的にオリヒメと名乗った時に、もっと話しを聞いていれば!

 あの時、不自然に思ったにもかかわらず、なぜ、深く考えなかったのか!


 ヒコボシは、自分を責めました。

 オリヒメを悲しむより自分を責めることで、逆に自我の均衡を保とうと、無意識にしていたのかもしれません。


 ただただ悲しみ、運命の悪戯に怒りを向けたら、多分、また鬼になっていた事でしょう。


 そうして幾時間が経過した事でしょうか?


 気配を感じたヒコボシは、闇に向かって言いました。


「何か用か?」

「恐れ入ります。織姫様が夕食の支度が出来たと伝えてくるようにとの事です」


「今は、良いと伝えてくれないか」


「将軍様、織姫様は、をしたいとも申されておられます」


「なに?カサネの話しだと?誠にそう仰られたか?」


「何卒、お話しをお聞きくださいとの事です」


 ヒコボシは、もしやと思いました。

 でも、そんな事が、とも思いました。


 ヒコボシは、身なりを整え、夕食が用意されている部屋へと急ぐのでした。


 つづく


 明日は、7月7日、七夕ですね。

 もう、もしやとは、おわかりでしょうが、次回で最終回かな?

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