第8話 オリヒメとヒコボシ⑧
ヒコボシは、いつの間にか、故郷などの町を治める国の城下町にやってきました。
ヒコボシの格好は、とても汚く、髪は茫々で、薄汚れており、顔も髭で隠れるような風貌でした。
ただ、口の端から頬にかけての切り傷と、優しい光を湛えた左眼だけが印象的でした。
ヒコボシは食べていくために、兵士募集に応募して、城で試験を受けました。
圧倒的な強さで合格しました。
その強さはこの国の兵を束ねる将軍の目に留まり、将軍の直属兵として召し抱えられました。
すっかり、身嗜みを整えられ、頬の切り傷と右眼の黒い眼帯がヒコボシのトレードマークとなり、すっかり人気者になりました。
戦場では、向かうところ敵なしで、一人で1000人もの大軍を無力化する働きぶりでした。
ヒコボシの部下に成れば長生きできるし昇進も可能であろうと、彼の部下になる者がたくさんいました。
将軍は、自分は引退し、ヒコボシをその後継に推薦するのでした。
殿も、ヒコボシの働きを素晴らしく思い、殿の姫の中でも一番美しいとされる織姫をヒコボシの妻にしようとしました。
戦乱の世であり、一番求められるのはチカラなのです。
その容貌などは、言うに及ばず、その性格すら許容される世界でした。
そのため、殿は、他国からの誘いがヒコボシに来ることを恐れて、元々の家来でないヒコボシをどうしても自国の武将にしておきたかったのです。
とは言え、織姫にとっては、自分の一生の一大事です。
出来れば、イケメンの殿方を我が夫にしたいに違いありません。
織姫は、ヒコボシを一目見るなり、怖く感じ、姿を直ぐに隠したのでした。
「なに、案ずるでないぞ、ヒコボシ。姫は照れておるんじゃ」
そう、殿は申されました。
そうして、幾日か過ぎた、ある日の事でした。
ヒコボシは、既に将軍として、お城近くの豪邸に起居しており、朝はその自邸のお庭で鍛錬をするのが日課となっていました。
しかし、その日は、特別に朝早くから、お城のお庭へと急いでやって来ました。
まだ、日が昇っておらず、黎明前の薄ら暗さの中、お庭番衆(スパイ、諜報員)の
ヒコボシは、そこで各地の情報を得ながら、全てのお庭番を束ねる頭領と次の
それらが終わり、お庭番たちが何処ともなく姿を消した後、ヒコボシはお庭の散歩をしながら、今後の事を考えておりました。
朝日が丁度、昇り始め、辺りは穏やかな陽光に照らされ出し、小鳥が盛んに泣き始めていました。
お庭の池には、朝日を受けて、ハスの大輪が開き始めています。
と、そこに織姫が従者の童を一人伴いやって来るではありませんか。
この前の様に隠れることなく、真っ直ぐにヒコボシの所へ来ると、織姫は言いました。
「おはようございます。やっと、会えましたね。お腹が空きましたでしょう。あちらにご用意が出来ております」
「おはようございます。それは、有難いです」
ヒコボシは、あのお庭番の頭領が気を利かして、この時刻のこの場所に集合させた理由がわかりました。
だから、その好意を無碍にしないように、姫の申し出を受けました。
ヒコボシは、まだ、オリヒメのことを想い、忘れることが出来ないでいたために、織姫との縁談話に乗り気ではなかったのでした。
ヒコボシは、初めて、食事をしながら、その世話をしてくれる姫と話しをしました。
「ごめんなさい、ヒコボシ。私は、あなたに会った最初の時に、あなたのお顔を見て涙が出てしまい、その顔を見られまいと隠れたのです」
「涙が?どういうことでしょう?」
「その傷、その眼、ホントに申し訳ないことをしました。戦は、さぞお辛かったでしょうに」
「姫はお優しいのですね」
「そんなこと・・・・」
そう言うと、織姫は赤くなり項垂れてしまいました。
「あっ!何かお気に障ることを言いましたか」
「ごめんなさい・・・」
そう言うと、また、奥へと引っ込んでしまいました。
姫といつもいた童が、「姫はとても恥ずかしがり屋です。でも、とても優しい。姫を泣かせないでください」と言われてしまいました。
「すまぬ。今度会う時は、何か手土産を持って来るとしよう」
そう、その童と約束しました。
その日の午後、お庭番の頭領と話し合っていると、危急の知らせが入りました。
ヒコボシの故郷が隣国の奇襲を受けて、被害が出ているとの報告がもたらされたのでした。
ヒコボシは、それを聞くと、直ぐに誰よりも早く、そのままの格好で故郷の町へと走って行くのでした。
『オリヒメーー!!待ってろーー!!直ぐに行くからーー!!』
そう、心の中で叫ぶのでした。
そう、いつものように、叫ぶことしかできませんでした。
今度こそ、今度こそ・・・ヒコボシは、わかっていました。
そうは言っても、もう、オリヒメは自分を想ってくれる訳ではなくなっていることを。
ヒコボシに会っても、ただ迷惑がられるだけであるってことを。
オリヒメは、もう昔のオリヒメではないってことを。
でも、彼女が無事でいて欲しいと、そう願いながら、今度こそ、彼女の窮地に間に合ってやると思うのでした。
ヒコボシは今でも、彼女が結婚したのは、自分がその時に居なかったせいで、彼女は苦渋の選択だったのだと、信じて疑わなかったのでした。
そして、ヒコボシは、やはり、オリヒメのことが忘れられなかったのでした。
つづく
ヒコボシはオリヒメを救えるのでしょうか?
オリヒメとどんなお話をするのでしょうか?
さて、どうなるのかは、次回をお楽しみに。
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