186_諦め切れずに

「ラケル。そろそろ切り上げたら?」


 連夜、訓練場の灯は遅くまで消えない。

 覗いてみたら予想どおり、その日もラケルが居残って訓練をしていた。

 新任の騎士たちより、幹部である彼女が、いつも遅くまで訓練をしている。


「ああ、エミリー。もう少しやってくよ」


「根を詰めすぎては逆効果よ?」


「分かってるって」


 そう言って、戦鎚を振り立てる。

 重い鎚を数百、数千と振り続け、ラケルは力を高めようとしていた。

 シーラがロルフに負けて以来、彼女はずっとこうだ。


 玉の汗が顔を覆っている。

 全身から湯気を発しながら、ひたすら素振りを続けていた。


「ふっ! ふっ! ふっ!」


「…………」


 ロルフもこんな感じだった。

 毎日毎日、剣を振り続けて。

 クロンヘイム団長をすら超える高みへ昇っていった。


 一度、ロルフもそんなふうに毎日訓練してたって、ラケルに言ったことがある。

 彼女は返事をしなかった。

 ただ戦鎚を振るばかり。


「はっ! はぁっ! はっ!」


 鬼気迫る表情。

 ラケルは、かつてより更に強くなっている。

 振り下ろす戦鎚の先に、誰の顔を思い浮かべているのか。

 それを考えるのが怖かった。


 ◆


 私たちは南側を回り、西棟の前まで移動してきた。

 警戒する中、部下が報告してくる。


「ヴァレニウス団長! 西棟周囲に敵影はありません!」


「分かったわ」


 道中、新たに味方と合流していた。

 第五騎士団員と近衛兵が数名。

 纏まった数とは言えないけど、少しだけ状況はマシになっている。


「殿下! ご無事ですか?」


 そこへ新たな合流者。

 現れたのは近衛の長、ビョルン隊長だった。

 彼は西棟から出て私たちを見つけ、駆け寄ってくる。


「ビョルン! わたくしは大丈夫です。貴方もよく無事でいてくれました」


 王女殿下が顔に喜色を浮かべる。

 ビョルン隊長への信頼が窺えた。

 見ると、彼は短剣を手にしている。西棟の中で交戦していたのだろうか。


「ほかの皆さまも大きな負傷は無いようですな。それにお前たちも」


 ビョルン隊長は、部下の近衛兵たちに声をかける。

 近衛兵たちも隊長の無事を喜んだ。


「ビョルン、貴方は西棟へ行っていたのですか?」


「ええ。先ほどまで、ロルフ将軍と同行していたのですが……」


「えっ!?」


 私は声をあげてしまった。

 リーゼも、やや表情を変えている。


 ◆


 それから私たちは、情報のすり合わせを行った。

 ビョルン隊長は、東側でロルフと合流したあと、私たちとは逆に北を回ってここへ来たらしい。

 途中、幾度かの会敵があったけど、ロルフと協力して切り抜けたようだ。


 私は王都に赴く機会が多く、近衛の人たちとも面識があるけど、ビョルン隊長といえば昔気質むかしかたぎの印象が強い。

 ロルフのようなイレギュラーと上手くやれるとは思えないけど、何とかなったんだろうか?


「それで、ロルフ将軍と共に西棟へ?」


「はい、殿下。敵の指揮官と思しき者は討ったのですが、まだ首謀者は別に居るというのがロルフ将軍の見解でした」


「その後、はぐれたと。敵の援軍が近づいているという点も確かなのですね?」


「はっ。味方にしては来るのが早すぎます。敵方の軍と見て、まず間違い無いかと」


 状況は厳しいみたいだ。

 ビョルン隊長の話では、向かってきている者たちの規模は一個大隊ほどとの事。

 警護対象を抱えて戦うには、多すぎる数だ。


「ヴァレニウス団長。マズい状況なのではないか?」


 常に無く額に汗を浮かべているのは宰相だ。

 殿下が閉じ込められているこの地へ、敵が大挙して押し寄せてくる。焦燥に捕らわれるのも当然だろう。


「でも、こっちの援軍も向かってくるはずよ。髭のおじさん、ロルフは何か言ってなかった?」


 リーゼが不躾に問う。

 ビョルン隊長は、礼儀知らずな若者を嫌う人だ。

 実際、カイゼル髭をぴくりと揺らし、リーゼを睨みつけた。

 それから不機嫌な声で答える。


「間に合うよう寡兵で向かってくるはず、と。寡兵ながら精強とも言っていた」


「そうよね。外の敵は何とかなると思うわ。そうなれば、門の封鎖も破れるかも」


 希望的観測に過ぎるような気がするけど、ロルフがそう言ったのなら、そうなのかもしれない。

 だとしたら、このまま構内で敵に対処しつつ、味方を糾合するべきか……。

 助言を求めて、私はラケルへ視線を向ける。


「……?」


 ところが、ラケルの姿が見当たらない。

 さっきまで居たはずだけど……。

 戦場で、幹部級が突然姿を消すなど、考えられないことだ。

 何があったのか分からず、私は一瞬、息に詰まる。

 すると、それを嘲笑うかのように、爆音が耳をつんざいた。


「っ!?」


 見上げた先で、西棟が火を吹いた。

 数か所で爆発が起き、燃える木片をあたりへ撒き散らす。


「殿下!」


 ビョルン隊長が王女殿下に覆い被さり、私がその前に立った。

 周囲に、ばらばらと炎が落ちる。

 幾つかの大きな木片が地面を打った。


 ◆


 西棟から距離を取り、私たちは燃える学舎を見上げていた。

 火勢は弱まる気配が無い。


「あれは意図された爆発ですよね? 尖塔の時と同じ……」


 殿下の言うとおり、あれは確実に火薬による爆発だ。

 それも事故じゃない。


 陰謀に関する証拠の隠滅を図っているのだろうか?

 でも、塔内には敵の兵たちもまだ居るはず。

 それをすら、亡きものにしようと言うのか?


「団長! 良かった、こちらに居られましたか!」


 考え込む私へ、第五騎士団の部下が声をかける。

 何人かが新たに合流してきたのだ。

 あの爆発が、却って仲間を呼び寄せたらしい。


「みんな、会えて安心したわ。エドガーも」


 部下たちの中に、参謀長エドガーの姿もあった。

 彼も生き延びていてくれたのだ。


「は、はい。何とか。王女殿下や宰相閣下も居られるようですね」


「ええ、ご無事よ。エドガーも怪我は無い?」


「私は大丈夫です。うん? ラケル殿は一緒ではないのですか?」


「……そうみたいね」


 私の言葉に首を傾げるエドガー。

 無理も無い。団長たる者、上官たる者が、部下の動きも把握出来ていないのだ。

 私は少し考えて、ビョルン隊長へ告げた。


「ビョルン隊長。私は少し様子を見てきます。王女殿下をお頼みしたく」


「それは無論、構いませぬが、まさか棟内へ?」


 本来、王女殿下を守る責を帯びた近衛隊が、隊長も含めここに居るのだ。

 殿下の護りを任せても良いはず。

 ここに居る騎士たちの指揮は、エドガーに頼める。


「団長。自ら棟内へ赴かれると言うのですか? 誰かをっては? 何なら私でも……」


「ごめんエドガー。行かせて」


「あの、ヴァレニウス……」


「殿下、申し訳ありません。ラケルの姿が見えないのです。棟内を少し確認したら戻りますので」


 この状況で幹部たる部下を制御出来ないのは、間違いなく私の手落ちだ。

 対処しなければならない。


 周囲には他に建物が無く、彼女は先ほどまでここに居たのだ。あの西棟に居る可能性が高い。

 敵影が無い今、自身で少し様子を見に行くぐらい、許されるはず。


「…………」


 というのは、半分以上、建前である。

 そう。ロルフもあそこに居るのだ。

 そしてラケルは、黙ってそこへ向かった。


「私は行かないわよ」


 リーゼの声。

 腕を組んで、こちらを向いている。


「来てほしくもないわよ」


「ふん……」


 この女の邪魔が無いのは、ここへ来て僥倖だ。

 いや、燃える建物へ赴くのに僥倖も何も無いか。

 そんなことを考える私へ、リーゼはなお視線を向けている。

 何か言いたげな彼女に、私は問いかける。


「結局、ロルフが心配なんじゃないの? 捜しに行きたいというなら、そうすればいい」


「行かないわ。こっちには父さんや文官たちの護りが無いんだから」


「…………」


「…………」


 相変わらず、敵意に満たされた目つき。

 でも瞳の中に、それ以外のものがある気がした。

 一瞬、私にロルフとの時間を与えようという意図を感じる。

 が、そんな馬鹿馬鹿しい想像を捨て、私はリーゼに背を向けた。


「では、殿下。ビョルン隊長も宜しくお願いします」


「え、ええ」


「任されました」


 諦めたくないこと。捨てたくないこと。

 それらを思いながら、私は駆け出した。


 ◆


「アタシはさ、何年も前から、この時を待ち望んでたような気がするよ」


 炎を背に、ラケルは話す。

 あの赤い髪を本人の気性にもなぞらえ、炎のようだと言う者も居たが、確かに言い得て妙だと分かる。


「この時とは、俺と戦う時か?」


「調子に乗んな従卒野郎。対等な戦いじゃねえ。このアタシが、てめえを、ぶちのめすんだよ」


 文節で区切った言葉に、都度、力を込めて話すラケル。

 爛々らんらんと輝く目が、俺を捉えて離さなかった。


「弱いばかりの裏切り者を、アタシの鎚で磨り潰すのさ」


 そう言って、こちらへ踏み出してくる。

 ごつり、と軍靴の踵が音を立てた。

 それと合わせるように、ラケルの背後で、さっきまで彼女が立っていた床が炎に崩れ落ちる。


 この下には、広い地下空間がある。

 彼女の背後には、そこへ通じる深い大穴が開いた。

 だが、退路が断たれたことを、彼女は気にしたふうも無い。

 彼女は俺を、俺の命をしか見ていない。


「貰うぜ、タマを」


ってみろ」


 俺は黒い切っ先を彼女へ向けた。



────────────────────

書籍版『煤まみれの騎士』 最新第5巻 発売中!!

加筆も含め500ページの大ボリュームとなっております!

どうぞよろしく!

https://kakuyomu.jp/publication/entry/2024011702


さらに電撃の新文芸は2024年1月で5周年!!

この5巻(紙書籍)に封入されている"しおり"のQRコードで10作品の書き下ろしSSが読めます!

もちろん『煤まみれの騎士』もありますよ!

しおり封入は初回出荷分だけですので、この機会にぜひ!

https://dengekibunko.jp/novecomi/fair/entry-30537.html

────────────────────

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る