第7話 オリヒメとヒコボシ⑦

 ヒコボシは、道中に、びっこを引くので、右足への負担も大きくなり、両足を痛めてしまいました。


 もう、今日は動けないと思い、足をさすりました。


 あっ!


 ヒコボシは思いました。


 左腕を振るうイメージを、今度は、左腕で足をさするイメージにしたらどうなのだろうと。

 それも、速く歩けるように、とか、速く走れるようにとか?


 速く走れるイメージを作り、無い左腕で左足と右足を摩る。


 すると、なんだか足が軽くなった気がしました。

 左足も、びっこを引かなくて良いようです。


 ヒコボシは走りました。

 速いイメージを頭に描きながら、走りました。

 速く、速く、速く、もっと、もっと、もっと!行け―ー!!


 ヒコボシは超人的な速さでひた走りました。


 風がヒコボシの後ろに巻き起こります。


 音がヒコボシの後ろに置いてかれます。


 右眼で見てるので、目を瞑っても平気です。


 やがて、あの懐かしい故郷へとやってきました。


 あれから、飲まず食わず3日走ってやって来たのです。



 それでも、天女と別れてから、3か月が経っていました。


 どうか、まだ、オレを待っていてくれ!と、そう願うヒコボシでした。


 ふと、ヒコボシは自分を見ると、ほとんど裸でした。


 流石にそれは恥ずかしいので、近くの家に事情を話し、いらない着物をもらうのでした。


 辺りは、夕闇が包み込んできていました。


 オリヒメの家に行きました。


 留守でした。

 誰もいません。


 そして、庄屋の家に行きました。


 街で一番の大きな建物です。中を覗こうにも、ムリです、普通は。


 建物の陰から、右眼の眼帯を外して、右眼を開き、中の様子を覗きました。


 オリヒメの両親が居ました。


 何やら、酒盛りをして、浮かれています。


 オリヒメがいないか、他の部屋を見てみると、奥の方の少し暗くなっている部屋で、うっすらと明かりが灯っていました。


 そこを注意してみると、二人の男女が身体を合わして、男が激しく腰を振っていました。


 絶えず喘ぎ声を漏らしているのはオリヒメで、男は、ここのせがれでしょう。


 声が聞こえました。


「ああ~~~うんうん・・・あっあっあっ、はあはあはあ・・・」


「いいか、感じるか?・・・愛してる、オリヒメ!・・はあはあはあ・・どうだ?はあ、はっ、はっ・・おまえは・・どうなんだ?・・・」


「ああ~ん・・うん、うん・・・愛してます・・・旦那様~・・愛してます・・ああ~ん、もっと・・はあ、はあはあ・・」


 ヒコボシは、暗然としました。


 遅かったのです。

 もう、オリヒメは、身も心も、庄屋の倅のモノとなっていました。


 この様子だと、結婚して、何回も身体を許し合った間柄のようでした。


『私は今まで、いったい、何のために頑張って来たんだろう?』


 そう思うと、ヒコボシは身体からチカラが抜け、その場にへたれ込んで気を失ってしまいました。




「もし、もし!」

 そう言って、ヒコボシの身体を揺するのは、庄屋で働いている女中でした。


「・・・ああ、朝ですか?」


「あの、お腹が空いてるのなら、これを召し上がって、ここから立ち去ってください。その~、これからはここにモノ貰いに来ないでくださいね。わたし、叱られますから」


「ああ、ごめんなさい」


 ヒコボシは、何年かぶりに握り飯を食べた。


「おいしい・・・」


「あの~、よろしかったら、この竹筒をお使いください。では、わたしはこれで」


「あの~、よろしければ、あなたのお名前をお聞かせください」


「えっ?・・私の名前は、オリヒメと言います」


「えっ???」


「あっ!・・その、若奥様と偶然、一緒の名前で恥ずかしいのですが・・」


 そう言うと、その女中は、顔を赤らめながら、走って行ってしまいました。



 偶然なのか、世の中には不思議な事もあるモノです。


 握り飯を食べ終えたヒコボシは、これからどうしようかと途方にくれました。


 もう、オリヒメのことは諦めるしかありません。


 ヒコボシは、左手で足をさすると、走りだしました。


 行先など、決めておりません。


 ただ、ヒコボシは無性に走りたかったのでした。


 そして、ヒコボシの両眼からは、後から後から、涙が溢れてくるのでした。



 ヒコボシ、あなたに、心の平安は果たして訪れるのでしょうか?


 そして、ヒコボシ、あなたはどこまで走るのでしょうか?


つづく


次回をお楽しみに!






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