第6話 オリヒメとヒコボシ⑥

 ヒコボシは、急ぎました。


 下流、下流へと急ぎました。


 しかし、左足は、びっこを引きながらのため、スピードが全く出ません。


 それに、向こう岸で上流を遡るのに3年程要したのです。


 更に、魔物が跋扈する森や林や山を越えて行かねばなりません。


 どんなに足が速い人でも、2年はかかるというものです。


 ヒコボシは、あれからは、オリヒメの夢は見ていません。

 それが、ただ、唯一の救いだったかもしれません。

 何度もあのような夢を見たら、ヒコボシの心は死んでしまった事でしょう。


 ヒコボシは、寝る間を惜しんでは必死に川下へと目指します。


 そうして、かれこれ半月が過ぎるころ、ある森の中を川の音を頼りに歩いていると、「わおおおおーーーーん」という遠吠えが聞こえたと思ったら直ぐに、ヒコボシはオオカミ型の魔獣に取り囲まれました。


 10匹以上は、いたでしょうか?


 しかも、一匹が体長3メートルから5メートルもある巨体です。


 ヒコボシには、武器は有りません。


 ただ、つえ代わりの木の棒が一本あるだけでした。


「あの天女の話しが本当なら、何かしらの御業が起こるハズ」


 ヒコボシは、あの天女の言葉を、いや、あの天女の全てを信じていました。


 最初に、その中でも一番大きなオオカミが襲ってきました。


 オオカミは目にも止まらぬ速さでヒコボシに近づき、ヒコボシの首に食らいつこうとしました。


 ヒコボシには、実は、そのオオカミの、駆けてきて首におどり掛かってくる様が、まるで、ゆっくりとしたテンポで踊りでもするかのように見えました。


 そして、ヒコボシは理解しました。


 このオオカミを即座に打ち倒す方法を。


 ヒコボシは何も無い左腕を振りました。


「キャン!!」


 すると、どうしたことでしょう?


 オオカミは、向こうの方へとすっ飛んでいきました。


 ただ、振った様に意識しただけで、別に、腕が生えたわけではありません。


 それに、手を触れた感触もありませんでした。


 しかし、周りに居たオオカミたちは、低く唸り声をあげ、それでも、包囲を解いてくれません。


 ヒコボシは、今度は、『コイツ等、オレの周りから消えろ!』と心の中で呟き、左手を周囲に振るイメージをしました。


 それだけでした。

 腕がないので、振るわけではなく、ただそういう映像をイメージしただけでした。


 それだけで、周囲のオオカミはいなくなっていました。


 遠くへ全部、吹っ飛んでしまったのでしょう。


 ヒコボシは、見えないハズの右眼の眼帯を外して、右眼を開きました。


 吹っ飛んで行ったオオカミたちを右眼で捉えることに成功しました。


 殆どのオオカミは、ぐったりとなって動かなくなっていました。



 どうやら、右眼からは、見たい対象を念じれば見ることができるということがわかりました。


 そして、至近距離なら、眼帯を外さなくても能力が使えることもわかりました。


 このように、ヒコボシは失われた右眼と左腕の使い方を習熟していくのでした。


 こうして、右眼で周りを警戒しつつ、ヒコボシはどんどん下流の方向へ歩いて行くのでした。



 こうして、いつしか2か月が過ぎました。


 何回か、魔物と戦いました。


 何回か、物凄い強敵にも出会いました。


 血だらけにもなりました。


 傷だらけにもなりました。


 熱を出して身体が動けない時もありました。


 そうした経験を積みながら、ヒコボシはあることに気がつきました。


『オレが映像として具体的に想うと、それがある程度は現実になるのではないか』


 それは、熱を出した時、ケガをした時、治れと念じたら、見る間に治っていったからでした。


 そうと決まれば、まずは実行をということで、いろいろとヒコボシは試しました。


『オリヒメの家へ行け』『オリヒメの傍へ行け』『オリヒメの立っていた岸へ行け』『オリヒメと一緒に遊んだ果樹園へ行け』『オリヒメと・・・・うううう』


 しかし、そんなに都合の良い能力などありません。


 なんとかしてオリヒメの所へと念じるのですが、ダメでした。


「オリヒメーーー!待ってろよーー!!愛してるーー!!」


 いつしか、ヒコボシは、いつものように叫んでいました。


 眼から涙がこぼれました。


 あの右眼からも涙が零れました。


 そして、あの悪夢がよみがえり、ヒコボシの心を急かすのでした。




 いったい、いつになったら、二人は会えるのでしょう?


 つづく









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