175_自戒と驕慢2
「皆さん、ご無事で何よりです」
「王女殿下も大過無いようで安心しました。良い臣下をお持ちだ」
野太い声で殿下に答えたのは、向こうの盟主、アルバンだ。
情報ではリーゼの父親らしい。
「ええ。彼女たちに守られ、生き延びました。ですが、あの爆発から私を救ってくださったのは……」
「残念ながら、ロルフはここに居りませぬ」
そう。ロルフの姿が見えない。
居るのはアルバンとリーゼ、それから文官が二人。
こちらと同じく、向こうも四人だった。
「そうですか……」
表情を沈ませる王女殿下。
命を救われながらも、その相手がここに居ない。感謝を伝えることも出来ない。
それをこそ残念に思う人なのだ。
そんな彼女に向け、リーゼが口を開く。
無遠慮な態度だった。
「たぶん、塔の外壁方面に落ちたんだと思います」
「えっ!?」
殿下は目を見開き、驚きに声をあげる。
確かに、聞き流すことの出来ない言葉だった。
尖塔が崩落を免れた結果、ここに居る私たちは、いずれも塔と隣接した講堂へ下りることが出来た。
でも、ロルフは違うという。
「…………」
背中を冷たい汗が伝う。
嫌な想像が頭を
あの爆発の時、ロルフだけがミルドへ向かって跳び込んだ。
そしてミルドが自爆するより一瞬早く、彼を蹴り飛ばす。
それが被害を小さくした。
ということは、当然のことだがロルフは爆発の瞬間、最もミルドの近くに居たのだ。
爆発のあと、塔と講堂は、瓦礫と砂埃、そして黒煙で視界がほとんど利かない状況だった。
だから気づかなかったけど、ロルフは既に、塔にも講堂にも居なかったのだろうか。
リーゼの言うとおりだとしたら、そういうことになる。
ロルフは塔の外へ投げ出されたのだ。
「…………」
爆発に巻き込まれ、そしてあの高い尖塔から外へ落下した。
考えたくも認めたくもない事態だ。
不吉な想像を、私は必死に振り払う。
そんな私と対照的に、リーゼは事も無げに言った。
「大丈夫です。この先どこかで合流出来るでしょう」
彼を心配しようともしないその態度に私は苛立つ。
その苛立ちのまま、私は彼女へ問い質した。
「大丈夫と言う根拠は?」
「何となくとしか言いようが無いけど」
「……ふざけてるの?」
怒りに声が低くなる。
でもリーゼは、少しも取り乱さず視線を返してくる。
私はその様子に、一層怒りを感じた。
「ロルフが外壁から落ちたと予想出来ていたなら、塔の外側を捜せたはず。まさか、そうしなかったと言うの?」
「そんなことまで出来る状況じゃなかったでしょ。保護すべきを保護して包囲を突破するのが精いっぱい」
「だから、保護すべきはロルフでしょう!」
いよいよ声を荒らげてしまう。
この場に居る皆が、私の方へ顔を向けた。
でも、感情の高ぶりを止められない。
この女には腹が立って仕方が無いのだ。
「優先して保護すべきは、ここに居る文官三人よ」
「俺はまだ娘に保護されるほど大人しくなっちゃいないぞ」
リーゼが言う文官の一人、アルバンがそう言った。
父である彼にちらりと目をやり、それからリーゼは続ける。
「優先順位を間違えれば、私がロルフに叱られるわ」
ぎしり、と食いしばった私の奥歯が音をたてた。
リーゼは言外に、自分の方がロルフを分かっていると言ったのだ。
看過出来ない言葉である。
「何が優先順位よ! あれだけ偉そうなことを言っておいて、ちっともロルフを大切にしてないじゃない!」
会談で彼女は言った。
私がロルフを守れなかったと。これからも守れはしないと。
そうやって私を
信じられない話だ。
「はぁ? 何でそうなるのよ」
腰に手をあて、リーゼは呆れたような表情を見せる。
もはや、彼女の所作のすべてが腹立たしい。
ロルフの命が危ぶまれる状況で、彼を案じる言葉の一つも無い。
何よりも貴重な宝石を、手の中で粗雑に弄ぶ。私に言わせれば、彼女がやっているのはそれだ。
「何でって、本気で言ってるの? 彼は今……!」
言葉に詰まる。
彼は今、どこに居るのか。
生きているのか。生きてくれているのか。
彼が消え、私と再び手を携える未来が完全に無くなる。
その世界が一瞬、脳裏に浮かび、慄然たる思いに襲われた。
「ヴァレニウス、抑えて下さい。言い争っている場合ではありません」
王女殿下が私を諫めようとする。
殿下の前で、あまり美しくない……と自分でも理解は出来る感情を露呈してしまった。
その事実に頭が冷えかけるが、制御出来ないのがその種の感情である。
リーゼは尚も不快な言葉を口にし、私の胸中に波を立てるのだった。
「ピーピーとうっさい女」
「おいリーゼ。お前も挑発するようなことを言うな」
アルバンが咎める。
彼は娘の躾に失敗したようだ。
喧嘩を買うのは流儀ではないけど、こういう女が相手なら話は別である。
私は苛立ちを声に乗せて吐き出した。
「うるさくても馬鹿よりマシよ。戦場が見えてない馬鹿よりは」
この女は、私と同じく一軍を預かる身のはず。
にも
戦場では、常に悪い事態を想定するのが当然なのだ。
ゴドリカ鉱山で、ロルフの進言を退けたことを思い出す。
あの時、私の恥ずべき楽観視が、大きな被害を出した。
この女には、そういう苦い経験が無いのだろう。
まして今は、そのロルフの安否が不明なのだ。
なのに少しも案じる様子が無いこの女に、私はどうしても憤りを抑えられない。
だけどリーゼは、愚にもつかないことを言い続ける。
「あのねえ、要らない心配をしても意味ないでしょ! ロルフは生きてる! さっきの中央棟の爆発も、彼が関わってるかもしれない!」
「だから、そう考える根拠は何!? あの尖塔から落ちて無事で済むと考える方がおかしいじゃない!」
「ぐだぐだと的外れなことを!」
語気を強め、こちらに詰め寄ってくるリーゼ。
そんな態度に、私が恐れを為すと思っているのだろうか。
悪いけど少しも怖くない。
ロルフを
そう。この女は私にとって油虫みたいなもの。
いや、油虫ですら何かには益するところはあるかもしれないけど、この女にはそれも無い。
ただ害を為すだけの存在だ。
その害虫が、更にふざけたことを口にする。
「私は無事だなんて言ってないわよ! 死にかけてるかもしんないって分かってる!」
リーゼは正面から私を睨みつけていた。どこまでも不快な態度だ。
でもそれ以上に、台詞の内容が不快を極めている。
頭に激しく血が上るのを感じながら、私は彼女の言葉を糾弾した。
「死にかけてるだなんて……よくもそんなことを! まして無事じゃないと分かってるなら!」
「でも生きてる! 安い
まるで理屈に合わない言いようだった。
くだらない。
そう感じた私は、それをそのまま言葉にする。
「くだらない。案じることも無く、ただ信じて待つのがあるべき戦友の姿だと思ってるなら、馬鹿そのものよ」
「何ですって!!」
リーゼが激昂する。
さっきから、この女は分かったような口を利いてばかりいた。
だから感情を千々に乱れさせるこの様を見て、少し溜飲が下がる思いだ。
もっとも、心配すべき大事がある以上、そんなことを言っていられない。
いま重要なのはロルフの安否なのだ。
「とにかく、王国としてはロルフを保護するわ」
「ロルフは、あんた如きが割って入れるような
私がロルフと歩んだ時間の重さも知らない女が、勝手なことを言い募る。
彼女への怒りは、もはや殺意に変わりつつあった。
それを知ってか知らずか、リーゼは更に詰め寄ってくる。
そして私の胸を指で突きながら叫びたてた。
「与えられた力だけを頼みにして! それを自分の価値だと勘違いして! そしてロルフを下に見続けてきたあんた如きに心配される
こいつ……!
確かに私は間違えた。
そんなことは分かっている。
分かっているのだ。
でも!
「でも、やり直そうとしている。やり直せる! 邪魔しないで!」
感情の濁流が、言葉となって溢れていく。
それを受けてなお、リーゼは私を見据え続ける。
私もそうした。
瞬きも拒否し、私たちは互いを睨んでいた。
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