184_深淵に邂逅す2

「でさあ、お前に訊きたいことがあるのよ」


 軽い口調であった。

 まるで夕食の献立を訊くかのように、男は俺に問う。


神疏しんその秘奥。あれの仕組みに気づいてるだろ?」


「…………」


「寡黙な奴だなあ」


 男は、体を預けていたテーブルから離れ、こちらに数歩、近づいてくる。

 広い地下室に、靴音が響いた。


「しかも、気づきながら、それを喧伝しなかった。気づいてることを秘匿した。正しい選択だったな」


「…………」


「そのお陰で、俺はお前に会うと決めたんだ。このことを確認しなきゃならんし、お前を知りたいと思ったのさ」


 男は両方の手のひらを上に広げ、肩を竦めて見せた。

 所作の一つ一つが明るい。

 暗く無機質なこの地下にあって、どうにも場違いに見える男だ。


「で、秘奥について知ってんだろ? こうして出てきてやったんだからさ、腹割って話そうぜ。なあ?」


「……契約魔法だと推察している」


「認めてやるよ。当たりだ、それ」


 男は事も無く言った。

 正解ならそう伝えるのがフェアであると言わんばかりだ。

 だが俺の目に、神疏しんその秘奥も、この男も、フェアには映っていない。


「極めて悪辣な契約魔法だ」


「いやあ、そんな事ないって」


 心外だとでも言いたげに、男は首を振る。

 顔には苦笑を浮かべていた。


「洗脳の類じゃないしな。あれは本人の意志や元々の気質を表に出易くしてるだけ。酒と同じだよ」


 秘奥による思想誘導の効果には個人差がある。確かに、本人の精神性などが効果に影響するとは考えていた。

 しかし、言うに事欠いて酒と同じとは。


「信教と組み合わさり、魔族への憎悪を是とするシステムは、何と同じなんだ?」


「はっは!」


 手を叩いて笑声をあげる。男はどこまでも楽しげであった。

 対照的に、俺の胸を怒りが満たしていく。

 冷静さを保たねばならない局面だが、時に感情は御し難い。


「あのよ、どうして秘奥が契約魔法だと思ったんだ? ヒントあったか?」


「秘奥の儀式は契約そのものだ。それに、どう調べても魔力を与えるような術は存在しない。未知の作用が多い契約魔法だけが該当する」


「あの認識阻害みたいに秘匿されてたら、調べても分からないんじゃないか?」


「秘匿された魔法も、いずれかの体系に分類出来るはずだ。認識阻害も精神干渉魔法に類される。だが魔力を与える魔法など、すべての体系から外れている」


 秘奥によって初めて現れる魔力。

 人間には生来備わっていないものが、突如与えられる。

 それを説明出来る魔法体系は見当たらないのだ。


「だからそれは、神のわざなんだから。既存の魔法体系に合致しないのは当然だろ」


「神は居ない。それはこの推論の大前提だ」


「おっ!」


 男は相好を崩した。嬉しそうだ。

 そして、その褒美とばかりに言う。


「よし、じゃあ、お前から聞きたいことは?」


「会談場の爆破。あんたが首謀者か?」


 何者かと聞いても、また適当にあしらわれるだろう。

 ならばと、俺は陰謀について尋ねた。

 今回の敵の首魁を押さえ、その思惑を知る必要がある。さっきビョルンと、そう話したばかりだ。


「いちばん偉い者ではあるが、首謀者ではないかな。講和なんか成立しないって俺は分かってたけど、主戦派はあれをやりたがってたから、場を整えてやったんだよ」


「それで王女が死に、王国の国体が揺らいでも、あんたにとって痛手ではないと?」


「そうとは言わないけどな。でもまあ、どうにでもなるっちゃなる」


 簡単そうに男は言う。

 本当に、どうにか出来る算段はあったのだろう。


「よし次。俺が聞く番だ。質問。俺を誰だと思う?」


「…………」


 ふざけた男だ。

 人心を惹きつける魅力はあるようにも見える。だが、俺にしてみれば苛立たしいばかりであった。

 俺はその苛立ちと共に、王女セラフィーナの言葉を思い出す。

 あの爆発の時、彼女は確かにこう言っていたのだ。


 ────こ、この所業の……何が神仙と!


 神仙。人を超越し、悠久の時を生きる者である。

 無論、架空の存在だ。

 普通なら、何かのたとえだと思うだろう。


 だが、それを叫ぶ王女の真に迫った声が。

 目の前に居る男の、あまりに泰然自若たいぜんじじゃくとしたさまが。

 秘奥のシステムが何百年にも渡って崩れず運用されているという事実が。

 そして、男に会った瞬間からずっと、腰に差した剣から感じる赤熱したような怒りが。

 俺に事実を告げている。


「なあ、想像がついてるんだろ? 勘が良いようだからな、お前は。それに、その剣が何か言ってないか?」


 どれほど荒唐無稽に思えても、それが事実であると確信しているなら、目を背けてはならない。

 この、世界を昏く覆う事実から、決して。

 俺は浅くなる呼吸を整え、自身を落ち着けつつ、問いを投げかけた。


「……あんたの目的を知りたい」


「それは、どうでも良いんじゃないか?」


 片手をひらひらと振り、男はすげなく答える。

 如何にもつまらないという風情であった。


「だってそうだろ。やむを得ない理由があったら、許せるって言うのか? 俺を」


「………………」


「そうじゃないだろ。なあ?」


 脳裏に浮かぶ、幾つもの悲劇。

 二度と還らぬ人たち。

 喪い、嘆き悲しむ人たち。


「おいおい黙るな。どうなんだ?」


「………………」


「お前さ、こう考えてるんだろ? 世界を争いで満たしたのは、目の前の男なのではないか、と」


 ミアのような罪なき子供までもが、あのような目に遭わされた。

 すべての幸せを、突如取り上げられた。

 彼女の涙を忘れることは出来ない。


「こう考えてるんだろ? 目の前で笑ってるこの男が、世界の姿を捻じ曲げたんじゃないか、と」


「………………」


 脳裏に浮かんだ、泣き濡れる少女の顔。

 それとは対照的に、目の前の顔は笑っている。

 男はずっと、笑っている。心の底から楽しそうに。

 そして、おどけるように首をかしげ、口角を限界まで上げた。


「正解だ」




「聖者…………ラクリアメレク!!」




 俺は剣を抜き、奴へ向け突進する。

 そして全力で斬り込んだ。

 黒い刃が横薙ぎに奴を捉え、胸を真一文字に斬り裂く。


「何てことするんだ、お前」


「!!」


 奴は、目の前で呆れたような表情を見せている。

 確かに俺は斬った。

 手応えもあった。

 だが奴は倒れない。

 いや、胸には斬られた跡も無い。

 以前に見た超回復とも違う……?


「せい!!」


 疑念に手を止めても活路は無い。

 俺は剣を振り上げ、それを脳天から唐竹に叩き込んだ。

 刃は奴の頭蓋を砕き、そのまま頭部を両断する。

 そして俺は油断せず、残心を取った。

 剣を引いて構え、奴に視線を固定する。


「ふむ。やっぱり見事な剣技だな」


「っ!」


 斬ったはずの男が、無傷のまま腰に片手を当てて立っている。

 ここで俺は攻撃の中止を選び、跳び退すさって距離を取った。


「まあ、アレだ。落ち着け」


 奴は手のひらをこちらへ向け、俺を鎮めようとする。

 言われるまでも無く俺は、理性を取り戻すため、深く呼吸していた。

 目の前に居るのは、疑いようも無い"敵"である。

 攻撃を仕掛けるにあたって迷いは無いが、判断力を損なった状態で剣を振り立てても敗れるだけだ。


 怒りが限界を超えると、俺はむしろ血が冷える。

 今がそうだった。

 全身に冷たい感覚が広がっていく。

 その感覚の中、俺は剣先に奴を見据えた。



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